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4 彼女は愛してくれなかった

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 結局なんの進展もないまま、またひと月が経った。ということは、オレが処刑されるまでも、あとひと月しかないということだ。――いや、それどころか。

 エレノアはオレが死ぬより前に、処刑されたはずだ。だから期限は、ひと月よりも短い。
 彼女が死ぬのがいつ頃だったのか、まるで覚えていない。興味がなかった以前のオレを呪いたくなる。

 エレノアが死ぬなどと、許されないことだ。これほどまでにオレの心をかき乱しておいて、勝手に死ぬなど、許しはしない。

 だがオレの願望に反して、エレノアとの関係には、まるで変化がなかった。なかったどころか、後退しているような気さえする。
 このところ、話しかけても彼女はそっけないのだから。 

 なぜここまで頑なに、拒まれるのか理解できなかった。
 このままでは、同じことの繰り返しだ。 
 彼女は死に、オレも死ぬ。

 前の世界の朧気な記憶によると、ウィリアムは自身の婚約披露の食事会に愚かにもオレたち夫妻を招き(オレは行かなかったが)、逆上したエレノアに殺されかけるのだ。
 食事の席で毒を盛られて。

 前の世界と違うのは、食事会にオレも参加するということだった。
 
 そうだ、とオレは思った。
 
「そういえば、毒というものがあるだろう」

 苦し紛れだった。
 王都へと向かう馬車の中で、エレノアは顔を上げた。

「あれの効果は信用ならないらしいな。盛られた人間のほとんどは生き残っているようだ。人間というのは、案外強いな」

 はっはっは、とオレが笑うと、エレノアは無言のまま表情を曇らせていた。



 城に着くなり、エレノアは支度があるからと早々に姿を消してしまった。
 仕方なしに一人で城に入ると、途端に声をかけられる。

「兄上、お久しぶりです。もう二度と姿を現さないのかと思っていました。よくぞ来れたものですね」
 
 憎たらしやウィリアムめ。オレが王位継承権を放棄したから、第一位の座を手に入れたラッキーボーイ。
 腹の内は真っ黒の、昔からいけ好かない弟だ。
 にこやかに手を広げ、オレの肩を叩く。これではどっちが兄か、分からないではないか。

「お前こそ、厚顔無恥とはよく言ったものだな。自分の婚約パーティに、元婚約者を招くとは」

 ウィリアムは相変わらず笑みを崩さない。
 お前への復讐はオレが死を回避したら、後で思うさましてやるから、楽しみに待っておけよ。

 そして食事会が始められようとしていた。

 オレの復讐心をつゆ知らず、ウィリアムは自席に着く。隣に婚約者――名は忘れたが最近婚約をしたらしい――を伴って。エレノアの方が美人で素養もありそうだ。
 エレノアと婚約していたのもつい最近だというのに、節操のない奴め。

 兄弟だけあって、見た目は確かに似ている。オレの方がいい男であるのは間違いないが、ウィリアムもまあ、オレほどではないが容姿が整っていて、頭もさほど悪くない。
 
 にこやかに言葉を交わすウィリアムとその婚約者をぼーっと見つめていた。

 正直言って、何が起こるか分からない。以前この席に、オレはいなかったのだから。
 分かっていることは、エレノアがウィリアムに毒を盛ったということだ。オレが言ったことが、どれほど効果が出るだろうか。
 いざとなったらウィリアムの料理を全て床に落とそう。オレの評判も地に落ちるだろうが、命には代えられない。

 しかし、エレノアは遅い。
 もうすぐ開始時刻だというのに、未だ身支度に手間取っているのだろうか。あの女がそこいらの女と同じようにせっせと化粧をするとは思えないが。
 父上も苛立っている様子だ。シャーリーンもちらちらとオレを見る。オレはただ、肩をすくめてみせた。

 と、扉がようやく開く。
 そこには目が眩むほどに美しいオレの妻が立っていた。
 彼女を袖にしたウィリアムでさえ、目を細めじっと見つめていた。そして間抜けの極みのようなひとことを放つ。

「……誰だ?」

 失笑を禁じ得ない。

「誰とは何だ? エレノアだろう。美しすぎてわからなかったか?」

 オレが見立てたドレスで、事細かく指示をした髪型で現れた彼女は、この場にいる誰よりも輝いていたのだから、見違えるのも仕方あるまい。

 だが奇妙な反応をしたのは、ウィリアムだけではなかった。
 ガタリと音を立てながら立ち上がったのはシャーリーンだった。

「違うわ、彼女は――!」

 だがこの場で、最もおかしかったのは、エレノア自身だったろう。

「エレノア様の、痛みを知れ――!」

 そう叫ぶと、ギラリと光るナイフを握り、ウィリアム目がけて突進した。

 誰だって、同じことをしたと思う。
 妻が取り乱しているのに、何もしない男はいないだろう?
 いや、そんなのは後付けで、本当はただ、体が勝手に動いていただけだ。 

 気付けばオレは、エレノアをなだめるように抱きしめていた。

「ヒース、様……?」 

 彼女のスミレ色の目が見開かれる。

「腹が痛い」

 オレは、それだけ言った。

「腹が痛いぞ、エレノア」

 エレノアが握っていたナイフは、深々とオレの腹に突き刺さっていた。

「女がナイフなぞ、持っちゃだめだ。手でも切ったらどうするんだ? それに君には、もっと別のものが似合うと思う」

 きっと花とか、宝石とか。
 多分君は、そんなものじゃ喜ばないんだろうけど、やはり似合うと思うんだ。だって君は、誰よりも綺麗なのだから。

 だがそれを言葉にする前に、オレは床に倒れ込んだ。芋虫のように地を蠢く。

 毒の方がましだろうと思えるほどの激痛だった。
 彼女は復讐心を捨てられなかった。
 ウィリアムを、殺したいほど愛していた。
 オレをついに、愛してはくれなかったのだ。
 つくづくオレという人間は馬鹿だ。
 あれほど死にたくないと願っていたのにもかかわらず、ナイフをこの身に受けるとは。

 だってそうだろ?

 ウィリアムを殺したら、エレノアが処刑されてしまうじゃないか――。
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