中学生捜査

杉下右京

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第19話 魔の食堂

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それは愛知県蒲郡市にある西日温泉国府ホテルで起こった。
「集団自殺か、痛ましい事件だな。」
遺体に手を合わせるのは愛知県警捜査一課の北野であった。
「遺体の数は9つです。それぞれ身元は割れており遺書も残されてました。仲のいい大学生が遊びに来ていたようです。」
そう説明するのは同じく愛知県警捜査一課の沢村だった。
「大学生が遊びに来て自殺か。一体何があったんだろうな。」
北野が思案していると愛知県警鑑識課の沼田が
「ホテルの4階の客室から飛び降りたとみて間違いないですな。手すりに指紋や遺書の残されたノートパソコンからも指紋が検出されましたから。」
「おい。4階の客室見に行くぞ。」
北野は沢村に声をかけて4階の客室を見に行った。
「随分広いっすね。」
かなり広い和室に驚いた沢村がそう言った。
「当たり前だろ。9人も泊まるんだからな。」
部屋は和室で敷布団が9つ敷かれていた。部屋の隅にある机の上に遺書があった。それを北野が読み上げる。
「もう限界です。か。随分短い遺書だな。」
「もう嫌になっちゃったんじゃないすか?」
沢村がそう言った。
「こりゃ自殺で決着だな。」
北野はそう言ってホテルの下へ行った。

「集団自殺ですか。」
テレビのニュースを見ながらそう言ってサイダーの蓋を開けるのはこれまで数々の難事件を解決してきた天才中学生の久野隆である。
「しっかしホテル側はかなり売り上げが落ちるだろうな。こんな事件があっちゃ。」
そう言うのは部屋の主の山田である。
「一体この9人に何があったんでしょうね。ホテルの経営者がマスコミのインタビューに答えてますよ。」
隆と行動を共にしている加納マリアがそう言った。マリアは自分のスマホを隆に見せた。
マリアによって再生された動画でホテルの経営者が
「今回の自殺事件は痛ましいことでございます。亡くなられた方のご冥福を祈ります。」
と述べていた。経営者の名前は辻本成正。小太りの中年男でいかにもホテル経営者と思える人物であった。
「本当に自殺なのでしょうかねぇ。」
隆が疑問を言うと
「遺書も残ってんだろ。自殺以外には考えられないと思うが。」
山田がそう言った。
「ええ。しかし、疑問になるのは遺書の短さです。遺書にはもう限界ですとしか書かれていませんでした9人もの人が自殺したんですよ。もう少し長く遺書を書いても良いと思いませんか。」
「まあ確かにな。」
山田は納得したようだったがマリアはもう1つの可能性を提示した。
「もう何もかも嫌になった人間はそれぐらいしか書き残さないってことも考えられるのではありません?」
「おや、まるで体験していたかのような発言ですねぇ。君の身の回りにそう言う人がいましたか?」
隆はそう尋ねたが
「別にそう言うわけじゃないですけどね。」
「そうですか。」

それから少し時が経った8月下旬の事であった。
「夜逃げしたらしいですよ。国府ホテル。」
マリアがそう告げたのだった。
「おやおや。」
「相当でかいホテルだったからな。世間にも激震が走ってるよ。」
山田がそう言うと
「原因はやはり集団自殺ですか?」
「ああ。その影響で客足は減って追い詰められて夜逃げしたとよ。朝食の準備も残して夜逃げしたらしいぞ。」
「そうでしたか。」
隆は頷くとスーツの上着を着た。
「どこ行くんですか?」
「個人的にとても興味があります。君は僕についてこなくても良いですよ。」
隆はそれだけ言うとホテルへ向かった。
「ついて行くのかも自由ですよね。」
マリアはそう言うと後に続いた。

