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第3話 犯人の声
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その家は名古屋の閑静な住宅街にあった。
「おやすみなさい。」
そう言って一番最初に寝たのは小学3年生の加藤祐樹である。時間は午後9時30分頃だろうか。
その30分ほど後に小学6年生の加藤沙良が祐樹の寝ている2階の寝室に行って2人で寝ていた。
2人の母千尋は午後11時に一通り家事を済ませて1階の部屋に入り寝息を立て始める。
父の隆弘は午前1時頃に帰宅し明日のトラックの運送の仕事に備えて早めに就寝した。部屋は千尋が寝ている部屋の隣の部屋だ。この時、家の明かりはすべて消えた。そして命の灯も・・・・
「なにしているの?」
一階の方から物音がして目が覚めた沙良はそう言うと恐る恐る1階へと足を運んだ。
「きゃー!」
そこには壁にもたれかかるようにして死んでいる隆弘の姿があった。
「叫ぶな。うるさい。」
そこにはマスクとサングラスをかけている1人の男がいた。
「お前に用はない。俺は隆弘を殺しに来た。あいつだけは絶対に許せなかったがやっと復讐できたよ。」
男はそういうと家から出て行った。
「おはようございます。」
そういって部屋に入ってきたのは加納マリアだ。久野隆は先に来ていた。
「おはようございます。」
隆は新聞を広げている。
「何か興味深い事件でも?」
「ええ、ちょっとこれを見てください。」
マリアは席から立ち上がり隆と一緒に新聞を読んでいる。
「名古屋の一軒家で殺人事件ですか。被害者は加藤隆弘さん。窓ガラスが割れていると書かれていますし、財布が盗まれていることから空き巣ですかね?ん?ちょっと待ってください?」
マリアは何かに気が付いたらしい。
「ええ、隆弘さんの娘さんの沙良さんが犯人の声を聞いたという風に証言しています。沙良さんによると、犯人はお前に用はない。俺は隆弘を殺しに来た。あいつは絶対に許せなかったがやっと復讐できたといっていたそうですねぇ。」
「とういうことは動機は怨恨ですかね?」
「しかし、いくつか気になることがあります。」
隆は席を立ちあがり語り始めた。
「1つ目は隆弘さんの死因です。縄のようなもので首を絞められ殺されたとありますが首を絞めるにはその人の背後に回り込む必要があります。窓ガラスまで割っておいて隆弘さんの背後に気づかれないように回り込むのは不可能です。」
「確かにそうですね。」
「もう1つは隆弘さんの亡くなったときに壁にもたれかかっていたということです。突然窓ガラスが割られ縄を持った男が首を絞めてこれば当然抵抗するでしょう。それなのに抵抗はおろか壁にもたれかかっていたというのは、ありえなくはありませんが不自然ではありませんか?」
「そのようなことから意地の悪い見方をすると1つの可能性が浮上します。」
「なんです?」
「窓ガラスはあらかじめ割られていて犯人はそこから侵入して気づかれないように隆弘さんの背後に忍び寄り首を絞めて殺害したという可能性です。」
「つまり共犯者がいるってことですか?しかもその共犯者は加藤家のだれかってことですよね?」
「僕の推測にすぎませんがね。とりあえず加藤家を訪ねてみますか。」
加藤家は名古屋市北区にあった。閑静な住宅街で人通りも少なく目撃情報は期待できそうにない。警察の捜査はもう終わっていて家に警察がいるわけでもなかった。
マリアと隆が家のインターホンを押すと沙良が出てきた。沙良は地味な服を着ていた。なんとなく近寄りがたいような印象を受ける。
「なんでしょう?」
沙良は明らかに警戒している。隆はスーツだし、ここで捜査をしていますというのはリスクが大きい。まだ中学生1年生なのだから。
そこで1つお芝居をしてみよう。
「我々兄弟なのですがね。ここら辺に引っ越すことが決まりまして。ご挨拶に伺いました。」
「親は今家におりませんのでご用件を承り親に報告するという形になりますがご了承ください。」
沙良はえらく言葉遣いが丁寧だ。
「それで結構ですので挨拶がてらお話を伺えないでしょうか。」
沙良はどうぞと言って2人を家の中へ入れた。
「素敵な家ですね。」
家のリビングはとても綺麗にかたずけられている。ここで殺人があったのだから当然かもしれないが。
「おや、窓ガラスが割れていますねぇ。何かあったのでしょうか。」
隆は沙良に事件の事を話させるように試みる。
「それは何者かに割られまして。父が殺されたんです。」
隆の思惑通り沙良は事件のことについて話し始めた。
「父は運送会社のトラックの配達員として働いていました。事件のあった日私は2階で寝ていたのですが物音がしたので起きてみると父は朝早い仕事に備えて準備をしていました。そこに人が入ってきて父が襲われたんです。」
父が殺されているのにもかかわらず沙良は動揺しているようには見えない。
「それは残念でしたね。」
その隆の言葉にマリアが付け足す。
「実の父親が殺されたのに随分落ち着いていますね。」
「そう見えますか?」
「いえいえ、大変失礼しました。」
隆はそういうと
「では失礼しました。」
