中学生捜査

杉下右京

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第20話最終回 復讐の交差 

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「じゃあ帰りますね。」
加納マリアは山田の家でそう言った。
「おや、早いですね。」
いつもマリアは夕方に山田の家から自宅に帰ることが多いがこの日は昼に帰った。
「まあ暇だしいいじゃありませんか。」
「別に僕は君を咎めようとしているのではありませんよ。仕事でもあるまいし僕に君を束縛する権限は一切ありませんからね。ただ、いつも夕方に帰る君が今日は昼に帰るのはなぜか気になりましてね。」
「野暮用です。」
マリアはそう言うと家を出ていった。
「おう、もう帰るのか?」
マリアが一階に降りたところに山田が声をかけた。
「はい、お邪魔しました。」

その日に殺人事件が起きたのは愛知県名古屋市東区の住宅街に住む田丸慎一郎の自宅だった。
「腹部や胸部を数箇所刺されています。相当な恨みがあったのでしょうなあ。」
そう言って遺体を調べているのは愛知県警鑑識課の沼田であった。
「しっかし、こんな子供が殺されちまうとはなあ。」
愛知県警捜査一課の北野はそう言って遺体に手を合わせた。そう、遺体は中学生だったのだ。2階建ての一軒家で2回の自分の部屋で倒れているのを買い物から帰ってきた母親が発見したという。
「何があったんですかねえ。」
愛知県警捜査一課で北野の後輩の沢村はそういった。
「それを俺たちが調べるんだよ。行くぞ。」
北野はそう言うと沢村をあとに続けた。

「ここでいいから話を聞きたい。」
北野と沢村が山田の家に訪ねてきたのはその翌日のことであった。
「なんのようですか?」
マリアが冷たくそう言うと
「なんの用か一番知ってるのはお前じゃないのか。」
と北野は言った。
「さあ、皆目見当も付きませんけど」
マリアがそう言うと
「じゃあこれは何なんだ?」
北野はそう言うと隣りにいる沢村に合図して沢村が写真を取り出した。
「昨日起きた殺人事件だ。知ってんだろ。田丸慎一郎っていう中学生が殺された!そして田丸の家のそばの防犯カメラにお前が写ってんだよ!死亡推定時刻とも一致する。」
「なるほど。それは列記とした疑いになりますねえ。」
隆が口を挟むと
「ええそのとおり。お前。被害者とどういう関係にあったんだ?」
「確かに田丸とは付き合ってましたよ。」
「やっぱりな。そこで隆さん、あなたの出番です。」
北野が大げさにそう言うと察しのいい隆は
「なるほど。僕の出番ですか。僕にアリバイを証明させたいということですね。マリアさんは毎日のようにこの家に来ています。夕方まで。なので死亡推定時刻頃にマリアさんがこの家にいたかどうかを僕に聞きたいと、そういうわけですね。」
といった。
「わかってるんだったらごちゃごちゃ言ってないで早くアリバイを言ってもらえますか?」
「ええ。その日はマリアさんは昼頃に帰りました。なので殺害現場に死亡推定時刻頃に到着して殺害することは可能です。」
「ちょっと待って下さい!」
マリアは怒ったようにそういった。
「確かに田丸の家を訪ねました。でも少し遊んだだけで私は殺していません。」
「それ聞いてはいそうですかってこっちも引き下がるわけ無いでしょ?」
沢村がマリアに詰め寄った。
「だから私は殺してませんって!もしそうだったとしても動機はなんですか?」
「別れ話があったそうだな。」
北野が待ってましたとばかりに切り札を出した。
「どこからそんなこと。」
「こう見えても情報通だよ。俺は。」
いつから部屋に入ってきたのか山田がそういった。
「お前は被害者に別れ話を切り出され逆上して殺害した。違うか?」
「私は中学生でまだこれから人生長いんですよ?そんな馬鹿げたことするわけ無いでしょ!」
「ですが、これまでの人生をかけて愛してきたのならば十分な動機になりますよねえ。」
隆が敵に回ったと判断したマリアは
「もういいです!私を殺人犯にしたいのなら証拠を持ってきてください!」
と声を荒げた。そして山田の家から出ていった。

