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第15話 秘密結社〜違法薬物
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それは瀬戸の山奥にある廃研究所だった。この研究所は主に鳥の研究を行っていた。鳥の病気を治す薬などの開発を主な仕事としている企業だったが10年前に倒産した。
一方で愛知県の離島で事が起こったのはだいぶ暑くなってきた6月初旬だった。
「雷島の鳥謎の大量死!」
そんなような見出しがその日の朝刊を彩った。
「鳥が大量死ですか。」
冷静な声で朝刊を読みながらそう言うのは今まで数々の難事件を解決してきた久野隆である。
「ひでえ話だよな。」
そう言って目覚めのコーヒーを飲むのは山田幸助だった。
「原因はなんなんです?」
隆に尋ねるのは隆と共に行動を共にする加納マリアである。
「さあ、鳥の解剖を行えばすぐに分かることでしょうがね。」
隆は一つため息をついた。
「しかし大量死したのが絶滅危惧種に指定されている簪鳥というのは非常に残念ですねぇ。」
「大量死が起こった雷島は簪鳥が有名でしたよね。観光とかの面でも被害大きいじゃないですか?」
マリアのその問いに答えたのは山田だった。
「島から完全に簪鳥がいなくなったわけではないとはいえ、かなりの大量死だったみたいだからな。島の旅館も大変だろうな。原因がなんなのかわからんがいい迷惑だろうな。」
山田の言葉に隆とマリアはゆっくりと頷いた。
大量死した簪鳥の解剖結果が公表されたのはそれから2日後だった。ここで衝撃な事実が明らかになる。簪鳥の大量死は人為的な行為である可能性が出てきたのだ。
「餌に毒物が混入されていた可能性があるようですねぇ。」
朝刊を広げて隆はそう言った。
「餌と一緒に毒物が簪鳥の体内から見つかったみたいですね。」
そんな隆とマリアの会話に山田が口を挟む。
「こりゃ島の旅館被害届出すんじゃねえのか?簪鳥がいなかったら観光業が成り立たないだろう。しかも簪鳥の大量死が人為的なものだと分かったら黙ってるわけにはいかないよな。」
「ええ。黙ってないでしょうねぇ。」
隆はサイダーの蓋を開けながらそう言った。
「一体誰が餌に毒をもったりしたんでしょうかね。」
マリアは少々今回の事件に憤慨しているようだ。隆が気になることがあったので訂正をする。
「正確には毒物ではなく薬物ですがね。鳥が死んでしまうような薬物が餌に混入されていたそうです。」
「もうどっちでもいいじゃないですか!」
マリアは鳥の大量死に対するこみあげてきた感情を隆にぶつけた。だが隆はあくまで冷静だった。
「まあ落ち着いてください。」
「調べますよね。我々で。」
マリアが隆に迫る。
「我々が調べたところで何もわかりませんよ。ここは優秀な専門家や警察に任せて我々はいつも通り過ごしましょう。」
「そんな。」
マリアは落ち込んだが、やがて自分たちが行っても何もできないと思ったのか
「まあそうですね。」
と言った。この時点ではまだ日常な風景だった。
翌日、愛知県警捜査一課の北野と沢村は瀬戸の山奥にある廃研究所に足を運んでいた。研究所は岐阜寄りの愛知県瀬戸市と言ったところで、定光寺などのスポットが近い。定光寺と言えば放浪閣の事件を彷彿とさせる。沢村はそんなことを考えていた。研究所は森におおわれるような形となっており一応隣には道路があるがほとんど見えないような状況だった。他の捜査員は藪漕ぎを強いられた。そう。北野と沢村がここに来ていたのは昨夜この研究所で男の死体を見つけたという通報が入ったからだった。瀬戸署から応援として駆け付けた北野と沢村は鑑識作業を行っている鑑識課の沼田に声をかけていた。
「おい。どうだ。ご遺体は。」
北野が沼田に話しかける。沼田は顔を上げて
「どうやら、階段から突き落とされたようですな。」
と言った。遺体のある場所は階段のちょうど真下の位置にあった。何者かに突き落とされて壁に頭を打ち付けたのだろう。
「被害者の身元は?」
定番の質問を繰り出す北野に沼田は答えた。
「身元を示すようなものは今のところ見つかっていません。身元の特定を急ぎます。」
沼田は次に北野が聞くであろう質問を先回りして答えた。
「第一発見者は肝試しに来ていた若いカップルです。」
「どうも。では遺体を見つけた時の状況。気になった事など順に説明してもらえますか。」
北野が早速そのカップルに声をかける。
「いや。最近廃墟に肝試しに行こうって話になってこいつと言ったんです。」
カップルの男の方がそう言って女の方を指さした。沢村が説明の先を読む。
「そしたら遺体を発見した。」
「はい。」
北野が質問する。
「発見時、何か気になった事などありませんか?」
それに答えたのは女の方だった。
「特にありません。あっ。でも。」
「どうかしました?」
沢村が急かすようにそう言った。
「いや、突き落とされた階段の上には部屋があるんです。でも、そこには鍵が掛かっていました。」
北野は沢村に目を向けて確認しに行かせた。
「確かに、施錠されてますね。エレベーター室って書いてありますけど。」
階段の上から沢村の声が聞こえた。
「ほかの部屋のドアの鍵は開いてるのにここだけ施錠されてて気になりました。事件とは関係のないことかもしれませんけど。」
女はそう言って頭を下げた。北野も応じる。
「いえ。ありがとうございます。」
「それは不思議ですねぇ。」
そんな北野たちのやり取りを鑑識をしながら盗み聞きをした沼田は愛知県警に戻ると隆に電話をしていた。
「ええ。施錠されているということは何か隠しているものがあるかもですね。」
電話はスピーカーモードになっていて、マリアも参加していた。
「扉を破ったりしなかったんですか?いくら施錠されているからって破ることはできるでしょう。」
マリアがそう言うと沼田は残念そうに
「まあそうなんですが。所有者の許可が必要だし所有者との連絡が付かない限りは扉を破る権限はありません。」
と言った。隆が沼田の言葉に付け加える。
「曲がりなりにも、管理地ですからね。沼田さん、貴重な情報どうもありがとう。」
