俺の異世界生活は最初からどこか間違っている。

六海 真白

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王都までの旅路

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 パンプゴブリンが魂を失い肉塊と化した後。
 俺たちは天井の無くなったオリに戻り、王都までの旅を再開。
 星々がかすむほどの光を放つ満月が照らす、昼間のように明るい道中で。

 「バカとハサミは使いよう、ってか」
 「それってもしかして私の事バカにしてるんですか」

 俺の呟きに対し、不満気な顔になるアリアを見る。

 ―― 言霊魔法、もっと使える魔法だと思うんだけどなあ。こいつがバカじゃなければ。

 「何ですか。やっぱりバカにしてるんですか」
 「してねえよ。感謝してんだよ」

 俺は小さく息を吐いて本音を言う。

 「…… ふふん。ならいいです」

 ふいっ、と首を横に振ったアリアに、トウカが言った。

 「私もアリアには感謝しているぞ。ゴブリンの返り血を浴びたまま王都には入りたくないからな」
 「トウカは女の子ですからね。私は仲間として当然の事をしたまでです」
 「俺の知ってる女ってやつはあんな高笑いしながら巨大なモンスターで遊んだりしないけどな」
 「「うるさい(ですよ)カケル」」

 トウカとアリアの声が重なり、俺はそれを鼻で笑って流す。
 ゴブリンを殲滅した際、俺とトウカはヤツらの返り血で濡れ、悪臭を放っていた。
 アリアの言霊魔法で身体に付着した液体を取り除いたまでは良かったのだが、

 「くせえ」
 「神である私もさすがにそこまでは干渉できませんからね」
 「だが、アリアのおかげでマシにはなっただろう」
 「……」

 ―― そうなんだけどな。あの状態で王都に入っていたら絶対に異様な視線を集めてただろうし。

 俺は星空を眺めている藤色髪の美少女に視線を移し、

 「お前よく魔法使わなかったな。てっきり『妾の出番がやってきたようだな!』とか言って前に出てきそうだったのに」
 「カケルは何を言っておる。妾があの場で天体魔法を使えば今頃このオリの中で何をしでかしておったか……」

 やっぱりこのパーティーで賢いのはお前だけだ。

 「分かってんじゃねえか」
 「くはは。妾は大人じゃからな」

 でもこいつ、最近『じゃ』って言っても恥ずかしがらなくなったんだよな。初めて会った時はちょっと恥ずかしがってて可愛かったのに。慣れって怖い。

 「でもアリアは何でゴブリン怖がってたんだ? 俺でも倒せたぞ。パンプゴブリンには俺も驚いたけど、トウカが余裕で倒してたし」
 「…… え? 神である私がモンスターを恐れるわけないでしょう」
 「お前ヒイヒイ言ってたじゃねえか。涙声で終わりですう、とか言ってたじゃねえか」
 「証拠はあるんですか? 私がビビってたというなら証拠を出してください。証拠」
 「この場にいる全員が目撃者なんだよ! なあ?」

 俺はトウカ、ステラに視線を流したのだが、

 「「……」」

 各々遠いところを見ていた。ステラに関しては肩を震わせ、笑いを堪えている。

 ―― ちくしょう、こいつら。この世界にスマホがあればよかったのに。
 
 「神であるアリア様がモンスター相手に恐れるはずがありませんよ」
 「……」

 手綱を取るウィルは振り向き、微笑んだ。

 ―― おい誰かこの使えない騎士を黙らせてくれ。

 「ふふん! 証拠はないようですね! 私の勝ちです!」
 「何の勝負だよ」

 無い胸を張るロリっ子にツッコミを入れ、俺は空を見上げた。

 夜風に頬を撫でられながら、何でもない時間が過ぎていく。
 俺が異世界にやってきてからそろそろ二か月。俺の周囲にいるのはどいつもこいつも面倒な事この上ない奴ばかりだ。バカだし、不思議ちゃんだし、ドジっ子だし。俺が思い描いていた薔薇色の異世界人生には程遠い。
 だけど、まあ…… 割と毎日楽しめている。日本とは違い、娯楽の少ないこの異世界で。
 正直、アニメもゲームも漫画もネットもない世界でどうやって生きていくのかって不安はあった。チート能力がもらえなかった異世界生活には不安しかなかった。
 けれど、俺が好む娯楽はないが、こいつらの相手をしていると時間なんてあっという間に過ぎていく。それに、ハズレだと思っていた『魂の加護』は危機察知に使えるし、『アクセル』はデメリットはあるが、回避スキルとしても使える良いスキルだ。 
 日本という平和な国で普通の高校生だった俺みたいな人間が、美少女に囲まれて冒険をしている。今日なんてゴブリンを二十数匹を一瞬で殲滅できた。そんな日々を過ごす事が出来ている。

 こういう異世界生活も悪くないかもな、と思い始めたそんな時、アリアが口を開いた。

 「そういえば、王様は私たちに何の用なんですかね?」

 その一言で、俺は思い出す。

 ―― 忘れてた。どうしよう。ゴブリン倒して浮かれてる状況じゃなかったわ。ドラゴンハンターに会いたいって王様に招待されてるんだったわ。何がこういう異世界生活も悪くないだよ。俺の推測通りの展開になるとそんな平穏消し飛ぶわ。