国府ホテルは蒲郡市にありまず山田の家から歩いて大曽根駅まで行き金山駅まで行って乗り換えをしながら行った。蒲郡駅から少し歩いた丘の斜面にホテルはあった。5階建てで幅が広く相当大きいホテルだった。地元民によれば以前まで夜逃げについてマスコミなどが取材に来ていたが今は落ち着いたという。夜逃げが起きたのは1日前の事である。
「これは住居侵入罪ですよ。」
ドアに手をかける隆にマリアがそう言った。
「まだこのホテルが営業していると思って入ってしまった。これならどうですかね?」
「そう言うの屁理屈っていうんですよ。」
マリアの注意もどこ吹く風と隆はドアを開けた。
「随分広いフロントですね。」
マリアが率直な感想を述べると
「それだけ大きなホテルと言うことでしょう。」
と隆は答えた。2人が厨房に向かうと厨房には3日前の朝食が残されていた。
「さすがに1日経過すると臭いますね。」
マリアが鼻を塞ぐと
「水の音がしますねぇ。」
と隆は耳を澄ましていた。
「ええ?」
マリアも耳を澄ましてみる。たしかに遠くの方で水の音がするような気がする。
「本当だ。何の音でしょうかね。」
ここで隆は驚くことを言い始めた。
「自殺した9人の大学生の足取りを追ってみましょう。」
「マジですか?」
「ええ。マジです。」
隆は沼田から情報を聞き出し始めた。

「どうやら9人は海水浴に来ていたようですねぇ。」
蒲郡の海水浴場を眺めながら隆はそう言った。9人は全員男で仲のいいグループだった。
「もう8月末ですからね。海水浴場はもうやってませんね。」
「沼田さんの情報では9人とも午前中に来て夕方までこの海水浴場で遊んでいたようなのですがねぇ。」
隆はそう言うと道を歩いている女性に声をかけた。
「失礼。この近くにお住まいですか?」
「は?」
突然スーツ姿の中学生に声をかけられた女性は戸惑った。
「いえ、1日前に大学生9人が遊びに来ているようなのですが」
「ああ。いましたよ。」
「何か変わった様子はありませんでしたか?」
隆の質問に女性は少し考えたが
「変わった様子?別になかったと思うけど。」
マリアが念を押す。
「どんなに些細なことでも構いません。何かありませんか?」
「元気のいい子たちだったけどね。1人少し様子がおかしかったかもしれないわね。」
女性は思い出すような顔でそう言った。
「様子がおかしい?」
「うん、ちょっとよろよろしてたし突然友達に殴りかかってたりしてたわよ。」
「なるほど。確かにすれは妙ですねぇ。その人の名前、分かりますか?」
「いや、分からないわよ。通りかかっただけだからね。」
「そうでしたか。ありがとうございました。」
隆はそう言うと再びホテルへ向かった。

「暴れていたというのが気にかかりますね。」
ホテルへ向かう途中にマリアはそう言った。
「ええ。ですが名前が分からない以上調べようがありません。引き続き9人の足取りを追いましょう。」

愛知県警では9人の大学生の死は自殺と断定されて行政解剖が行われていた。
「今日通夜で明日葬式ってとこですかね?」
愛知県警の廊下を歩く北野と沢村はそんな話をしていた。
「ああ。だが例の迷惑中学生が動き始めてる。自殺に疑義を持ってるようだ。」
「いや、しかしあの状況で自殺じゃないとしたらなんなんです?」
沢村の言うことは最もだったが北野には直感があった。
「アイツらが動き始めたってことは何かあるってことだ。」
「まあ確かに。」
「調べてみるか。」