隆が礼を述べると沼田も挨拶をしようとした。
「いえ。今後も何か情報があればお伝えいたします。」
隆が電話を切ろうとしたとき電話の奥から聞きなじみのある声が聞こえてきた。
「おい。沼田。なんだ?今後も何か情報があればお伝えしますって。誰に電話してる。」
声の主は北野だった。沼田は咄嗟にごまかす。
「廃墟ファンと電話しておりました。本当です。」
北野は沼田を睨みつける。沼田は完全に焦っていた。
「あらら、ばれちゃったみたいですね。」
沼田の携帯からはそんなマリアの声が聞こえてきた。
「ああやっぱり。前から思ってたんすよ。なんで隆さんはなんでそんなに事件についての情報を得ているのか。情報を流していたのは沼田さんだったんですね。」
北野の脇にいたのか沢村の軽い声が聞こえてきた。
「まあ前から目星はついていたがな。」
そこで電話は切れた。おそらく今頃沼田は酷い目に遭っているだろう。
以外にも今回の殺人事件の犯人は簡単に逮捕された。まず被害者の名前は宮坂智樹。ごく平凡なサラリーマンだった。どうやら動画投稿サイトで副業をやっているようでジャンルが廃虚探索だった。廃虚を撮影している時に突き落とされてしまったと警察は考えた。そして今回逮捕されたのは真田金治。26歳。傷害や暴行などを繰り返していたようだ。施錠されていたドアノブに指紋が付いておりその指紋が真田の物と一致したようだった。
「あんた、相当な素人だな。ドアノブにあんたの指紋が付いてた。」
取調室では北野が真田を問い詰めていた。
「だからなんだよ。」
沢村が真田の前に宮坂の写真を出した。
「この人、見覚えあるよな?」
「さあ誰だったかな。」
真田は白を切った。
「おめえが殺した宮坂智樹だよ!」
北野が怒号を浴びせた。真田は思ったよりもろかった。しばらく押し黙ると意を決したように
「俺が殺しました。」
真田の思ったより早い自供に北野と沢村は拍子抜けしたようだった。
「認めるんだな?」
沢村迫ると
「はい。」
「どうして殺した?」
北野はそう質問した。
「どうしてってエレベーター室にある物を取って来いって頼まれたから取りに行ったらあいつが来て俺の事を撮影してきて。おびえた俺はあいつを突き飛ばしてしまいました。」
「だれに頼まれたの?」
「知りません。目的の物取ってきてくれたら金をくれるって話だったんで。コインロッカーでのやり取りだったので相手が誰かまでは。」
「じゃあその君が取りに行った物は何だったの?」
「分かりません。段ボールに包まれていました。中を見るなと言われてましたから。」
宮坂を殺したのは真田で間違いない。しかし、その原因についてはまだ謎だった。
「そうですか。ご苦労でしたね。」
北野と沢村は成り行きを刑事部長の猪俣真一に話した。
「宮坂を殺したのは真田で間違いありません。ただまだエレベーター室の謎が残っています。」
猪俣に北野はそう説明した。猪俣はしばらくして
「じゃあもうそれでいいんじゃない?」
と言った。北野は戸惑う。
「は?」
「だって被害者殺した犯人が分かったんでしょ?これ以上僕たちが調べる必要ある?」
猪俣は犯人さえわかればそれ以上求めない人物だった。
「いや、ですが。」
こう見えて北野は正義感の強い刑事だ。
「まあいいじゃないですか。犯人を捕まえれば十分でしょ?刑事と言うのはそう言う仕事だ。そう思いませんか?」
「それは違います!」
猪俣にそのように反論したのは北野の脇にいた沢村だった。
「刑事の仕事と言うのは真実を明らかにして犯人に罪を償わせるものです。」
猪俣は一旦沢村の意見を認めた。
「それはそれは、ご立派な考えですね。感服いたしました。」
猪俣はわざとらしく言って見せた沢村は腹を立てた。おそらく隣にいる北野も同じ気持ちだろう。
「でもさ、罪を確定するのは司法の仕事だよね?我々が罪を償わるのはおかしくない?罪を償わせるために刑事やってんだったらそれは本来の業務から逸脱しているのではないかしら。」
口調は穏やかだが有無を言わせぬ口調に沢村が答えられずにいると横からスッと手が飛び出してきた。北野の手だった。
「申し訳ありません。今回の事件は真田が犯人と言うことで片を付けます。」
2人は礼をして立ち去って行った。廊下に出た沢村は北野に話しかける。
「良いんですか?謎を明らかにしなくて。」
「謎を明らかにする?うってつけの奴らがいるじゃねえか。」
沢村はしばらく思案して
「なるほど。」
と頷いた。
うってつけの奴らと言うのは紛れもない隆とマリアだった。2人は北野の期待を裏切らなかった。もうすでに遺体の発見された廃墟に訪れていたのである。さすが研究所と言うだけある。ものすごい激臭が漂っていた。
「すごい匂いですね。この匂い、どこかで書いたような気がしますが。」
マリアは口にハンカチを当てながら歩いていた。
「ええ。こんな激臭の中で遺体を見つけましたねぇ。」
そんなことを思い出しながら2人はエレベーター室へと向かった。漂っていた臭いも階を上がるごとに薄くなっていきエレベーター室に着いた頃にはほぼ無臭となっていた。隆はエレベーター室のドアを開けようとするがやはり施錠されていた。
「施錠されているようですねぇ。」
「だから、行かなくていいって言ったんですよ。施錠されてるんだからエレベーター室の中に行けるわけないじゃないですか。」
マリアの言うことは至極当然のことだった。
「そうでもないと思いますよ。」
隆は脇に置いてあったはしごを手にした。そして研究所の屋上へ行きはしごをエレベーター室の窓へ向ける。
「マジすか?」
マリアは心から驚いた。以前からおかしなことをする人だとは思っていたがまさかこれを登れというのか。
「マジです。僕が様子を見てきますから君はそこで待っていてください。」
隆は何のためらいもなくはしごに手をかけて登り始めた。そして難なくエレベーター室に入ったのである。しばらくして隆が屋上に降りてきた。
「写真を撮ってきました。」
隆はデジカメで撮影したエレベーター室内部の様子をマリアに見せた。
「見てわかると思いますが一部雨漏りの跡がない所がありますよね。」
確かに隆が指さしたところだけ雨漏りの痕跡が無かった。
