上 下
61 / 84

俺の新居はどこか間違っている。 3

しおりを挟む

 翌朝。
 慣れない場所のせいか、寝つきの悪かった俺は朝早くに目を覚ました。
 欠伸をして、着替えを入れているクローゼットに手を伸ばす。
 取っ手を掴んだ瞬間、昨夜の幻が脳裏をよぎった。

 ―― いやいやいや。あれは幻だ。疲労困憊の俺が見た幻覚だ。そもそもクローゼットの中に直立不動のおじさんがいるなんてありえない。この屋敷に俺たち以外の魂反応は無かったんだから。

 俺は勢いよくクローゼットを開けた。

 「…… ふぅ」

 中には見慣れた衣服があるだけだった。
 



 風呂に入り、さっぱりした俺はリビングに来た。

 「……」

 朝早い時間帯の為、三人はまだ起きていないらしい。俺はとりあえずテーブルの真横に腕を組んで突っ立っているおじさんから視線を逸らし、リビングに繋がる扉を閉める。

 ―― どうしよう。どうしよおおおおおお! 幻なんかじゃなかった! 幻覚なんかじゃなかった!!

 この屋敷に住んでいるのは俺を含めた四人だけのはず。しかし、五人目が存在していた。ソイツは昨夜見たリーゼントおじさん。

 ―― い、いや待て。もしかしたら妖精さんかもしれない。美少女フェアリーじゃなくておじさんフェアリーなのかもしれない。と、とりあえず魂があるのか無いのかだけ見てみよう。そうしよう。

 俺は再度扉を開き、

 「……」

 ―― いやあああああああああああああああっっ!! こっち見てるううううう! めっちゃこっち見てるうううう!! サングラスくいってしてまで俺の事見てるううう!!

 すぐに閉めた。

 ―― ど、どどどどどうしようううう。あんなんがいるとか聞いてないんですけど。リビングもう入れないんですけど。

 「ふぁあ。…… あれ、カケルですか? 早いですね」

 振り返ると、重たそうな瞼を擦るパジャマ姿のアリアが立っていた。

 ―― こいつのパジャマ姿を久しぶりに見た気が…… って今はそんなほっこりしてる場合じゃなかった。

 俺はリビング側に背を向けて、両手を広げる。

 「……? 何やってるんですか? そろそろトウカが起きるので朝食の支度したいんですけど」
 「行かせられねえ。俺は仲間を死地に追いやるような真似はできねえ」
 「リビングに入るだけですよ?」
 「そうだ」
 「とりあえず通してください。早くしないとトウカの朝練に間に合わないじゃないですか」

 あいつそんな事やってたのか。知らなかった。
 ってそうじゃない。

 「ダメだ。ここは通せねえ。アリアなら尚更な」
 「むっ、私ならってどういう意味ですか。早朝で一人好き勝手できるからって変な事してたんですか?」
 「し、してねえよ」
 「だったら通してください!」
 「ダメだ!」

 俺はアリアとドアノブの所有権を奪い合う。

 「と、通してください!」
 「諦めろ!」
 「嫌です! このっ!」
 「ぜ、絶対にココを通すわけには行かねえ!」
 「むうううう!!」

 アリアは中々諦めない。
 俺はこいつの為を思って通せんぼしているってのに。
 この分からず屋ちゃんが。

 「朝から何をしている?」

 廊下の陰から声が飛んできた。

 「あっ! トウカ! トウカも手伝ってください!」
 「……? 何を手伝うんだ? ただリビング――」
 「カケルが邪魔するんです!」
 「…… なぜ?」
 「理由はカケルに聞いてください!」
 「それは言えねえし、ここを通すわけにもいかねえ!!」
 「ふむ。それは困った。…… よしアリア。私も助太刀しよう」

 ドアノブ争奪戦にゴリラが参戦した。
 だがしかし、負けるわけにはいかない。
 男として。

 「むうううううう」
 「はああああああ」

 二人の暴力的な力に、俺は精一杯抵抗する。

 「うおおおおおお」

 それでもドアノブは回る。

 ―― まずい。まずい。ヤツの存在がバレたらまずい。アリアは発狂するだろうし、トウカは「私が斬る」とかなんとか言って屋敷を破壊しそうだ。何より、幽霊憑き物件を早まって購入してしまった俺が非難を浴びてしまう事になる。そうなりゃ無駄になった金を俺が稼げと、こいつらなら言い出しかねない。それだけは非常に困る。

 結果。
 俺の抵抗なんてトウカからしたら無駄に等しかった。
 隔離したかったリビングはゴリラの加勢により解放され、二人は目的の地へと辿り着く。

 「…… くそっ!」

 アリアが不思議そうに小首を傾げて、

 「何で悔しがってるんですか? 別におかしなモノなんて無いじゃないですか」
 「……?」

 消えたのか?
 俺はリビングの中に視線を移す。

 「いや、いるじゃん」
 「いる?」
 「……」

 まさか、リーゼントおじさんが見えてないのか?

