上 下
62 / 84

俺の新居はどこか間違っている。 完

しおりを挟む

 毛布を頭から被り、外界から遮断を図る。
 それでも音はやってきた。

 「カケルには夢ってあるか?」
 「…… 特にねえ」
 「男ってのはよ、夢を胸に抱いて生きるもんだ。夢を叶える為に人間は前向いて生きるってもんだ。ソレが例え他人に蔑まれ、嘲笑われるような低俗なモンでも、諦めちゃあいけねえ大事なモンだ」
 「遠回しに見下してない? 気のせい?」
 「オレはその夢を持つことすら許されねえ存在だ。気付いたらココにいて、気付いたらもうすぐ消えると悟る。オレもさ、本当は夢ってのを思い描いて、どうせなら叶えてみたかったもんさ」
 「……」

 ジョニーである。
 部屋に戻ってきてからというもの、俺はジョニーにひたすら絡まれ続けている。

 「カケルは何年生きた?」
 「…… 15」
 「へへ、まだまだガキなんだな」
 「……」

 こっちに来てガキ扱いされたの初めてだな。バルカンでさえ同じ冒険者として扱ってくれたし。敷神っていうぐらいだから結構ココにいたのかな。

 「時間ってヤツは止まっちゃくれねえ。いくら神に祈ったところで時間にゃあ逆らえねえ。オレがこの屋敷で生まれてからもう2年――」
 「2歳じゃあねえか!」
 「オレと青春しないか?」
 「うるせええええええ!!」

 ジョニーは滅茶苦茶である。
 唐突に「青春しないか?」と言ってくる。
 今日ジョニーの口からそのセリフを聞いたのはコレで七回目だ。

 「約束してんだ。悔いの残らない敷神生を送るってな」
 「誰とだよ。敷神生ってなんだよ」
 「へへっ…… 誰と、だって? 決まってんじゃあねえか。…… オレ自身さ」

 なんだこいつ。

 「…… そもそも青春ってなんだよ」
 「へえ、中々やるじゃあねえか」
 「何が!?」
 「カケルはよぉ。オレと違ってこれから先、何十年と前を向いて生きていく。だがな、人生ってのは前ばっかり向いて歩けるような甘っちょろいモンじゃねえ。たまには後ろを振り返ることだってある。逃げ出したい時だってある。そういう時に思い出してよぉ、勇気と希望を与えてくれる、そんな時代が青春ってやつなんじゃあねえか」
 「ジョニー……」

 あれ。何かちょっと……、あれ?

 「オレと青春しないか?」
 「…… 分かったよ。やりゃあいいんだろ青春ってやつを! 何すればいいのかなんて知らねえけどなぁ!!」

 俺は折れた。
 ここで断り続けても、ジョニーは消えるまでずっとこうして語り続けてくる気がしたからである。
 つまり、根負けってやつだ。

 「腰の重てえ野郎だ」
 「うるさい。…… で、具体的には何するんだ?」
 「決まってるだろ? 青春って聞いて思い浮かぶモンは一つしかねえ」



 俺はジョニーの後に続いて、屋敷の裏手に回ってきた。
 茂みのような場所で体勢を低くして、ジョニーが指差す方を見ると、五メートルぐらい先の窓から湯煙が上がっているのが見えた。

 「おいまさか」
 「覗きだ」
 「ジョニー!? これは違えだろ! さすがにまずいだろ!!」
 「こんな所まで来て今更何を言ってんだカケル。夢が詰まってんじゃあねえか。覗いてみろ、そこに夢がある」
 「違うから! 確かに夢はあるけど違うから!」

 窓の向こう側は大浴場。
 現在の大浴場は朝練を終えたトウカさんが入浴する時間帯のはずだ。

 「男の夢が壁一枚挟んだ向こう側にある。オレはソレを瞼の裏に焼き付けてからイきたい」
 「イきたいってどこにだよ!? 青春って聞いて思い浮かぶモンが覗きって、ただの変態じゃあねえかお前!」
 「男はどんだけ生きようが、どんだけ経験を積もうが本質は何も変わらねえ。本能には抗えねえ。それが男って生き物だ」
 「一緒にするな! ジョニーは消えるから関係ねえけど、あいつは俺の仲間だからな!? もしバレでもしたら……」

 いや、待てよ。
 わざわざ屋敷の裏手に回ってくるような奴はいない、か? いないよな。
 それに、ちょっと裸見たぐらいじゃ怒られないのでは?
 つまりこれって…… チャンスか?

