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俺の旅立ちはどこか間違っている。 完
しおりを挟む迫りくるゴブリンたちを見て、俺は叫ぶ。
「トウカっ! 雑魚は俺に任せろ! 『アクセル』――っ!!」
「本――」
加速スキルを発動させると、ゴブリンたちの動きが、世界がスローモーションになった。
―― イメージしろ。アニメやゲームの主人公たちを。俺に速さしか取り柄が無いというのなら、速さを生かして戦う姿をイメージするんだ。
狙うのは急所への一撃。
俺は一番近くにいたゴブリンの背後に移動し、首筋にダガーを突き立てた。繊維をぷつぷつと絶つ感触が腕を伝うと同時に、高速で物体を貫いた反動が掌を襲う。
―― やっぱいてえっ!
自身を加速させるスキルのデメリット。物が高速で物に当たれば衝撃が生じ、その衝撃は速ければ速いほど大きくなる。その為、『アクセル』を使いモンスターを斬ると、柔らかい筋肉とはいえ少なからず衝撃が生じるのだ。
アニメとかゲームではそんな衝撃なんて無いような立ち回りをしているが、特別な鍛錬も身体強化もしていない一般人である俺にとってこの痛みはかなり辛い。アリアたちは速さに関する加護持ちならこんな事にはなってないと言っていたが、持ってないものは仕方ない。
それに、戦闘ってのはこういう事だ。冒険ってのはこういう事だ。常に痛みは付きまとう。数で囲まれた状態でトウカがドジっ子を発動させると一気に袋叩きにあってしまうだろう。それだけは何が何でも回避しなければ。
―― 俺はやればできる子。俺はやればできる子。
モンスターの首筋からダガーを抜き取り、そこから緑色の液体が漏れ出た事を確認し、次の標的へ視線を移す。
「うおおおおおおおっ!!」
時が静止したような世界の中で、俺は視界に入る緑色の物体の肌にダガーを添え、撫で、駆ける。痛みを我慢するように、大声を出しながら。
それを二十数回繰り返した所でふう、と息を吐いた。
駆け抜けた後には、緑色の血を噴き出し倒れ行くゴブリンたちの断末魔。
と、
「―― ケル!?」
トウカの短く驚く声が荒廃した大地に響いた。
俺は緑色の汚く臭い液体を浴びながら、
腕のジンジンという叫びに耐えながら、
「何か言ったか?」
すかした一言を繰り出した。
―― これは決まったろ。一回言ってみたかったんだよこのセリフ。両手は痛いがここは我慢だ。情けない声を漏らしてしまっては恰好がつかない。
トウカは目を丸くして、
「カケル……」
きたきた。
「なんだ?」
「…… 臭いからあまり近寄らないでくれ」
「え?」
「臭い」
「おいふざけんなよお前。俺めちゃめちゃ頑張ったじゃねえか。見ろよこの手。腫れ上がってんだぞ? めっちゃ痛いんだぞ? 褒めろよ。褒め称えろよ」
「ゴブリンを倒しただけだろう」
「……」
泣いていい?
確かに臭いけどさ。ただのゴブリンだけどさ。こういう時って、「さすがだな」とか「かっこよかったぞ」とかそういう類の言葉で労うもんじゃねえの?