 「あ、あぁ。ジョニーの事ですか」
 「カケルといえどジョニーを知らない事は無いだろう」
 「ですよね」
 「……」

 んんっ!?

 「あれ。あれれぇ。その顔はもしかして、知らないんじゃないですか?」
 「…… 知らない」
 「「えっ!?」」

 わ、わけが分からない。
 何でこいつら驚いてんだ? 誰だよジョニーって。

 「ま、まあカケルに常識が無いというのは分かってましたけど」
 「そうだな。まさか敷神も知らないとは」
 「しきがみ?」
 「ぷぷぷ。無知なカケルに神である私が教えてあげましょう。敷神とはですね――」

 アリアの話は要約するとこうだ。
 敷神は誰も住んでいない屋敷を空き巣やモンスターから守る類の魔法だそうだ。街中にある家には施されないが、この屋敷のように郊外にある家のみに使われる上級魔法らしい。新しい住民が決まってから二十四時間で消えるらしく、こういう魔法は契約魔法とも呼ばれているらしい。
 俺のサーチスキルに引っかからなかったのは魔法で創られた存在だからだろう。

 「ってことは無害なんだな?」
 「…… もしかしてビビってたんですか?」
 「い、いやいやいや。俺がビビるなんてありえねえだろ」
 「「……」」
 「なんだよ」
 「何でも無いです。私は朝食の準備をするのでカケルはゆっくりしててください。トウカの朝練に付き合ってても良いですよ」
 「そういえば朝練って何やるんだ?」
 「ただの稽古だが。一緒にどうだ?」
 「へえ。やめとく」

 トレーニングってのは一人でやるもんだ。

 「そうか」

 刀と飲み物を手にリビングを出ていくトウカの背中は少し寂しそうだった。



 朝食を食べ終えて、俺は自室へと戻ってきていた。
 俺が選んだ部屋は広い。六、七人ぐらいは寝られそうなぐらい広い。
 そんな部屋には今、俺を含めて二人いる。一人は人数に数えて良いのか分からないがとりあえずカタチは人だからこれでいいだろう。

 「……」

 なんでえ? なんでジョニーが俺の部屋にいるのぉ? まったくゆっくりできないんだけどぉ。お腹いっぱいになったからちょっと寝たいんだけどぉ。

 「オレはジョニー・エヴァンス。ジョニーでいいぜ」
 「喋れるのかよ」

 ついツッコんじまったじゃねえか。

 「喋れねえなんて敷神失格だぜ? オレがんなタマに見えるか?」
 「……」

 ついさっきまで一言も喋らず突っ立ってただけだったじゃん。

 「カケル。実は頼みてえことがあるんだ」
 「……?」

 敷神って意志あんの?
 もしかしてめちゃくちゃすごい魔法なんじゃねえのか?

 「オレと青春しないか?」
 「何言ってんだ?」
 「オレの命は持って後数時間。オレはこの世界に存在したって実感が欲しいんだ」
 「……」

 命って、ただ魔法の契約が切れるだけじゃん。
 ジョニー魂持ってないじゃん。空っぽじゃん。

 「おいおい、連れねえこと言うなよ。オレとお前の仲だろ?」
 「何も言ってねえよ。それについさっき存在を知ったばっかだよ」
 「オレはよぉ。人間の心が読めちまうんだ」

 なにそれすごい。

 「オレと青春しないか?」
 「何言ってんだ?」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

異世界へ誤召喚されちゃいました~女神の加護でほのぼのスローライフ送ります~

モーリー
ファンタジー
⭐︎第4回次世代ファンタジーカップ16位⭐︎ 飛行機事故で両親が他界してしまい、社会人の長男、高校生の長女、幼稚園児の次女で生きることになった御剣家。 保険金目当てで寄ってくる奴らに嫌気がさしながらも、3人で支え合いながら生活を送る日々。 そんな矢先に、3人揃って異世界に召喚されてしまった。 召喚特典として女神たちが加護やチート能力を与え、異世界でも生き抜けるようにしてくれた。 強制的に放り込まれた異世界。 知らない土地、知らない人、知らない世界。 不安をはねのけながら、時に怖い目に遭いながら、3人で異世界を生き抜き、平穏なスローライフを送る。 そんなほのぼのとした物語。