「この大きさだとおそらく段ボールか何かでしょう。犯人像が分かりました。」
「なんです?」
「宮坂を殺したのは間違いなく真田でしょう。しかし、真田にエレベーター室に目的の物を取って来いと頼んだ人物はこの研究所に関係の深い人物かもしれませんねぇ。」
隆はそう言うと行きましょうと言って駆け下りて行った。マリアも後に続いた。
「なるほど。この研究所は様々な賞を受賞していたんですねぇ。」
隆は社長室に入り、壁に貼ってある賞状を見ながらそう言った。
「すごい研究をしてたみたいですね。主な研究内容は鳥みたいですね。」
マリアも賞状を見上げてそう言った。
「ああ、見つけました。」
隆は社長のデスクから紙を取り出した。会社の幹部リストのようだ。
「幹部リストなんて見つけてどうするんですか?」
マリアが尋ねる。
「先程申し上げたように真田にエレベーター室に何かを取りに行かせたのはこの研究所と関係の深い人物だと僕は考えています。なので研究所の幹部を疑うのは当然じゃありませんか。」
幹部リストにざっと目を通した隆はそれをデジカメで撮影した。
「デジカメ好きですね。」
「持ち帰るわけにもいきませんからねぇ。写真にして残しておくのは当然のことです。」
そんな会話をしながらマリアが社長室の物を見ていると散乱した書類から一つの紙を引っ張り出した。
「あれ?これなんですかね。裁判記録って書いてありますけど。」
「はい?」
隆はその書類を見て驚くべき事実を知ったのだった。
「どうやらここの研究所の社長は逮捕されているようですねぇ。」
どうやらこの裁判記録は2010年に国からの承認を得ていない鳥のワクチンを販売していたことが分かり研究所の社長ら幹部が逮捕された事件でそのワクチンを仕入れていた店が研究所を訴えた裁判の記録だった。
「原告側が勝訴しているみたいですね。控訴、上告とありますけど、これって何ですか?」
マリアは裁判とか法律とか公民についての勉強があまり得意ではなかった。興味がないのが一番の苦である。
「ああ、三審制度のことですよ。裁判は基本地方裁判所などで行われます。そこで敗訴した場合レベルが1つ上の高裁で裁判をすることが可能なんですよ。そしてそれを控訴と言います。しかし高裁でも敗訴した場合さらに1ランク上の最高裁判所で審議を行うことが可能です。それを上告と言います。この場合研究所側は地方裁判所で敗訴して控訴するも高裁でも敗訴。そしてついに最高裁でも敗訴しています。最高裁まで行くともうこれ以上裁判をすることができないのでここで終わりです。」
隆が長々と語った。マリアが簡単にまとめる。
「まあ要するに研究所は裁判に負けったってことですよね。」
「そういうことです。裁判に敗訴したことで社長は損害賠償による制裁を受けていますねぇ。」
隆はそう言ってその裁判記録もデジカメに収めた。
一旦山田の家に戻った隆とマリアは佐々木研究所の社長、佐々木恒久について調べていた。
「随分やり手の人だったみたいですね。佐々木研究所の設立者であり逮捕される前まではかなり稼いでたみたいです。」
マリアはざっと佐々木について説明した。
「ええ。ですが逮捕されたことで研究所は倒産し、名声も失ってしまったようですねぇ。」
隆もPCの画面を眺めながらそう言った。
「出身地は雷島ですか。」
隆はそう呟いた。その発言に何の意味があるのか理解できなかったマリアは
「出身地なんてどうでもいいじゃないですか。」
と尋ねた。
「いえ、どうでもよくありません。雷島です。何か思い出すことがあるのではありませんか?」
隆は分かったことをもったいぶる癖がある。面倒な人だと改めて感じながらもマリアはピンと来たようだった。
「ああ。簪鳥が大量死したっていう。」
隆は左手の人差し指を立てた。それは事件解決に一歩近ずいた時にする動きだった。
「ええ。違法な鳥の薬を販売していた研究所の元社長の出身地で鳥の大量死。偶然ではないと思いませんか?」
隆にそう尋ねられるとマリアは確かにと感じた。
「じゃあ鳥の餌に薬を混入したっていうのは元社長の佐々木であるってことですか?」
「少なくとも可能性の話ですが。」
ここでマリアが隆の仮説に異論を唱えた。
「でもその推理弱すぎません?ただの偶然っていう可能性もあるのでは?」
「ええ。これだけでは弱い。しかし、僕の推理にはもう1つ根拠があります。」
一旦マリアの主張を肯定した隆はもう1つの根拠と言うものを示した。
「先ほど行った研究所に簪鳥の研究の書類もありました。」
「マジすか。」
マリアが隆の洞察力に驚いていると隆はマリアの真似をして
「マジです。」
と答えた。マリアが推理を発展させる。
「じゃあ真田が佐々木に運んだのは簪鳥を殺すための薬ってことですか?」
「その可能性も十分に考えられますねぇ。」
隆は自分のスーツの上着のピケットからデジカメを取り出すとエレベーター室の写真を見た。
「この雨漏りしていない所の大きさから考えて段ボール一個でしょう。」
隆は山田の家の固定電話を使用して北野に電話をかけた。
「もしもし。」
いきなり知らない番号から電話がかかってきたことで北野は警戒していた。
「もしもし。僕です。」
この理屈っぽい声は隆の声だろう。そう思った北野は
「そんなオレオレ詐欺みたいなこと言わなくていいですから、何の御用ですか?」
と言った。
「今回の真田が引き起こした殺人事件と簪鳥の大量死に関係があるかもしれません。」
「は?」
突然のことに北野がそう返事をした。簪鳥、大量死というキーワードを頼りに記憶の中を探ってみたところ雷島の簪鳥の大量死の事だと気が付いた。
「真田が佐々木研究所のエレベーター室から運び出したのはおそらく簪鳥を殺すための薬物でしょう。」
突然のことに北野は再び戸惑った。
「いきなり何なんですか?詳しく教えていただけませんかねえ。」
「詳細はメールで伝えます。」
じゃあなんで電話したんだよ、と苛立った北野だったが隆にこう言った。
「だいたいねえ。今回の事件は真田が犯人と言うことで片が付いているのですがねぇ。」
北野と言う刑事は嫌味ったらしい男に見えるが刑事として正義感の強い男だった。それは隆も熟知している。
「猪俣刑事部長ですか。」