と言って家を出て行った。
「随分警戒していましたね。彼女。」
家から出て行って道を歩いているところでマリアはそういった。
「母親からいろいろ言われているのかもしれませんねぇ。」
「子供に自分の都合を押し付けるのはやめてほしいですよ。本当に。」
マリアは沙良に共感している様子だ。
「しかし、気になりますねぇ。」
「何がです?」
「トラック運転の仕事をしているのであれば朝早く準備をしていることは珍しくありません。そのことは沙良さんも理解していたはずです。それなのに目を覚まし起きてきたというのはいささか不自然ではありませんか?たとえ目が覚めたとしても父親が準備をしているのだと思いあまり気にしないと思うのですがねぇ。」
「ガラスが割られた音に目が覚めたのではないですかねえ。」
「ええ、それならば今の問題は解決します。しかし、新たな謎が浮上します。他に寝ていた母親と弟は目が覚めなかったのは不自然です。それよりなにより、隆弘さんが気づくと思うので縄で首を絞める犯行はあまり現実的ではありません。」
「謎ですね。やはり犯人は加藤家の中にいるってことですかね。」
「その可能性は高いでしょうね。」
そこにランドセルを背負った小学生が下校していた。
「もしかして。加藤さんですか?」
隆は下校している子供に声をかけた。
「え?」
マリアとその子供は息ぴったりに反応した。
沙良のいる家で加藤祐樹と話すのは流石に警戒されてしまう。隆とマリアは祐樹と一緒に近所の公園に行き話を聞くことにした。
「お父様が亡くなられたと聞きました。その時の様子を伺いたいと思いまして。」
「僕知らない。」
「はい?」
「だってあの日僕ずっと寝てたもん。」
「ガラスの割れた音はしなかったのですか?」
隆がそういうと衝撃の事実が祐樹の口から語られる。
「ガラスは最初から割れていたよ。」
隆の最初の窓ガラスはあらかじめ割られていたという推理は正しかったのだ。
「それはいつからかは分かりますか?」
「朝は割れてなかったと思う。ママに聞いたら椅子をぶつけたって言ってたよ。」
「なるほど。ありがとうございます。」
祐樹が立ち去ろうとすると、
「ああ、最後に1つだけ。」
隆が祐樹を呼び止めた。
「ご自宅での隆弘さんの様子はどのようなものだったのでしょうか?」
「わかんない。帰ってくるの遅かったしあんまり話したことないから。」
「ありがとうございました。」
「じゃあね。」
祐樹はそういって帰っていった。
「窓ガラスがあらかじめ割られていたことから犯人は家族であることに間違いなさそうですね。」
「今の段階ではその推理で納得がいきますねぇ。ところでそろそろおなか減りませんか?」
突然の質問にマリアは戸惑う。
「ええ、まあ、」
「腹が減っては戦はできぬといいますからねぇ。ここらで一休みと行きますか。」
「どこに食べに行きます?」
「任せます。」
マリアが選んだのは和食屋だった。料理はうまいが結構高い。隆もまさかのチョイスに舌を巻いた。
「では、行きますか。」
「言っておきますけど、隆さんが誘ったんだから当然隆さんのおごりですよ。」
「仕方ありません。」
「あー、言ったなー、前言撤回は無しですよ。男に二言はありませんよ。」
「いうまでもありません。」
隆は一応そう答えたがすこし恐ろしかった。
隆とマリアは座敷の席に座った。
「何食べます?」
マリアはそういうとメニューを取り出して選び始めた。
「君、悩みすぎですよ。」
店に来てから10分以上経過している。
「だってこんなにあったら迷いません?隆さんはもう決まったんですか?」
「僕は天丼にします。」
「マジですか?」
「マジです。」
スーツ姿の隆に天丼はどう考えても似合わない。
「まあ、お好きにどうぞ。」
「では、好きにさせていただきます。」
隆はそういうと店員を呼ぶ呼び出しボタンを押してしまった。
「あ、ちょっと、まだ決まってないんですけど。」
「タイムオーバーです。」
そうこうしているうちに店員がやってきた。
結局マリアが注文したのはカレーうどんであった。2人は特にしゃべらずに食べ始める。会話を切り出したのはマリアだった。
「隆さん、なんで祐樹君の存在を知っていたのです?」
「おや、君、気が付きませんでしたか。沙良さんのご自宅に家族写真がありました。」
「全く気が付きませんでした。」
それから30分後2人とも食べ終わったので店を出る。
「どうします?」
「一度、山田君の家に戻るとしますか。」
部屋に入ると山田が椅子に座ってテレビを見ていた。
「ああ、山田君、お疲れ様です。」
「おお、戻ったか。残念だったな。」
「何がです?」
マリアが不思議そうに聞くと
「聞いてないのか?加藤隆弘殺害事件の犯人が捕まったぞ。」
「そうですか。犯人は一体何者でしょう?」
「名前は相葉博、39歳、亡くなった隆弘が働いている運送会社、北運送株式会社で勤務している。どうやら事件の前日に無断欠勤をめぐってもめていたらしいぞ。家宅捜索してみたら、殺された隆弘の財布が見つかって、任意の自重聴取を受けているらしいぜ。」
「無断欠勤というのは具体的にどのような状況だったのでしょうか?」
「隆弘の方が無断欠勤を続けていてな。それに怒った相葉が殺したってとこじゃないか?」