S級騎士の俺が精鋭部隊の隊長に任命されたが、部下がみんな年上のS級女騎士だった

ミズノみすぎ
ファンタジー
「黒騎士ゼクード・フォルス。君を竜狩り精鋭部隊【ドラゴンキラー隊】の隊長に任命する」  15歳の春。  念願のS級騎士になった俺は、いきなり国王様からそんな命令を下された。 「隊長とか面倒くさいんですけど」  S級騎士はモテるって聞いたからなったけど、隊長とかそんな重いポジションは…… 「部下は美女揃いだぞ?」 「やらせていただきます!」  こうして俺は仕方なく隊長となった。  渡された部隊名簿を見ると隊員は俺を含めた女騎士3人の計4人構成となっていた。  女騎士二人は17歳。  もう一人の女騎士は19歳(俺の担任の先生)。   「あの……みんな年上なんですが」 「だが美人揃いだぞ?」 「がんばります!」  とは言ったものの。  俺のような若輩者の部下にされて、彼女たちに文句はないのだろうか?  と思っていた翌日の朝。  実家の玄関を部下となる女騎士が叩いてきた! ★のマークがついた話数にはイラストや4コマなどが後書きに記載されています。 ※2023年11月25日に書籍が発売!  イラストレーターはiltusa先生です! ※コミカライズも進行中!

無能と蔑まれた七男、前世は史上最強の魔法使いだった!?

青空一夏
ファンタジー
ケアニー辺境伯爵家の七男カイルは、生まれつき魔法を使えず、家族から蔑まれて育った。しかし、ある日彼の前世の記憶が蘇る――その正体は、かつて世界を支配した史上最強の大魔法使いアーサー。戸惑いながらも、カイルはアーサーの知識と力を身につけていき、次第に自らの道を切り拓く。 魔法を操れぬはずの少年が最強の魔法を駆使し、自分を信じてくれる商店街の仲間のために立ち上げる。やがてそれは貴族社会すら揺るがす存在へと成長していくのだった。こちらは無自覚モテモテの最強青年になっていく、ケアニー辺境伯爵家の七男カイルの物語。 ※こちらは「異世界ファンタジー × ラブコメ」要素を兼ね備えた作品です。メインは「異世界ファンタジー」ですが、恋愛要素やコメディ要素も兼ねた「ラブコメ寄りの異世界ファンタジー」になっています。カイルは複数の女性にもてますが、主人公が最終的には選ぶのは一人の女性です。一夫多妻のようなハーレム系の結末ではありませんので、女性の方にも共感できる内容になっています。異世界ファンタジーで男性主人公なので男性向けとしましたが、男女関係なく楽しめる内容を心がけて書いていきたいです。よろしくお願いします。

平凡冒険者のスローライフ

上田なごむ
ファンタジー
26歳独身動物好きの主人公大和希は、神様によって魔物・魔法・獣人等ファンタジーな世界観の異世界に転移させられる。 平凡な能力値、野望など抱いていない彼は、冒険者としてスローライフを目標に日々を過ごしていく。 果たして、彼を待ち受ける出会いや試練は如何なるものか…… ファンタジー世界に向き合う、平凡な冒険者の物語。

幸福の魔法使い〜ただの転生者が史上最高の魔法使いになるまで〜

霊鬼
ファンタジー
生まれつき魔力が見えるという特異体質を持つ現代日本の会社員、草薙真はある日死んでしまう。しかし何故か目を覚ませば自分が幼い子供に戻っていて……? 生まれ直した彼の目的は、ずっと憧れていた魔法を極めること。様々な地へ訪れ、様々な人と会い、平凡な彼はやがて英雄へと成り上がっていく。 これは、ただの転生者が、やがて史上最高の魔法使いになるまでの物語である。 (小説家になろう様、カクヨム様にも掲載をしています。)

あなたは異世界に行ったら何をします?~良いことしてポイント稼いで気ままに生きていこう~

深楽朱夜
ファンタジー
13人の神がいる異世界《アタラクシア》にこの世界を治癒する為の魔術、異界人召喚によって呼ばれた主人公 じゃ、この世界を治せばいいの?そうじゃない、この魔法そのものが治療なので後は好きに生きていって下さい …この世界でも生きていける術は用意している 責任はとります、《アタラクシア》に来てくれてありがとう という訳で異世界暮らし始めちゃいます? ※誤字 脱字 矛盾 作者承知の上です 寛容な心で読んで頂けると幸いです ※表紙イラストはAIイラスト自動作成で作っています

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

処理中です...