「ところで山田くん、被害者とマリアさんの別れ話というのは具体的にどのようなものだったのでしょうか。」
マリアが去ったあとの部屋で隆は山田に話しかけた。
「ああ。お前はそういうのに本当に疎いな。めちゃくちゃ話題になってる噂だったんだが。実はな。田丸がマリアは危険だ、と話していたっていうのがわかってるんだよ。でマリアとは別れるって明言していたらしい。」
「危険、というのは?」
「さあ、馬が合わなくなってよく喧嘩して怖いとかそういう意味の危険、じゃないか?」
山田が示した仮説に隆が付け足した。
「または、いつかは殺害されそうであることに対する危険、という可能性もありますねえ。」
「つまり、田丸はマリアに殺害されそうだということを察知していたかもしれないってことか?」
「ええ。だから別れ話を切り出した。ですがそれも虚しく田丸はマリアさんに殺害されてしまった。」
隆の仮説に山田が頷いているとやがてこう尋ねた。
「しかしあんた。本当にマリアを疑ってるのか。」
「僕も疑いたくはありませんが何しろこの状況。疑わざるを得ません。」

9月初旬のこの日にスーツ姿で学校に登校した隆はマリアの親しい友人に話を聞いていた。
「どうも。久野といいますが。」
隆が名乗ると友人は小林と名乗った。
「何か用ですか?」
「加納マリアについていくつか伺いたいのですが。」
「噂の通り隙がないわね。」
小林は唐突にそういった。
「はい?」
「いや、いつも英国調のスーツで登校してる隙のない顔をした嫌味な男がいるって噂はあったから。」
「なるほど。僕はそのように噂されていましたか。で、お伺いしたいのはマリアと田丸の関係についてなのですが。」
「ああ。田丸慎一郎ね。マリアは浮気してた。」
初耳の情報を真顔に近い表情で言う小林に隆は質問した。
「ほう。浮気をしていましたか。」
「ああ、正しい表現は逆かな。最初は灰川郡司と付き合ってたんだけど田丸は後付って感じ。」
「なるほど。」
「そんなことを聞いてどうするつもり?」
「まあ個人的興味、といったところでしょうか。」
「興味?」
「失礼、言い換えます。個人的関心といったところでしょうかね。」
隆が真顔でそう言うと小林は笑ってみせた。
「では失敬。」
隆はそう言うと立ち去った。

「で?どうだった?」
山田の家に帰ると一番にそう尋ねられた。
「お言葉ですが君は先程、自分は情報通だと言っていました。それなのに僕に話を聞いた結果を真っ先に尋ねるというのは些か情報通らしくありませんねえ。僕が考えるらしい情報通とは僕が聞いた話の情報をどこからか入手していそうなものですがねえ。」
「あんたがいちいち癇に障る物言いをすることは今に始まったことじゃないか。」
山田が一人噛みしめるようにそう言うと
「失敬。無駄は省きましょう。どうやらマリアさんの本命は田丸ではなく灰川という人物だったようです。」
「灰川?ああ、あまり目立たないあの生徒か。」
「しかし、だとすると田丸から別れ話を切り出してマリアさんが逆上して殺害したという今まで我々が立ててきた仮説は一気に破綻します。田丸を本気で思っていなかったのならさほどのダメージを負うこともなかったでしょうし。そのために殺人などする必要もありませんから。」
「まあな。」
山田は手に取ったコーヒーを一気に口に入れながらそう言った。
「マリアさんの過去を洗ってみる必要がありそうですねえ。」
隆は窓の外の風景を眺めながらそう言った。
「俺も行くよ。」
山田が思わぬことを口にした。
「はい?」

翌日、隆と山田は長野県を訪ねていた。
「空気がきれいですねえ。」
隆は朝一で大曽根駅に行ってJR中央線で中津川駅まで行きそこからバスを乗り継いだ。途中馬籠宿を眺めながらラムネの蓋を開けた隆はごくごく飲み始めた。そしてやがて飯田駅に到着した。名古屋との空気の差に隆は思わずそんな言葉を漏らした。
飯田駅からはタクシーに乗って山奥へと向かった。息を切らしながら山の中を歩くと目的地にたどり着く。

