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俺の異世界転移はどこか間違っている。 3

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 「これカケルの分。塩も黒胡椒も残り少なかったから臭みは残ってると思うけど」

 シリウスが差し出してきたのは串を通した鶏の足みたいな肉だ。見た事のある形だったからか、意外と嫌悪感は無かった。

 「いただきます」

 食前の言葉を唱えて、肉にかぶりつく。

 ―― なんかくせえし、あんまりおいしくない。

 なんて失礼な事はさすがに言えない。

 「これは、うん、なかなかいける」
 「それじゃあ僕も…… やっぱりちょっと臭いなあ。これは鍋の方も期待できないかな」

 シリウスは角ウサギ肉がぐつぐつと煮込まれている鍋に視線を移す。
 俺は何だかいたたまれない気持ちになり、話を振った。

 「その革袋って便利だな。角ウサギとか鍋とか色々出してたし、魔道具だよな?」
 「そうだよ。父さんが昔使ってた物なんだ」
 「へえ。シリウスの父さんってどんな人なんだ?」
 「うーん…… 実は話したことないんだよね」
 「……」

 これやったか? 地雷ってやつか?

 「あ、もう死んでるとかじゃないよ? どこかの街のギルドで働いてるって母さんは言ってたし」
 「そ、そっか。じゃあシリウスは父さんを探すために旅をしてるって感じか」
 「会えたらいいな、とは思ってるけど…… 旅に出たのは村が無くなったからだね」
 「……」

 のぉぉぉぉぉ! どうしよう!!

 「鍋が良い具合だね。カケルはどうする? おいしくはないだろうけど」

 断るなんてできるかよ。色んな意味で。

 「…… いただきます」

 角ウサギ肉の旨味が詰まったスープを一口すする。

 ―― くっせえ! 野生臭さがそのまんまスープに出てやがる!

 「やっぱり失敗かな? ははっ」

 な、なんとかしなければ。優しい言葉でシリウスを包まねば。

 「…… 自然の味がする。素材の味を生かした一品ってとこだな」
 「本当? なら――」
 「ダメだ!」

 こんなもんを口にしてしまったら俺の言葉が優しい嘘になってしまう。
 俺はシリウスからおたまとお椀を奪い取り、鍋の中身を減らしていく。

 「む、無理しなくて大丈夫だよ?」
 「むひひへはい!」

 臭みが残ったスープを飲み、旨味を出し切りパッサパサになったウサギ肉を口いっぱいに詰め込んで、

 「ふぅぅ! ほひほうふぁま!!」

 完食した。



 シリウスが洗い物をしてくる、と外へ出て行った後。
 俺は毛布にくるまって横になり、焚き火を眺めながら考えていた。

 さっきのってメシマズ系ヒロイン相手に起こるイベントだったのでは?
 いや、そもそもテンプレに従うならこの廃教会で偶然出会うのは心優しきイケメンじゃなくて可憐な女の子のはずでは?転移開始地点からほとんど動いてないからヒロインと出会えてないって事か?
 それに、調味料って概念あるなんて聞いてないんですけど? 俺の現代調味料でドヤ顔作戦の雲行きが怪しくなってるんですけど? あれ、…… そもそも醤油とか味噌ってどうやって作るんだ? 

 はあ、とため息を吐く。

 「くっせえ」

 吐いた息は臭かった。そして、まるで現実から逃れるように様々な欲望が湧き上がってきた。

 歯磨きしたい。
 風呂入りたい。
 ゲームしたい。
 アニメ見たい。
 ベッドで寝たい。
 ハンバーグ食べたい。
 アイス食べたい。
 スマホ欲しい。

 さらに大きな息を吐き、その臭さに顔をしかめる。
 そんな事をしていると、シリウスが扉から顔を出しているのが見えた。

 「カケルー! ちょっとー!」

 どうやら俺に来てほしいみたいだ。気怠さを感じながら上体を起こし、シリウスの元へ向かう。

 「…… なにこれ」

 外に出ると、一口サイズの水の球体がふよふよと浮かんでいた。球体の中には砂金?のようなモノが漂っている。

 「ははは、覚えてないみたいだね。そろそろ寝るかなと思って準備してたんだよ、歯磨き玉」
 「え?」

 あるの? できるの? 歯磨き。

 「この水の玉を口に入れて、クチュクチュするだけだよ」

 シリウスに言われるがまま、水の玉を口の中に入れた。

 ―― めっちゃミント!