「しかし、盗まれた財布だけでは証拠にはならないと思うのですが、」
「ご明察、殺人に関しては証拠はないが、隆弘の娘の沙良が相葉で間違いないって言ったそうだ。」
「なるほど。窓ガラスを割ったのも相葉で間違いないのでしょうか?」
「そうみたいだな。まあ、今回ばかりは諦めろ。警察に先越されてしまって悔しいのは分かるが、ここまでこれば犯人は相葉で間違いないだろう。」
「お前、隆弘さんの無断欠勤を指摘して喧嘩になり、その日の夜家に忍び込み、殺害したんだろ。」
一方警察署では取調室で北野と沢村が取り調べをしていた。
「ああ、確かに忍び込んだ。けどな。殺人なんかしてねーよ。」
「じゃあなんで、お前の家から隆弘さんの財布が見つかってるんだよ。」
「そんなの家に入ったときに奪ったんだよ。ぎゃふんといわせたくて。」
「目撃者の沙良さんはお前が殺したといっているぞ。」
「そんなことしてねーよ。勘弁してくれよー。」
といった取り調べが日夜行われていた。
その時、北野の携帯電話に一本の電話がかかってきた。
北運送株式会社は名古屋の北区に存在する運送会社だ。隆弘の自宅からは10分ほどかかる。閑静な住宅街から一本道を外れて工場が並んでいる町の中に紛れ込んでいた。会社にあるトラックは5台ほどだろうか。さほど大きな会社とは思えない。会社の建物は3階建てで昭和の匂いがプンプン匂ってくる。北野にかかってきた電話は隆からで、北運送に来てほしいというものだった。
「もうこの会社には事件についてお話は伺っていのです。それで何かご不満でも?」
「滅相もない。我々はただ1つ聞きたいことがあったので2人をお呼びしたのですよ。」
「じゃあ我々が聞いてきますので、聞きたい内容を言ってください。」
「分かりました。」
その内容を聞いた北野と沢村は面倒くさそうに会社に入っていた。
「隆弘さんが殺害された日の前日のスケジュールは朝早く出勤して午後5時ごろに早めに仕事を切り上げたらしいですよ。相葉はすごく怒ってたらしいです。」
北野が早速電話をくれた。
「その日の夜の北野さんの足取りは分かっていますか?」
「いや、分かっていませんが、家に帰ったんじゃないですかねぇ?まあ犯人は相葉であることは間違いありませんから。失礼。」
北野はそういって電話を切ってしまった。
「ということは隆弘さんが帰宅したのは午後5時10分ごろでしょうかね?」
マリアは電話の内容を隆の耳元で聞いていた。
「そうなりますねぇ。一応確認しておきましょうか?」
「どこにです?」
「決まっているではありませんか。」
隆はそういうと、歩き出した。
「たびたび申し訳ありませんねぇ。」
祐樹は公園で友達と遊んでいた。
「いいよ。なに?」
祐樹はサッカーをしていてなかなかうまい。聞けば地元のサッカーチームに所属しているそうだ。
「お父様は亡くなられる前日、何時に帰宅しましたか?」
「わかんない。僕寝てたから。」
「じゃあ、祐樹君は何時に寝たの?」
マリアが祐樹に詰め寄る。
「9時30分ぐらいだったと思うよ。」
「なるほどよく、分かりました。どうもありがとう。」
「ねえ、パパを殺した人、もう捕まったって聞いたけど。」
「ああ、お気になさらず。」
隆はそういうとマリアとともに公園から去った。
「謎の空白の時間が生まれましたね。」
マリアは捜査にも慣れてきたみたいだ。
「ええ、隆弘さんが仕事を終えた午後5時頃から少なくとも9時30分頃まで彼はどこで何をしていたのか。非常に気になりますねぇ。」
「マリアさん、君に1つ、お願いがあります。」
マリアは身構えたがなかなか面白そうな頼み事だった。
加藤家のインターホンを押すと母千尋が出てきた。
「どーも。祐樹君の友達なんですけど。」
マリアは沙良には顔を覚えられてしまっているが母の千尋は何も知らないはず。幸い沙良は外出中だ。
「あ、そうなの?上級生の人にも友達がいるなんで光栄です。」
「いえいえ。失礼します。」
そう、隆がマリアに頼んだのは加藤家の人と親しくなって情報を得る、おとり捜査のようなものだった。
「どうでしたか。加藤家は。」
それから3日マリアは加藤家に通い続けた。
「祐樹君とは仲良くさせてもらっていますよ。」
山田の家に戻ったマリアは少し疲れているように見える。
「捜査のためとはいえ君に危険な捜査をさせてしまって申し訳ありません。」
「いえいえ、最終的に引き受けたのは私なんで。」
隆はサイダーを飲み始める。
「好きですね。サイダー。」
「いけませんか?」
「いえいえ、イメージと違うなっと思って。」
「ところで、この3日間で何かつかめたことはありますか。家族の様子とか。」
「待ってました!」
マリアは何か掴んだことがあるらしく、得意げに話し始めた。
「絶対に入れてもらえない部屋があったんです。2階に。」
「その部屋の中に何かが隠されているというわけですね。」
「その通り。」
「で、隆さんは?」
「はい?」
「あなたがこの3日間なにもしていなかったとは思えないのですが。」
マリアもだいぶ察しが良くなったような気がする。
「僕は空白の時間について調べていました。隆弘さんは空白の時間、何をしていたかが分かりました。」
「不倫です。」
「え?」