「ご明察。例え隆さんの推理が当たっていたとしても簪鳥の大量死は別に人が殺されているわけじゃない。人が死なない限りあの男は動かないし我々も動けませんのでご了承ください。」
「分かりました。では。」
隆はそう言って電話を切った。そんな隆にマリアが話しかける。
「しかし一体何の目的で佐々木は自分の故郷で有名な簪鳥を大量死させるようなことをしたのですかね。」
「ええ。そこが僕も以前から引っかかっていました。現地に行って確かめるしかなさそうですね。」
隆がそう言うとマリアが
「そう来なくっちゃ。」
と声を上げた。
その日の夜隆は猪俣に電話で呼び出され回転寿司を食べていた。
「うまいね。やっぱり寿司と言ったらこの店だよな。」
もはや2人の行きつけとなっている回転寿司屋だった。
「今日はどのようなお話でしょうか。あなたが僕を呼ぶということは何か事情があることと存じますが。」
隆は猪俣に気を許していなかった。常に警戒している。
「うん。実は君、また終わったことに首を突っ込んでいるみたいだね。よっぽど楽しいのかな?」
猪俣は挑発するかのように言ってみせた。
「何のことでしょう?」
隆は一旦とぼけて見せた。
「聞いたよ。北野が君と電話してたって。僕、耳だけは良いから。雷島の鳥の大量死と今回の殺人事件について調べているみたいだね。」
「僕は真実を追求しているだけです。」
「真実ねぇ。楽しい?」
「はい?」
「真実は残酷な時もあるんだよ。そんなことも分からずに。平気で真実とか口走るのはどうかと思いますよ。」
「どれだけ真実が残酷であったとしても人は法の元平等に裁かれる必要があります。」
「おっとっと。長い話になりそうだからこの話は置いておこう。」
隆は猪俣のこの言葉に食って掛かった。
「最初に話を持ち掛けたのはそちらでしょう。」
「そうだっけ?」
猪俣はそう言ってマグロを口にした。
翌日、隆とマリアは雷島へ向かっていた。雷島は愛知県の知多半島の先端から篠島や日間賀島を超えて少しのところにある。2人は雷島行きの船へ乗船していた。
「船なんて久しぶりですね。」
船は2階建てとなっており一回が客席、2階が船からの景色を見渡すことができるようになっていた。雷島は簪鳥の大量死により大打撃を受けているようで客席はガラガラだった。そんな船の2階に行ったマリアは隆にそう話しかけた。
「普段生活していて船に乗ることなど滅多にありませんからねぇ。」
隆はそう返答した。
「いや、たまに乗りますけどね。」
マリアは小さい声だったが聞き取れるぐらいの声の大きさで言った。
「はい?」
「プライベートで船、所有してますから。」
マリアはちょくちょく自分の家の裕福さを自慢する節がある。
「なるほど。」
隆は話を切り上げた。
そんな会話をしているうちに雷島に船が到着した。船を降りると町が広がっていてホテルや旅館などが立ち並んでいた。
「随分栄えてるみたいですね。」
マリアが率直な感想を述べたが
「正確には栄えていた、ですかね。」
隆がそう訂正する。
「なんでですか?」
「あれを見てください。」
隆はそう言ってとある旅館のドアを指さした。ドアには張り紙がされておりマリアがそれを読み上げる。
「この度、旅館たむろ館は経営不振により廃業を決意いたしました。長きにわたりありがとうございました。って。」
マリアが言わんとすることを隆が言った。
「ええ。簪鳥の大量死による観光客の激減が原因でしょうねぇ。」
「佐々木、許せませんね。」
マリアが怒りをあらわにした。隆もそれに同意する。
「ええ。彼は一体この後何を繰り出すつもりなのでしょうかねぇ。そのヒントがこの雷島に隠されていると思うのですが。」
隆とマリアがそんな会話をしながら島の道を歩いていると男が声をかけた。
「ちょっと。二人とも。よかったら昼ご飯にどうですか?」
どうやらこの男は道沿いにある料亭旅館の従業員のようだ。顔には疲労が滲み出ていた。
「失礼ですが、これは立派な客引きですねぇ。犯罪です。」
隆がそう言うと男はうつむいて旅館に戻ろうとした。それを隆が呼び止めた。
「いや、ちょっと待ってください。我々もちょうど空腹に悩まされていたころです。ご飯を頂けますか?」
男の顔に光が燈った。
「はい。どうぞ。」
どうやらこの料亭旅館は男が経営していたらしい。男は刺身を持ってきた。
「さすがに島と言うだけあって豪華なお料理ですねぇ。」
所狭しと机に並べられた料理を見て隆がそう言った。
「いえいえ。もう全然客が入りませんから。」
「その原因は簪鳥の大量死ですか?」
すかさずマリアが尋ねる。
「ええ。ニュースで人為的にやられたものだと聞いておかげでこっちは大損ですよ。」
「心中お察しします。」
隆はそう言って頭を下げた。一瞬何とも言えない顔をした男だったがその顔を笑顔に切り替えると
「はい。食べてください。」
と言った。
「しかし、これだけ豪華だと金額も相当でしょうね。」
男が部屋から出て行ったのを確認したマリアがそう言った。
「かなり高額でしょうねぇ。しかしプライベートで船を所有している加納家のご令嬢ともあれば何ら問題ないのではありませんか?」
「隆さんの、そう言うところ、嫌いです。」
マリアはそう言ったが隆はノリが悪かった。
「はい?」
そっけなくその言葉を返すと鯛の刺身を口に放り込んだ。
「いや、料亭旅館なだけあっておいしいですね。」
段々調子に乗ってきたマリアがテンションを上げていく。
「ええ。しかしこのような素敵なところが存亡の危機に立たされていると思うと胸が痛みますねぇ。」
「簪鳥の大量死を引き起こしたのはやっぱり佐々木なんですかね?」
マリアは事件の話へと移った。
「そうではないと思いますよ。」
思わぬ隆の反応にマリアは愕然とした。
「どういうことですか?佐々木が大量死させたと隆さんが推理したからなぜか島に来て確かめているんじゃなかったでしたっけ?」
「今は美味しい食事を頂きましょう。」
隆が話を終わらせても納得のいかないマリアは疑問を隆にぶつけ続けた。
「どういうことですか?」
「食事を頂きましょうと言っています!」
隆がそう言ってマリアを睨んだ。これにはマリアも放つ言葉が見つからない。
静寂の中で隆とマリアは刺身を食べていた。