飯塚集落、40年ほど前に集団離村となったが集落に残った家が何件かあった。しかし、10年前に完全に無人化となっている集落である。
「いやしっかし、随分荒れてるんだな。」
集落につながる廃道を歩きながら山田がそういった。かつてはアスファルトで舗装されていたであろう道も落ち葉や土砂が堆積しており通行は難を極めた。
「本当にここはマリアの実家があった場所なのか?」
「ええ。間違いないはずです。」
「なんで分かるんだよ。」
山田の当然の質問に
「君はこの集落が無人化した理由を御存知ですか?」
と隆は質問で返した。
「まあこういう集落だったら過疎化とかじゃないの?」
「それもあるかもしれませんが最も集落にとって打撃が大きかったのがとあるテロに近い事件でした。」
「テロ?」
山田が素っ頓狂な声を出した。
「昔はこの先にトンネルがありました。ですがトンネル内で何者かが爆弾を仕掛けて爆破した事件がありました。規模の小さなトンネルは崩れ去り、集落へのアクセスは閉ざされました。土砂を取り除くための業者も狭い道幅で重機が通ることができず到着が遅れました。その間集落では立てこもりに近いような事件が起きていたんです。」
「え?こんな山奥でそんな物騒な事が起きてたの?」
平和的な青い空を見つめながら山田はそういった。
「ええ。にわかに信じがたい話ではありますが。そしてその事件で1人の犠牲が出ました。そしてそれがマリアさんの母親だったんです。」
「ええ?」
あまりに衝撃的な事実に山田は再び素っ頓狂な声を出した。
「そのニュースを思い出したんです。」
「でも10年前の事件ならあんただってチビだったろ?相変わらず記憶力があるねえ。」
「まさか、その時のことを覚えているわけではありません。以前からこの事件に興味があって調べていただけです。」
「でもちょっと待てよ、人に聞きづらいことをズケズケ聞くあんたがなんで当の本人にその事件のことを聞かなかったんだよ?さすがのあんたも遠慮したか?」
山田がそう尋ねると
「それもありますが、以前マリアさんと捜査で限界集落を訪ねたときに特段マリアさんに変わった様子はありませんでしたから。別人かもしれないと思っていましたが確信に変わりました。」
以前というのはこれもまた飯田市の限界集落を訪れた時だった。猪俣刑事部長と火花をちらした事件だった。
「トンネルが塞がれて必死に山を歩いた捜査員たちは犯人のもとに迫ってきました。追い詰められた犯人は拳銃で人質のマリアさんの母親を殺害しています。その後数時間に渡って立てこもりは続き、やがて犯人は投降しました。」
「で?犯人は?」
「懲役10年の実刑判決を受けていたはずです。ということはもう出所していますねえ。」
そうこう話しているうちに集落にたどり着いた。
「こりゃ、ひどいね。」
山田はそういった。集落に立っていただろう家は崩れ落ちていてもう木材の柱が地面に落ちているのみであった。
「テロの影響で家が崩れたのかね。」
「それよりも自然崩壊が大きかったと思いますよ。廃集落というのは大体がこのように自然倒壊していますからねえ。無論、テロの影響もあったでしょうが。」
「お!五右衛門風呂じゃん!」
山田がすごい発見をしたようにそういった。
「ええ。昔は自らお湯を沸かしていたのでしょうねえ。」
隆は地面にしゃがみ込むと何かを見つけたようだ。
「妙ですねえ。」
「何が?」
「これを見てください。」
隆はそう言うと柱を指差した。
「なんか焦げてるね。ん?何が妙なの?立てこもりがあったなら火災とか起こってても不思議じゃないと思うけど。」
「ですがこの事件では火災は起きていないはずです。」

