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第14話 消えた頭蓋骨
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日本という国では常日頃事件が起きていてそれを解決するために警察が動いているが頭蓋骨だけの遺体が見つかるなんて言うことはまずなかった。それがあったのが4月も終わり少し暑くなってきた5月末である。
頭蓋骨が見つかったのは瀬戸の山奥である。木にたて掛けるようにして置かれていた頭蓋骨を見下ろしていたのは愛知県警捜査一課の北野と沢村だった。北野が愛知県警鑑識課の沼田に声をかける。
「見つかったのは頭蓋骨だけのようだな。」
頭蓋骨について一通り調べた沼田は現状で言えることを北野に報告した。
「ええ、下半身の行方は未だ分かっていません。ですが、歯の治療痕があります。死後5年程だと思われますが後頭部にひびが入っていました。」
沼田の報告に反応したのは沢村だった。
「じゃあ殺しの可能性もあるってことっすね?」
沢村の問いに沼田は小さく頷いた。これにより今回の事例は北野と沢村の仕事となった。北野が捜査モードに入る。
「第一発見者は?」
沼田に尋ねる。沼田は目を光らせながら言った。
「近くに廃集落があるみたいでそれの探索に来た廃墟マニアです。ですが結局廃集落へはたどり着けずに森をさまよっているときに頭蓋骨を発見したようですな。実は私も廃墟マニアでして。今度小一時間程廃墟について話す約束をさせていただきました。」
北野は第一発見者は犯人ではなさそうと判断したのか一旦愛知県警へと戻った。
その後沼田から北野に知らせが入った。
「頭蓋骨には所々金箔が塗られていました。ふき取った跡がありましたので恐らく少し前までは頭蓋骨のほとんどに金箔が塗られていたのでしょう。」
北野はそれを聞くと急遽設置された捜査本部へと駆け出した。
沼田は北野と同時にこれまで数々の難事件を解決してきた天才中学生の久野隆にも報告していた。
「金箔が塗られていた頭蓋骨ですか。」
電話を切った隆がそう呟く。これまで隆と行動を共にしてきた加納マリアがそれに反応した。
「頭蓋骨に金箔塗りますかねぇ。普通。」
ここで隆が自らの知識を披露した。
「まるで織田信長のようですねぇ。」
「信長がどうかしたんですか?」
「織田信長は近江、ああ、現在の滋賀県の浅井長政と越前、ああ、現在の福井県の朝倉義景を打ち取った際に両者の首に金箔を塗って宴を開いたという逸話が残っています。」
「それは事件と何か関係があるんですか?」
「怨恨の線も考えられるということですよ。信長のように憎い敵を殺して金箔を塗った可能性も考えられますからねぇ。」
「なるほど。」
マリアはそうは答えたがさすがにそれはないんじゃないかと思った。あまり現実味がない。
「まあいずれにしろ被害者の身元が分からないことには事件は解決の使用がありませんね。」
隆はそう言って部屋にある冷蔵庫からサイダーを取り出した。
被害者の身元が分かったのはその4日後だった。名前は近藤博文。74歳の老人だった。
捜査本部では北野が捜査員に説明をしていた。
「近藤は5年前から行方が分からなくなっており、捜索願が出されています。」
北野の説明に刑事部長の猪俣信二が反応する。
「5年前と言うと被害者が殺されたのも5年ほど前って話だったよね?」
猪俣がそう言って目を向けたのは沼田だった。沼田がはいと答える。猪俣が推理を始めた。
「じゃあ捜索願が出された頃には近藤さんは亡くなっていたという可能性が高いわけですね。」
それに北野は頷いた。
「はい。」
「じゃあ近藤さんの家族や身内などへの聞き込みなどをして5年前の近藤さんの足取りを洗い出してください。お願いします。」
猪俣の威厳を感じさせる声に捜査員は活気みなぎる声で答えた。
「はい!」
「そうですか。どうもありがとう。」
沼田からの連絡を受けた隆は
「被害者の身元が分かったそうです。近藤博文。だそうです。」
「誰ですかそれ。」
マリアの反応はあまり興味がなさそうだった。
「さあ、僕も存じ上げません。5年前に捜索願が出されていた行方不明者だったようです。」
「なるほど。」
マリアは頷いた。
北野たち捜査員が賢明な捜査をしていると1人の人物が捜査線上に浮上した。
森田宗助40歳暴力団のチンピラだった。北野は森田を任意で事情聴取を行っていた。
「お前が近藤博文を殺したんだな。」
「知りませんよ。」
森田は容疑を否認した。
「しらばっくれるんじゃねえ!」
北野は机を激しく叩いた。その瞬間、森田の目が少し泳いだ。北野はそれを見逃さなかった。
「言いたいことがあるならさっさと言え!」
北野の気迫に負けた森田は自供を始めた。
「あの男、詐欺に引っ掛けたんすよ。そしたら後でそれが分かって激怒して組にいきなりやってきて。」
「それで殺したのか。」
今度は沢村が尋ねる。
「仕方なっかたんすよ。もう、殺すしか。」
「お前な!そんな理由で人を殺したのか!」
北野は森田の胸ぐらをつかんで叫んだが沢村に止められた。
近藤博文殺害事件は森田宗助が犯人として解決を迎えた。 はずだった。
落ち着いたところで沢村が森田に問いかける。
「どうして遺体の頭蓋骨に金箔を塗ったりしたんですか?」
北野も沢村と共に問いかけた。
「それと、頭蓋骨以外の体はどこにやったんだ。」
2人の刑事に睨まれ森田は泣きそうな顔になったが声を震わせながら
「頭蓋骨しか見つかってないんですか?っていうか僕は頭を殴って殺しただけで金箔を塗ったりなんかしてません!」
と言った。
「嘘つけ!近藤が事務所にやってきて騒いだから殺して首を取りそれに金箔を塗って晒した違うか!」
北野の怒号を浴びても今回は森田は折れなかった。
「本当なんです。」
またしても沼田からの連絡を受けた隆は事をマリアに説明するとマリアは
「森田の言っていることが本当なら殺したのは自分だけど金箔を塗ったり首を落としたりしたのは別の人物だってことですよね。」
と言った。それに隆は頷いた。
「以前僕が立てた仮説だと首に金箔を塗った人物は近藤に恨みを持っている人物と言うことですから近藤について調べてみる必要がありますねぇ。」