「これで、誰が犯人か分かりました。」
その翌日、マリアは加藤家に行った。この日は母親の千尋はおらず祐樹と2人きりだ。
マリアは入れてもらえなかった部屋にこっそり入ってなにが隠されているのか調べようと思い、部屋に入ろうとした。
「ギィー」
ドアを開ける音ですら恐ろしい。一気に緊張感が増した。机の上になにやら赤いアルバムが置いてある。
そのアルバムを見ようとしたその時。
「ドン!」
マリアは後ろから何者かに棒のようなもので殴られる。これにはマリアも耐え切れず、失神した。
いつもマリアが山田の自宅に来る時間になってもマリアが現れない。不審に思った隆は加藤家を目指した。その途中一本の電話がかかってくる。
マリアが目を覚ますと、縄で縛られており、口も封じられて、身動きが取れない。
そして目の前に包丁を突き付けられている。突き付けているのは千尋だ。どうやら外出していると見せかけて家にいたらしい。
「あなたは私の秘密を知ろうとした。悪いが、命をもらうよ。」
マリアはしゃべれないので返事ができない。抵抗することもできない。
「やめなさい!」
その時、誰かが部屋に現れた。隆だ。
「あんた、誰?」
「ただの中学生です。」
「ふざけないで。一体何なのよ。あなたも殺されたいの?」
「殺したいのであれば、どうぞ。」
「しかし、1つ確認があります。隆弘さんを殺したのは、あなたですね。」
「は?」
「隆弘さんは不倫をしていました。それが動機ですね。」
「なによ。不倫って。彼は相葉に殺されたんじゃないの?無断欠勤でもめてて。」
「その無断欠勤ですが、隆弘さんは無断欠勤をして不倫をしていました。」
「そんなの知らないわよ。」
「知らない。であれば、そのアルバムは何でしょう?」
隆はマリアが先程見ようとした赤いアルバムを開いた。
千尋は今にも襲い掛かってきそうな目でこちらを見つめている。
「このアルバムには隆弘さんが不倫していたという証拠の写真が挟まれています。これで言い逃れできませんね。」
「もうやめて。」
「そして、マリアさんを拘束しているその縄も隆弘さんを殺害するために使ったものですね。調べればすぐにわかると思いますよ。」
「やめて。」
千尋はどんどん追い詰められていく。
「あなたは毎日遅くに帰ってくる隆弘さんを不審に思い、探偵に依頼し、隆弘さんの不倫を知った。そして隆弘さんの事を恨む相葉博と結託してあなたは家の窓ガラスをあらかじめ割り、そこから相葉が入って財布を奪った。そしてあなたが隆弘さんの首を絞めて殺害したんですね。捜査では当然、隆弘さんを恨んでいた人物が疑わしいと判断されますから相葉に容疑がかかった。奪った財布が見つかれば、疑いは深くなるでしょう。うまくやりましたね。」
「私はあの人を愛していた。なのに、あの人は裏切るような行為をした。死に値する。」
「しかし、あなたは大きな思い違いをしています。」
「思い違い?」
「相葉が自白しました。あなたが犯人だと。しばらく殺人容疑を否認して殺人はあなたがやったと言えば信憑性も上がりますからねぇ。」
「え?」
「あなたは良いように相葉を利用したつもりかもしれませんが、あなたも利用されていたのですよ。」
「相葉は以前から隆弘さんの事を恨んでいたのですよ。仕事のことで隆弘さんの叱責を受けたことが原因のようです。そこにあなたが隆弘さんが不倫しているのではないかと疑っているというのはまさに渡りに船でした。あなたが不倫調査を依頼した探偵は相葉の息のかかった者でした。相葉は隆弘さんのシフトをひそかに改ざんし、隆弘さんに提出させ本来休みの日は無断欠勤という扱いになりました。そしてその無断欠勤をしている間、隆弘さんは指輪を探していたのですよ。」
「え?」
千尋はもはや泣きそうだ。
「今年で結婚10周年を迎えるそうですね。」
「まさか。」
「ええ、そのまさかです。」
「じゃあ、あの写真は。」
「写真に写っている女性は夜の街で客引きをして生計を立てている女性でした。おそらく隆弘さんにも声をかけ、そこを盗撮されたのでしょう。」
「隆弘は不倫してなかったということ?」
「ええ。あなたは勘違いで隆弘さんを殺害してしまったのですよ。ちょっと失礼。」
隆は千尋の指に指輪を付けた。
「これが隆弘さんが大切に持っていた指輪です。事件当日、あなたにプレゼントする予定だったのでしょう、しかし、その願いはかなわなかった。」
「うそでしょ?」
「嘘ならこの指輪はどのように説明するというのですか?」
千尋は泣き崩れた。
「大丈夫ですか?」
隆はマリアにかかっている縄をほどいた。
「自分1人で行動するのは危険です。慎んでください。」
「すみません。」
「帰りましょう、山田君の家に。」
「しかし、今回の事件はとても虚しかったですね。自分の思い違いで愛する人を殺してしまうなんて。」
隆とマリアは山田の自宅に戻った。
「人間とは自分が見たもの聞いたものを信じる癖があります。」
「その人を疑い続けて追い詰めてしまう。それが、今回の事件です。」
「本当に虚しいですね。」
「真実は時に、残酷ですから。そう落ち込まないことです。サイダーをあげますから元気を出してください。」
マリアはサイダーを飲み干した。
「そういえば首を殴られたようですが、大丈夫ですか?」