続いて隆と山田は飯田市の市役所を訪れていた。9月になったとはいえ、真っ昼間ともなると流石に暑い。冷房の効いた市役所に入った山田は死にそうな声を出した。隆はスタスタと受付に歩き要件を述べた。
「失礼。飯塚集落についてお話を伺いたいのですが。」
受付にいた若い女性は飯塚集落のことを知らなかったのだろう。
「は?」
「ああ、飯田市の北西部にあった廃集落なんですがご存じの方いませんか?」
「担当の者を呼びます。」
女性は奥に引っ込んでいった。その間、山田が隆に話しかける。
「なんだよ。担当って。」
「おそらく集落を保護するための係か何かがあるのではないでしょうかねえ。」
すると奥から50代前半ぐらいの男性が出てきた。
「どうも。古川と申します。」
名乗った男は
「飯塚集落について調べたいそうで。」
「ええ。少し学校に必要なものですからね。」
古川の言葉に若干の警戒心が滲んでいることを察した隆は怪しまれないような嘘をついた。
「なるほど。」
一応納得したように言った古川に隆は質問をした。
「あの集落で起きた立てこもり事件のことなんですが。」
「あの事件はひどかった。ここ何十年で最悪の立てこもり事件ですよ。」
「実際に集落の跡地に行ってきたのですが焦げ跡がありました。僕の記憶ではあの事件では火はついていないはずです。なぜ焦げ跡があるか気になりましてね。」
「ああ。多分人質が脱出するときに発火したものではないでしょうか。」
「人質が脱出、ああ、そのあたりあまり詳しくないもので。」
「灰川家っていう家庭があってね。そこの一人息子が犯人を突き飛ばして集落のもう一つの住人の加納家の家族を逃したんです。だけどそのときに、一人死者が出てしまいました。」
隆のレーダーが反応した。
「もしかしてその一人息子というのは灰川郡司なる人物ではありませんか?」
「そうそう!あなた知ってるんですか!」
古川は大層驚いたようだった。
「ええ。その後は?」
「人質が脱出したことにより犯人の計画に狂いが生じ捜査員が到着して犯人は無事確保されました。」
「なるほど。それで犯人の目的は何だったのでしょうか?」
「復讐ですよ。犯人の名前は谷岡瑛太といいまして、事件当時はホームレスに近いような暮らしをしていました。そんな彼を見た飯田市一番の大富豪、加納寿明は哀れだと言い残して鼻で笑ったそうです。それが許せなかったそうです。加納寿明は飯塚集落に住んでいましたから。」
「なるほど。」
隆は頷くと古川に礼を言って立ち去った。

「短絡的といえば短絡的だよな。鼻で笑われた程度で逆上するなんて。」
市役所のそばのカフェで隆と山田は休んでいた。
「ホームレスというのは天涯孤独だとよく言いますからねえ。色んなものが積み重なって小さなきっかけで爆発する。我々にとっては短絡的に見えますが犯人にとってはとても許せなかったのでしょうかねえ。」
隆はコーヒーを飲みながらそういった。
「ってことはあれか、あんたは谷岡に同情の余地があるって言いたいのか?」
「一定の同情はあります。だからといってあのような悲惨な事件を起こしていい理由にはなりません。」
「そりゃあね。で?どうするんだ?これから。」
「マリアさんの本命は灰川だったのでしたねえ。」
隆は話題をガラッと変えた。
「あ!それ俺も驚いたよ。マリアと灰川は同郷だったってことだろ?ロマンチックな話だよな。ドラマの世界だ。」
「ロマンチックかどうかはともかく、2人が同郷ならば関係が生まれても不自然ではありませんからねえ。灰川とマリアさんの関係については事実でしょう。」
「だったらなんで田丸と付き合ったりしたんだろうな。」
「それはまだ僕にもわかりません。」

その頃北野と沢村は谷岡の自宅を訪ねていた。当初はマリアを疑っていたが物証がなく、マリアの過去について調べたところ飯塚集落について突き止めたのだ。そして谷岡は被害者田丸慎一郎の父親だったことがわかったのだ。谷岡は子供ができたことを知ったあと職にも就けずにホームレスとなって女性との関係は消滅している。
「谷岡!警察だ!」
谷岡の住んでいるアパートの鍵は開いていて北野と沢村は中に入った。
「谷岡!」
沢村がそう言って襖を開けると
「うわっ!先輩!」
なんとそこには谷岡が血を流して倒れていたのだ。
「まじかよ!」
北野はそう言うと携帯を取り出した。

「体の複数箇所を刺されてますな。」
北野はなにかに気がついたようだ。
「田丸の殺害方法と同じだな。」
「同一犯ですかね?」
「さあな。だが10年前の事件の犯人と息子が殺された、犯人が事件の関係者であることは明白だ。」
北野の言葉を元に沢村が推理する。
「ってことはなおさらマリアが怪しいですよ。マリアは10年前の事件で母親を亡くしています。そうなるとその恨みで息子と犯人を殺したとしてもおかしくないです。」
「マリアが田丸慎一郎の事件のときに自宅付近にいたのは明白だ。あと一歩なんだけどな。」
「窓から侵入したようですな。」
今まで黙って鑑識作業をしていた沼田がそういった。
「だろうな。こういうアパートは侵入は楽勝だろうし近くに道路があるわけでもなく人も少ない。」
沼田の意見を肯定した北野は愛知県警に戻った。