隆は部屋を出た。マリアも後に続いた。
近藤は定年を迎えておりもう働いてはいなかった。長い間年金暮らしをしていたという。
近藤の自宅はの家は一軒家だった。ちょっと古びたその佇まいは古民家とまではいかないが昭和後期の雰囲気を漂わせていた。
隆とマリアも足を運んだが入ることはできなかったので近所の人へ聞き込みをしていた。
道を歩いている人に隆が尋ねてみる。
「どうも。そこに住んでいらっしゃる近藤博文さんなんですがどんな様子でした?」
隆が目を付けたのは40代中盤ぐらいの女性だった。見るからに話しかけやすそうだし色々話してくれそうな人だったからである。
「近藤さんが何かしたんですか?」
女性は不思議そうに聞き返してきたが隆は平然と嘘をついた。
「我々近所の者なんですが、近藤さんいらっしゃらないようなので。」
「はあ。」
女性が何とも言えない返答をするとマリアが近藤の情報について引き出そうと努力した。
「ほら。近藤さんってどんな様子でした?」
すると女性は話始めた。
「町内会長を務めてましたよ。まああまり人気はありませんでしたけどね。」
「人気がないというのはどういう意味でしょうか?」
「あの人、自分の気に入らない人にはとことん威圧的に接してましたからね。まああの年代の人はみんなそうなんでしょうけど。」
自分のそういう目に遭ったからだろうか、女性の口調からは少々憎々しさが感じ取れた。隆が最後の質問をする。
「つまり、近藤さんを恨んでいる人は大勢いるということですね?」
「亡くなった人の事を悪く言いたくはないですけど。」
女性はそう言って頷いた。隆とマリアは女性に礼をするといったん山田の家に戻った。
「近藤さんを恨んでいる人がたくさんいるとなると捜査対象は星の数。八方塞がりってところでしょうか。」
山田の家に戻ったマリアはそう言った。隆が意外な発言をする。
「そうでもないかもしれませんよ。」
もはや事件を解決するためにはこの中学生の頭を使うしかない。
「はい?」
マリアは隆の真似をしてそう言った。隆はそんなマリアを睨みながら
「もう絞り込みはできています。」
隆はもったいぶる癖がある。マリアは苛立ちながらも
「なんです?」
と尋ねた。隆はさらにもったいぶる。
「分かりませんか?」
「もったいぶらないでくださいよ!」
マリアは苛立ちを隠せずにそう言った。
「人に聞く前にまず自分で考えてはどうですか?そういう力も必要だと思いますよ。」
と、あっさり隆にかわされてしまう。マリアが思案していると隆が助け舟を出した。
「頭蓋骨に金箔を塗ったということは?発見された時はどんな状態だったと思いますか?」
隆はクイズ形式のように言った。
「既に白骨化していたってことですか?」
「ええ、つまり身元が分からない。だから頭蓋骨に金箔を塗った人物はどうやって白骨化している人物が自分の恨んでいる人だと分かったのでしょう?」
「分かりません。」
苦しそうに悩むマリアを見て隆は
「つまりその人物にしかない特徴。」
マリアはひらめいた。
「殴られた時のヒビですか?」
「ええ、あと歯には治療痕が残っていました。」
「なるほど。つまり金箔を塗った人物は頭蓋骨に入っている歯の治療痕と後頭部のヒビからその人物が自分の恨んでいる人物だと隠したってことですね?あれっ。でもそれじゃおかしいですよね。後頭部にひびが入っている事は早川しか知らないはずですよ。」
隆は待っていましたと言わんばかりに
「ええ。その通り。そんな観点から意地の悪い見方をするとこのような結論に至ります。」
「なんです?」
「金箔を塗ったのは早川の所属する暴力団ということですよ。」
マリアは心の底から納得した。それと同時に相変わらず鋭い中学生だとマリアは思った。
「一度北野さん達と一緒にその暴力団に行ってみますか。」
「最近暴力団の事務所に行くことが多いような気がしますが。」
「僕は以前から何度も行ってますがね。」
「我々ぐらいじゃないですか?こんなに暴力団の事務所に足を運んでいる中学生。」
「真実の追及には致し方のないことです。危険なのは百も承知、だからこそ北野さん達と一緒に行くということですよ。」
隆はそう言ってスーツの上着を着ると部屋から出て行った。
北野たちと合流した隆とマリアは早速暴力団の事務所に向かった。
「うちの早川が近藤を殺したんですよね?今回はご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。」
事務所の主と思われる男が椅子に腰かけた。小太りのその男はいかにもヤクザらしい顔つきである。
「その事なんですが近藤さんを早川が殺害したことは皆様方はご存じだったのでしょうか。」
隆がそう尋ねると男は顔を曇らせた。マリアが答えを引き出そうとしてみる。
「黙ってるってことは知ってたってことですか?」
「そりゃあね。何度もうちの事務所に来て迷惑だったから。」
隆はしめたという顔をすると
「そうですか。ですが早川の犯罪行為を知っておきながら警察に届け出ないのは刑法103条の犯人隠避罪の疑いがありますねぇ。警察の方で取り調べを受けますか?」
隆がそう言うと男は慌てて
「犯人と知ってて警察に黙ってることが犯人隠避には当たらないでしょう。」
と言った。
「ええ。それについては色々議論されていますねぇ。しかし調べは必要だと思いますよ。」
隆は男にそうゆさぶりをかけた。
「やめてくださいよ。こっちだってねぇ。商売やってんですからね。」
ここで北野が口を挟む。
「商売って。物は言いようだな。」
すると男は声を荒げた。
「黙れ!お前ら警察に俺たちの何が分かる!話は以上だ!もう帰ってくれ!」
突然怒鳴ったことにより男は息を切らしていた。それを隆がいなす。
「まあまあ2人とも落ち着いてください。」
「帰ってくれって言ってるでしょう!」
尚も男の怒りは収まっていないようだった。
「申し訳ありません。もう退散いたしますので最後に1つだけ、よろしいでしょうか?」
隆が頭を下げると男は渋々
「なんですか?」
と言った。
「お宅の組では何をしのぎにしているのでしょうか?」
隆の質問に男は少々戸惑ったようだった。
「しのぎって。詐欺とかですよ。」