「海水浴を楽しんだ御一行は午後4時ごろにチェックインしました。そしてこの4階の部屋でしばらく休んだようです。」
4階の部屋に足を踏み入れた隆とマリアは部屋の広さに驚いていた。
「広いですねぇ。」
「9人部屋ですからね。」
続いて2人は食堂に向かった。
「そして午後6時ごろこの食堂で9人は食事をしています。」
「主にラーメンを食べてたみたいですね。男らしいと言えば男らしい。まあ海水浴後に食べるラーメンは美味しいかもしれません。」
「まあそれはともかく。メニューが少ないですねぇ。」
隆は壁に貼られているメニューを見てそう言った。
「我々に何か御用でしょうか?」
突然隆がそう言うのでマリアは困惑した。
「は?何の話です?」
「先程から我々の後をつけていますねぇ。」
隆はそう言うと後ろを振り返った。すると物陰から中年の女性が現れた。
「あんたたち何者?」
女性は明らかに警戒していた。
「決して怪しいものではありません。ただの中学生です。このホテルがまだ営業していると思って入ったのですが営業してあらずその上迷ってしまったようです。」
少々無理のある言い訳を通そうとするスーツ姿の中学生は一旦自分の自己紹介を済ませると
「それであなたは?」
と尋ねた。
「私はこのホテルの従業員だったものです。従業員と言っても掃除担当でしたけど。」
女性の名前は小暮聡子といった。
「おやおや、そうですか。では、少しお話を伺えませんか?」
聡子はますます困惑した。
「話?」
「自殺した大学生9人についてです。」
「ああ。」
聡子はため息をついた。やはりホテルの従業員ともなると自殺の件については迷惑だと思っているのだろうか、そのせいで職を失ったともなると無理もないだろう。
「9人はここで食事をしていたようですねぇ。」
隆が話を進めると
「うん。元気そうに食べてたよ。」
続いてマリアが質問する。
「変わった様子とか見られましたか?」
「元気な子たちだったよ。自殺したなんて思えないぐらい。」
「そうですか。一人様子のおかしい人物はいませんでしたか?」
隆が海水浴場で聞いた話を聡子にも尋ねた。
「ああ。ちょっとね。少し暴れてたりしてた子はいたけど。」
「やはりそうですか。その人の名前お分かりになりますか?」
「分かりやしないよ。私はただの清掃員なんだからね。」
その瞬間収穫無しとマリアは判断したが隆は質問を続けた。
「そうですか。1つ疑問なのですがこのホテルにはこの食堂とは別にレストランがありますねぇ。先程レストランのメニューを拝見したのですが中華料理からイタリアン料理などメニューが豊富でした。ですがこの食堂ははっきり言ってメニューが豊富とは言えずラーメンや焼きそばなど定番のメニューしかありません。なぜ9人はこの食堂を選んだのですか?」
いつの間にか隆はレストランのメニューを見ていたようだ。相変わらずの洞察力にマリアが舌を巻いていると
「ああ、レストランの食事は美味しいって評判で混んでることが多かったし9人もの大人数を座らせるほどの空席もなかったと思うから食堂を選ぶしかなかったのだと思うよ。団体客は大体食堂で食べてることが多いから。」
聡子はそう言った。
「ではこの食堂の食事の評判はどうだったのでしょうか?」
「もうこのホテルも廃業したからね。ぶっちゃけちゃうけど、評判は良くなかったわ。野菜が腐ってるだとかまずいだとか、最後の方はホテルもこの食堂を切り捨てるつもりだったみたいだし。」
「そうでしたか。それは初耳ですねぇ。」
「あ、そうそう、あの大学生9人が来た時もねぇ。一口食べて怒って怒鳴ってた人がいたわよ。笹野シェフが平謝りしてたけどね。」
初めて知る情報に隆は
「失礼。笹野シェフと言うのは。」
と尋ねた。
「ああ、笹野琢磨シェフよ。食堂で料理作ってた。腕はそこそこだったみたいだけど、評判は食堂とともに最悪だったわね。笹野シェフったらその怒ったお客さんの事先生とまで呼んで謝ってたけどね。」
「先生、ですか。ちなみに、なぜあなたはここに?」
突然の質問の上に話題まで急に変えた隆に聡子か戸惑いつつ答えた。
「ああ、清掃員とはいえ人生の半分以上働いたホテルだからね。毎日の癖で掃除に来ちゃうことがあるの。」
「なるほど。それで我々を見つけて後をつけていたわけですか。」
隆は納得したように頷くとその場を立ち去った。マリアも後に続いた。

「先生、ですか。料理がまずいと怒ったていうその客は誰なんでしょうね?」
ホテル近くの公園のベンチに座ったマリアはコーヒーを飲みながらそう言った。
「笹野シェフにとって先生と呼べるほどの人物と言うことでしょうかねぇ。」
隆はマリアにコーヒーをコンビニで買わされて不満そうにしながらそう言った。
「昔の学校の先生とか。先生と呼ばれるのは弁護士とかもありますねぇ。山田さんの家に帰って笹野について調べますか。」
「いえ、せっかく蒲郡まで来た上に時間がありません。君のスマホで調べられますね?」
謎に急く隆にマリアは疑問を感じた。
「時間?」
「とにかく、調べてください。」
「はい。」
訳の分からないまま隆に急かされてスマホを開いたマリアは笹野について調べた。
「あまり有名なシェフではないようですね。」
検索してもあまりヒットするブログが少ないのを見てマリアはそう言った。
「修行先などは分かりますか?」
「料理教室には通ってたみたいですけどね。彼のホームページと言うかブログだと恩師として紹介されている人がいますね。」
「誰ですか?」
「朝倉長政さんと言う方ですね。」
「有名なシェフですねぇ。住所は分かりますか?」
住所と言う言葉を聞いてマリアは嫌な予感がしたがその運命は避けられるものではなかった。
「この近くですけど。」
「行きましょうか。」
隆は歩き始めた。

