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俺の同居生活はどこか間違っている。 3

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 トウカの部屋は狭い。茶室というだけあって造りは六畳一間ってやつなのだろう。ただでさえ狭い茶室の中央には布団が敷かれており、神棚に置かれている刀が異様な程に大きく見える。
 自分の胸に埋まるアリアの頭を撫でながら、トウカが口を開いた。

 「しかし、こんな夜更けに何の用なんだ? アリアの怯え様からするとカケルが何かやったと推測するのが当然だが……」

 おやおや犯罪者を見るような目をしてますね、トウカさん。ついさっきの赤面した乙女らしい一面など微塵も感じられないような顔をしてますね。

 「俺はなんもやってねえよ。そんなことより屋敷にヤバイのいたんだよ」
 「強盗か? だが人が相手ならアリアの魔法で――」

 トウカの言葉を遮るように外廊下に繋がる襖が勢いよく開かれ、

 「面白い事でも起こったようじゃな!!」

 ステラが現れた。
 妙に色っぽいのは普段は下ろしている藤色の髪が結い上げられているせいだろうか。それとも騒ぎを聞いて急いで駆けつけた故の衣服の乱れからだろうか。
 俺は静かに、というジェスチャーをしながら、

 「そんな騒ぐなって。ヤツに反応されたら俺にはどうしようもねえからな」
 「「……ヤツ?」」

 俺とアリアがリビングで見たモノ。
 雨が降る季節、湿度が高い季節になるとどこからともなく現れ人類を恐怖のどん底に陥れる存在。その姿を視界の端に捉えると一瞬だけ時が止まったように錯覚させる漆黒の魔法使い。

 俺は小さく頷いた後、息を吸って、

 「アホみたいにデカいゴキ――」
 「その名前を言わないでください!!」

 静かになっていたアリアが大声を上げた。トウカの浴衣が湿っている所を見るに、どうやら本気で泣いていたらしい。気持ちは分かる。何本もあるトゲトゲの脚にチョロチョロ動く触覚。顔面に向かって飛んできたあの忌まわしい事件は今でもトラウマだ。何より、セーフティゾーンだと思い込んでいる屋内に現れるって所が嫌われる原因だと俺は思う。

 「もうほとんど言っているとは思うが…… それにしても変な話だな。人が住む家、いや、住んでいる家にモンスターが出現するとは」
 「いうほど変か? モンスターなんてこの世界ならどこにでもいるだろ」
 「ならカケルはアルヒや王都の街中でモンスターを見かけた事があるか?」

 そう言われてみれば…… いや、あったわ。

 「アルヒはマルメドリ繁殖させてたぞ。俺そこで働いてたし」
 「……」
 「はい俺の勝ち」
 「何が勝ちなのかは分からぬが、トウカの言っていることは正しいぞカケル」
 「正しい?」
 「うむ。本来人が住む家、というより領地には聖域魔法という契約魔法の一種が施されているはずなんじゃよ。アルヒのマルメドリに関しては特定の条件を追加した聖域魔法が施されておると考えるのが自然じゃな」

 聖域魔法、か。そのまま受け取ればモンスターの侵入を防ぐ魔法なんだろうな。

 「それならなんであんなのが屋敷にいるんだ? そもそもこの屋敷に来た時はいなかったはずだ。俺が調べたんだし」

 そう、俺が調べたのだ。
 魂を持ってないジョニーを感知できなかったのは仕方ないとして、モンスターの魂反応があればさすがに分かる。

 「つまりこの数日の間で屋敷内にモンスターが自然発生した、というありえない話になるわけだが…… アリアはどう思う?」

 トウカは未だ自分の胸から離れないアリアに尋ねる。アリアは顔を埋めたまま、

 「…… ぐすっ。…… カケルが悪いです」
 「いやなんで俺なんだよ」
 「さすがアリアじゃ。中々に深い事を言う」
 「深くねえしどっちかというと浅いだろ。とりあえず原因は後でいい。まずはキッチンに居座ってるヤツをどうするか考えねえと。あんなのが家の中にいるってのに呑気に寝てられねえからな」
 「カケルに何か策はあるのか? まさか私に斬ってこいなどと言わないとは思っているが」
 「……」
 「なっ!? まさかそのつもりで私の部屋に押しかけて来たのか!? 家の中でゴキ―― モンスターを斬るなんて発想は正気の沙汰ではないぞ!」
 「うるせえ! 俺も焦ってたんだよ!! 確かによくよく考えたらアイツの体液やら死体やらで大変な事になるわ」 
 「カケル必死でした。ぷぷぷ」
 「おい元気になったんならそこ俺と変われクソガキ」
 「私にも拒否する権利はあるんだからな」
 「ぷぷっ」
 「……」

 ちくしょう。
 こんな時に転移魔法みたいなチート魔法があればモンスターだろうが勝ち誇った顔をしているアリアだろうが目の前から消せるのに。

 「どうやら妾の出番のようじゃな」

 何やら考え込んでいたステラが唐突に口を開いた。

 「屋敷半分消し飛ばすとかってのはナシだからな」
 「分かっておるわ! それにじゃな、こんな夜更けに妾が天体魔法を使ってしまえば明日の夕暮れまで子どもになるんじゃからな。さすがの妾もそのような思慮に欠ける事はせん。…… ちょっとは思ったが」
 「思ったんかい。ところで天体魔法じゃないならなんなんだ?」
 「これじゃよ」

 ステラはそう言って、今日の昼間から読んでいた本を指差した。
 題名は『モンスター全集』とある。俺が図書館で読んだ『スキル全集』のモンスター版なんだろうとすぐに分かった。ただ、期待はしない。『スキル全集』なんて名前なのに俺のスキルでさえ詳しく載っていなかったのだ。もちろんトウカのスキルも同様だ。例外としてアリアの持つ家事スキルだけは事細かに記されていたのを覚えている。

 「…… よくその本買おうと思ったよな」
 「くはは! 当たり前ではないか。確かに内容としては物足りぬやもしれんが、何も知らぬというよりは少しでも敵の事を知っておいた方が妾たちにとって有利であろう?」

 やっぱステラは他の二人と違いますわ。ステラ様と呼ぼうかと思えるぐらい俺とも違いますわ。冒険者としての思考を持ち合わせてますわ。
 こういう仲間が考えもしない思考を持つのって俺の役目じゃね? とちょっと思ったが口には出さなかった。
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