「詐欺と言うとどのような詐欺ですか?」
このしつこいわりに鋭い中学生は簡単にはかわせないと判断した男は苛立ちながらも答えた。
「一人の人間に繰り返し詐欺を仕掛けてその人間の金が無くなるまで騙し続ける詐欺ですよ。」
ここで北野がまた火に油を注ぐような発言をした。
「最低最悪の詐欺だな。」
「お前は黙っていろ!こっちは生きるためにやってんだよ!」
北野も頭に来ているようだったが沢村がなんとか押しとどめた。落ち着いたところで隆の冷静な声が響く。
「なるほど。それで何度も騙されていたことに気が付いた近藤さんが事務所に押しかけ、早川がそれを殺害してしまったというわけですね?」
「だからそうだって言ってるでしょう!」
「貴重なお話ありがとうございます。では退散いたします。」
隆はそう言ってヤクザに頭を下げて事務所から出て行った。北野たちも後に続いた。
「特に収穫はありませんね。まあ、近藤を殺したのが早川だというのは間違いないようですが。」
事務所を出るとマリアがそう言った。北野と沢村もそれに頷く。
「わざわざ俺たちを呼び出しておいて何も収穫無しなんていうのは許されませんからね。」
北野は相変わらずの口調でそう言った。
「まあ収穫と呼べるような代物かどうかわかりませんが、一つ考えていたことが確信に変わりました。」
隆がそう言うと沢村が真っ先に尋ねた。
「なんですか?」
すると北野が沢村の頭を叩いた。
「真っ先に聞いてんじゃねえ!」
とは言ったものの北野も気になっているようだった。
「で?なんです?」
そう尋ねる。
「気が付きませんでしたか?壁などから少しだけアルコールの匂いがしました。」
「アルコールがあると何かあるんですか?」
北野は当然の疑問を口にした。
「ああ、北野さんたちには話していませんでしたね。実は遺体の頭蓋骨に金箔を塗ったのは近藤に恨みがあってその恨みを晴らすために頭蓋骨に金箔を塗って宴を開いたと我々は考えています。」
北野は馬鹿馬鹿しいと思ったが隆の推理なのだからそれなりの根拠はあるのだろうと判断した。
「じゃあ金箔を塗ったのは。」
「ええ。あの暴力団の可能性が高いでしょうねぇ。」
「よし、沢村、行くぞ。」
北野と沢村はそう言って駆け出して行った。それを隆が呼び止めた。
「ちょっと待ってください。」
「なんですか。我々も忙しいんですがねぇ。」
北野が嫌味ったらしく言ったが隆はまるで気にしていない様子で頼みごとをした。
「1つお願いがあります。今の暴力団の団員のリストを頂けませんか?」
「あなたの捜査に協力する気は更々ございませんので。失礼しますよ。」
北野がそう突っぱねると隆は
「組織犯罪対策部にお願いすれば可能だと思いますよ。」
と言った。北野は
「これは貸しですからね。」
と言って走り去っていった。
北野は刑事としては優秀な人物だった。先程の暴力団の団員リストは一時間ほどして送られてきた。
「そんなリストもらってどうするつもりですか?」
マリアが尋ねると隆から衝撃の答えが出た。
「今から全員の前科を調べます。」
「えっ!これ全部調べるんですか?」
「もちろん。」
マリアはため息を漏らしそうになったがこらえると隆は山田の家へ向かった。
「おかえり。」
山田がそう言って隆とマリアを迎えた。隆はいつも通り部屋に入ったがマリアはため息をついていた。それを見た山田が
「どうした?なにかあったのか?」
と尋ねる。それに答えたのはマリアではなく隆だった。
「暴力団の全員の前科を洗います。」
隆の言葉には躊躇い一つ感じられない強い決意を感じられた。隆はさらに付け加える。
「しかしこれだけの量ですからねぇ。一人では難しい。人手が必要です。」
「それで私にも手伝ってほしいということですね。」
隆の言葉の意図をくみ取ったマリアはそう言った。
「分かりましたよ。でも、時間が遅くなったら帰りますからね。」
「構いませんよ。どうもありがとう。」
そう言って隆からリストのコピーをもらったマリアはやる気を失いかけたが隆がリスト片手にキーボードを叩いているのを見てやらざるを得なかった。
「良いねぇ。働くっていうのは。」
山田は見下したように言うと部屋から出て行った。
「逃げましたね。」
「ええ。」
隆とマリアの激務が始まった。
午後6時、夕日が沈もうとしている中まだリストの半分も終わっていない隆とマリアは小休憩を取りながらも激務を続けていた。
「疲れますねぇ。さっきから休んでないけど良いんですか?」
マリアがそう言うと
「ええ。真実を調べるためにはこういったこともしなければなりませんからねぇ。」
「そう言うまっすぐな信念ってのはどこから来るのやら。」
「まあ個人的興味と言われれば返す言葉も無いのですがね。」
「どうしてそんなに真実を追求するんですか?」
マリアはここで今までずっと気になっていたことを聞いた。
「どんな理由があったとしても殺人や犯罪行為をしてはなりません。それを踏みにじることは誰であっても到底許されることではありません。しかし人は必ずやり直せます。そのやり直すきっかけを与えるために真実を明らかにする必要があるんです。」
隆のその言葉にマリアは改めて強い人だと感じた。
「なにかきっかけがあるんですか?」
「はい?」
「そう思うきっかけが。」
隆はそれには答えずに
「さあ、やりますよ。」
と言って再びキーボードをたたき始めた。
午後7時を回るとマリアが帰る時間となった。親もいるので帰らなければならない。
「すみません。時間なんで帰っていいですか?」
「どうぞ。お疲れさまでした。」
依然としてリストは半分程度も進んでいなかったので隆を一人残しておくのも申し訳なかったが致し方ない。マリアは部屋を出て行った。
ここからは隆一人の戦いとなった。
午後9時になった。山田が部屋に入ってきて
「どうだ。終わったか?明日やればいいじゃないか。今日のところは帰った方が。」
「いえ、徹夜してやりたいと思います。」
隆の決意は固かった。その事は山田は十分承知していた。
「分かった。今日は泊ってけ。終わったら寝るんだぞ。」
山田は優しさを口にして出て行った。
翌朝マリアが山田の家に来ると山田が迎えて
「終わったみたいだぞ。徹夜したらしいけどな。」