「いてて。」
マリアは思い出したかのように首を痛めた。
「おやすみなさい。」
そう言って一番最初に寝たのは小学3年生の加藤祐樹である。時間は午後9時30分頃だろうか。
その30分ほど後に小学6年生の加藤沙良が祐樹の寝ている2階の寝室に行って2人で寝ていた。
2人の母千尋は午後11時に一通り家事を済ませて1階の部屋に入り寝息を立て始める。
父の隆弘は午前1時頃に帰宅し明日のトラックの運送の仕事に備えて早めに就寝した。部屋は千尋が寝ている部屋の隣の部屋だ。この時、家の明かりはすべて消えた。そして命の灯も・・・・
「なにしているの?」
一階の方から物音がして目が覚めた沙良はそう言うと恐る恐る1階へと足を運んだ。
「きゃー!」
そこには壁にもたれかかるようにして死んでいる隆弘の姿があった。
「叫ぶな。うるさい。」
そこにはマスクとサングラスをかけている1人の男がいた。
「お前に用はない。俺は隆弘を殺しに来た。あいつだけは絶対に許せなかったがやっと復讐できたよ。」
男はそういうと家から出て行った。
「おはようございます。」
そういって部屋に入ってきたのは加納マリアだ。久野隆は先に来ていた。
「おはようございます。」
隆は新聞を広げている。
「何か興味深い事件でも?」
「ええ、ちょっとこれを見てください。」
マリアは席から立ち上がり隆と一緒に新聞を読んでいる。
「名古屋の一軒家で殺人事件ですか。被害者は加藤隆弘さん。窓ガラスが割れていると書かれていますし、財布が盗まれていることから空き巣ですかね?ん?ちょっと待ってください?」
マリアは何かに気が付いたらしい。
「ええ、隆弘さんの娘さんの沙良さんが犯人の声を聞いたという風に証言しています。沙良さんによると、犯人はお前に用はない。俺は隆弘を殺しに来た。あいつは絶対に許せなかったがやっと復讐できたといっていたそうですねぇ。」
「とういうことは動機は怨恨ですかね?」
「しかし、いくつか気になることがあります。」
隆は席を立ちあがり語り始めた。
「1つ目は隆弘さんの死因です。縄のようなもので首を絞められ殺されたとありますが首を絞めるにはその人の背後に回り込む必要があります。窓ガラスまで割っておいて隆弘さんの背後に気づかれないように回り込むのは不可能です。」
「確かにそうですね。」
「もう1つは隆弘さんの亡くなったときに壁にもたれかかっていたということです。突然窓ガラスが割られ縄を持った男が首を絞めてこれば当然抵抗するでしょう。それなのに抵抗はおろか壁にもたれかかっていたというのは、ありえなくはありませんが不自然ではありませんか?」
「そのようなことから意地の悪い見方をすると1つの可能性が浮上します。」
「なんです?」
「窓ガラスはあらかじめ割られていて犯人はそこから侵入して気づかれないように隆弘さんの背後に忍び寄り首を絞めて殺害したという可能性です。」
「つまり共犯者がいるってことですか?しかもその共犯者は加藤家のだれかってことですよね?」
「僕の推測にすぎませんがね。とりあえず加藤家を訪ねてみますか。」
加藤家は名古屋市北区にあった。閑静な住宅街で人通りも少なく目撃情報は期待できそうにない。警察の捜査はもう終わっていて家に警察がいるわけでもなかった。
マリアと隆が家のインターホンを押すと沙良が出てきた。沙良は地味な服を着ていた。なんとなく近寄りがたいような印象を受ける。
「なんでしょう?」
沙良は明らかに警戒している。隆はスーツだし、ここで捜査をしていますというのはリスクが大きい。まだ中学生1年生なのだから。
そこで1つお芝居をしてみよう。
「我々兄弟なのですがね。ここら辺に引っ越すことが決まりまして。ご挨拶に伺いました。」
「親は今家におりませんのでご用件を承り親に報告するという形になりますがご了承ください。」
沙良はえらく言葉遣いが丁寧だ。
「それで結構ですので挨拶がてらお話を伺えないでしょうか。」
沙良はどうぞと言って2人を家の中へ入れた。
「素敵な家ですね。」
家のリビングはとても綺麗にかたずけられている。ここで殺人があったのだから当然かもしれないが。
「おや、窓ガラスが割れていますねぇ。何かあったのでしょうか。」
隆は沙良に事件の事を話させるように試みる。
「それは何者かに割られまして。父が殺されたんです。」
隆の思惑通り沙良は事件のことについて話し始めた。
「父は運送会社のトラックの配達員として働いていました。事件のあった日私は2階で寝ていたのですが物音がしたので起きてみると父は朝早い仕事に備えて準備をしていました。そこに人が入ってきて父が襲われたんです。」
父が殺されているのにもかかわらず沙良は動揺しているようには見えない。
「それは残念でしたね。」
その隆の言葉にマリアが付け足す。
「実の父親が殺されたのに随分落ち着いていますね。」
「そう見えますか?」
「いえいえ、大変失礼しました。」
隆はそういうと
「では失礼しました。」
と言って家を出て行った。
「随分警戒していましたね。彼女。」
家から出て行って道を歩いているところでマリアはそういった。
「母親からいろいろ言われているのかもしれませんねぇ。」