2人が食べている場所は和室で襖で囲まれた部屋に机が1つ置いてある質素な部屋だった。随分狭い部屋である。
そして襖の奥には一人の男の暗い人影があった。
一方で愛知県の離島で事が起こったのはだいぶ暑くなってきた6月初旬だった。
「雷島の鳥謎の大量死!」
そんなような見出しがその日の朝刊を彩った。
「鳥が大量死ですか。」
冷静な声で朝刊を読みながらそう言うのは今まで数々の難事件を解決してきた久野隆である。
「ひでえ話だよな。」
そう言って目覚めのコーヒーを飲むのは山田幸助だった。
「原因はなんなんです?」
隆に尋ねるのは隆と共に行動を共にする加納マリアである。
「さあ、鳥の解剖を行えばすぐに分かることでしょうがね。」
隆は一つため息をついた。
「しかし大量死したのが絶滅危惧種に指定されている簪鳥というのは非常に残念ですねぇ。」
「大量死が起こった雷島は簪鳥が有名でしたよね。観光とかの面でも被害大きいじゃないですか?」
マリアのその問いに答えたのは山田だった。
「島から完全に簪鳥がいなくなったわけではないとはいえ、かなりの大量死だったみたいだからな。島の旅館も大変だろうな。原因がなんなのかわからんがいい迷惑だろうな。」
山田の言葉に隆とマリアはゆっくりと頷いた。
大量死した簪鳥の解剖結果が公表されたのはそれから2日後だった。ここで衝撃な事実が明らかになる。簪鳥の大量死は人為的な行為である可能性が出てきたのだ。
「餌に毒物が混入されていた可能性があるようですねぇ。」
朝刊を広げて隆はそう言った。
「餌と一緒に毒物が簪鳥の体内から見つかったみたいですね。」
そんな隆とマリアの会話に山田が口を挟む。
「こりゃ島の旅館被害届出すんじゃねえのか?簪鳥がいなかったら観光業が成り立たないだろう。しかも簪鳥の大量死が人為的なものだと分かったら黙ってるわけにはいかないよな。」
「ええ。黙ってないでしょうねぇ。」
隆はサイダーの蓋を開けながらそう言った。
「一体誰が餌に毒をもったりしたんでしょうかね。」
マリアは少々今回の事件に憤慨しているようだ。隆が気になることがあったので訂正をする。
「正確には毒物ではなく薬物ですがね。鳥が死んでしまうような薬物が餌に混入されていたそうです。」
「もうどっちでもいいじゃないですか!」
マリアは鳥の大量死に対するこみあげてきた感情を隆にぶつけた。だが隆はあくまで冷静だった。
「まあ落ち着いてください。」
「調べますよね。我々で。」
マリアが隆に迫る。
「我々が調べたところで何もわかりませんよ。ここは優秀な専門家や警察に任せて我々はいつも通り過ごしましょう。」
「そんな。」
マリアは落ち込んだが、やがて自分たちが行っても何もできないと思ったのか
「まあそうですね。」
と言った。この時点ではまだ日常な風景だった。
翌日、愛知県警捜査一課の北野と沢村は瀬戸の山奥にある廃研究所に足を運んでいた。研究所は岐阜寄りの愛知県瀬戸市と言ったところで、定光寺などのスポットが近い。定光寺と言えば放浪閣の事件を彷彿とさせる。沢村はそんなことを考えていた。研究所は森におおわれるような形となっており一応隣には道路があるがほとんど見えないような状況だった。他の捜査員は藪漕ぎを強いられた。そう。北野と沢村がここに来ていたのは昨夜この研究所で男の死体を見つけたという通報が入ったからだった。瀬戸署から応援として駆け付けた北野と沢村は鑑識作業を行っている鑑識課の沼田に声をかけていた。
「おい。どうだ。ご遺体は。」
北野が沼田に話しかける。沼田は顔を上げて
「どうやら、階段から突き落とされたようですな。」
と言った。遺体のある場所は階段のちょうど真下の位置にあった。何者かに突き落とされて壁に頭を打ち付けたのだろう。
「被害者の身元は?」
定番の質問を繰り出す北野に沼田は答えた。
「身元を示すようなものは今のところ見つかっていません。身元の特定を急ぎます。」
沼田は次に北野が聞くであろう質問を先回りして答えた。
「第一発見者は肝試しに来ていた若いカップルです。」
「どうも。では遺体を見つけた時の状況。気になった事など順に説明してもらえますか。」
北野が早速そのカップルに声をかける。
「いや。最近廃墟に肝試しに行こうって話になってこいつと言ったんです。」
カップルの男の方がそう言って女の方を指さした。沢村が説明の先を読む。
「そしたら遺体を発見した。」
「はい。」
北野が質問する。
「発見時、何か気になった事などありませんか?」
それに答えたのは女の方だった。
「特にありません。あっ。でも。」
「どうかしました?」
沢村が急かすようにそう言った。
「いや、突き落とされた階段の上には部屋があるんです。でも、そこには鍵が掛かっていました。」
北野は沢村に目を向けて確認しに行かせた。
「確かに、施錠されてますね。エレベーター室って書いてありますけど。」
階段の上から沢村の声が聞こえた。
「ほかの部屋のドアの鍵は開いてるのにここだけ施錠されてて気になりました。事件とは関係のないことかもしれませんけど。」
女はそう言って頭を下げた。北野も応じる。
「いえ。ありがとうございます。」
「それは不思議ですねぇ。」
そんな北野たちのやり取りを鑑識をしながら盗み聞きをした沼田は愛知県警に戻ると隆に電話をしていた。
「ええ。施錠されているということは何か隠しているものがあるかもですね。」
電話はスピーカーモードになっていて、マリアも参加していた。
「扉を破ったりしなかったんですか?いくら施錠されているからって破ることはできるでしょう。」
マリアがそう言うと沼田は残念そうに
「まあそうなんですが。所有者の許可が必要だし所有者との連絡が付かない限りは扉を破る権限はありません。」
と言った。隆が沼田の言葉に付け加える。
「曲がりなりにも、管理地ですからね。沼田さん、貴重な情報どうもありがとう。」
隆が礼を述べると沼田も挨拶をしようとした。
「いえ。今後も何か情報があればお伝えいたします。」
隆が電話を切ろうとしたとき電話の奥から聞きなじみのある声が聞こえてきた。
「おい。沼田。なんだ?今後も何か情報があればお伝えしますって。誰に電話してる。」