と言った。山田とマリアが部屋に入ると隆は椅子に座って眠っていた。抜け目のない隆にしては珍しいことである。それだけ眠かったということか。
「おはようございます。」
マリアが隆の耳元でそうつぶやくと隆は飛び起きるようにして立ち上がった。そして瞬時に状況を把握すると
「ああ、僕としたことが。眠ってしまっていましたか。」
「で?作業は終わったんですか?」
マリアがそう言うと隆は
「君、徹夜をした人に向かって最初にかける言葉が終わったのかというのはかなり失敬だと思いますよ。」
と非難した。まあその通りだろうと思ったマリアは
「すみません。」
と素直に謝って見せた。
「まあ一応終わりましたがね。」
そう言って隆はパソコンを立ち上げた。
「これを見てください。」
隆はそう言って画面に映し出された男を指さした。
「あっ。この人。」
マリアには何か思い当たることがあるようだ。そんなマリアに山田が口を挟む。
「なんだ。心当たりでもあるのか。」
「事務所にいましたよね。」
マリアが隆に確認すると
「ええ。僕の見立てでは我々に対応したあの男が暴力団の主でしょう。そしてこの男はその補佐役、副組長みたいなものでしょうかねぇ。」
「あの組の中ではお偉いさんってことですかね。」
マリアがそう言うと隆は小さく頷く。
「名前は高島洋一というそうです。」
「でその高島って人に前科があったってことですか?」
「ええ。正確には組を挙げての前科と言うことなのですが。」
組を挙げての前科と言うのはどういうことだろう。
「どういうことですか?」
「6年前、つまり近藤さんが殺害される1年前、近藤さんは王道組の組長だったんです。」
「マジすか!」
マリアは心底驚いた。王道組とは隆も一度ことを構えたことがある。宿敵みたいな組織だった。現在の組長は三方という男だが6年前までは近藤が組長を務めていたということである。
「最近よく聞きますね。王道組の名前。」
マリアが率直な感想を述べた。
「ええ。あまり聞きたくない言葉ではありますがね。ああ、話を戻します。実は王道組とその暴力団で闘争が勃発していたんですよ。」
「闘争?」
慣れない言葉にマリアは聞き返した。
「ええ。詐欺の獲物を巡った闘争が両組の間で起こっていたようです。その際に高島は王道組の関係者を殴りけがをさせていたのですよ。この時逮捕されていて非常に助かりました。高島と言う前科持ちの人物がいなければここまでたどり着けませんでしたからねぇ。」
「ということは暴力団にとって近藤は邪魔な存在になるわけですね?ん?でも、ちょっと待ってください?近藤が王道組の元組長なら早川が近藤を殺すのはおかしくないですか?」
マリアは浮かび上がってきた疑問を隆にぶつけてみた。
「ええ。その通り。ですが早川は見るからにチンピラでした。おそらく新人で近藤の事は知らなかったのでしょう。」
「そんな事ってあります?」
「さあ、どうなんでしょうねぇ。しかし、確かめてみる価値はあると思いますよ。」
隆も自分の仮説にあまり自信は無いようだった。
隆とマリアは北野と沢村を呼びだした。
「なんですか?もうこの事件は早川が犯人と言うことで終わりたいんですがねぇ。」
北野の言う通り、警察の捜査は早川が犯人と言うことで終わりかけていた。そこに隆が待ったをかけたのだから北野としてはあまりいい気分ではないだろう。
「まあいいじゃありませんか。行きますよ。」
隆は事務所に入っていったので仕方なく北野と沢村も後に続いた。
「どうも。今日は何の用ですか?」
組長とみられる男は不信感をあらわにした。警察が来るのは2度目だから警戒しているのだろう。
「実は近藤さんを殺した犯人が分かりました。」
隆がそう言うと男は
「王道組の早川ですよね。ニュースで逮捕されたってやってましたよ。」
「ええ。確かに殺害したのは早川でしょう。しかし、まだ謎が残っています。」
「どのような謎ですか?」
男の問いに答えたのはマリアだった。
「遺体の下半身が見つかっていないし頭蓋骨には金箔が塗ってあった痕跡が見つかったんですよ。」
男はその事かというような顔をして
「それならニュースで見ましたけど。なんなんですか?」
「実はその遺体の首を取り頭蓋骨に金箔を塗った人物が分かったんですよ。」
その瞬間、男の顔がわずかに曇った。
「高島さん。」
隆は事務所の奥にいる高島を呼んだ。
「あなた、王道組との抗争をしてましたよね。あなたには王道組の組員に怪我をさせたという前科がありました。」
「調べたんですか。」
高島の声はヤクザとは思えないほどに潔いものだった。
「ええ。組を挙げて王道組との抗争は続けられていた。今でもあなた方と王道組の仲は決してよろしくないのでしょう。そんなある日、あなた方の誰かが王道組の組長だった近藤さんの白骨化した遺体を見つけた。それで歯の治療痕などからそれが近藤さんの物だと分かったのでしょう。それであなた方は頭蓋骨に金箔を塗ってその前で宴会を行った違いますか?」
「証拠はあるんですか?」
男は抵抗を続けた。
「ありません。」
「じゃあ我々を逮捕することはできませんね。おかえりください。」
この男を落とすのは難しいと考えた隆は高島を攻めてみた。
「高島さん、あなたはどうですか?真実をお話願えないでしょうか?」
高島はうつむいていた。男は焦り始めた。
「ほらお帰りください。」
その瞬間、高島が声を上げた。
「遺体の下半身は。」
「やめろ!」
男が高島の告発を遮る。
「あなたは黙っていなさい!」
隆がすかさず男を黙らせると
「すべてあなたの推理通りです。下半身は山奥に隠しました。」
男はその瞬間敗北を悟った。床に座り込んだ。
「高島さん、ありがとうございました。北野さん。」
隆が北野に目配せすると
「はい。署の方でゆっくり話を聞かせてもらいましょうか。」
と言って高島と男を連行していった。
事件は解決を迎えたのだった。
「いや、今回も大変な事件でしたね。」
山田の家に帰るとマリアはそう事件を振り返った。すると何かを思い出したように
「そういえば隆さん、徹夜したってことは昨日から寝てないってことですよね。」
「ええ。そう言うことになりますねえ。事件も解決したことだし早めに帰って寝かせていただきます。」
