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俺の幽体離脱はどこか間違っている。 2

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 俺の目の前に広がっていたのは果ての無い空間とシンプルな無数の机。机上には人間、動物、植物、モンスター、ありとあらゆるカタチをした幻影のようなモノが浮かび上がっている。
 禍々しさを感じる漆黒の右腕を伸ばし、幻影から光る玉を抜き取っているのは顔の無い天使たち。その姿かたちは目の前のリピカと全く同じに見える。違うのは右腕が暗黒に包まれているかいないかだけだ。
 無数の天使たちが同じリズム、同じタイミングで光る玉を抜き取って『魂情報の記録媒体』へ吸収させると、机上の幻影は霧散して、新たなカタチの幻影が浮かび上がる。

 「ここが『魂の記録室』でございます。第1階層から上がってきた魂の記憶だけを抜き取り、記録する為のフロアとなっております」

 リピカがフロアの役割を説明してくれる。
 呆気にとられていた俺はその声で思考を取り戻し、小さく息を吸った。

 「あの…… 光る玉取り出してる黒い腕の天使たちは……?」
 「サリエル様は『リピカ』と呼称されております。腕が黒に染まっているのはサリエル様より与えられた『魂の記憶を読み取る力』を行使しているからでございます」

 ん?

 「リピカってあなたの事じゃないんですか?」
 「私もサリエル様より『リピカ』と呼称されております。私と彼女たちは同一存在と認識してください」

 リピカって名前は顔の無い天使たちの総称って事か? カケルじゃなくて人間って表すとかそんな感じの種族名みてえなこと? いや、役職みてえなもんか?

 「それでは第3階層『魂の待機室』へ参ります」
 「え、あ――」

 扉が閉まり、リピカの手が『3』のボタンを押した。

 「到着致しました」

 ―― 早え。

 プシューっと扉が開く。

 「うわすっげえ……」

 扉の向こう側には光の海としか言いようがない景色が広がっていた。

 「ここが『魂の待機室』でございます。第2階層で記憶失った魂が集められているフロアとなっております」
 「じゃあ魂が海みたいになってるって事ですか?」
 「はい。記憶を失った魂はカタチを保てず、光の粒子となります。本来ならソレはこのフロアを漂うだけだったのですが、サリエル様が海に見えるようになさったのです」
 「サリエルの趣味ってやつですか?」
 「その通りでございます」

 扉が閉まり、リピカの手は『6』のボタンへ伸びていく。

 「え、4階層と5階層は?」
 「私は第4階層『魂の形成室』及び第5階層『魂の裁定室』へのアクセス権限を与えられておりません」
 「見る事ができないってことですか」
 「その通りでございます。希望に添えず申し訳ございません」

 リピカが振り返って、ぺこりと頭を下げてきた。

 「いやいや、リピカさんが謝る事じゃないと思います」
 「失礼致しました。それでは――」

 リピカは頭を上げて『6』のボタンを押した。

 「到着致しました。魂の管理塔第6階層『天使の執務室』でございます」

 扉が開き、第六階層の景色が視界に入ってきた。

 「え、執務室って言いましたよね?」

 扉の先にそんなものは無い。広がっているのは深い闇の空間。その空間には様々な建築様式の家々がぼんやりと明るく浮かんでいるだけだった。

 「はい。あの建物一軒一軒がこれまでサリエル様のお使いになった執務室となっております」
 「家がまるごと執務室……?」
 「そうでございます。サリエル様は気分転換と仰られておりました。それでは参りましょう」

 リピカがエレベーターから闇の中へ一歩踏み出した。
 床や地面など無いはずなのに、リピカはちゃんと立っている。いや、浮かんでいると言った方が正しいのかもしれない。

 ―― 天使の羽があるからか? だとしたら俺は……

 「カケル様、どうかなさいましたか?」

 リピカは気遣うような声色で振り返ってきた。

 ―― 底が見えねえの怖い、なんてダセェよなあ。

 俺は覚悟を決めて、エレベーターから足を前に出した。

 「っ!」

 羽なんて無いのにちゃんと立てた。足裏で叩いてナニカがあるのを確認する。

 ―― 床がガラス張りの高層ビルってこんな感じなのか? それとも宇宙空間って…… 

 「私の後に続いて下さい。サリエル様の所までご案内致します」
 「…… あ、はい」

 俺はより輝いて見える彼女の背を追った。



 エレベーターを出てからどれぐらい歩いただろう。
 リピカとの他愛ない会話の種も尽きて、視界を通り過ぎていく建物を数えるのも飽きてきた頃、闇の中に浮かぶ扉が見えてきた。