 「クチュクチュクチュクチュ…… ぺっ」
 「スッキリするでしょ?」
 「めっちゃスッキリする。すげえな、歯磨き玉」
 「街に行けばどこにでも売ってる魔道具なんだけどね。これはちょっと高いけど」

 シリウスはそう言いながら高そうな水筒みたいなモノを見せてきた。

 「この中に歯磨き粉が入ってて、魔力を流して魔法陣を作動させると――」

 ポキュンッ

 「歯磨き玉が出てくるんだ」
 「すげえ」

 俺は今、感動している。
 まさか異世界で「お口くちゅくちゅモン〇ミン」ができるなんて!

 「じゃあ戻ろうか。そろそろ服も乾いてるはずだし」
 「そうだな!」

 俺はスキップで祭壇まで戻った。



 翌朝。
 昨日までの土砂降りが嘘のように晴れやかな青空が広がっている。ちなみに太陽は一個だ。
 俺は歯磨き粉が入ってる魔道具を借りて、「ふううん」と唸っている。

 「できない…… 才能が無いのか」

 魔力を流し込む。言ってる意味は分かるのだが、そもそも魔力がどんなものなのか分からない。

 「どう? できた?」

 後ろからシリウスがひょっこり顔を出す。

 「いや、できねえ」
 「うーん…… 身体が覚えててもおかしくないんだけど」
 「くっ! 頭がっっ!」
 「あっ! 良い事思い付いた! カケル、手を出して!」

 シリウスが握手を求めて来たので、俺は握り返す。

 「今から僕のオドを流すから――」
 「オド?」
 「え、うん。そうだなあ…… 魔力は二種類あってね」

 シリウスは魔力について説明してくれた。
 魔力は二種類に分けて呼称されており、身体の外側にあるのが『マナ』身体の内側にあるのが『オド』だという。
 『オド』を『マナ』に干渉させて発動するのが魔法、『オド』のみを使い発動するのがスキルと、魔法とスキルがある意味で別枠である事も教えてくれた。
 ちなみに『マナ』『オド』共に人によって扱い方の向き不向きはあるし、加護によっても左右されるという。

 「じゃあいくよ?」
 「お、おう」

 シリウスが目を瞑ったので俺も合わせて目を瞑る。
 俺はきっと魔力の存在をこの身で感じる事になるんだろう。そして、「これが魔力ってやつか!」というお決まりのセリフを言い放つことになるんだ。

 「どう?」
 「…… ん?」
 「今オドを流し込んでみたんだけど…… その様子だと…… おかしいな」

 そう、おかしい。
 俺は異世界からの来訪者だぞ? 魔力の存在が分からないなんて事はないはずだ。…… いや、なるほど。これはアレか。魔力ゼロ系のお約束のアレだ。最強の肉体を持ってる系のアレだ。一応試しとくか。

 「シリウス、ちょっと殴ってみてくれないか?」

 俺は自分の腹を出して言った。
 シリウスは一瞬きょとんとしたが、すぐに「なるほど。分かった」と拳を握りしめる。

 「何がなるほ――「ふんっ!」 どぅはっ!?」

 シリウスが何に納得したのか知りたかったのだが、こいつ言葉より先に拳を出してきやがった。
 腹に衝撃が走り、体が少し宙に浮く。

 「――っ!? ぅぐ、っっつ!?」

 痛い痛い痛い痛い。
 え? 痛い痛い痛い痛い痛い。いつ治まるんだよこれ。
 殴られた腹を押さえてうずくまる俺に、シリウスは水筒を持たせてきた。

 「…… うっ、な、なんだよ」
 「今お腹に何か感じてるでしょ?」
 「痛み」
 「違う違う。痛みじゃないほう」

 何言ってんだこいつ。殴られて感じるものなんて痛み以外無いだろ。
 お腹をさすると、違和感に気付く。

 「…… 何か、変だ」

 痛みはだんだん治まってきた。代わりに、マッサージガンを腹に押し付けられているような、内臓が震えてるような感覚が生まれている。

 「でしょ? その感覚を胸、肩、腕、掌、最後に歯磨き筒って順に流れるように意識してみて」
 「うぅ」

 蹲った体勢のまま、俺はシリウスの指示通りに試してみる。

 胸…… 肩…… 腕…… 掌…… イメージした場所にプルプルが移っていき、

 ポキュン

 「で、できたあ」

 俺は魔力を扱う事に成功した。
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