そう言ってサイダーを飲みほし手満足した隆は家へと帰っていった。
「じゃあ私も帰ります。」
隆は夕暮れを告げる夕日を眺めながら家へと帰っていった。いつも眺めているあの夕日を。
頭蓋骨が見つかったのは瀬戸の山奥である。木にたて掛けるようにして置かれていた頭蓋骨を見下ろしていたのは愛知県警捜査一課の北野と沢村だった。北野が愛知県警鑑識課の沼田に声をかける。
「見つかったのは頭蓋骨だけのようだな。」
頭蓋骨について一通り調べた沼田は現状で言えることを北野に報告した。
「ええ、下半身の行方は未だ分かっていません。ですが、歯の治療痕があります。死後5年程だと思われますが後頭部にひびが入っていました。」
沼田の報告に反応したのは沢村だった。
「じゃあ殺しの可能性もあるってことっすね?」
沢村の問いに沼田は小さく頷いた。これにより今回の事例は北野と沢村の仕事となった。北野が捜査モードに入る。
「第一発見者は?」
沼田に尋ねる。沼田は目を光らせながら言った。
「近くに廃集落があるみたいでそれの探索に来た廃墟マニアです。ですが結局廃集落へはたどり着けずに森をさまよっているときに頭蓋骨を発見したようですな。実は私も廃墟マニアでして。今度小一時間程廃墟について話す約束をさせていただきました。」
北野は第一発見者は犯人ではなさそうと判断したのか一旦愛知県警へと戻った。
その後沼田から北野に知らせが入った。
「頭蓋骨には所々金箔が塗られていました。ふき取った跡がありましたので恐らく少し前までは頭蓋骨のほとんどに金箔が塗られていたのでしょう。」
北野はそれを聞くと急遽設置された捜査本部へと駆け出した。
沼田は北野と同時にこれまで数々の難事件を解決してきた天才中学生の久野隆にも報告していた。
「金箔が塗られていた頭蓋骨ですか。」
電話を切った隆がそう呟く。これまで隆と行動を共にしてきた加納マリアがそれに反応した。
「頭蓋骨に金箔塗りますかねぇ。普通。」
ここで隆が自らの知識を披露した。
「まるで織田信長のようですねぇ。」
「信長がどうかしたんですか?」
「織田信長は近江、ああ、現在の滋賀県の浅井長政と越前、ああ、現在の福井県の朝倉義景を打ち取った際に両者の首に金箔を塗って宴を開いたという逸話が残っています。」
「それは事件と何か関係があるんですか?」
「怨恨の線も考えられるということですよ。信長のように憎い敵を殺して金箔を塗った可能性も考えられますからねぇ。」
「なるほど。」
マリアはそうは答えたがさすがにそれはないんじゃないかと思った。あまり現実味がない。
「まあいずれにしろ被害者の身元が分からないことには事件は解決の使用がありませんね。」
隆はそう言って部屋にある冷蔵庫からサイダーを取り出した。
被害者の身元が分かったのはその4日後だった。名前は近藤博文。74歳の老人だった。
捜査本部では北野が捜査員に説明をしていた。
「近藤は5年前から行方が分からなくなっており、捜索願が出されています。」
北野の説明に刑事部長の猪俣信二が反応する。
「5年前と言うと被害者が殺されたのも5年ほど前って話だったよね?」
猪俣がそう言って目を向けたのは沼田だった。沼田がはいと答える。猪俣が推理を始めた。
「じゃあ捜索願が出された頃には近藤さんは亡くなっていたという可能性が高いわけですね。」
それに北野は頷いた。
「はい。」
「じゃあ近藤さんの家族や身内などへの聞き込みなどをして5年前の近藤さんの足取りを洗い出してください。お願いします。」
猪俣の威厳を感じさせる声に捜査員は活気みなぎる声で答えた。
「はい!」
「そうですか。どうもありがとう。」
沼田からの連絡を受けた隆は
「被害者の身元が分かったそうです。近藤博文。だそうです。」
「誰ですかそれ。」
マリアの反応はあまり興味がなさそうだった。
「さあ、僕も存じ上げません。5年前に捜索願が出されていた行方不明者だったようです。」
「なるほど。」
マリアは頷いた。
北野たち捜査員が賢明な捜査をしていると1人の人物が捜査線上に浮上した。
森田宗助40歳暴力団のチンピラだった。北野は森田を任意で事情聴取を行っていた。
「お前が近藤博文を殺したんだな。」
「知りませんよ。」
森田は容疑を否認した。
「しらばっくれるんじゃねえ!」
北野は机を激しく叩いた。その瞬間、森田の目が少し泳いだ。北野はそれを見逃さなかった。
「言いたいことがあるならさっさと言え!」
北野の気迫に負けた森田は自供を始めた。
「あの男、詐欺に引っ掛けたんすよ。そしたら後でそれが分かって激怒して組にいきなりやってきて。」
「それで殺したのか。」
今度は沢村が尋ねる。
「仕方なっかたんすよ。もう、殺すしか。」
「お前な!そんな理由で人を殺したのか!」
北野は森田の胸ぐらをつかんで叫んだが沢村に止められた。
近藤博文殺害事件は森田宗助が犯人として解決を迎えた。 はずだった。
落ち着いたところで沢村が森田に問いかける。
「どうして遺体の頭蓋骨に金箔を塗ったりしたんですか?」
北野も沢村と共に問いかけた。
「それと、頭蓋骨以外の体はどこにやったんだ。」
2人の刑事に睨まれ森田は泣きそうな顔になったが声を震わせながら
「頭蓋骨しか見つかってないんですか?っていうか僕は頭を殴って殺しただけで金箔を塗ったりなんかしてません!」
と言った。
「嘘つけ!近藤が事務所にやってきて騒いだから殺して首を取りそれに金箔を塗って晒した違うか!」
北野の怒号を浴びても今回は森田は折れなかった。
「本当なんです。」
またしても沼田からの連絡を受けた隆は事をマリアに説明するとマリアは
「森田の言っていることが本当なら殺したのは自分だけど金箔を塗ったり首を落としたりしたのは別の人物だってことですよね。」
と言った。それに隆は頷いた。
「以前僕が立てた仮説だと首に金箔を塗った人物は近藤に恨みを持っている人物と言うことですから近藤について調べてみる必要がありますねぇ。」
隆は部屋を出た。マリアも後に続いた。
近藤は定年を迎えておりもう働いてはいなかった。長い間年金暮らしをしていたという。
近藤の自宅はの家は一軒家だった。ちょっと古びたその佇まいは古民家とまではいかないが昭和後期の雰囲気を漂わせていた。