 「カケル様、到着致しました。アレが第6階層の外へ繋がる扉でございます」
 「え? まだ扉はだいぶ先に――」

 その瞬間、視界が揺れた。

 「は?」

 遠くに見えていたはずの扉が目の前に現れる。
 リピカはドアノブに手を伸ばし、ガチャっと開いた。

 鮮やかな太陽光と風が吹き込んできて、俺は思わず目を細める。
 視界が鮮明になる前に、リピカが扉の先を指差して言った。

 「サリエル様はあの家にいらっしゃいます。インターホンを鳴らす事で、サリエル様のお母様が迎えて下さります」

 リピカの指先に視線を送ると、雲に浮かぶ一軒の家が見えてきた。そこに至るまでの階段はあるが、それ以外は青々とした空とふわふわな雲が浮かんでいるだけだ。

 「リピカさんは一緒に行かないんですか?」

 ちょっと不安とかそんなんじゃあない。

 「申し訳ございません。リピカは階層の外へ出る権限を与えられておりません」
 「…… そうですか」
 「ご安心くださいカケル様。まっすぐに進めば落ちる事はありません」

 ―― 落ちる事あんのかよ。

 俺は頭を下げるリピカの横を通り過ぎ、扉から外へ一歩踏み出す。
 石造りの階段を一段上った所で、俺は振り返って、言った。

 「あの、案内ありがとうございました。…… 多分ですけど、俺ってまたここに来るような気がするんですよ。だから、名前だけ教えてもらっていいですか?」

 頭を下げたままのリピカは答える。

 「私は感謝されるような事は何もしておりません」

 そして、下げていた頭を上げて、

 「私は『リピカ』とサリエル様より呼称されています」

 その機械じみた返答に、俺は頭を掻いた。

 「リピカじゃなくてあなた個人の名前を聞きたいんですけど」
 「…………」

 名前を聞いただけなのに、リピカは黙ったまま動かなくなる。

 「俺って困るような事言いました?」

 俺はもう一度言葉を投げかける。

 「…… はい。とても困ります。私は『リピカ』とサリエル様より呼称される存在であり、私にソレ以外の名はありません」

 つまり個人名が無いって事か?

 「じゃあ、もし俺が次に来た時、俺があなただって分かるようにあだ名付けていいですか?」

 目の前にいるリピカは出会った頃と少し変わった。物言いが柔らかくなったとかそういう曖昧な感じだが、確かに変わった。
 もし俺がまた幽体離脱とやらをした時に、彼女とは別のリピカに案内されるのはちょっと嫌だ。
 だから俺は他のリピカと見分けられるように、ニックネームみたいなものを付ける事にした。

 「………… 私に名をくださるのですか?」

 リピカは表情の分からない顔をこちらに向けたまま、驚いたような声色で言った。

 「え、まあ、そう言いましたけど…… ダメでした?」
 「いえ! いえっ! 決してそのような事はございません!」

 リピカの声に元気が乗っている。
 なんだか気分が良くなったのは空に浮かぶ階段に乗っているからかもしれない。

 「じゃあ、リッピーで!」

 俺が言うと、リッピーは顔を両手で覆い隠しながら、膝が抜けるようにストンと体勢を崩した。

 「だ、大丈夫ですか!?」

 俺は急いでリッピーの腰に手を回し、崩れ落ちるのを防ぐ。

 「私の名前…… リッピー…… ぐすっ」

 リッピーの身体が小刻みに震えている。

 ―― 俺なんかやっちゃった? え? 泣いてるよな? ええ、どうしよう…… とりあえず謝らねえと。

 「ごめんなさい! 泣かせるつもりなんて――」
 「私は、嬉しいのです」

 両手で顔を覆い隠したまま、弱々しい涙声でリッピーが言った。

 「…… 嬉しい?」
 「はい」

 リッピーは両手で涙を拭い、

 「カケル様、ありがとうございます」

 ぎこちない笑顔をぶつけてきた。
 ブルーの瞳がキラリと光り、ピンクがかった頬に涙の跡が見える。くっきりとした鼻と白い歯を覗かせている口。丸い耳は赤に染まっていた。

 ―― 顔できちゃった。
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