「子供に自分の都合を押し付けるのはやめてほしいですよ。本当に。」
マリアは沙良に共感している様子だ。
「しかし、気になりますねぇ。」
「何がです?」
「トラック運転の仕事をしているのであれば朝早く準備をしていることは珍しくありません。そのことは沙良さんも理解していたはずです。それなのに目を覚まし起きてきたというのはいささか不自然ではありませんか?たとえ目が覚めたとしても父親が準備をしているのだと思いあまり気にしないと思うのですがねぇ。」
「ガラスが割られた音に目が覚めたのではないですかねえ。」
「ええ、それならば今の問題は解決します。しかし、新たな謎が浮上します。他に寝ていた母親と弟は目が覚めなかったのは不自然です。それよりなにより、隆弘さんが気づくと思うので縄で首を絞める犯行はあまり現実的ではありません。」
「謎ですね。やはり犯人は加藤家の中にいるってことですかね。」
「その可能性は高いでしょうね。」
そこにランドセルを背負った小学生が下校していた。
「もしかして。加藤さんですか?」
隆は下校している子供に声をかけた。
「え?」
マリアとその子供は息ぴったりに反応した。
沙良のいる家で加藤祐樹と話すのは流石に警戒されてしまう。隆とマリアは祐樹と一緒に近所の公園に行き話を聞くことにした。
「お父様が亡くなられたと聞きました。その時の様子を伺いたいと思いまして。」
「僕知らない。」
「はい?」
「だってあの日僕ずっと寝てたもん。」
「ガラスの割れた音はしなかったのですか?」
隆がそういうと衝撃の事実が祐樹の口から語られる。
「ガラスは最初から割れていたよ。」
隆の最初の窓ガラスはあらかじめ割られていたという推理は正しかったのだ。
「それはいつからかは分かりますか?」
「朝は割れてなかったと思う。ママに聞いたら椅子をぶつけたって言ってたよ。」
「なるほど。ありがとうございます。」
祐樹が立ち去ろうとすると、
「ああ、最後に1つだけ。」
隆が祐樹を呼び止めた。
「ご自宅での隆弘さんの様子はどのようなものだったのでしょうか?」
「わかんない。帰ってくるの遅かったしあんまり話したことないから。」
「ありがとうございました。」
「じゃあね。」
祐樹はそういって帰っていった。
「窓ガラスがあらかじめ割られていたことから犯人は家族であることに間違いなさそうですね。」
「今の段階ではその推理で納得がいきますねぇ。ところでそろそろおなか減りませんか?」
突然の質問にマリアは戸惑う。
「ええ、まあ、」
「腹が減っては戦はできぬといいますからねぇ。ここらで一休みと行きますか。」
「どこに食べに行きます?」
「任せます。」
マリアが選んだのは和食屋だった。料理はうまいが結構高い。隆もまさかのチョイスに舌を巻いた。
「では、行きますか。」
「言っておきますけど、隆さんが誘ったんだから当然隆さんのおごりですよ。」
「仕方ありません。」
「あー、言ったなー、前言撤回は無しですよ。男に二言はありませんよ。」
「いうまでもありません。」
隆は一応そう答えたがすこし恐ろしかった。
隆とマリアは座敷の席に座った。
「何食べます?」
マリアはそういうとメニューを取り出して選び始めた。
「君、悩みすぎですよ。」
店に来てから10分以上経過している。
「だってこんなにあったら迷いません?隆さんはもう決まったんですか?」
「僕は天丼にします。」
「マジですか?」
「マジです。」
スーツ姿の隆に天丼はどう考えても似合わない。
「まあ、お好きにどうぞ。」
「では、好きにさせていただきます。」
隆はそういうと店員を呼ぶ呼び出しボタンを押してしまった。
「あ、ちょっと、まだ決まってないんですけど。」
「タイムオーバーです。」
そうこうしているうちに店員がやってきた。
結局マリアが注文したのはカレーうどんであった。2人は特にしゃべらずに食べ始める。会話を切り出したのはマリアだった。
「隆さん、なんで祐樹君の存在を知っていたのです?」
「おや、君、気が付きませんでしたか。沙良さんのご自宅に家族写真がありました。」
「全く気が付きませんでした。」
それから30分後2人とも食べ終わったので店を出る。
「どうします?」
「一度、山田君の家に戻るとしますか。」
部屋に入ると山田が椅子に座ってテレビを見ていた。
「ああ、山田君、お疲れ様です。」
「おお、戻ったか。残念だったな。」
「何がです?」
マリアが不思議そうに聞くと
「聞いてないのか?加藤隆弘殺害事件の犯人が捕まったぞ。」
「そうですか。犯人は一体何者でしょう?」
「名前は相葉博、39歳、亡くなった隆弘が働いている運送会社、北運送株式会社で勤務している。どうやら事件の前日に無断欠勤をめぐってもめていたらしいぞ。家宅捜索してみたら、殺された隆弘の財布が見つかって、任意の自重聴取を受けているらしいぜ。」
「無断欠勤というのは具体的にどのような状況だったのでしょうか?」
「隆弘の方が無断欠勤を続けていてな。それに怒った相葉が殺したってとこじゃないか?」
「しかし、盗まれた財布だけでは証拠にはならないと思うのですが、」
「ご明察、殺人に関しては証拠はないが、隆弘の娘の沙良が相葉で間違いないって言ったそうだ。」