隆とマリアも足を運んだが入ることはできなかったので近所の人へ聞き込みをしていた。
道を歩いている人に隆が尋ねてみる。
「どうも。そこに住んでいらっしゃる近藤博文さんなんですがどんな様子でした?」
隆が目を付けたのは40代中盤ぐらいの女性だった。見るからに話しかけやすそうだし色々話してくれそうな人だったからである。
「近藤さんが何かしたんですか?」
女性は不思議そうに聞き返してきたが隆は平然と嘘をついた。
「我々近所の者なんですが、近藤さんいらっしゃらないようなので。」
「はあ。」
女性が何とも言えない返答をするとマリアが近藤の情報について引き出そうと努力した。
「ほら。近藤さんってどんな様子でした?」
すると女性は話始めた。
「町内会長を務めてましたよ。まああまり人気はありませんでしたけどね。」
「人気がないというのはどういう意味でしょうか?」
「あの人、自分の気に入らない人にはとことん威圧的に接してましたからね。まああの年代の人はみんなそうなんでしょうけど。」
自分のそういう目に遭ったからだろうか、女性の口調からは少々憎々しさが感じ取れた。隆が最後の質問をする。
「つまり、近藤さんを恨んでいる人は大勢いるということですね?」
「亡くなった人の事を悪く言いたくはないですけど。」
女性はそう言って頷いた。隆とマリアは女性に礼をするといったん山田の家に戻った。
「近藤さんを恨んでいる人がたくさんいるとなると捜査対象は星の数。八方塞がりってところでしょうか。」
山田の家に戻ったマリアはそう言った。隆が意外な発言をする。
「そうでもないかもしれませんよ。」
もはや事件を解決するためにはこの中学生の頭を使うしかない。
「はい?」
マリアは隆の真似をしてそう言った。隆はそんなマリアを睨みながら
「もう絞り込みはできています。」
隆はもったいぶる癖がある。マリアは苛立ちながらも
「なんです?」
と尋ねた。隆はさらにもったいぶる。
「分かりませんか?」
「もったいぶらないでくださいよ!」
マリアは苛立ちを隠せずにそう言った。
「人に聞く前にまず自分で考えてはどうですか?そういう力も必要だと思いますよ。」
と、あっさり隆にかわされてしまう。マリアが思案していると隆が助け舟を出した。
「頭蓋骨に金箔を塗ったということは?発見された時はどんな状態だったと思いますか?」
隆はクイズ形式のように言った。
「既に白骨化していたってことですか?」
「ええ、つまり身元が分からない。だから頭蓋骨に金箔を塗った人物はどうやって白骨化している人物が自分の恨んでいる人だと分かったのでしょう?」
「分かりません。」
苦しそうに悩むマリアを見て隆は
「つまりその人物にしかない特徴。」
マリアはひらめいた。
「殴られた時のヒビですか?」
「ええ、あと歯には治療痕が残っていました。」
「なるほど。つまり金箔を塗った人物は頭蓋骨に入っている歯の治療痕と後頭部のヒビからその人物が自分の恨んでいる人物だと隠したってことですね?あれっ。でもそれじゃおかしいですよね。後頭部にひびが入っている事は早川しか知らないはずですよ。」
隆は待っていましたと言わんばかりに
「ええ。その通り。そんな観点から意地の悪い見方をするとこのような結論に至ります。」
「なんです?」
「金箔を塗ったのは早川の所属する暴力団ということですよ。」
マリアは心の底から納得した。それと同時に相変わらず鋭い中学生だとマリアは思った。
「一度北野さん達と一緒にその暴力団に行ってみますか。」
「最近暴力団の事務所に行くことが多いような気がしますが。」
「僕は以前から何度も行ってますがね。」
「我々ぐらいじゃないですか?こんなに暴力団の事務所に足を運んでいる中学生。」
「真実の追及には致し方のないことです。危険なのは百も承知、だからこそ北野さん達と一緒に行くということですよ。」
隆はそう言ってスーツの上着を着ると部屋から出て行った。
北野たちと合流した隆とマリアは早速暴力団の事務所に向かった。
「うちの早川が近藤を殺したんですよね?今回はご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。」
事務所の主と思われる男が椅子に腰かけた。小太りのその男はいかにもヤクザらしい顔つきである。
「その事なんですが近藤さんを早川が殺害したことは皆様方はご存じだったのでしょうか。」
隆がそう尋ねると男は顔を曇らせた。マリアが答えを引き出そうとしてみる。
「黙ってるってことは知ってたってことですか?」
「そりゃあね。何度もうちの事務所に来て迷惑だったから。」
隆はしめたという顔をすると
「そうですか。ですが早川の犯罪行為を知っておきながら警察に届け出ないのは刑法103条の犯人隠避罪の疑いがありますねぇ。警察の方で取り調べを受けますか?」
隆がそう言うと男は慌てて
「犯人と知ってて警察に黙ってることが犯人隠避には当たらないでしょう。」
と言った。
「ええ。それについては色々議論されていますねぇ。しかし調べは必要だと思いますよ。」
隆は男にそうゆさぶりをかけた。
「やめてくださいよ。こっちだってねぇ。商売やってんですからね。」
ここで北野が口を挟む。
「商売って。物は言いようだな。」
すると男は声を荒げた。
「黙れ!お前ら警察に俺たちの何が分かる!話は以上だ!もう帰ってくれ!」
突然怒鳴ったことにより男は息を切らしていた。それを隆がいなす。
「まあまあ2人とも落ち着いてください。」
「帰ってくれって言ってるでしょう!」
尚も男の怒りは収まっていないようだった。
「申し訳ありません。もう退散いたしますので最後に1つだけ、よろしいでしょうか?」
隆が頭を下げると男は渋々
「なんですか?」
と言った。
「お宅の組では何をしのぎにしているのでしょうか?」
隆の質問に男は少々戸惑ったようだった。
「しのぎって。詐欺とかですよ。」
「詐欺と言うとどのような詐欺ですか?」
このしつこいわりに鋭い中学生は簡単にはかわせないと判断した男は苛立ちながらも答えた。
「一人の人間に繰り返し詐欺を仕掛けてその人間の金が無くなるまで騙し続ける詐欺ですよ。」
ここで北野がまた火に油を注ぐような発言をした。
