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俺の旅立ちはどこか間違っている。
しおりを挟む街から離れた丘の上で。
「トウカ! そっちにもいったぞ!」
「任せろ! 私の剣技、披露し―― あっ」
刀を両手で構え、詰め寄ったモンスターを一刀両断、かと思いきや何かに躓いたトウカ。
「『アクセル』――っ!」
俺はトウカの救出に間一髪成功。
視線を下に向け、
「っぶねー。ってかお前あんな大事なとこでこけてんじゃねえ! 危うく死にかけたぞ!」
「くっ! すまない。まさかガルウルフ程度が土魔法を使えるとは」
「だから違う!」
俺はガルウルフから距離を置いた所にトウカを降ろし、後ろを振り返った。
「アリア、後何匹だ?」
「依頼達成だけなら後四匹ですね」
「よし。トウカ! そっちにいる二匹は頼む!」
「了解だ」
「今度はこけるなよ」
「こけてない!」
マルメ祭りという異世界初めてのお祭りイベントが終わった一週間後。
俺たちは戦闘の勘を取り戻すという名目でガルウルフ討伐クエストに来ていた。
クエスト内容はガルウルフ十匹の討伐で、報酬は一匹討伐毎に2千サリー。ガルウルフとは狼を一回り大きくしたモンスターなのだが、ただ突っ込んで来るだけなのでとても弱い。駆け出しの冒険者たちがモンスターの恐怖に慣れる為の討伐対象としてよく選ばれるらしい。
ただ、一つ間違えればずらりと並んだ牙に引き裂かれるようなので弱くてバカだからといって油断はできない。ドジっ子は油断せずともピンチに陥っていたが。
俺はダガーを構え、目の前で威嚇するように口を大きく開けているガルウルフと視線を交わす。
ふう、っと小さく息を吐いて、『アクセル』を使った。
体は加速し、時の流れが遅くなったような感覚に陥る。
両の掌でダガーの柄を掴み、これから自身を襲う衝撃に対応するように身を固くした。
「うおおおっ!」
『―― キャンッ』
獣の短い断末魔と肉を絶ち、骨を貫いた確かな感触。
―― よし、これで後一匹だ。
俺はすでに魂を失ったガルウルフの頭部からダガーを抜き取り、数歩先にいる別のガルウルフへ視線を向けた。
*
「俺って意外と戦えるじゃん」
ダガーを革で出来た鞘に納めながら、異世界で初めてモンスターを倒したという事実に身体を震わせた。しかも四匹も。
「余裕でしたね。でも、どうして今更ガルウルフなんですか?」
ガルウルフの死体をふわふわと浮かせながら、アリアが尋ねてきた。
―― このロリッ子。死体運ぶだけで仕事した気になってやがる。
「今日は試したいことがあったからな」
「試したいこと……? あぁ、さっきのただ突っ込むやつのことですか?」
「おいその言い方はやめろ。恐怖に負けないで頑張ったんだぞ。それに、アクセルストライクっていうカッコいい名前つけようと思ってるんだから」
「……」
「何とか言えよポンコツ」
「なっ!? 私のこの仕事ぶりを見てそんな事言えますか!?」
「死体浮かばせてるだけじゃねえか」
「神である私が運ばないと報告できないの知ってるじゃないですか! 敬ってください!」
「相変わらずカケルとアリアは仲が良いな」
「「どこが!?(ですか!?)」」
日本刀を鞘に納めながらトウカが意味の分からない事を言いながら間に入ってきた。
この生意気なクソガキと仲がいいとはどこをどう見たらそんな事が言えるのか。
罵り合いしかしてない気がするし。
「アクセルストライクとか言ってたな?」
「…… 言ってない」
「何を隠す必要がある? 私もスキル以外の技名はよく考えているぞ」
「おいおい、トウカと一緒にしないでくれよ。俺は間違っても自分の技に絶り――」
「それじゃない!」
*
陽は沈み、街中を灯りが照らし始める頃。
「妾もクエストに行きたい」
マルメドリの丸焼きを食べ終え、まったりしていると、ステラが口を開いた。
「ダメ」
「な、なぜだカケル! たまには良いではないか!」
「ステラが魔法使っても収支がプラスになるクエストがあればいいけどな。現実にそんな美味しいクエストは今のところコモモドラゴン関係しかない。で、そのコモモドラゴン討伐クエストは最近一つも無い。今朝のガルウルフなら三十匹討伐で利益が出そうだが、あれが十匹以上の群れを作ることはないって聞いた。そもそもそんな大群になればよっぽど密集していない限り天体魔法の範囲内に収まらないだろ」