谷岡が殺害された一報を沼田から受けた隆は山田とともに名古屋に戻った。
山田の家に戻るとそこにはマリアがいた。
「谷岡が殺されたそうですね。」
ニュースで見たのか、あるいは自らが手を下したということかマリアはそういった。
「ええ。」
「警察は私への疑いを強くしているみたいです。隆さんも同じ考えですか?」
「まだ君が手を下したという物証は何一つとして上がっていません。物証がない以上まだマリアさん以外の犯人を疑う余地があるということです。ですが今の状況を考えて君は疑われて然るべきだと思いますよ。」
「私の正体にはとっくにお気づきのようですね。」
「ええ。長野県飯田市の飯塚集落で生まれ、10年前の立てこもり事件で母親をなくしていることぐらいは分かっています。」
「それさえわかっていれば十分ですよ。人の過去について洗うのは隆さんの捜査の基本ですもんね。」
隆に皮肉を浴びせたマリアに隆は
「君が白だろうと黒だろうと君は事件についてなにか情報を持っているはずです。それを包み隠さず話せば君の罪も晴れるでしょう。田丸慎一郎の自宅付近に犯行時刻に君はいましたね?犯行を目撃していてもおかしくありません。」
「隆さんは私を信じてくれるんですか?」
「捜査に私情を挟むのは非常に危険です。もちろん君が犯人の可能性は十分にある。なので一度灰川くんに会わせてもらえますか?」
「なぜです?」
「君は灰川と交際関係にあります。何しろ灰川は君の命の恩人とも言える人物ですからねえ。君は本気で彼を愛していたのでしょう。ですが、一方で田丸とも関係を持っていた自分の母親を殺した人物の息子です。なぜそのような人物と交際しているのかそこをずっと考えていました。」
マリアは黙って聞いていた。隆が続ける。
「考えを巡らせているうちに1つの考えにたどり着きました。それは君の本命は灰川。ですが君は田丸を殺害するために田丸と関係を持った、違いますか?それならば田丸がマリアは危ないと発言していたという意味もわかります。」
「違います!」
「ではなぜ田丸と関係を持ったのですか?」
「それは・・・・」
言葉を返せないマリアに
「だからこそ灰川と会いたいんですよ。灰川も事件の被害者です。田丸に恨みを持っていてもおかしくない、それを見極めるために灰川と会いたいんですよ。」
「つまり犯人は私か、灰川だと言いたいんですか?」
「はい。」
隆は静かに頷くとマリアは
「分かりました。ですが何も今からってわけには行きません。もう夕方ですから。明日私と一緒に会いに行きましょう。」
「結構です。」
マリアが部屋から出ようとしたところに隆が声をかけた。
「ああ、最後に1つだけ、犯罪を犯した以上必ず裁かれます。もし君が犯人ならとっとと自首することです。」
マリアは何も言わずに部屋を出ていった。それを山田は遠目で複雑な表情で見ていた。