 俺はアリアの発言に触れることはせず、空を見上げ続けた。
 ポンコツが何か言ってるがもう無視だ。どうせ王様の命令は拒否できないんだし、今更あれこれ考えても仕方がない。
 だけどあの時、ステラかトウカがアリアを止めていればこんなことにはならず、今頃宿屋でまったりしていたのに。
 
 そうして、後悔と不安を抱えたまま、俺の異世界初めての旅は終わりを迎えたのである。


$*$*$*$*$*$*$*$*$*$*$*$*$*$ ※ ォマケダカラヨマナクテモィィョ

 サリエルの使命の一つは魂の管理だ。
 厳密に言えば、魂の記憶を管理する事である。

 サリエルは魂の記憶を観測し、削ぎ落とし、保管する。
 無数の魂の記憶に触れている内に、サリエルはある感情を獲得した。

 飽き。

 それは唐突に芽生えた感情だった。
 そしてサリエルは人間の記憶を参考にしてあるモノを創った。

 『リピカ』

 サリエルがそう名付けたのは顔の無い天使達だ。
 サリエルは彼女らに魂を読み取る力を与え、上がってくる魂の記憶を記録し、保管する使命を与えた。
 こうしてサリエルは魂を見る必要が無くなった。

 終わりの無い使命から解放されたサリエルを待っていたのは圧倒的なまでの虚無だった。
 創造主から与えられた使命を全うする必要が無くなり、ただそこにあるだけの存在へと成り果てていた。

 この状態を救ったのも人間の記憶だった。

 予定外の死を迎えた魂の記憶。
 魂を運命の輪へ返還する際、その運命は定められる。しかし、人間の欲望は定めを変える程の強大な力を持っていた。
 人間の様々な感情の中でも、特に食欲と性欲は突出した力を持っていた。

 サリエルはリピカ達に『予定外の死を迎えた魂は自分の所へ上げる』という使命を追加した。

 予定外の死を迎えた魂の記憶を観測し、『何故こんな事を?』『何故そんな時に?』と推察する事がいつの間にかサリエルの楽しみになっていた。

 この時初めて、サリエルは自分にも心があると自覚した。同時に、人間に対する興味も強くなった。
 そして、天使と人間との違いを考えるようになった。

 サリエルは自由意志の有無、という答えを導き出した。

 天使と人間の違いに気付いたサリエルは自分という存在を創り変える事にした。
 光そのものだったモノは人間に白い翼を生やした姿へ変貌を遂げた。サリエルは天使としての階級を堕とす行為を実行したのだ。サリエルは自分の創り出したリピカや魂を運んでくる天使達に近い存在となった。

 人間の姿に近づいた事で、嬉しさ、悲しみ、愛しさ、苦しみ等のあらゆる感情が理解できるようになった。
 そして気付いた。

 これは素晴らしいモノだ、と。

 サリエルは同格だった六個の天使たちに会いに行き、彼らに人間の姿を与えた。これはサリエルの優しさだった。

 他の光を堕とす際、サリエルは善なる心からある事をした。

 ミカエルには正義の心。
 ガブリエルには慈愛の心。
 ラファエルには節制の心。
 ウリエルには勇敢な心。
 アリエルには無垢な心。
 カマエルには勤勉な心。

 感情の種を心に植え付けたのだ。

 サリエルはこれらが成長するのを楽しみに待つことにした。

 しかし、どれだけ待っても彼らから接触してくる事は無かった。
 サリエルは考え、結論を出した。

 知覚しているだけでは限界がある。カタチだけではなく肉体を持ち、体験する事に意味がある。

 サリエルは他の天使達と人間界へ降りる事にした。

 感情が渦巻く人間界はとても刺激的だった。あらゆる闘争に塗れた世界で人間の生と死という概念をようやく理解した。そして、人間がサリエルの知る神とは別の神々を生み出していた事を知り、歓喜した。

 人間との交流は楽しかったが、次第に煩わしさを覚えるようになった。

 ある時、ミカエルが天界へ戻ると言った。
 サリエルはこれに同意し、他の天使達も同意した。

 天界へ戻るとミカエル、ガブリエル、ラファエルの三人が人の姿はもういらないと申し出て来た。
 サリエルは言い表し難い複雑な感情を抱いたが、彼ら彼女らを光へ戻す事にした。

 しかし、三人を光へ戻す事は出来なかった。

 三人の魂はカタチを持ち、存在が確立していたからだ。
 これを光の粒子へ変転させると天使が天使を殺すという事になる、サリエルは禁忌だと理解した。
 サリエルは魂のカタチはそのままに、感情とその記憶を削り落とした。

 それからしばらくして、サリエルは母親というモノに興味を持ち、リピカの時と同じように母親を創った。

 人間の記憶を参考にして、『母親の言う事を守らなければ、怖い父親に報告される』という自らを縛る制約も創った。

 サリエルは自分を縛る事で、他の天使を堕とした戒めとした。

 これはとても人間らしい行いだと、サリエルは喜んだ。

 自由意志とは制限されて初めて活きるモノだと理解したのだ。そして、サリエルは気付くことになった。

 善意と悪意は並存し得るという事に。

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