「むぅ」
「頬を膨らませてもダメだぞ」
「そういえば私はステラの天体魔法を目にしたことなかったな。それほどすごいのか?」
同じくまったりしていたトウカが小首を傾げた。
「すごいぞ。ステラの魔法は世界最強の威力を誇るって言われても疑わないぐらい」
「カケルがそこまで言うのなら本当なのだろうな」
俺の言葉にそんな信用無いと思うけど。
褒められて「そ、それほどじゃないが」などとぶつぶつ呟いているステラを一瞥する。
幼女化さえなければ完璧なんだけどなあ。
俺はそんな事を思いながらソウルプレートを出現させる。
異世界に来てから一か月と半分。それでスキルが2つと役に立たない初級魔法が4属性分だけというのはおかしい気がする。『アクセル』はいつの間にか世界がスローになるぐらい速く動けるスキルになっているのだがデメリットが大きいし、欲を言えばもっと派手なヤツが使いたい。
「ぷぷぷ、カケルってば役に立たない魔法四つも覚えてます。これなら私の方が上ですね」
「おいこらクソガキ。何勝手に見てんだ。お前にはプライバシーという概念が無いのか」
無い胸を張り、勝ち誇ったような笑みを浮かべたアリアの頬をつねる。
「いっ!? いひゃいへひゅ!」
「……」
ぽこぽこ叩いて来たのでアリアの頬から指先を離してやる。アリアはトウカの膝に「カケルがぁ」などと言って倒れ込んでいた。
今日のガルウルフ討伐クエストを達成したおかげで、俺も意外と戦えるということが分かり、自信もついた。ただ、問題はこいつらだ。
アリアは相変わらず死体を運ぶことしかできないし、ステラに魔法を使われるのは金銭的にも世間体的にもまずい。
トウカの剣の腕は確かだが、俺が見ていないところや『アクセル』を使っても届かない距離でドジられたら命が危ない。
つまり、クエストを選ぶときはかなり慎重にならないといけないってことだ。
トウカは自身の太ももにある金髪の後頭部を撫でながら、
「私たちも冒険者らしくなったと実感せざるを得ないな。そろそろ中級と呼ばれるモンスターも倒せてしまうのではないか?」
今朝低級って呼ばれてるガルウルフに殺されかけてただろ。
「ですねですね! 私もこのパーティーの中で一番強いですしどんなモンスターも私たちの相手ではありませんね!」
お前は戦ってすらいないだろ。
俺はそんなとんちんかんな事を言っている美少女たちを眺め、大きく息を吐いた。
そんな何でもない食後のひとときを過ごしている時だった。
誰かが扉を叩く音が聞こえて来たのは。
「誰か来たみたいですよ?」
「みたいだな」
「出ないんですか?」
「アリアが出ろよ。俺は今忙しい」
「お茶飲んでるだけじゃないですか」
俺はお茶に口をつけた。ちなみにこのお茶は緑茶だ。マツリがお礼と言って持ってきた。ジャポンティの名産品らしい。
扉を叩く音が強くなった。
その力強い音と、金属が擦れ合う音から女の子ではなく、成人した男が固い拳をぶつけているのだと推測できる。
「しゃあねえな」
俺はコップをテーブルに置き、扉を開けた。
立っていたのは銀色の鎧を身に着け、俺が少し見上げる程の男だった。顔立ちは整っていて、鮮やかで切り揃えられた青い短髪が育ちの良さを匂わせる。
エリート貴族の騎士様だろうか。とりあえず、
「何か用ですか?」
俺は問う。
男は頷いて、
「ドラゴンハンターと呼ばれている冒険者ですね?」
「違います」
嫌な予感がしたので扉を閉めて踵を返す。
背後から話を聞いてください、と聞こえたが無視だ。
テーブルに腰を落とし、お茶に口をつける。この苦み、懐かしさで涙が出そうだ。
「誰だったんですか?」
「知らん」
「また扉叩いてますけど」
「ほっとけ。ただのひやかしだ」
扉を叩く音がさらに強くなり、木で出来た扉が悲鳴を上げる。
まるで助けを求めるような悲痛な叫び。
俺は仕方なく再度扉を開けに行き、
「壊れそうなんでやめてもらえます? 壊れたら弁償してくれるんですか?」
「王があなたに会いたがっておられるのです!」
「…… え?」
予想外の言葉を耳にした。
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