6 / 48
第6話 密会現場を押さえるべし
しおりを挟む
ポーリーナは言う。
「そういう噂があるの。彼女が嫉妬でお姉様に危害を加えるかもしれないわ。気をつけてね、それを忠告しにきたのよ」
頭を殴られたような気分だった。やはり、アイラとレイブンは、ただの主従関係ではなかったのか。
泣き崩れることもできたが、そうはしたくなかった。
「忠告ありがとうポーリーナ。だけど平気よ。自分のことは自分でなんとかするから」
ふん、とポーリーナはつまらなそうに鼻を鳴らした後、もう用事は済んだとでも言うように素早く立ち上がる。だが思い出したことがあったのか、振り返った。
「今週末、ヒースとの婚約パーティをしようと思うの。急だけど、ぜひいらしてね」
当たり前に心は傷ついた。ヒースへの恋心も未だあったし、彼と妹への信頼も、断ち切られたわけではなかったからだ。
「楽しみにしているわ」
「お姉様とレイブンはとてもよくお似合いよ。末永くお幸せに」
にこりと微笑み、ポーリーナは去って行った。
入れ替わりで、まるで盗み聞きでもしていたかのようにタイミング良くレイブンが現れる。
去るポーリーナと二言三言交わし、見送った後で彼は私に目を向けた。
どこまでも澄んだ深い瞳が、私を見つめている。彼がこんな美しい目をしていなければ、私の心はまだましでいられるはずなのに。
まさしく私を憂鬱にしている張本人だというのに、その目は同情に満ちていた。
「君の態度は立派だった」
慰めは、私の耳に届き、体の中に落ちていった。
*
元々、浅い眠りだったのだろう。お姉様に手紙を書いた後で、神経が昂ぶっていたせいかもしれない。微かな物音がして、深夜に目を覚ました。
風が窓を鳴らしたせいかと思ったが、そうではなかったことがすぐに分かる。窓の外に、馬屋へと向かう光が一つ見えたのだ。
ランプを持つ、アイラだった。暗がりの彼女の顔は、今まで見たこともないほど幸福そうに微笑んでいる。
――まさか、レイブンに会いに行っているのでは。
アイラが彼の愛人なら、その証拠を掴み裁判所に申し出れば、離婚できるのではないか。幸い、夫婦のちぎりを交わす前――交わすつもりもないけど――だ。王女の離婚なんて、スキャンダラスではあるけれど、できなくはない。
彼女を尾行しようと思うのは、当然のことだった。
思った通り、アイラは馬屋へ迷うことなく進んでいく。私の尾行に気付く様子もない。
馬屋に近づくなと、昼間アイラは言っていたが、例えばそこが、レイブンとの密会場所で私を遠ざけたかったとすれば説明がつく。
アイラは小屋に入る。馬のいない小屋は、どう見てもおんぼろだ。本当にここで恋人の逢瀬をしているの――?
疑問はすぐに解消される。
「遅れてごめんなさい」
中からアイラの声が聞こえ、応じるようにくぐもった男の声がしたからだ。
間違いない。
確信に満ちて、小屋の扉を開こうとしたとき、私の手は、唐突に掴まれた。
「王族生まれも、こそこそと立ち聞きなどするんだな」
悲鳴を上げようとした口を骨張った手に塞がれる。瞳だけ動かすと、レイブンと目が合った。
「そういう噂があるの。彼女が嫉妬でお姉様に危害を加えるかもしれないわ。気をつけてね、それを忠告しにきたのよ」
頭を殴られたような気分だった。やはり、アイラとレイブンは、ただの主従関係ではなかったのか。
泣き崩れることもできたが、そうはしたくなかった。
「忠告ありがとうポーリーナ。だけど平気よ。自分のことは自分でなんとかするから」
