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俺の同居生活はどこか間違っている。 完

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 ~ 『モンスター全集』 ~

   モンスター登録番号53:ゴキカブリ 
   モンスター学的分類:捕食寄生型モンスター
 ・原生生物であるゴキブリ体内に寄生するモンスター。通称ゴキブリ。森を基本生息地としているが、聖域魔法が知られていなかった時代は街中でも見られたと言われている。このモンスターに寄生された場合の症状として最も特徴的なのが巨大化である。寄生直後から宿主の体内で生成される魔力を栄養源として成長し、脳から内臓と自身のコントロール範囲を拡大させていく。最終段階では原生生物の体内はゴキカブリのモノとして働くようになり、サイズもゴキカブリの意図によって巨大化するものと考えられる。
 
 ・主食は魔力と記述したが、これはあくまで宿主の意識があるゴキカブリ幼生段階までである。宿主の巨大化が始まった段階でこのモンスターは雑食性が増すという事が確認されている。キノコ類、樹液、朽ち木、他生物の死骸、他生物の排泄物とあらゆるモノを栄養源として変換する機能を備えている。また、街中で見られた時代では人類の抜け毛や紙、残飯を食べていた事が確認されたと記録がある。

 ・ゴキカブリは人類の脅威では無いと言われているが、それは人類とほぼ関わりの無い地域を生息域としているからではなく、弱点が多い為だと考えられる。人類が授かった割合が多いとされる四大加護の内、『火』『土』『風』の加護を授かっている人ならばその属性魔法を使えば簡単に倒す事ができる。唯一ゴキカブリに抵抗力が備わっているのは『水』属性魔法だが、中級以上の魔法を使うか、初級魔法を連続で使う事が出来ればこのモンスターを脅威であると感じる事は無いだろう。ただし、剣や槍等の近接戦闘を用いて倒す事は推奨しない。

 ・一説によるとゴキカブリが起こした人類寄生事件を発端として、聖域魔法の開発が早まったとされている。事件の詳細は『モンスター事件全集』に記載した。一般的な人類でも倒せてしまう程に戦闘力では劣っているゴキカブリだが、人類側が無防備なタイミングで襲われると惨劇が待っているという事だ。
 
 ・モンスター学上ではモンスターにおける群選択説は――



 俺は落としていた視線を天井に移して目を手で覆った。

 「長え。なんでこんな詳しく書かれてんだよ、気持ち悪いわ」
 「モンスター全集じゃからな」
 「そりゃあそうだけどさ。俺が読んだスキル全集なんてほとんどのスキル説明は単文で終わってたんだぞ。ステラだって『物足りぬやもしれん』とか言ってたじゃん。この本、ってか図鑑は物足りないどころか俺の知らない情報ばっか出てくるじゃん」
 「ステラの言った通り、モンスターを討伐する情報としては物足りないと私も思うぞ。それにカケルが知らない事が多いのも無理はないだろう? この世界で学ぶべき事を学んでいないからな」
 「ですね。つまりカケルは私よりバカであると言えますね」
 「言えねえよ。お前の方がバカだろ。このポンコツバカ」
 「言いましたね!!」

 すっかり元気になったアリアが掴みかかろうとしてくるが、トウカが自身の胸に抱き戻した。「離してください!」と騒いでいるアリア程度の腕力ではトウカの腕から逃げ出すのは不可能だろう。俺でも絶対無理だ。なんたってあの白くて細い腕は牢屋をぶっ壊したという実績がある。…… 自力ではどうする事もできない力に拘束されるのはちょっと嫌だな、と思った。

 「くはは! 相変わらず仲が良いな」
 「「どこがだよ!(ですか!)」」
 「ほれ。息ぴったりじゃ」
 「「……」」

 くそっ。

 アリアはむすっとした表情で静かになり、俺は現在進行形で直面している問題の解決法を考える事にした。

 「色々気になる単語が出てきたが、さらっと見た感じこのまま寝たら全員死ぬって事は分かった」
 「そうだな。それとアイツの討伐は私ではダメという事もな、カケル」
 「…… 分かってる」

 ちっ。

 「ステラにも頼れねえし。そうなると消去法で――」
 「な、何で私の方見てるんですか!?」
 「やっぱこういう時は神様に活躍してもらわないと」
 「その手には乗りません! 見るのも嫌です!」
 「わがまま言うな。自分で言いたくないが俺は弱い。でもアリアは強い。おっと間違った。アリアの言霊魔法は強い、だ。それにアイツとの相性はお前の方がいいだろ?」
 「あんなのと相性良いなんて最悪です!! ところで何で言い直したんです?」
 「いやその相性じゃねえよ」

 さてどうしようか。
 俺も基本属性の初級魔法なら覚えてはいるがあの試運転した日以来使ってねえし、何より嘘みたいに弱いあんな威力じゃモンスターなんて倒せるとは思えない。かと言って頼みのアリアは使えねえ。
 トウカがふいに手を挙げて、口を開いた。

 「何も見なかった事にして寝てしまうというのはどうだろうか? 私なりに良い案だと思うんだが」
 「「却下」」
 「なっ!?」
 「なんで素で驚いてんだよ。驚きたいのは俺たちの方だろ。自分が抱いてるアリアの表情見てみろ。お前が何を言ったのか理解できてないぞ。そもそも『人類寄生事件』ってのと『人類が無防備なタイミング』って文字が出て来てんのにそんな発想出来ねえよ、普通。アレか? 寝てる間に寄生されてもいいのか?」
 「…… さすがの妄想力、と言ったところか」
 「やめて? こういう時は推察力って言って?」
 「この本の物足りぬ箇所が一つ埋まったな。トウカ、何か書く物はあるか? このページに追記しておきたいのじゃが」

