俺の異世界生活は最初からどこか間違っている。

六海 真白

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とある日のロベルタ・ナルズ・サルミエント

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 **************

 王都 貴族区サルミエント家私邸

 その玄関にロベルタはいた。
 靴の調子を確かめるように地面を打ち、側に備え付けられた姿見で自分の容姿を確認する。

 「ロベルタ様おはようございます。本日もギルドへ向かわれるのですか?」

 そう言って話しかけてきたのはメイド姿の女性だ。

 「もちろんよ」

 ロベルタは素っ気なく返事をする。

 「お母様からの言伝がありますが……」

 メイドの女性は申し訳なさそうに、言った。

 「どうせはやく戻ってきなさいって感じでしょ。聞かなくても分かるわ」
 「分かっておられるのでしたら……」
 「あたしの実力が足りなかったせいで平民を巻き込んじゃったのよ? 放っておくなんてできないわ」
 「…… ですが、本日はアーロン様からの言伝もありまして」
 「お兄様から?」
 「『次の仕事だ』との事です」

 ロベルタは少し考えてから、

 「…… 分かったわよ。今日会えなかったら受付の人に頼む事にする」

 言った。
 その返答にメイドの女性は微笑んで、

 「いってらっしゃいませ。お嬢様」

 ぺこりと頭を下げた。
 ロベルタは「いってきます」と小さく言って、玄関を飛び出した。



 昼下がりの噴水広場で、

 「あんなに失礼なヤツだったなんて」

 ロベルタはお気に入りの場所で不満を呟いた。
 先刻、探し人だったカケルという男に出会い、会話し、目的を遂げた。

 でもそれは、彼女の描いた筋書き通りにならなかった。

 ロベルタの描いた筋書きは、忠告、相手からの感謝、自分からの感謝と謝罪。

 これで綺麗に収まるはずだった。

 しかしカケルという男は自らを『強い』と言い、あろうことか貴族である彼女に対して謝罪を強要した。

 時間は過ぎて、彼女の不機嫌は背後を流れる水に溶けていく。

 ロベルタはカケルの態度について考えた。

 アレはきっとあたしの力を信じていないから出来た態度ね。それに、急に現れた女の子が自分を貴族だと言うのは無理があったのかも……

 「それなら……」

 あいつしか知らない事をあたしが視て、ソレを伝える。
 そしたらあいつもあたしの眼が本物だって分かるはずよ。

 ロベルタは早速行動に移った。



 優しい灯りが王都を飾る頃。

 「やっと出て来たわね」

 ギルドから出て来た黒髪黒目の男を監視する者がいた。
 ピンクの髪の上には探偵のような帽子が乗っており、服は白いワンピースで腰には太めのベルト、栗色の瞳は貴族に対して謝罪を要求した男を捉えている。

 小さく呟くロベルタの脳裏にあるのは男の嗤う顔と放った言葉。

 『だって俺、強いもん』

 ロベルタにはそうは見えなかった。

 個人の力量は滲み出るオドの質や量で大体分かる。
 ロベルタは自身の魔眼『過去視の魔眼パスト・アイ』の影響もあり、他者の力量を見定めるのは得意分野だ。
 
 カケルという男のオドは平凡。横を通り過ぎても気付かない、過去を視た時に視界へ映ったとしてもすぐに忘れる程に普通だ。印象としては道端の小石に近い。

 ロベルタはカケルの戦闘行為を二度視ている。
 故に、彼の持つ魔眼の弱点も推測できた。

 対象に攻撃をする際、時は動き出す。

 きっとカケルはこの弱点が容易に気付かれるモノだと分かっていない。

 「あんな顔して……」

 カケルの横顔は決意に満ちているように見える。

 ロベルタはカケルの後を追う。

 雑踏を掻き分け、気付かれないように、その背中を追い続ける。

 路地裏に入るとカケルの足が少し速くなり、ロベルタが来た事のない場所へと辿り着いた。

 「王都にこんなが場所あったなんてね。一年半も居たのに知らなかったわ」

 夜とは思えない程に明るい。それぞれの店はキラキラと点滅する灯りに彩られ、目を奪われる。
 
 カケルはとある店の中へ進んでいった。

 「ドリーマーズ・クラブ…… 一体ここは……」

 ロベルタは店の入り口が見える路地裏へ移動し、思考する。

 仲間とは別行動…… しかも夜…… 飲食店には見えないし…… つまりこの店が仲間にも秘密の特訓場所? それとも魔道具店?