蒲郡の海が見渡せる場所に朝倉の家はあった。その佇まいは日本を代表するシェフなことはある。いまは引退しているが舌が肥えているのは確かだろう。
「朝倉長政さんですね。」
呼び鈴を押した隆はそう言った。
「どうかしたのかな?2人ともまだ学生だよね?」
朝倉の妻は5年前に他界し今は一人暮らしをしているという。
「ええ。実は笹野シェフについてお話を伺いたいのですが。」
「笹野?ああ、あいつのことはちっちゃいころから知ってるよ。で?笹野がどうかしたの?」
いきなり自分の弟子だった人物について尋ねられて朝倉は少し警戒していた。
「つい最近まですぐ近くの国府ホテルに勤めていらっしゃったのをご存知でしょうか?」
「ああ、知ってますよ。食べに行きましたから。」
隆の切り込んだ質問に気を許したのか朝倉の表情が少し明るくなった。
「どうでした?」
「いや、こういっちゃなんだけどまずがったよ。」
「何がいけなかったですかね?」
マリアがさらに切り込んだ質問をすると
「いろいろありますけど、一番まずいと思ったのは野菜ですよ。あいつ、腐ったような野菜を出すんですよ。」
「腐ったというのは?」
「傷んだ野菜を調理して出してるんだと思う。そんな商売辞めた方が良いとガツンと言ってやりました。」
「なぜ野菜は腐ってしまったのでしょうか。」
「さすがに消費期限が過ぎたものは出さないだろうから保存が良くなかったんでしょうね。場合によっては食中毒になる程ですよ。あれは。」
朝倉がそう言うと隆は一礼して
「ありがとうございました。」
と言って歩き始めた。

「こうは考えられません?」
朝倉の家を出た隆とマリアは話していた。マリアが仮説を披露している。
「腐った野菜を食べてしまった大学生9人は部屋に戻ったあと症状があらわれて絶望して自殺。」
「確かに。全くありえない話ではありませんねぇ。」
隆はマリアの仮説を肯定した。
「では遺書はどう説明しますか?」
一旦は答えに窮したマリアだったが
「だからもう限界だったから限界ですとだけ書いた。」
「ですがそれは救急車を呼べばいいだけの話ですよね?部屋には9人もの人物がいたんですよ。」
隆のまっとうな意見にマリアが考え込んでいると隆は電話をした。

隆が電話をしたのは愛知県警にいる北野だった。
「もしもし、北野さんですか?」
「私にかけてるんだから私に決まってるでしょう!なにか御用ですか?」
「至急調べてほしいことがあります。」
「お断りします。」
「笹野琢磨シェフと辻元成政の所在を調べてください。大至急です。」
断っているのにも関わらず注文をつけてくる隆に北野は心底腹を立てたが隆の言うことが気になり隣のデスクにいる沢村に声をかけた。
「おい、笹野とか言うシェフ知ってるか?」
漠然と聞いてくる北野に沢村は困惑した。
「誰スカ?」
「ほら、笹野琢磨っていうシェフだよ!答えろよ!」
わけの分からぬまま叱責を受けた沢村は
「知らないすよ!笹野なんて名字いっぱいいるし。」
といった。捜査一課では2人の声がうるさく響いた。