 トウカはアリアを抱いたまま立ち上がり、押入れに繋がる襖を開けて、

 「親に手紙を出す時ぐらいしか文字は書かなくてな。これでいいなら使ってくれ」

 と、言いながら筆と黒い液体の入った容器、そしてすずりをステラに手渡した。完全に習字道具である。

 「この石の窪みにインク? を流し込めば良いのか?」
 「そうだがあまり入れすぎないようにな」
 「了解じゃ」
 「いや待って? なんで急にお習字教室始まってんだ」
 「カケルも書いてみるか? 私の道具だが特別に貸してやってもいいぞ」
 「書かねえよ。んなことより今は他に考えなきゃいけない事があるだろ」
 「焦ったところで都合よく良い考えが浮かぶとは思えんのじゃがな」
 「……」

 ―― そうだけど! その通りなんだけど! なんでこいつらこんなマイペースなんだ。人間に寄生するモンスターだぞ!? ちょっとはアリアの臆病さを…… ってあれ?

 アリアは興味津々といった様子でステラが文字を書くさまを見つめている。
 
 ―― こいつ嫌な事から目を背けやがった。現実逃避しやがった。書き終えたステラは満足そうな顔してるしトウカは聖母みたいに微笑んでるし、もうやだこいつら。

 「あっ!!」

 残念な仲間たちから逃げ出したいと考えた瞬間、俺の天才的頭脳は一つの可能性を導き出す。
 三人の視線を一身に受けた俺は、小さく息を吸ってから言った。

 「倒せないなら無理に倒さなくていいんじゃあねえか?」
 「「「……」」」

 三人はきょとんとした表情を浮かべる。
 俺はそれを見て確信した。ついにこの時がやってきた、と。仲間が考えもしなかった別の選択肢を提案することでちやほやされる異世界転生お約束イベントの時だ。
 俺は笑みを浮かべて続ける。

 「最優先事項はキッチンにいるモンスターを屋敷の外に出す事だろ? 敷地内から出しちまえば聖域魔法とかいうクソ便利な魔法が守ってくれるんだからな。俺たちは布団に入って明日に備えて安眠できるってわけだ。危険を冒してまでわざわざ戦う必要なんてねえ」

 豆鉄砲をくらった鳩みたいな顔をしたこいつらが口に出す次の言葉は簡単に予想がつく。

 「さすがじゃな」

 きた!!

 意図を真っ先に汲み取ったのはやはりステラだ。求めていた言葉を聞いた俺はさらに気持ちが高揚する。高ぶった感情が声に乗らないよう咳払いをして、

 「だ――」
 「カケルが自ら囮に名乗り出るとは妾も予想外じゃ」
 「ん?」

 何言ってんだこいつ。

 「私も刀が使えないと知った時に同様の事を考えたがどうしても言い出せなかったからな。カケルのおかげで仲間の誰を囮にするか、などという不毛な言い争いは避けられたようだ。やっとリーダーとしての自覚が芽生えてきた、といったところだな」
 「お前さっき無視して寝るとか言ってたじゃあねえか」
 「くはは! やはりトウカもそうであったか!」
 「これで一安心ですね!」
 「だがその間私たちはどうする? カケルに任せて寝てもいいとは思うが」
 「今日はここで寝てもいいですか?」
 「構わないぞ。そうだ、ステラも一緒にどうだ?」
 「まあたまには良かろう」
 「やった! 三人同じ部屋で寝るのは宿屋以来ですね!」
 「……」

 俺はただみんなで協力してゴキカブリを敷地内から出したかっただけなのに。これからみんなで仲良く作戦会議が始まる予定だったのに。すでにこいつらの頭の中では俺がゴキカブリを一人で陽動することになっている。おかしい。

 「でも三人で布団一枚はちょっと狭いですよね」
 「ふふ、そんなこともあろうかと王都で布団一式を買っておいたんだ。出すから手伝ってくれ」

 そう言って三人は寝る準備を始めた。
 俺は部屋の隅っこから立ち上がり、トウカが布団を整える手を止めて、

 「おかしい!!」

 と、声をあげる。

 「何もおかしいことはしていないが?」

 トウカは不思議そうな顔をしているが、布団のシワを伸ばす手は止まっていない。

 「いやおかしい。何で結構力入れてんのに止まんねえんだよ。って今それはどうでもいいわ。なんで俺一人なんだよ!」
 「少し考えれば当然であろう?」
 「だから何が!?」
 「あのモンスターの速度が分からぬ以上、最も速く移動できるカケルが適任という事じゃ」
 「そ、それは…… ほら! トウカだってまあまあ速いじゃねえか!」
 「もしあのモンスターに襲われた時にカケルのスキルで妾とアリア両方を救えると思っておるのか? 妾たちの体にぶつかった瞬間お互いに骨折では済まない可能性もあるのじゃぞ?」
 「いや…… 初めから抱いてれば痛くねえし」
 「ほう。都合の良いスキルなんじゃな」
 「おいやめろ。俺も服破れないのとか色々不思議だったけど触れないようにしてたんだから」
 「私カケルに抱かれるんですか?」
 「変な言い方するんじゃねえ!」
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