声の主は北野だった。沼田は咄嗟にごまかす。
「廃墟ファンと電話しておりました。本当です。」
北野は沼田を睨みつける。沼田は完全に焦っていた。
「あらら、ばれちゃったみたいですね。」
沼田の携帯からはそんなマリアの声が聞こえてきた。
「ああやっぱり。前から思ってたんすよ。なんで隆さんはなんでそんなに事件についての情報を得ているのか。情報を流していたのは沼田さんだったんですね。」
北野の脇にいたのか沢村の軽い声が聞こえてきた。
「まあ前から目星はついていたがな。」
そこで電話は切れた。おそらく今頃沼田は酷い目に遭っているだろう。
以外にも今回の殺人事件の犯人は簡単に逮捕された。まず被害者の名前は宮坂智樹。ごく平凡なサラリーマンだった。どうやら動画投稿サイトで副業をやっているようでジャンルが廃虚探索だった。廃虚を撮影している時に突き落とされてしまったと警察は考えた。そして今回逮捕されたのは真田金治。26歳。傷害や暴行などを繰り返していたようだ。施錠されていたドアノブに指紋が付いておりその指紋が真田の物と一致したようだった。
「あんた、相当な素人だな。ドアノブにあんたの指紋が付いてた。」
取調室では北野が真田を問い詰めていた。
「だからなんだよ。」
沢村が真田の前に宮坂の写真を出した。
「この人、見覚えあるよな?」
「さあ誰だったかな。」
真田は白を切った。
「おめえが殺した宮坂智樹だよ!」
北野が怒号を浴びせた。真田は思ったよりもろかった。しばらく押し黙ると意を決したように
「俺が殺しました。」
真田の思ったより早い自供に北野と沢村は拍子抜けしたようだった。
「認めるんだな?」
沢村迫ると
「はい。」
「どうして殺した?」
北野はそう質問した。
「どうしてってエレベーター室にある物を取って来いって頼まれたから取りに行ったらあいつが来て俺の事を撮影してきて。おびえた俺はあいつを突き飛ばしてしまいました。」
「だれに頼まれたの?」
「知りません。目的の物取ってきてくれたら金をくれるって話だったんで。コインロッカーでのやり取りだったので相手が誰かまでは。」
「じゃあその君が取りに行った物は何だったの?」
「分かりません。段ボールに包まれていました。中を見るなと言われてましたから。」
宮坂を殺したのは真田で間違いない。しかし、その原因についてはまだ謎だった。
「そうですか。ご苦労でしたね。」
北野と沢村は成り行きを刑事部長の猪俣真一に話した。
「宮坂を殺したのは真田で間違いありません。ただまだエレベーター室の謎が残っています。」
猪俣に北野はそう説明した。猪俣はしばらくして
「じゃあもうそれでいいんじゃない?」
と言った。北野は戸惑う。
「は?」
「だって被害者殺した犯人が分かったんでしょ?これ以上僕たちが調べる必要ある?」
猪俣は犯人さえわかればそれ以上求めない人物だった。
「いや、ですが。」
こう見えて北野は正義感の強い刑事だ。
「まあいいじゃないですか。犯人を捕まえれば十分でしょ?刑事と言うのはそう言う仕事だ。そう思いませんか?」
「それは違います!」
猪俣にそのように反論したのは北野の脇にいた沢村だった。
「刑事の仕事と言うのは真実を明らかにして犯人に罪を償わせるものです。」
猪俣は一旦沢村の意見を認めた。
「それはそれは、ご立派な考えですね。感服いたしました。」
猪俣はわざとらしく言って見せた沢村は腹を立てた。おそらく隣にいる北野も同じ気持ちだろう。
「でもさ、罪を確定するのは司法の仕事だよね?我々が罪を償わるのはおかしくない?罪を償わせるために刑事やってんだったらそれは本来の業務から逸脱しているのではないかしら。」
口調は穏やかだが有無を言わせぬ口調に沢村が答えられずにいると横からスッと手が飛び出してきた。北野の手だった。
「申し訳ありません。今回の事件は真田が犯人と言うことで片を付けます。」
2人は礼をして立ち去って行った。廊下に出た沢村は北野に話しかける。
「良いんですか?謎を明らかにしなくて。」
「謎を明らかにする?うってつけの奴らがいるじゃねえか。」
沢村はしばらく思案して
「なるほど。」
と頷いた。
うってつけの奴らと言うのは紛れもない隆とマリアだった。2人は北野の期待を裏切らなかった。もうすでに遺体の発見された廃墟に訪れていたのである。さすが研究所と言うだけある。ものすごい激臭が漂っていた。
「すごい匂いですね。この匂い、どこかで書いたような気がしますが。」
マリアは口にハンカチを当てながら歩いていた。
「ええ。こんな激臭の中で遺体を見つけましたねぇ。」
そんなことを思い出しながら2人はエレベーター室へと向かった。漂っていた臭いも階を上がるごとに薄くなっていきエレベーター室に着いた頃にはほぼ無臭となっていた。隆はエレベーター室のドアを開けようとするがやはり施錠されていた。
「施錠されているようですねぇ。」
「だから、行かなくていいって言ったんですよ。施錠されてるんだからエレベーター室の中に行けるわけないじゃないですか。」
マリアの言うことは至極当然のことだった。
「そうでもないと思いますよ。」
隆は脇に置いてあったはしごを手にした。そして研究所の屋上へ行きはしごをエレベーター室の窓へ向ける。
「マジすか?」
マリアは心から驚いた。以前からおかしなことをする人だとは思っていたがまさかこれを登れというのか。
「マジです。僕が様子を見てきますから君はそこで待っていてください。」
隆は何のためらいもなくはしごに手をかけて登り始めた。そして難なくエレベーター室に入ったのである。しばらくして隆が屋上に降りてきた。
「写真を撮ってきました。」
隆はデジカメで撮影したエレベーター室内部の様子をマリアに見せた。
「見てわかると思いますが一部雨漏りの跡がない所がありますよね。」
確かに隆が指さしたところだけ雨漏りの痕跡が無かった。
「この大きさだとおそらく段ボールか何かでしょう。犯人像が分かりました。」
「なんです?」
「宮坂を殺したのは間違いなく真田でしょう。しかし、真田にエレベーター室に目的の物を取って来いと頼んだ人物はこの研究所に関係の深い人物かもしれませんねぇ。」
隆はそう言うと行きましょうと言って駆け下りて行った。マリアも後に続いた。