 「覚悟は決まったようだな」
 「…… あぁ。俺も男だ。手が届く夢を見逃す程愚かじゃねえ。…… にしてもどうやって中を覗くんだ? 目は良い方だけどこの距離はさすがに無理だぞ」

 ジョニーはニヤッとして、

 「敷神ってのはよ、心を読む以外にもう一つ特別な力が使えるんだ」
 「特別な力?」
 「あぁ、ソレはな……」

 ジョニーの掌が輝き始め、

 「家主が現時点で一番欲しいモノを創造する力だ」

 双眼鏡が現れた。
 ジョニーは双眼鏡に視線を落として、

 「…… コレがカケルの覚悟、ってやつか」
 「……」

 あれ、なんだろう。
 すごく恥ずかしいんだけど。

 「恥ずかしがるこ――」
 「心を読むな」

 俺はジョニーの手から双眼鏡を奪い取る。

 ―― もう後には退けねえ。やるしか、やるしかねえんだ。

 双眼鏡を覗き込み、窓を見る。

 「…… くそっ。湯煙のせいで中が見えねえ」
 「我慢ってのも時には必要だぜ」

 双眼鏡を握る両の手に、不思議と力が入る。

 「お、だんだん煙が薄くなってきた」
 「へへ、次、変われよな」
 「……」

 お、おぉ!
 中がもう少しで、もう少しで見え―― 

 「「……」」

 見えると思った所で、窓が閉められた。
 窓は一面真っ白に染まって、いくら双眼鏡であっても白の向こう側までは見ることはできなかった。

 「「ちくしょおおおおおお!!」」

 俺とジョニーは無念を放出した。



 放物線を描いて飛んでくる球体を、俺はグローブで受け止める。
 乾いた音と掌に広がる鈍痛を堪能し、俺は球体をジョニーへ投げ返す。

 「中々イイ球投げるじゃねえか」
 「ジョニーこそ」

 カコン、という鹿威しの風流な音を耳に入れながら、俺とジョニーはキャッチボールをしていた。
 暇だったからである。
 穏やかな昼下がりにキャッチボールをしている二人の男はその様子を縁側からアリアとステラに見られている。

 「…… 楽しいんですか? ソレ」
 「「……」」
 「くはは。男というモノは妾たちには分からぬ」
 「「……」」

 こいつらは羨ましそうに俺たちを見ているのではない。
 ただ、奇怪なモノでも見るような視線を容赦なくぶつけてきている。
 突然、ジョニーが胸を押さえて倒れ込んだ。

 「ジョニー!?」

 俺はジョニーに駆け寄って、

 「急にどうした!? 俺にはまだお前が必要なんだよ!」
 「…… へへっ、嬉しい事言ってくれるじゃあねえか。だが悪いな。そろそろ時間らしい」

 契約魔法の期限が近い。
 苦しそうに胸を抑えるジョニーの体は徐々に、徐々に色素を失っていっている。
 
 「ま、待ってくれ! 俺はまだジョニーにやって欲しい事が――」
 「カケル…… こんなオレにも夢を見させてくれたな」
 「俺は何も見せてやってねえ! まだ行くな!」
 「オレはよぉカケル。一目で良いから見てみたかったんだ。夢の先ってヤツをよぉ」
 「だから、俺はまだ…… なにもっ!」
 「いいや、見せてくれたさ。実感させてくれたさ。それに、だ。オレの存在はこの世界から拒絶されるが、ジョニー・エヴァンスって存在が消えてなくなるわけじゃあねえ」
 「…… 一体、何を言って」
 「オレはテメエの中で生き続けるのさ。カケルの青春の一ページにな」
 「ジョニー……」
 「へへっ、短い間だったがよ、ありがとな。オレの最期にしちゃあ上等す…… ぎ――」
 「ジョニィィィィィー!!」

 武家屋敷の庭の中央で、俺は叫ぶ。
 親友との別れを。便利な魔法が使えるどこぞの猫型ロボットのような存在が消え去る悲しみを。
 数秒前まで確かに腕の中にあったモノは消えてなくなり、俺は空を見上げる。

 ちくしょおおおおお!!