なんだよこのおっぱい。ふざけやがって。ちっとも理想どおりにならねえじゃねえか。
「まあ、だが…… 雑魚に気を回さなくて良くなったのは感謝するぞカケル。後は私に任せろ」
―― なんか立場的に逆な気がしないでもないが。後は任せろ、って言うのは俺であるべきな気がしないでもないが。
俺は地面に腰を下ろし、
「任せた」
と、呟いた。
『二天轟流』
トウカの周囲に稲妻が走り始め、バチバチと蒼白く輝く刀が現れた。
部下が瞬時に全滅し、呆気に取られていたパンプゴブリンは、己を滅さんとする敵の出現に意識を戦場へと取り戻す。
「行くぞ、パンプゴブリンとやら。カケルだけに良い恰好はさせられないからな」
―― なんだよ。ちょっとカッコいいとか思ってくれてたんじゃん。直接言えよな。
俺がちょっと良い気になった事なんて知らないトウカは、二刀の柄に手を置き、構える。
それに応えるように、パンプゴブリンは雄叫びを上げ、大剣を自身の前で構えた。
『一ノ型・居合』
俺は息をのみ、一撃で決着が着くであろう両者を見守る。
そして、トウカがドジっ子を発動させないようお祈りした。
「『鳴雷一閃』――っ!」
「――っ!?」
『ヴォ?』
トウカの『鳴雷一閃』は日本刀と雷で出来た刀を十字を描くように振る居合斬り。
ジャイアントトビドリュウという巨大モンスターをも両断した一撃必殺の剣技。
なのだが、
「おいこらあああああ! 何で刀が俺の方に飛んでくるんだよ!? 殺す気か!?」
お祈りしても無駄だったのだ。
左手で抜き取られ敵を切り裂くはずだった日本刀は、トウカの手からすっぽ抜けて、俺の顔の真横へ飛んできた。
「くっ! まさかパンプゴブリンが物体操作の魔法を使えるとは…… 不覚」
「違うから! ただすっぽ抜けただけだから! その証拠にパンプゴブリンも驚いてるだろうが!」
「ふふ、私がこの場面でそんなドジをやらかすと本気で思っているのか?」
俺は飛んできた日本刀を拾い、トウカの方に投げながら、
「思ってるじゃなくてやらかしてんだよ! 毎回毎回何かドジらないといけないのかお前はっ!?」
「バカな事を言うな! 私はそんなドジではない!」
「どの口がそんな――『ヴォオオオオオオ』、トウカ前! 前!」
好機と見たのか、パンプゴブリンがトウカに迫る。
「得物を持たない侍に切りかかってくるとは、礼儀を知らないのかこのモンスター!」
―― 礼儀なんてモンスターが持ち合わせてる訳ないだろ。
オリを斬った強烈なパンプゴブリンの一撃を、トウカは二刀で受け止め弾き返した。
「不意打ちとは卑怯なヤツだ」
『ヴォオオォォッ!!!』
再度パンプゴブリンの剛腕から繰り出される大剣の連撃。それをトウカは二刀による連撃で迎え撃つ。
一人の女の子と一匹の巨大モンスターの間に小さな火花が踊る。
その絵面だけを見れば、両者の力量は拮抗しているように見えた。
だが実際は、
『ヴォッ! ヴォオオオオッ!!』
「ふはははははっ! こんなモノかパンプゴブリン! その逞しい腕から繰り出される一撃の威力はこんなモノかっ!?」
モンスターに顔色などないはずだが、パンプゴブリンの表情は戸惑い、困惑といった色が浮かんでいる。
対してトウカの顔は歓喜に満ち、大剣の一撃、その悉くを弾き返す。
「どうしたこの程度かっ! モンスターならっ! もっと! 強烈な一撃を叩きこんで来いっ!!」
『ヴゥォオッ! ヴォオオオオオッッ!!』
この場に出現した当初、俺たちの首を狩ろうと強者の風格を漂わせていたモンスターはもういない。
夕焼けに染まった道の真ん中にいるのは、圧倒的実力差を持って敵の力量を推し量る二刀流の雷娘と、その相手をさせられている大きいゴブリン。
『ォォ』
パンプゴブリンの攻撃が止まる。
「どうした? もう終わりか?」
トウカは左手に持った日本刀を目線の高さまで振り上げ、パンプゴブリンに向けた。
パンプゴブリンはトウカの何でもない仕草に身体をビクつかせ、後ずさり……
『ヴオッ! ヴォオオオオオ』
背を向け逃げ出した。
「敵に背を向けるとは恥というモノも知らないのか」
巨体が逃げ出す原因である美少女は、やれやれ、というふうに首を振り、
『四ノ型』
と、呟いて、固い地面を穿つ程の蹴りを放ち跳躍した。
トウカの身体は逃げるパンプゴブリンの頭上にまで到達し、
『崩天雷解』
一筋の雷となって、大地に落ちた。
荒原一帯に雷鳴が轟く。
避雷針となった緑色の巨体は、二振りの刀によって頭から四等分にされ、力なく崩れ落ち、
「大きくなってもゴブリンはゴブリンか。柔すぎる」
紫色の鮮血を浴びる雷神様の不満気な呟きと、彼女の周囲でパリパリと走る白い光だけがその場で音を発していた。
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