「西岡拓哉くんのお母様ですね?」
今夜の通夜に向けて準備を進めている女性に向かって隆は声をかけた。
「はい。そうですけど。」
「お忙しいところ申し訳ありません。少しお話伺えませんか?」
「はあ。」
一体何のことかわからぬ様子で女性は頷いた。
「今回の自殺の件は本当に残念な話でした。心からお悔やみ申し上げます。」
「ありがとうございます。」
式場から出たところで話をしていた。
「息子さんに異変などは見られたのでしょうか?」
マリアが尋ねると
「それが全く思い当たる節がないんです。なんで自殺なんかしてしまったのか未だに理解できていません。」
辛そうに語る女性に隆が質問をぶつけた。
「ところで亡くなった9人の大学生のうち様子のおかしい人物はいましたか?」
「小野寺氏政くんかな。」
少し思い出すような顔になって女性はそういった。
「小野寺くんのどのようなところが変だったのでしょう?」
「突然暴れたり幻覚が見えたりしてたみたいです。」
「そうですか。」
隆が納得顔で頷いていると
「あなた方何なんですか?」
女性は不信感をあらわにした。
「我々は今回の自殺事件について疑義を持っています。」
「拓哉は自殺じゃなかったってことですか?」
「まだ確証はなく自殺という線は濃厚です。ですが、それ以外を疑って見る余地は十分にあるかと。」
隆がそう言うと女性は床にへばりつきながら
「自殺じゃなかったとしたら、もしかして・・・・」
「ええ。あまり考えたくはないですが。」
「いやああああ!」
女性は床にへばりつくとそう叫んでしまった。息子が誰かに殺された可能性があると伝えれば当然だろう。

「あのやり方はいかがなものかと。」
その後、小野寺を訪ねるために隆とマリアは歩いていた。マリアがそう指摘すると
「あの状態で我々の目的に尋ねられた以上答えざるを得ません。そして最悪、葬式を中止にして貰う可能性もありますから。」
隆はそう言うと小野寺の式場へ向かうと思ったが突然別の方向へ歩き始めた。
「小野寺さんの式場は名古屋です。そして小野寺さんら9人が通学していた神原大学も名古屋ですね。」
神原大学といえばとある研究者の事件で訪れた大学だ。
「行ってみますか?」
「ええ。学生というものは家庭と学校とで2つの自分を持っているものではありませんかねえ。」
隆のその言葉は何故かマリアの中に響いた。
「なるほど。」

大学を訪ねると小野寺の友人だったという人物に話を聞くことができた。
「小野寺は普段は真面目で成績も良いやつなんですよ。」
「暴れまわってたと聞きましたがそれが裏の顔ってことですか?」
マリアがそう尋ねると
「裏の顔というよりあいつにはみんなに見えないものが見えてる感じでした。突然なにかに襲われたように暴れまわったり突然自分を殴りまくったり常人ではありえないところはありました。でも、根はいいやつだったと思います。友達も多かったしみんなから好かれてたと思いますよ。」
友人はそう話してくれた。
「そうですか。」

続いて隆とマリアは小野寺の式場を訪ねていた。
「お忙しいところ申し訳ありません。お子さんの氏政くんについてお伝えしたいことがあります。」
隆がそう言うと
「何でしょう。」
と母親は応じた。 
「氏政くんなんですが普段は真面目ですが突然暴れまわったり自分を殴ったりすることがあったそうです。このようなこと大変申し上げにくいのですがこのような状態は覚醒剤摂取の錯乱状態に当てはまるのではないでしょうか。」
母親は少し下を向くと
「家に来てもらえますか?」
小野寺の家は市営団地だった。市営団地の2階に小野寺の家がある。
母親は氏政の部屋のドアを開けた。
「こりゃすごいな。」
思わずマリアがそう漏らすほど部屋は荒れ果てていた。壁には無数の傷、床には教材が散らばっている。
「失礼ですが家の中を調べさせてもらえますか?」
隆がそう言って氏政の部屋を主に家の中を調べ始めた。
「ありました。」
氏政の勉強机の中にあるケースの中にそれはあった。
「この白い粉、一体何でしょうねえ。」
隆はわざとらしくそういった。