 「ふぅ。貴族のあたしがなにやってるのよ」

 ロベルタは吐き捨てるように言った。
 空を見上げると王都の灯りに負けないぐらいの星々が光り輝いている。

 「それでも、やると決めたらやるのがサルミエント家の家訓よ」

 ロベルタは教えを言葉に出して、ドリーマーズ・クラブの出入り口を見守った。

 それからどれぐらい経っただろうか。
 周辺には酒に溺れた男が多くなり、肌の露出が激しくなった女の姿も見え始めた。

 「こんな長時間、何の特訓を?」

 店から出てきたカケルを見据え、ロベルタは疑問を口にする。
 一瞬、カケルの瞳が紅く煌めいたように見えたと思ったら、

 「おいおい姉ちゃん。こんな夜遅くに1人は危ないぜぇ?」

 背後から男の声がした。
 ロベルタが振り返ると、大柄でガラの悪い男がいる。

 「あたし、今忙しいのよ」
 「そりゃあ悪い事したなぁ。へへっ、どぉーん」

 男は唐突にロベルタの肩を掴み、壁へ押し付ける。

 「いたっ!? なにすんのよ!」
 「ナニって? そりゃもちろん決まってるよなぁ?」

 男の口角が上がる。
 ロベルタは本能的に魔力を巡らせた。

 「――っっ!?」

 瞬間、ロベルタの頬に鈍痛が走る。
 あまりにも突然な痛みに、ロベルタは魔力を練る方法を忘れた。

 「そうそう。女はそうやって大人しくしてりゃあいいんだよ」
 「このっ!!」

 ロベルタは掴まれた腕を必死に振り払おうとするが、

 「諦めなって姉ちゃん」

 男はニタニタと笑いながらそう言った。

 ロベルタは思考する。

 腕力じゃこいつに敵わない。なんとか魔法を使って――

 「―― っっっ!?」

 その思考を止めるように、ロベルタの頬はまた痛みに襲われた。

 涙なんて流す事は殆ど無かったはずなのに、自然と瞳が潤っていく。

 その時、

 「おいおいおいなんて最高なシチュ―― じゃなかった。なんて最低な事してんだよ」

 路地裏に聞き覚えのある声が響き渡った。

 「誰だ!?」
 「ここにいるが」

 ロベルタには見えていた。
 大男の背後に紅い双眸がある事を。

 大男は焦ったように自身の背後に向かって腕をぶん回す。

 しかし、それが対象に当たる事は無かった。

 大男は苛立ちを隠さない声色で、言い放つ。

 「良いとこなんだから邪魔すんじゃ―― っっっっ!?!?」
 
 が、それは途中で悶絶の声に変わった。
 同時にロベルタの視界は黒い背中で埋め尽くされる。

 「カケ――」
 「酒は呑んでも飲まれるな、なんつって」

 ロベルタの言葉を遮るように、カケルはおどけるような声色で言った。

 「てめぇ…… やりやがったなぁ……」

 大男は蹲りながら声を漏らす。

 「せいっ」

 ドゴォ

 カケルの軽い口調とは真逆の音がして、大男の身体が横に跳ねた。

 「ごはぁぁっ!!」

 大男は横腹を抑えて地面を転がる。

 カケルの横顔は月明りのせいか、夜の街を飾る灯りのせいか、とても艶めいて見える。

 「…… くそっっっ!! 覚えてやがれ!!!」

 大男はそう言い残し、フラフラと路地の闇へと姿を消した。
 ソレを見ながら、カケルは呟く。

 「今日はすげえ良い日かもしれん」

 そしてロベルタを見て、

 「立てるか?」

 手を差し伸べた。
 ロベルタは自分でも気付かない内に地面に腰を落としていたようだ。

 ロベルタは差し伸べられた手を取り、

 「…… なんであんたがここにいるのよ」

 下を向いたまま口を開く。

 「そりゃあ俺のセリフだろ。なんで貴族のお前がこんなとこにいんだよ」
 「あ、あたしの事はいいのよ!」
 「えぇ……」
 「いいからあんたがこの場所に来た理由を言いなさい!」
 「貴族ってのはどこでも我が儘なモンなんだな……」
 「いいから!!」
 「はいはい」

 カケルは考えるように口元に手を当ててから、

 「お前が言ったんだろ? 俺が狙われてるから注意しろって。だから店を出た時に周囲を確認して、ヤベェのがいるって分かったからぶっ飛ばしに来たんだよ」
 「…… なんで逃げないのよ」
 「会ってみて本気でヤ―― 男だから」
 「なんで言い直したの?」
 「男だから」

 ロベルタは大きく息を吐いた。
 その意味はロベルタ自身にも分からなかった。

 「で、送ってってやろうか? 俺は今気分がめちゃくちゃ良いからな」
 「あんた貴族区入れないわよ」
 「さいで」

 ロベルタはヒラヒラと手を振る男の背を見つめながら小さく呟く。

 「ありがと」

* after *

 翌日のお昼前。
 準備中のドリーマーズ・クラブで女の悲鳴が上がった。

 介抱した女性店員の話によると、ピンクの髪をキレイに結った美人が悲鳴の主だったらしい。
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