「最低最悪の詐欺だな。」
「お前は黙っていろ!こっちは生きるためにやってんだよ!」
北野も頭に来ているようだったが沢村がなんとか押しとどめた。落ち着いたところで隆の冷静な声が響く。
「なるほど。それで何度も騙されていたことに気が付いた近藤さんが事務所に押しかけ、早川がそれを殺害してしまったというわけですね?」
「だからそうだって言ってるでしょう!」
「貴重なお話ありがとうございます。では退散いたします。」
隆はそう言ってヤクザに頭を下げて事務所から出て行った。北野たちも後に続いた。
「特に収穫はありませんね。まあ、近藤を殺したのが早川だというのは間違いないようですが。」
事務所を出るとマリアがそう言った。北野と沢村もそれに頷く。
「わざわざ俺たちを呼び出しておいて何も収穫無しなんていうのは許されませんからね。」
北野は相変わらずの口調でそう言った。
「まあ収穫と呼べるような代物かどうかわかりませんが、一つ考えていたことが確信に変わりました。」
隆がそう言うと沢村が真っ先に尋ねた。
「なんですか?」
すると北野が沢村の頭を叩いた。
「真っ先に聞いてんじゃねえ!」
とは言ったものの北野も気になっているようだった。
「で?なんです?」
そう尋ねる。
「気が付きませんでしたか?壁などから少しだけアルコールの匂いがしました。」
「アルコールがあると何かあるんですか?」
北野は当然の疑問を口にした。
「ああ、北野さんたちには話していませんでしたね。実は遺体の頭蓋骨に金箔を塗ったのは近藤に恨みがあってその恨みを晴らすために頭蓋骨に金箔を塗って宴を開いたと我々は考えています。」
北野は馬鹿馬鹿しいと思ったが隆の推理なのだからそれなりの根拠はあるのだろうと判断した。
「じゃあ金箔を塗ったのは。」
「ええ。あの暴力団の可能性が高いでしょうねぇ。」
「よし、沢村、行くぞ。」
北野と沢村はそう言って駆け出して行った。それを隆が呼び止めた。
「ちょっと待ってください。」
「なんですか。我々も忙しいんですがねぇ。」
北野が嫌味ったらしく言ったが隆はまるで気にしていない様子で頼みごとをした。
「1つお願いがあります。今の暴力団の団員のリストを頂けませんか?」
「あなたの捜査に協力する気は更々ございませんので。失礼しますよ。」
北野がそう突っぱねると隆は
「組織犯罪対策部にお願いすれば可能だと思いますよ。」
と言った。北野は
「これは貸しですからね。」
と言って走り去っていった。
北野は刑事としては優秀な人物だった。先程の暴力団の団員リストは一時間ほどして送られてきた。
「そんなリストもらってどうするつもりですか?」
マリアが尋ねると隆から衝撃の答えが出た。
「今から全員の前科を調べます。」
「えっ!これ全部調べるんですか?」
「もちろん。」
マリアはため息を漏らしそうになったがこらえると隆は山田の家へ向かった。
「おかえり。」
山田がそう言って隆とマリアを迎えた。隆はいつも通り部屋に入ったがマリアはため息をついていた。それを見た山田が
「どうした?なにかあったのか?」
と尋ねる。それに答えたのはマリアではなく隆だった。
「暴力団の全員の前科を洗います。」
隆の言葉には躊躇い一つ感じられない強い決意を感じられた。隆はさらに付け加える。
「しかしこれだけの量ですからねぇ。一人では難しい。人手が必要です。」
「それで私にも手伝ってほしいということですね。」
隆の言葉の意図をくみ取ったマリアはそう言った。
「分かりましたよ。でも、時間が遅くなったら帰りますからね。」
「構いませんよ。どうもありがとう。」
そう言って隆からリストのコピーをもらったマリアはやる気を失いかけたが隆がリスト片手にキーボードを叩いているのを見てやらざるを得なかった。
「良いねぇ。働くっていうのは。」
山田は見下したように言うと部屋から出て行った。
「逃げましたね。」
「ええ。」
隆とマリアの激務が始まった。
午後6時、夕日が沈もうとしている中まだリストの半分も終わっていない隆とマリアは小休憩を取りながらも激務を続けていた。
「疲れますねぇ。さっきから休んでないけど良いんですか?」
マリアがそう言うと
「ええ。真実を調べるためにはこういったこともしなければなりませんからねぇ。」
「そう言うまっすぐな信念ってのはどこから来るのやら。」
「まあ個人的興味と言われれば返す言葉も無いのですがね。」
「どうしてそんなに真実を追求するんですか?」
マリアはここで今までずっと気になっていたことを聞いた。
「どんな理由があったとしても殺人や犯罪行為をしてはなりません。それを踏みにじることは誰であっても到底許されることではありません。しかし人は必ずやり直せます。そのやり直すきっかけを与えるために真実を明らかにする必要があるんです。」
隆のその言葉にマリアは改めて強い人だと感じた。
「なにかきっかけがあるんですか?」
「はい?」
「そう思うきっかけが。」
隆はそれには答えずに
「さあ、やりますよ。」
と言って再びキーボードをたたき始めた。
午後7時を回るとマリアが帰る時間となった。親もいるので帰らなければならない。
「すみません。時間なんで帰っていいですか?」
「どうぞ。お疲れさまでした。」
依然としてリストは半分程度も進んでいなかったので隆を一人残しておくのも申し訳なかったが致し方ない。マリアは部屋を出て行った。
ここからは隆一人の戦いとなった。
午後9時になった。山田が部屋に入ってきて
「どうだ。終わったか?明日やればいいじゃないか。今日のところは帰った方が。」
「いえ、徹夜してやりたいと思います。」
隆の決意は固かった。その事は山田は十分承知していた。
「分かった。今日は泊ってけ。終わったら寝るんだぞ。」
山田は優しさを口にして出て行った。
翌朝マリアが山田の家に来ると山田が迎えて
「終わったみたいだぞ。徹夜したらしいけどな。」
と言った。山田とマリアが部屋に入ると隆は椅子に座って眠っていた。抜け目のない隆にしては珍しいことである。それだけ眠かったということか。
「おはようございます。」
マリアが隆の耳元でそうつぶやくと隆は飛び起きるようにして立ち上がった。そして瞬時に状況を把握すると