――― 縁側 ―――

 「…… 私たちは何を見せられているんです?」
 「くはは! 理解できぬ! じゃが、面白いではないか」
 「えぇ…… 完全に頭のおかしい人ですよ、アレ」
 「そう言ってやるな。敷神の最期の仕事は新しい家主の夢を叶える手助けをしてやることらしいからな。大方、カケルはまだキャッチボールを続けたかったのであろう」
 「はあ、そういう事ですか。じゃあ私は洗い物してきますね」

 ジョニーが旅立った数十分後。

 頬を赤らめたトウカに無言でビンタされ、その日は頬を腫らしたままの状態で過ごすことになった。
 その時の悲鳴は、ジョニーとの別れよりも大きかったらしい。

 晩ごはんが並ぶテーブルで。

 「最低ですね」
 「最低じゃな」
 「…… くっ!」
 「……」

 ―― 未遂だもん! 見てないもん!

 俺の声が仲間に届くことはなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

世界最強で始める異世界生活〜最強とは頼んだけど、災害レベルまでとは言ってない!〜

ワキヤク
ファンタジー
 その日、春埼暁人は死んだ。トラックに轢かれかけた子供を庇ったのが原因だった。  そんな彼の自己犠牲精神は世界を創造し、見守る『創造神』の心を動かす。  創造神の力で剣と魔法の世界へと転生を果たした暁人。本人の『願い』と創造神の『粋な計らい』の影響で凄まじい力を手にしたが、彼の力は世界を救うどころか世界を滅ぼしかねないものだった。  普通に歩いても地割れが起き、彼が戦おうものなら瞬く間にその場所は更地と化す。  魔法もスキルも無効化吸収し、自分のものにもできる。  まさしく『最強』としての力を得た暁人だが、等の本人からすれば手に余る力だった。  制御の難しいその力のせいで、文字通り『歩く災害』となった暁人。彼は平穏な異世界生活を送ることができるのか……。  これは、やがてその世界で最強の英雄と呼ばれる男の物語。

~僕の異世界冒険記~異世界冒険始めました。

破滅の女神
ファンタジー
18歳の誕生日…先月死んだ、おじぃちゃんから1冊の本が届いた。 小さい頃の思い出で1ページ目に『この本は異世界冒険記、あなたの物語です。』と書かれてるだけで後は真っ白だった本だと思い出す。 本の表紙にはドラゴンが描かれており、指輪が付属されていた。 お遊び気分で指輪をはめて本を開くと、そこには2ページ目に短い文章が書き加えられていた。 その文章とは『さぁ、あなたの物語の始まりです。』と…。 次の瞬間、僕は気を失い、異世界冒険の旅が始まったのだった…。 本作品は『カクヨム』で掲載している物を『アルファポリス』用に少しだけ修正した物となります。

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

不遇な死を迎えた召喚勇者、二度目の人生では魔王退治をスルーして、元の世界で気ままに生きる

六志麻あさ@10シリーズ書籍化
ファンタジー
異世界に召喚され、魔王を倒して世界を救った少年、夏瀬彼方(なつせ・かなた)。 強大な力を持つ彼方を恐れた異世界の人々は、彼を追い立てる。彼方は不遇のうちに数十年を過ごし、老人となって死のうとしていた。 死の直前、現れた女神によって、彼方は二度目の人生を与えられる。異世界で得たチートはそのままに、現実世界の高校生として人生をやり直す彼方。 再び魔王に襲われる異世界を見捨て、彼方は勇者としてのチート能力を存分に使い、快適な生活を始める──。 ※小説家になろうからの転載です。なろう版の方が先行しています。 ※HOTランキング最高4位まで上がりました。ありがとうございます!

異世界帰りの底辺配信者のオッサンが、超人気配信者の美女達を助けたら、セレブ美女たちから大国の諜報機関まであらゆる人々から追われることになる話

kaizi
ファンタジー
※しばらくは毎日(17時)更新します。 ※この小説はカクヨム様、小説家になろう様にも掲載しております。 ※カクヨム週間総合ランキング2位、ジャンル別週間ランキング1位獲得 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 異世界帰りのオッサン冒険者。 二見敬三。 彼は異世界で英雄とまで言われた男であるが、数ヶ月前に現実世界に帰還した。 彼が異世界に行っている間に現実世界にも世界中にダンジョンが出現していた。 彼は、現実世界で生きていくために、ダンジョン配信をはじめるも、その配信は見た目が冴えないオッサンということもあり、全くバズらない。 そんなある日、超人気配信者のS級冒険者パーティを助けたことから、彼の生活は一変する。 S級冒険者の美女たちから迫られて、さらには大国の諜報機関まで彼の存在を危険視する始末……。 オッサンが無自覚に世界中を大騒ぎさせる!?

処理中です...