ふん、とポーリーナはつまらなそうに鼻を鳴らした後、もう用事は済んだとでも言うように素早く立ち上がる。だが思い出したことがあったのか、振り返った。
「今週末、ヒースとの婚約パーティをしようと思うの。急だけど、ぜひいらしてね」
当たり前に心は傷ついた。ヒースへの恋心も未だあったし、彼と妹への信頼も、断ち切られたわけではなかったからだ。
「楽しみにしているわ」
「お姉様とレイブンはとてもよくお似合いよ。末永くお幸せに」
にこりと微笑み、ポーリーナは去って行った。
入れ替わりで、まるで盗み聞きでもしていたかのようにタイミング良くレイブンが現れる。
去るポーリーナと二言三言交わし、見送った後で彼は私に目を向けた。
どこまでも澄んだ深い瞳が、私を見つめている。彼がこんな美しい目をしていなければ、私の心はまだましでいられるはずなのに。
まさしく私を憂鬱にしている張本人だというのに、その目は同情に満ちていた。
「君の態度は立派だった」
慰めは、私の耳に届き、体の中に落ちていった。
*
元々、浅い眠りだったのだろう。お姉様に手紙を書いた後で、神経が昂ぶっていたせいかもしれない。微かな物音がして、深夜に目を覚ました。
風が窓を鳴らしたせいかと思ったが、そうではなかったことがすぐに分かる。窓の外に、馬屋へと向かう光が一つ見えたのだ。
ランプを持つ、アイラだった。暗がりの彼女の顔は、今まで見たこともないほど幸福そうに微笑んでいる。
――まさか、レイブンに会いに行っているのでは。
アイラが彼の愛人なら、その証拠を掴み裁判所に申し出れば、離婚できるのではないか。幸い、夫婦のちぎりを交わす前――交わすつもりもないけど――だ。王女の離婚なんて、スキャンダラスではあるけれど、できなくはない。
彼女を尾行しようと思うのは、当然のことだった。
思った通り、アイラは馬屋へ迷うことなく進んでいく。私の尾行に気付く様子もない。
馬屋に近づくなと、昼間アイラは言っていたが、例えばそこが、レイブンとの密会場所で私を遠ざけたかったとすれば説明がつく。
アイラは小屋に入る。馬のいない小屋は、どう見てもおんぼろだ。本当にここで恋人の逢瀬をしているの――?
疑問はすぐに解消される。
「遅れてごめんなさい」
中からアイラの声が聞こえ、応じるようにくぐもった男の声がしたからだ。
間違いない。
確信に満ちて、小屋の扉を開こうとしたとき、私の手は、唐突に掴まれた。
「王族生まれも、こそこそと立ち聞きなどするんだな」
悲鳴を上げようとした口を骨張った手に塞がれる。瞳だけ動かすと、レイブンと目が合った。
35
お気に入りに追加
429
あなたにおすすめの小説

【完結】どうやら時戻りをしました。
まるねこ
恋愛
ウルダード伯爵家は借金地獄に陥り、借金返済のため泣く泣く嫁いだ先は王家の闇を担う家。
辛い日々に耐えきれずモアは自らの命を断つ。
時戻りをした彼女は同じ轍を踏まないと心に誓う。
※前半激重です。ご注意下さい
Copyright©︎2023-まるねこ
王子の片思いに気付いたので、悪役令嬢になって婚約破棄に協力しようとしてるのに、なぜ執着するんですか?
いりん
恋愛
婚約者の王子が好きだったが、
たまたま付き人と、
「婚約者のことが好きなわけじゃないー
王族なんて恋愛して結婚なんてできないだろう」
と話ながら切なそうに聖女を見つめている王子を見て、王子の片思いに気付いた。
私が悪役令嬢になれば、聖女と王子は結婚できるはず!と婚約破棄を目指してたのに…、
「僕と婚約破棄して、あいつと結婚するつもり?許さないよ」
なんで執着するんてすか??