「なるほど。この研究所は様々な賞を受賞していたんですねぇ。」
隆は社長室に入り、壁に貼ってある賞状を見ながらそう言った。
「すごい研究をしてたみたいですね。主な研究内容は鳥みたいですね。」
マリアも賞状を見上げてそう言った。
「ああ、見つけました。」
隆は社長のデスクから紙を取り出した。会社の幹部リストのようだ。
「幹部リストなんて見つけてどうするんですか?」
マリアが尋ねる。
「先程申し上げたように真田にエレベーター室に何かを取りに行かせたのはこの研究所と関係の深い人物だと僕は考えています。なので研究所の幹部を疑うのは当然じゃありませんか。」
幹部リストにざっと目を通した隆はそれをデジカメで撮影した。
「デジカメ好きですね。」
「持ち帰るわけにもいきませんからねぇ。写真にして残しておくのは当然のことです。」
そんな会話をしながらマリアが社長室の物を見ていると散乱した書類から一つの紙を引っ張り出した。
「あれ?これなんですかね。裁判記録って書いてありますけど。」
「はい?」
隆はその書類を見て驚くべき事実を知ったのだった。
「どうやらここの研究所の社長は逮捕されているようですねぇ。」
どうやらこの裁判記録は2010年に国からの承認を得ていない鳥のワクチンを販売していたことが分かり研究所の社長ら幹部が逮捕された事件でそのワクチンを仕入れていた店が研究所を訴えた裁判の記録だった。
「原告側が勝訴しているみたいですね。控訴、上告とありますけど、これって何ですか?」
マリアは裁判とか法律とか公民についての勉強があまり得意ではなかった。興味がないのが一番の苦である。
「ああ、三審制度のことですよ。裁判は基本地方裁判所などで行われます。そこで敗訴した場合レベルが1つ上の高裁で裁判をすることが可能なんですよ。そしてそれを控訴と言います。しかし高裁でも敗訴した場合さらに1ランク上の最高裁判所で審議を行うことが可能です。それを上告と言います。この場合研究所側は地方裁判所で敗訴して控訴するも高裁でも敗訴。そしてついに最高裁でも敗訴しています。最高裁まで行くともうこれ以上裁判をすることができないのでここで終わりです。」
隆が長々と語った。マリアが簡単にまとめる。
「まあ要するに研究所は裁判に負けったってことですよね。」
「そういうことです。裁判に敗訴したことで社長は損害賠償による制裁を受けていますねぇ。」
隆はそう言ってその裁判記録もデジカメに収めた。
一旦山田の家に戻った隆とマリアは佐々木研究所の社長、佐々木恒久について調べていた。
「随分やり手の人だったみたいですね。佐々木研究所の設立者であり逮捕される前まではかなり稼いでたみたいです。」
マリアはざっと佐々木について説明した。
「ええ。ですが逮捕されたことで研究所は倒産し、名声も失ってしまったようですねぇ。」
隆もPCの画面を眺めながらそう言った。
「出身地は雷島ですか。」
隆はそう呟いた。その発言に何の意味があるのか理解できなかったマリアは
「出身地なんてどうでもいいじゃないですか。」
と尋ねた。
「いえ、どうでもよくありません。雷島です。何か思い出すことがあるのではありませんか?」
隆は分かったことをもったいぶる癖がある。面倒な人だと改めて感じながらもマリアはピンと来たようだった。
「ああ。簪鳥が大量死したっていう。」
隆は左手の人差し指を立てた。それは事件解決に一歩近ずいた時にする動きだった。
「ええ。違法な鳥の薬を販売していた研究所の元社長の出身地で鳥の大量死。偶然ではないと思いませんか?」
隆にそう尋ねられるとマリアは確かにと感じた。
「じゃあ鳥の餌に薬を混入したっていうのは元社長の佐々木であるってことですか?」
「少なくとも可能性の話ですが。」
ここでマリアが隆の仮説に異論を唱えた。
「でもその推理弱すぎません?ただの偶然っていう可能性もあるのでは?」
「ええ。これだけでは弱い。しかし、僕の推理にはもう1つ根拠があります。」
一旦マリアの主張を肯定した隆はもう1つの根拠と言うものを示した。
「先ほど行った研究所に簪鳥の研究の書類もありました。」
「マジすか。」
マリアが隆の洞察力に驚いていると隆はマリアの真似をして
「マジです。」
と答えた。マリアが推理を発展させる。
「じゃあ真田が佐々木に運んだのは簪鳥を殺すための薬ってことですか?」
「その可能性も十分に考えられますねぇ。」
隆は自分のスーツの上着のピケットからデジカメを取り出すとエレベーター室の写真を見た。
「この雨漏りしていない所の大きさから考えて段ボール一個でしょう。」
隆は山田の家の固定電話を使用して北野に電話をかけた。
「もしもし。」
いきなり知らない番号から電話がかかってきたことで北野は警戒していた。
「もしもし。僕です。」
この理屈っぽい声は隆の声だろう。そう思った北野は
「そんなオレオレ詐欺みたいなこと言わなくていいですから、何の御用ですか?」
と言った。
「今回の真田が引き起こした殺人事件と簪鳥の大量死に関係があるかもしれません。」
「は?」
突然のことに北野がそう返事をした。簪鳥、大量死というキーワードを頼りに記憶の中を探ってみたところ雷島の簪鳥の大量死の事だと気が付いた。
「真田が佐々木研究所のエレベーター室から運び出したのはおそらく簪鳥を殺すための薬物でしょう。」
突然のことに北野は再び戸惑った。
「いきなり何なんですか?詳しく教えていただけませんかねえ。」
「詳細はメールで伝えます。」
じゃあなんで電話したんだよ、と苛立った北野だったが隆にこう言った。
「だいたいねえ。今回の事件は真田が犯人と言うことで片が付いているのですがねぇ。」
北野と言う刑事は嫌味ったらしい男に見えるが刑事として正義感の強い男だった。それは隆も熟知している。
「猪俣刑事部長ですか。」
「ご明察。例え隆さんの推理が当たっていたとしても簪鳥の大量死は別に人が殺されているわけじゃない。人が死なない限りあの男は動かないし我々も動けませんのでご了承ください。」
「分かりました。では。」
隆はそう言って電話を切った。そんな隆にマリアが話しかける。