「なるほど。窓ガラスを割ったのも相葉で間違いないのでしょうか?」
「そうみたいだな。まあ、今回ばかりは諦めろ。警察に先越されてしまって悔しいのは分かるが、ここまでこれば犯人は相葉で間違いないだろう。」
「お前、隆弘さんの無断欠勤を指摘して喧嘩になり、その日の夜家に忍び込み、殺害したんだろ。」
一方警察署では取調室で北野と沢村が取り調べをしていた。
「ああ、確かに忍び込んだ。けどな。殺人なんかしてねーよ。」
「じゃあなんで、お前の家から隆弘さんの財布が見つかってるんだよ。」
「そんなの家に入ったときに奪ったんだよ。ぎゃふんといわせたくて。」
「目撃者の沙良さんはお前が殺したといっているぞ。」
「そんなことしてねーよ。勘弁してくれよー。」
といった取り調べが日夜行われていた。
その時、北野の携帯電話に一本の電話がかかってきた。
北運送株式会社は名古屋の北区に存在する運送会社だ。隆弘の自宅からは10分ほどかかる。閑静な住宅街から一本道を外れて工場が並んでいる町の中に紛れ込んでいた。会社にあるトラックは5台ほどだろうか。さほど大きな会社とは思えない。会社の建物は3階建てで昭和の匂いがプンプン匂ってくる。北野にかかってきた電話は隆からで、北運送に来てほしいというものだった。
「もうこの会社には事件についてお話は伺っていのです。それで何かご不満でも?」
「滅相もない。我々はただ1つ聞きたいことがあったので2人をお呼びしたのですよ。」
「じゃあ我々が聞いてきますので、聞きたい内容を言ってください。」
「分かりました。」
その内容を聞いた北野と沢村は面倒くさそうに会社に入っていた。
「隆弘さんが殺害された日の前日のスケジュールは朝早く出勤して午後5時ごろに早めに仕事を切り上げたらしいですよ。相葉はすごく怒ってたらしいです。」
北野が早速電話をくれた。
「その日の夜の北野さんの足取りは分かっていますか?」
「いや、分かっていませんが、家に帰ったんじゃないですかねぇ?まあ犯人は相葉であることは間違いありませんから。失礼。」
北野はそういって電話を切ってしまった。
「ということは隆弘さんが帰宅したのは午後5時10分ごろでしょうかね?」
マリアは電話の内容を隆の耳元で聞いていた。
「そうなりますねぇ。一応確認しておきましょうか?」
「どこにです?」
「決まっているではありませんか。」
隆はそういうと、歩き出した。
「たびたび申し訳ありませんねぇ。」
祐樹は公園で友達と遊んでいた。
「いいよ。なに?」
祐樹はサッカーをしていてなかなかうまい。聞けば地元のサッカーチームに所属しているそうだ。
「お父様は亡くなられる前日、何時に帰宅しましたか?」
「わかんない。僕寝てたから。」
「じゃあ、祐樹君は何時に寝たの?」
マリアが祐樹に詰め寄る。
「9時30分ぐらいだったと思うよ。」
「なるほどよく、分かりました。どうもありがとう。」
「ねえ、パパを殺した人、もう捕まったって聞いたけど。」
「ああ、お気になさらず。」
隆はそういうとマリアとともに公園から去った。
「謎の空白の時間が生まれましたね。」
マリアは捜査にも慣れてきたみたいだ。
「ええ、隆弘さんが仕事を終えた午後5時頃から少なくとも9時30分頃まで彼はどこで何をしていたのか。非常に気になりますねぇ。」
「マリアさん、君に1つ、お願いがあります。」
マリアは身構えたがなかなか面白そうな頼み事だった。
加藤家のインターホンを押すと母千尋が出てきた。
「どーも。祐樹君の友達なんですけど。」
マリアは沙良には顔を覚えられてしまっているが母の千尋は何も知らないはず。幸い沙良は外出中だ。
「あ、そうなの?上級生の人にも友達がいるなんで光栄です。」
「いえいえ。失礼します。」
そう、隆がマリアに頼んだのは加藤家の人と親しくなって情報を得る、おとり捜査のようなものだった。
「どうでしたか。加藤家は。」
それから3日マリアは加藤家に通い続けた。
「祐樹君とは仲良くさせてもらっていますよ。」
山田の家に戻ったマリアは少し疲れているように見える。
「捜査のためとはいえ君に危険な捜査をさせてしまって申し訳ありません。」
「いえいえ、最終的に引き受けたのは私なんで。」
隆はサイダーを飲み始める。
「好きですね。サイダー。」
「いけませんか?」
「いえいえ、イメージと違うなっと思って。」
「ところで、この3日間で何かつかめたことはありますか。家族の様子とか。」
「待ってました!」
マリアは何か掴んだことがあるらしく、得意げに話し始めた。
「絶対に入れてもらえない部屋があったんです。2階に。」
「その部屋の中に何かが隠されているというわけですね。」
「その通り。」
「で、隆さんは?」
「はい?」
「あなたがこの3日間なにもしていなかったとは思えないのですが。」
マリアもだいぶ察しが良くなったような気がする。
「僕は空白の時間について調べていました。隆弘さんは空白の時間、何をしていたかが分かりました。」
「不倫です。」
「え?」
「これで、誰が犯人か分かりました。」
その翌日、マリアは加藤家に行った。この日は母親の千尋はおらず祐樹と2人きりだ。
マリアは入れてもらえなかった部屋にこっそり入ってなにが隠されているのか調べようと思い、部屋に入ろうとした。