「何なんですか?こんなところに呼び出して。」
その頃笹野はある人物に呼び出されて旧国府ホテルを訪れていた。
「君のせいでうちのホテルは潰れたんだ。」
笹野を呼び出したのは辻元だった。
「は?」
「お前だろ?自殺事件の犯人。」
辻元はポケットに手を突っ込んでそういった。
「だったら言わせてもらうけどよ。誰のせいで俺は職を失ったと思ってるんだ!」
笹野も負けじと怒鳴った。
「今日、お前を呼び出したのは他でもないお前を殺すためだ。」
辻元は手を突っ込んでいたポケットからナイフを取り出すと笹野に襲いかかった。
「ふん。そんなお前の誘いに俺が乗ったのもお前をここで殺すためだ。」
笹野もナイフを取り出すと辻元と揉み合いになった。
「止めろ!」
そう言ってホテルに入ってきたのは北野と沢村だった。
「何だあんたら。」
突然の乱入者に2人が戸惑っていると
「警察だ!」
と北野が叫んだ。
沢村が辻元を取り押さえ、北野が笹野を取り押さえた。
そこにさらなる乱入者が現れた。隆とマリアである。
「とりあえず公務執行妨害で逮捕ですかね。」
隆はそう言うと
「どういう状況です?この辻元と笹野ってやつがなんなんですか?」
全く事情を知らずにただ辻元と笹野を張っていたところこのような現場に遭遇した北野がそういった。
「ええ。ひとまず状況を整理しましょう。」
隆がそう言うと北野と沢村は2人の拘束を解いた。
「まずことの発端は大学生9人がこのホテルの食堂で食べた料理にありました。その料理は傷んだ野菜を使っており食中毒の原因菌も入っていました。それを9人は食べてしまったんです。当然、9人には食中毒の症状が現れることになる、そうにでもなればこのホテルの名は大いに傷を負うことになります。そして自分のお名前にも傷がついてしまう、笹野さん、あなたはそう考えたんですね?そして自殺に見せかけて殺害することで食中毒を隠蔽しようと考えた。自殺者の解剖は事件性無しと判断された上で解剖されますから胃の内容物などは調べられはしますが食中毒の原因金があるかどうかまでは調べないでしょう。あなたはそれを利用したんです。」
隆が一通り仮設を述べた。
「そうだったのか。この野郎!」
辻元は声を荒げた。
「だから言ったじゃないか!あの日の野菜はいつもより異常に傷んでた。いくらなんでもこんな野菜は使えないって。だがお前はそれを聞き入れなかった。そのせいで俺は9人もの人間を手に掛けたんだぞ!」
隆が水を指した。
「ですがそんなことをしたら逆にホテルの方に傷がついてしまい、辻元さんは夜逃げを強いられる羽目となった。結局守ろうとしていたものをあなたは守りきれていないではありませんか。」
笹野は思案顔になると最後の抵抗を試みた。
「証拠はあるのかよ!俺が殺したっていう決定的な証拠!そして俺の作った料理に食中毒の原因菌が入っているという証拠は!」
「いいえ。残念ながらありません。」
隆がそう言うと
「そうだろ!証拠もなしに人を殺人犯呼ばわりして失敬だと思わないのか!遺体だってもうすぐ火葬されるそうすれば全ては闇の中だ。」
笹野は意気を取り戻してそういった。
「ええ。おっしゃるとおりもう真実は闇に埋もれかけています。ですが、突破口というものが見えてきたのですよ。」
その隆の言葉をマリアが引き継いだ。
「実は被害者の一人、小野寺くんが覚せい剤を所持していたことがわかりましてね。覚醒剤を摂取していた可能性が高い。そう考えるともう一度解剖しなくちゃなりませんね。そうなれば胃の内容物も調べられてすべて明るみに出ますよ。」
「まあそんなわけです。解剖の結果が出るまで待ちますか?」
隆がとどめを刺すと笹野はすべて諦めたように話し始めた。
「俺の料理を食った人間はみんなまずいと言って帰っていった。俺はそれが許せなかった。でもそれは俺のせいじゃない。」
「ええ。このホテルには構造的な欠陥がありますからねえ。」
「欠陥?」
それまで黙り込んでいた辻元が反応を示した。
「ええ。川ですよ。以前厨房を拝見させていただいたときに川の音が聞こえてきました。このあたりは西日温泉として有名なところですから水は豊富なのでしょうねえ。そしてその川はホテルの下を通っています。それにより湿度が上昇し、野菜が腐りやすくなってしまったのではないでしょうか。」
隆が一気にそう言うと辻元と笹野は床にへばりついた。

「一件落着ですね。」
辻元たちが北野と沢村に連行されていくのを見送ったマリアは隆にそういった。
「9人の葬式は取りやめて解剖が行われることになるでしょうねえ。」
「遺族の方は本当に気の毒ですね。」
「ええ。ですが真実がいくら残酷であってもしっかりと受け止めて前を向けて歩くことが重要だと僕は思いますよ。」
隆はそう言うと光る夕日を見ながら
「蒲郡まで来たのですから海でも見て帰りましょうか。」
と言った。
「それは名案ですね。」
2人は海に向けて歩き始めた。
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