「しかし一体何の目的で佐々木は自分の故郷で有名な簪鳥を大量死させるようなことをしたのですかね。」
「ええ。そこが僕も以前から引っかかっていました。現地に行って確かめるしかなさそうですね。」
隆がそう言うとマリアが
「そう来なくっちゃ。」
と声を上げた。
その日の夜隆は猪俣に電話で呼び出され回転寿司を食べていた。
「うまいね。やっぱり寿司と言ったらこの店だよな。」
もはや2人の行きつけとなっている回転寿司屋だった。
「今日はどのようなお話でしょうか。あなたが僕を呼ぶということは何か事情があることと存じますが。」
隆は猪俣に気を許していなかった。常に警戒している。
「うん。実は君、また終わったことに首を突っ込んでいるみたいだね。よっぽど楽しいのかな?」
猪俣は挑発するかのように言ってみせた。
「何のことでしょう?」
隆は一旦とぼけて見せた。
「聞いたよ。北野が君と電話してたって。僕、耳だけは良いから。雷島の鳥の大量死と今回の殺人事件について調べているみたいだね。」
「僕は真実を追求しているだけです。」
「真実ねぇ。楽しい?」
「はい?」
「真実は残酷な時もあるんだよ。そんなことも分からずに。平気で真実とか口走るのはどうかと思いますよ。」
「どれだけ真実が残酷であったとしても人は法の元平等に裁かれる必要があります。」
「おっとっと。長い話になりそうだからこの話は置いておこう。」
隆は猪俣のこの言葉に食って掛かった。
「最初に話を持ち掛けたのはそちらでしょう。」
「そうだっけ?」
猪俣はそう言ってマグロを口にした。
翌日、隆とマリアは雷島へ向かっていた。雷島は愛知県の知多半島の先端から篠島や日間賀島を超えて少しのところにある。2人は雷島行きの船へ乗船していた。
「船なんて久しぶりですね。」
船は2階建てとなっており一回が客席、2階が船からの景色を見渡すことができるようになっていた。雷島は簪鳥の大量死により大打撃を受けているようで客席はガラガラだった。そんな船の2階に行ったマリアは隆にそう話しかけた。
「普段生活していて船に乗ることなど滅多にありませんからねぇ。」
隆はそう返答した。
「いや、たまに乗りますけどね。」
マリアは小さい声だったが聞き取れるぐらいの声の大きさで言った。
「はい?」
「プライベートで船、所有してますから。」
マリアはちょくちょく自分の家の裕福さを自慢する節がある。
「なるほど。」
隆は話を切り上げた。
そんな会話をしているうちに雷島に船が到着した。船を降りると町が広がっていてホテルや旅館などが立ち並んでいた。
「随分栄えてるみたいですね。」
マリアが率直な感想を述べたが
「正確には栄えていた、ですかね。」
隆がそう訂正する。
「なんでですか?」
「あれを見てください。」
隆はそう言ってとある旅館のドアを指さした。ドアには張り紙がされておりマリアがそれを読み上げる。
「この度、旅館たむろ館は経営不振により廃業を決意いたしました。長きにわたりありがとうございました。って。」
マリアが言わんとすることを隆が言った。
「ええ。簪鳥の大量死による観光客の激減が原因でしょうねぇ。」
「佐々木、許せませんね。」
マリアが怒りをあらわにした。隆もそれに同意する。
「ええ。彼は一体この後何を繰り出すつもりなのでしょうかねぇ。そのヒントがこの雷島に隠されていると思うのですが。」
隆とマリアがそんな会話をしながら島の道を歩いていると男が声をかけた。
「ちょっと。二人とも。よかったら昼ご飯にどうですか?」
どうやらこの男は道沿いにある料亭旅館の従業員のようだ。顔には疲労が滲み出ていた。
「失礼ですが、これは立派な客引きですねぇ。犯罪です。」
隆がそう言うと男はうつむいて旅館に戻ろうとした。それを隆が呼び止めた。
「いや、ちょっと待ってください。我々もちょうど空腹に悩まされていたころです。ご飯を頂けますか?」
男の顔に光が燈った。
「はい。どうぞ。」
どうやらこの料亭旅館は男が経営していたらしい。男は刺身を持ってきた。
「さすがに島と言うだけあって豪華なお料理ですねぇ。」
所狭しと机に並べられた料理を見て隆がそう言った。
「いえいえ。もう全然客が入りませんから。」
「その原因は簪鳥の大量死ですか?」
すかさずマリアが尋ねる。
「ええ。ニュースで人為的にやられたものだと聞いておかげでこっちは大損ですよ。」
「心中お察しします。」
隆はそう言って頭を下げた。一瞬何とも言えない顔をした男だったがその顔を笑顔に切り替えると
「はい。食べてください。」
と言った。
「しかし、これだけ豪華だと金額も相当でしょうね。」
男が部屋から出て行ったのを確認したマリアがそう言った。
「かなり高額でしょうねぇ。しかしプライベートで船を所有している加納家のご令嬢ともあれば何ら問題ないのではありませんか?」
「隆さんの、そう言うところ、嫌いです。」
マリアはそう言ったが隆はノリが悪かった。
「はい?」
そっけなくその言葉を返すと鯛の刺身を口に放り込んだ。
「いや、料亭旅館なだけあっておいしいですね。」
段々調子に乗ってきたマリアがテンションを上げていく。
「ええ。しかしこのような素敵なところが存亡の危機に立たされていると思うと胸が痛みますねぇ。」
「簪鳥の大量死を引き起こしたのはやっぱり佐々木なんですかね?」
マリアは事件の話へと移った。
「そうではないと思いますよ。」
思わぬ隆の反応にマリアは愕然とした。
「どういうことですか?佐々木が大量死させたと隆さんが推理したからなぜか島に来て確かめているんじゃなかったでしたっけ?」
「今は美味しい食事を頂きましょう。」
隆が話を終わらせても納得のいかないマリアは疑問を隆にぶつけ続けた。
「どういうことですか?」
「食事を頂きましょうと言っています!」
隆がそう言ってマリアを睨んだ。これにはマリアも放つ言葉が見つからない。
静寂の中で隆とマリアは刺身を食べていた。
2人が食べている場所は和室で襖で囲まれた部屋に机が1つ置いてある質素な部屋だった。随分狭い部屋である。
そして襖の奥には一人の男の暗い人影があった。
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