「ギィー」
ドアを開ける音ですら恐ろしい。一気に緊張感が増した。机の上になにやら赤いアルバムが置いてある。
そのアルバムを見ようとしたその時。
「ドン!」
マリアは後ろから何者かに棒のようなもので殴られる。これにはマリアも耐え切れず、失神した。
いつもマリアが山田の自宅に来る時間になってもマリアが現れない。不審に思った隆は加藤家を目指した。その途中一本の電話がかかってくる。
マリアが目を覚ますと、縄で縛られており、口も封じられて、身動きが取れない。
そして目の前に包丁を突き付けられている。突き付けているのは千尋だ。どうやら外出していると見せかけて家にいたらしい。
「あなたは私の秘密を知ろうとした。悪いが、命をもらうよ。」
マリアはしゃべれないので返事ができない。抵抗することもできない。
「やめなさい!」
その時、誰かが部屋に現れた。隆だ。
「あんた、誰?」
「ただの中学生です。」
「ふざけないで。一体何なのよ。あなたも殺されたいの?」
「殺したいのであれば、どうぞ。」
「しかし、1つ確認があります。隆弘さんを殺したのは、あなたですね。」
「は?」
「隆弘さんは不倫をしていました。それが動機ですね。」
「なによ。不倫って。彼は相葉に殺されたんじゃないの?無断欠勤でもめてて。」
「その無断欠勤ですが、隆弘さんは無断欠勤をして不倫をしていました。」
「そんなの知らないわよ。」
「知らない。であれば、そのアルバムは何でしょう?」
隆はマリアが先程見ようとした赤いアルバムを開いた。
千尋は今にも襲い掛かってきそうな目でこちらを見つめている。
「このアルバムには隆弘さんが不倫していたという証拠の写真が挟まれています。これで言い逃れできませんね。」
「もうやめて。」
「そして、マリアさんを拘束しているその縄も隆弘さんを殺害するために使ったものですね。調べればすぐにわかると思いますよ。」
「やめて。」
千尋はどんどん追い詰められていく。
「あなたは毎日遅くに帰ってくる隆弘さんを不審に思い、探偵に依頼し、隆弘さんの不倫を知った。そして隆弘さんの事を恨む相葉博と結託してあなたは家の窓ガラスをあらかじめ割り、そこから相葉が入って財布を奪った。そしてあなたが隆弘さんの首を絞めて殺害したんですね。捜査では当然、隆弘さんを恨んでいた人物が疑わしいと判断されますから相葉に容疑がかかった。奪った財布が見つかれば、疑いは深くなるでしょう。うまくやりましたね。」
「私はあの人を愛していた。なのに、あの人は裏切るような行為をした。死に値する。」
「しかし、あなたは大きな思い違いをしています。」
「思い違い?」
「相葉が自白しました。あなたが犯人だと。しばらく殺人容疑を否認して殺人はあなたがやったと言えば信憑性も上がりますからねぇ。」
「え?」
「あなたは良いように相葉を利用したつもりかもしれませんが、あなたも利用されていたのですよ。」
「相葉は以前から隆弘さんの事を恨んでいたのですよ。仕事のことで隆弘さんの叱責を受けたことが原因のようです。そこにあなたが隆弘さんが不倫しているのではないかと疑っているというのはまさに渡りに船でした。あなたが不倫調査を依頼した探偵は相葉の息のかかった者でした。相葉は隆弘さんのシフトをひそかに改ざんし、隆弘さんに提出させ本来休みの日は無断欠勤という扱いになりました。そしてその無断欠勤をしている間、隆弘さんは指輪を探していたのですよ。」
「え?」
千尋はもはや泣きそうだ。
「今年で結婚10周年を迎えるそうですね。」
「まさか。」
「ええ、そのまさかです。」
「じゃあ、あの写真は。」
「写真に写っている女性は夜の街で客引きをして生計を立てている女性でした。おそらく隆弘さんにも声をかけ、そこを盗撮されたのでしょう。」
「隆弘は不倫してなかったということ?」
「ええ。あなたは勘違いで隆弘さんを殺害してしまったのですよ。ちょっと失礼。」
隆は千尋の指に指輪を付けた。
「これが隆弘さんが大切に持っていた指輪です。事件当日、あなたにプレゼントする予定だったのでしょう、しかし、その願いはかなわなかった。」
「うそでしょ?」
「嘘ならこの指輪はどのように説明するというのですか?」
千尋は泣き崩れた。
「大丈夫ですか?」
隆はマリアにかかっている縄をほどいた。
「自分1人で行動するのは危険です。慎んでください。」
「すみません。」
「帰りましょう、山田君の家に。」
「しかし、今回の事件はとても虚しかったですね。自分の思い違いで愛する人を殺してしまうなんて。」
隆とマリアは山田の自宅に戻った。
「人間とは自分が見たもの聞いたものを信じる癖があります。」
「その人を疑い続けて追い詰めてしまう。それが、今回の事件です。」
「本当に虚しいですね。」
「真実は時に、残酷ですから。そう落ち込まないことです。サイダーをあげますから元気を出してください。」
マリアはサイダーを飲み干した。
「そういえば首を殴られたようですが、大丈夫ですか?」
「いてて。」
マリアは思い出したかのように首を痛めた。
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