「ああ、僕としたことが。眠ってしまっていましたか。」
「で?作業は終わったんですか?」
マリアがそう言うと隆は
「君、徹夜をした人に向かって最初にかける言葉が終わったのかというのはかなり失敬だと思いますよ。」
と非難した。まあその通りだろうと思ったマリアは
「すみません。」
と素直に謝って見せた。
「まあ一応終わりましたがね。」
そう言って隆はパソコンを立ち上げた。
「これを見てください。」
隆はそう言って画面に映し出された男を指さした。
「あっ。この人。」
マリアには何か思い当たることがあるようだ。そんなマリアに山田が口を挟む。
「なんだ。心当たりでもあるのか。」
「事務所にいましたよね。」
マリアが隆に確認すると
「ええ。僕の見立てでは我々に対応したあの男が暴力団の主でしょう。そしてこの男はその補佐役、副組長みたいなものでしょうかねぇ。」
「あの組の中ではお偉いさんってことですかね。」
マリアがそう言うと隆は小さく頷く。
「名前は高島洋一というそうです。」
「でその高島って人に前科があったってことですか?」
「ええ。正確には組を挙げての前科と言うことなのですが。」
組を挙げての前科と言うのはどういうことだろう。
「どういうことですか?」
「6年前、つまり近藤さんが殺害される1年前、近藤さんは王道組の組長だったんです。」
「マジすか!」
マリアは心底驚いた。王道組とは隆も一度ことを構えたことがある。宿敵みたいな組織だった。現在の組長は三方という男だが6年前までは近藤が組長を務めていたということである。
「最近よく聞きますね。王道組の名前。」
マリアが率直な感想を述べた。
「ええ。あまり聞きたくない言葉ではありますがね。ああ、話を戻します。実は王道組とその暴力団で闘争が勃発していたんですよ。」
「闘争?」
慣れない言葉にマリアは聞き返した。
「ええ。詐欺の獲物を巡った闘争が両組の間で起こっていたようです。その際に高島は王道組の関係者を殴りけがをさせていたのですよ。この時逮捕されていて非常に助かりました。高島と言う前科持ちの人物がいなければここまでたどり着けませんでしたからねぇ。」
「ということは暴力団にとって近藤は邪魔な存在になるわけですね?ん?でも、ちょっと待ってください?近藤が王道組の元組長なら早川が近藤を殺すのはおかしくないですか?」
マリアは浮かび上がってきた疑問を隆にぶつけてみた。
「ええ。その通り。ですが早川は見るからにチンピラでした。おそらく新人で近藤の事は知らなかったのでしょう。」
「そんな事ってあります?」
「さあ、どうなんでしょうねぇ。しかし、確かめてみる価値はあると思いますよ。」
隆も自分の仮説にあまり自信は無いようだった。
隆とマリアは北野と沢村を呼びだした。
「なんですか?もうこの事件は早川が犯人と言うことで終わりたいんですがねぇ。」
北野の言う通り、警察の捜査は早川が犯人と言うことで終わりかけていた。そこに隆が待ったをかけたのだから北野としてはあまりいい気分ではないだろう。
「まあいいじゃありませんか。行きますよ。」
隆は事務所に入っていったので仕方なく北野と沢村も後に続いた。
「どうも。今日は何の用ですか?」
組長とみられる男は不信感をあらわにした。警察が来るのは2度目だから警戒しているのだろう。
「実は近藤さんを殺した犯人が分かりました。」
隆がそう言うと男は
「王道組の早川ですよね。ニュースで逮捕されたってやってましたよ。」
「ええ。確かに殺害したのは早川でしょう。しかし、まだ謎が残っています。」
「どのような謎ですか?」
男の問いに答えたのはマリアだった。
「遺体の下半身が見つかっていないし頭蓋骨には金箔が塗ってあった痕跡が見つかったんですよ。」
男はその事かというような顔をして
「それならニュースで見ましたけど。なんなんですか?」
「実はその遺体の首を取り頭蓋骨に金箔を塗った人物が分かったんですよ。」
その瞬間、男の顔がわずかに曇った。
「高島さん。」
隆は事務所の奥にいる高島を呼んだ。
「あなた、王道組との抗争をしてましたよね。あなたには王道組の組員に怪我をさせたという前科がありました。」
「調べたんですか。」
高島の声はヤクザとは思えないほどに潔いものだった。
「ええ。組を挙げて王道組との抗争は続けられていた。今でもあなた方と王道組の仲は決してよろしくないのでしょう。そんなある日、あなた方の誰かが王道組の組長だった近藤さんの白骨化した遺体を見つけた。それで歯の治療痕などからそれが近藤さんの物だと分かったのでしょう。それであなた方は頭蓋骨に金箔を塗ってその前で宴会を行った違いますか?」
「証拠はあるんですか?」
男は抵抗を続けた。
「ありません。」
「じゃあ我々を逮捕することはできませんね。おかえりください。」
この男を落とすのは難しいと考えた隆は高島を攻めてみた。
「高島さん、あなたはどうですか?真実をお話願えないでしょうか?」
高島はうつむいていた。男は焦り始めた。
「ほらお帰りください。」
その瞬間、高島が声を上げた。
「遺体の下半身は。」
「やめろ!」
男が高島の告発を遮る。
「あなたは黙っていなさい!」
隆がすかさず男を黙らせると
「すべてあなたの推理通りです。下半身は山奥に隠しました。」
男はその瞬間敗北を悟った。床に座り込んだ。
「高島さん、ありがとうございました。北野さん。」
隆が北野に目配せすると
「はい。署の方でゆっくり話を聞かせてもらいましょうか。」
と言って高島と男を連行していった。
事件は解決を迎えたのだった。
「いや、今回も大変な事件でしたね。」
山田の家に帰るとマリアはそう事件を振り返った。すると何かを思い出したように
「そういえば隆さん、徹夜したってことは昨日から寝てないってことですよね。」
「ええ。そう言うことになりますねえ。事件も解決したことだし早めに帰って寝かせていただきます。」
そう言ってサイダーを飲みほし手満足した隆は家へと帰っていった。
「じゃあ私も帰ります。」
隆は夕暮れを告げる夕日を眺めながら家へと帰っていった。いつも眺めているあの夕日を。
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