翌日、隆とマリアは灰川の自宅へと向かっていた。
「どうも。」
灰川はごく普通の一軒家に住んでいた。マリアがインターホンを押すと中から灰川が出てきた。
「ああ。今日はどうした?」
灰川は隆の存在を認めると
「なんですか?あなたは?」
「怪しいものではありません。久野隆と申します。」
怪しい者にしか見えない隆はそう言って礼をした。マリアが補足する。
「私の同級生。数々の難事件を解決してる。」
「は?」
灰川は戸惑っていたがマリアがいることから安心したのか隆を部屋に招き入れた。
「きれいに掃除されているんですねえ。」
勝手に部屋の戸を開けては中の様子を観察する非常識極まりない隆の行動に灰川は腹を立てたがマリアは
「こういう人なの。」
だがその非常識極まりない観察により灰川が几帳面な人物であることは分かった。灰川の部屋はチリ一つないほどにまで掃除が行き届いており学校の鞄の中身もきれいに整理整頓されている。
「どうぞ。」
灰川はリビングに2人を通した。親は外出中なのかいないようである。
「灰川さん、あなたは10年前に飯塚集落で立てこもり事件の被害にあっていますね。」
茶を出した灰川に隆は早速切り出した。
「そうらしいですが、僕は覚えていないんです。もう僕がかなり小さい頃の話ですから。」
「そうですか。では10年前の事件の犯人が出所したとしても特に興味はありませんよね?」
含みのある隆の言い方に灰川は突っかかりを覚えたが
「ない、といえば嘘になります。マリアの母親が殺された事件でしたからマリアはこの事件で何もかも失ったんです。」
「なるほど。灰川さんは谷岡が出所したことを知っていましたか?」
「犯人の出所なんてニュースで大々的に報じられるわけでもないから知りませんでした。でもアパートでひっそり暮らしていたんですね。」
隆は少し笑って頷くと
「なるほど。」
マリアが口を挟んだ。
「お聞きになったとおりです。灰川くんは無実ですよ。」
「確かに、話を聞いた限りでは動機がありませんねえ。」
「じゃあこれでいいですか?」
灰川は話を終わらせようとした。
「ええ。どうもありがとうございました。」
隆は礼を述べると灰川の自宅を立ち去った。

「灰川さんは誠実で真面目な方のようですねえ。」
隆がそう述べると
「そんな彼が田丸や谷岡を殺す訳ありませんよ。」
「ですが君には殺意が感じられます。」
「殺意があったら犯罪になりますか?殺意があっても行動に移さなければ何の罪にもならないはずです。」
「もちろんでは少し君の家を見せてもらえますか?」
「は?」
マリアはそう言ったがやがて
「分かりました。」

マリアの家はかなりの敷地を持つ豪邸であった。
「ここが君の家ですか。」
隆が面食らっているとマリアが家の中に隆を上げた。隆は一通りマリアの家を見た。
「なるほど。これで確信に変わりました。」
マリアの母親の仏壇の前で立ち止まった隆はそういった。
「は?」
「一連の事件の犯人ですよ。行きましょう。」
そのままマリアの家を出た隆はあろうことか再び灰川の家へ向かった。

「なんですか?」
流石に2度目ともなると灰川は迷惑そうにそういった。
「一連の事件の犯人がわかりました。」
「誰です?」
「あなたですよ。」
隆は灰川をグッと睨んだ。灰川の顔が蒼くなっていく。
「まず、10年前の飯塚集落の立てこもり事件によってマリアさんの母親が亡くなりました。これがことの発端です。そして次に事件の犯人である谷岡が出所。マリアさんは同じ学校に通う田丸が谷岡の息子であることを突き止め恨みを抱いた。そして恨むマリアさんの代わりに灰川さん、あなたが田丸を殺したんです。」
隆の説明を灰川は言い返さず黙っていた。自分の中の善と悪が戦っているのだろうか。
「デタラメはやめてください!」
マリアがそう言うと
「マリアさんの家の母親の仏壇の周りの壁には複数の傷がありました。マリアさんが谷岡や田丸を恨んでいた証拠です。」
マリアは黙り込んだ。隆は続ける。
「そして灰川さんは田丸を殺した。ですが谷岡は出所してすぐに自分が逮捕されるきっかけともなった灰川さんに復讐をしようとした。実際、灰川さんの家をじっと見ている谷岡とその後を追う灰川さんの姿が防犯カメラで確認できました。」
「その果てに灰川さん、あなたは谷岡までも殺したんですよ。」
「証拠はあるんですか!」
マリアが声を荒らげたが
「もういい!」
灰川はもっと声を荒らげた。
「犯行を認めますね。」
隆がそう言うと灰川は頷いた。その後北野達がやってきて灰川を連行した。
「灰川さんは君をかばったのでしょう。もし灰川くんが田丸や谷岡を殺していなければ君が手を下していたでしょうねえ。」
下を向くマリアに隆は厳しい言葉を浴びせた。
「自らが手を下さずに済んだ幸運に感謝することです。君は罪に問われることもない。」
「私は間違っていたのでしょうか。」
「人は誰しも過ちを犯すことはあります。それを乗り越えるしか道を切り開く方法はないと僕は思いますよ。戻りましょうか。山田くんの家に。」
隆がそう言うと
「はい。」
とマリアは答えた。事件は無事解決されたのである。
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