策略家王子×天然令嬢の両片思いストーリー
基本的に悪い人が出てこないほのぼのした話です。
氷の騎士様は実は太陽の騎士様です。
りつ
恋愛
イリスの婚約者は幼馴染のラファエルである。彼と結婚するまで遠い修道院の寄宿学校で過ごしていたが、十八歳になり、王都へ戻って来た彼女は彼と結婚できる事実に胸をときめかせていた。しかし両親はラファエル以外の男性にも目を向けるよう言い出し、イリスは戸惑ってしまう。
王女殿下や王太子殿下とも知り合い、ラファエルが「氷の騎士」と呼ばれていることを知ったイリス。離れている間の知らなかったラファエルのことを令嬢たちの口から聞かされるが、イリスは次第に違和感を抱き始めて……
※他サイトにも掲載しています
※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました

王太子妃専属侍女の結婚事情
蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。
未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。
相手は王太子の側近セドリック。
ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。
そんな二人の行く末は......。
☆恋愛色は薄めです。
☆完結、予約投稿済み。
新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。
ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。
そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。
よろしくお願いいたします。
【完結】欲しがり義妹に王位を奪われ偽者花嫁として嫁ぎました。バレたら処刑されるとドキドキしていたらイケメン王に溺愛されてます。
美咲アリス
恋愛
【Amazonベストセラー入りしました(長編版)】「国王陛下!わたくしは偽者の花嫁です!どうぞわたくしを処刑してください!!」「とりあえず、落ち着こうか?(にっこり)」意地悪な義母の策略で義妹の代わりに辺境国へ嫁いだオメガ王女のフウル。正直な性格のせいで嘘をつくことができずに命を捨てる覚悟で夫となる国王に真実を告げる。だが美貌の国王リオ・ナバはなぜかにっこりと微笑んだ。そしてフウルを甘々にもてなしてくれる。「きっとこれは処刑前の罠?」不幸生活が身についたフウルはビクビクしながら城で暮らすが、実は国王にはある考えがあって⋯⋯?

妻は従業員に含みません
夏菜しの
恋愛
フリードリヒは貿易から金貸しまで様々な商売を手掛ける名うての商人だ。
ある時、彼はザカリアス子爵に金を貸した。
彼の見込みでは無事に借金を回収するはずだったが、子爵が病に倒れて帰らぬ人となりその目論見は見事に外れた。
だが返せる額を厳しく見極めたため、貸付金の被害は軽微。
取りっぱぐれは気に入らないが、こんなことに気を取られているよりは、他の商売に精を出して負債を補う方が建設的だと、フリードリヒは子爵の資産分配にも行かなかった。
しばらくして彼の元に届いたのは、ほんの少しの財と元子爵令嬢。
鮮やかな緑の瞳以外、まるで凡庸な元令嬢のリューディア。彼女は使用人でも従業員でも何でもするから、ここに置いて欲しいと懇願してきた。
置いているだけでも金を喰うからと一度は突っぱねたフリードリヒだが、昨今流行の厄介な風習を思い出して、彼女に一つの提案をした。
「俺の妻にならないか」
「は?」
金を貸した商人と、借金の形に身を売った元令嬢のお話。
拾った仔猫の中身は、私に嘘の婚約破棄を言い渡した王太子さまでした。面倒なので放置したいのですが、仔猫が気になるので救出作戦を実行します。
石河 翠
恋愛
婚約者に婚約破棄をつきつけられた公爵令嬢のマーシャ。おバカな王子の相手をせずに済むと喜んだ彼女は、家に帰る途中なんとも不細工な猫を拾う。
助けを求めてくる猫を見捨てられず、家に連れて帰ることに。まるで言葉がわかるかのように賢い猫の相手をしていると、なんと猫の中身はあの王太子だと判明する。猫と王子の入れ替わりにびっくりする主人公。
バカは傀儡にされるくらいでちょうどいいが、可愛い猫が周囲に無理難題を言われるなんてあんまりだという理由で救出作戦を実行することになるが……。
もふもふを愛するヒロインと、かまってもらえないせいでいじけ気味の面倒くさいヒーローの恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は、他サイトにも投稿しております。
扉絵は写真ACより pp7さまの作品をお借りしております。

【完結済】平凡令嬢はぼんやり令息の世話をしたくない
天知 カナイ
恋愛
【完結済 全24話】ヘイデン侯爵の嫡男ロレアントは容姿端麗、頭脳明晰、魔法力に満ちた超優良物件だ。周りの貴族子女はこぞって彼に近づきたがる。だが、ロレアントの傍でいつも世話を焼いているのは、見た目も地味でとりたてて特長もないリオ―チェだ。ロレアントは全てにおいて秀でているが、少し生活能力が薄く、いつもぼんやりとしている。国都にあるタウンハウスが隣だった縁で幼馴染として育ったのだが、ロレアントの母が亡くなる時「ロレンはぼんやりしているから、リオが面倒見てあげてね」と頼んだので、律義にリオ―チェはそれを守り何くれとなくロレアントの世話をしていた。
だが、それが気にくわない人々はたくさんいて様々にリオ―チェに対し嫌がらせをしてくる。だんだんそれに疲れてきたリオーチェは‥。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる