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俺の異世界転移はどこか間違っている。 2

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 恐怖心を抱いたまま教会に戻ると、加減を知らないバカが回したコーヒーカップのように衣服が宙を舞っていた。

 「ついでだったから君のもやってるよ」

 金髪イケメン君が全裸で微笑んでくる。
 『君のも』という言葉の通り、天使像に垂れかけていた俺の服も宙で回転している。
 開いた口が塞がらない。
 
 ―― 魔法だ。

 恐怖心は消え失せて、心が躍る。
 異世界にやってきたのだと初めて実感できた瞬間だった。現代日本だったらまず見られないような光景が眼前に広がっている。

 「おーい」

 呆気に取られていると、イケメンの顔が目の前に現れた。

 「おわっ!?」
 「ははっ、そんなに驚かなくても」

 けらけらと笑うイケメンにちょっとむかついた。

 「急に顔が現れたら誰だって驚くだろ」
 「ごめんごめん。でも急に、ではないよ? いくら声を掛けても上ばっかり見てたからさ」

 どうやら俺は近付いてくるイケメンに気付けない程、初めての魔法に見入っていたらしい。まあ、空中で服がくるくるしてるだけなんだけど。

 「そういえば自己紹介がまだだったね。僕はシリウス。君は?」
 「…… 俺はカケル」

 シリウス。
 それが濡れてない服まで全部脱いでスクワットに参加してきた奴の名前だった。背丈は170センチの俺とあまり変わらない。

 「それにしても、やっぱりジャポンティの服は変わってるね」

 ―― なんだよジャポンティって。

 ジャポンティ。聞き慣れない単語が飛び出してきた。
 だが俺は慌てない。

 「だろ? 急な雨にも対応できるフード付きの服、その名もフーディー。と、履き心地抜群のスウェットってやつだ」
 「ははっ、急な雨に対応した結果が全裸だけどね」

 この野郎。
 宙を回っていた俺のパンツがふわふわとシリウスの手元までやってきた。

 「じゃあこれは?」
 「パンツ。正式名称はボクサーパンツ。下着だよ」
 「これ下着なの!?」

 洗濯もしてない脱ぎたてのパンツに目を輝かせないでほしい。

 「履いてみてもいいかな?」
 「ダメに決まってんだろ!」

 とんでもないことを言い出したのですぐに却下して、パンツを奪い取る。

 「まだ生乾きだよ?」

 シリウスの言う通り、パンツはまだ湿っている。生乾きだと菌が繁殖して臭くなるっていうし、このまま履いても気持ち悪そうだ。一応拒否はしてるし、もう他人の下着を履こうなんて考えにはならないだろう。
 俺はパンツを手渡して、言った。

 「乾かしてもらうのはありがたいけど…… 履くなよ?」
 「…… 履けってこと?」
 「違う!!」




 パチパチと火の粉が舞っている。ちょっとキジを撃ちに行っている間にシリウスが焚き火を起こしてくれたようだ。日も落ちて肌寒くなってきていたし大変ありがたい。服はまだ乾いていないらしく、相も変わらず頭上でくるくると回っている。さっさと乾いていてくれたらどこの毛とは言わないが、毛が縮れる心配をしなくて済んだのだが無理は言えない。
 焚き火を見つめていると、シリウスが口を開いた。

 「一つ聞いてもいい?」

 火の粉が息子に当たったら大変な事になる。俺は焚き火から目を逸らさずに頷いた。

 「カケルは転移魔法陣の暴発事故に巻き込まれたっていうのは分かるんだけど、記憶はどれぐらい残ってる?」

 何のことだよ。…… まあいいや。しかし、なんて答えようか。日本の高校生とか言っても分からないだろうし、こっちの世界の事なんて何も分からないから下手な事言えないし。
 少し考えて、俺は記憶を失った可哀そうな男の子になる事にした。

 「ジャポンティ出身って事と、後は自分の名前ぐらいだな」
 「服の名前と数字は覚えてたよね? 公用語も上手だし」

 細けぇな。

 「身に着けてたモノだから覚えてたんじゃねえかな」

 適当に答えた。

 「なるほど。じゃあ自分の加護は分かるよね?」
 「…… くっ! 頭がっっ!」
 「だ、大丈夫!?」
 「来るな!」

 全裸で近寄ろうとしてきたので手で制した。

 「っっ! ふぅ。…… もう大丈夫だ。どうやら無理に思い出そうとするとダメみたいだ」
 「そうみたいだね。でも加護が分からないとなると…… そうだ! ソウルプレートは出せる?」
 「くっ! 頭がっっ!!」
 「大丈夫?」
 「ふぅ、ふぅ。も、もう大丈夫だ。それで? ソウルプレートってなんだ?」

 俺の質問に、シリウスは微笑んで答える。

 「これの事だよ」

 シリウスの右手に石板が現れ、俺は目が丸くなるのを自覚した。

 「初めて見る、って顔だね」
 「そりゃあ初めて見るからな」

 シリウスはソウルプレートについて簡単に説明してくれた。
 ソウルプレート。それは魂の情報を文字として表してくれる魔力で出来た石板の事を指し、物心も付いていない幼少期に教会かギルドで授かるものらしい。石板には自分の名前や与えられた加護の他、現時点で使える魔法やスキルも記載されているという。
 ソウルプレートには簡易版と正式版の二種類がある。シリウスの故郷のような小さい村や町では簡易版しか持っていないのが普通で、正式なソウルプレートは大きい街で教会かギルドが所有するスフィアを使い、手続きをしないと貰えないという。

 「何か思い出せた?」
 「何も…… ソウルプレートの内容を見たらナニカ思い出せそうな気がするんだが」

 ちらっとシリウスに視線を流す。
 ソウルプレートってのは個人情報が集約された情報媒体みたいなモノだろう。それを他人に見せるのは俺だったら嫌なのだが、ダメ元で聞いてみた。
 シリウスは微笑んだまま、言った。

 「良いけど、秘匿魔法がかかってるから名前しか読めないよ?」

 手渡されたソウルプレートに視線を落とす。
 見た事の無い文字だったがちゃんと読めた。シリウスの言う通り名前だけ。加護の蘭も魔法・スキルの蘭もモザイクみたいなモノが一行しか無いが、それは簡易版だからだろう。

 「やっぱりダメだな」
 「でも分かった事はあるね」
 「分かった事?」
 「うん。カケルは公用語を読めるし話すことも出来るって事」
 「確かに。ソレが分からなかったら俺はこうしてシリウスと話せてないだろうからな。運が良かった」
 「事故に巻き込まれてるから運はそんなに良くないと思うけどね」

 うるさいな。…… いや、待てよ?

 「何で事故って分かったんだ?」

 シリウスはあまりにも対応が慣れ過ぎている。こいつ、もしかしてあのクソ天使の手先かなんかじゃねえだろうな。
 警戒を強めたが、シリウスの表情は変わらない。

 「僕がまだ五歳の頃、ジャポンティ出身の人が村を訪ねて来た事があるんだよ。その人は転移魔法陣の事故に巻き込まれた娘を探してるって言ってた。ジャポンティ人の魂である刀も持たず、ある日突然ジャポンティの外に飛ばされた娘が心配だ、ってね。カケルは刀を持ってないし、旅の荷物も無いし…… だから彼の娘と同じようにこっちに飛ばされたんだろうなって」
 「なるほどな。俺の今の状況と似たような話を聞いたことがあったってことか。でも、そんな事が起こり得るって知ってたとして見ず知らずの他人に話しかけるか? 普通」
 「はは、まあそれは好奇心ってやつだね」
 「好奇心?」
 「うん、こっちからジャポンティに行くのはかなり難しい事だから。カケルからジャポンティがどんな所か聞けたらなって思っただけだよ」
 「変な奴だな」
 「カケルもね」
 「俺は変じゃ――」

 ぐううううう。
 
 言葉を俺の腹の虫が遮った。それを見たシリウスが革袋に手を入れ、

 「…… 今はこれしかないけど、食べる?」

 角が生えたウサギを差し出してきた。

 「なにこれ」
 「つのウサギだよ。捕ったばかりのやつだけど」

 まんまじゃねーか。
 正直、食べたくない。しかし、腹が減っているのは事実だし、食べ物はこれしかないって言ってるし。

 「食べる」

 俺は短く答える。

 「じゃあ僕は準備してくるから――」

 シリウスはそう言いながら、バキッとウサギの角を折り、

 「これでも食べながら待ってて。魔力が結晶化したモノだから味はアレだけどね」

 と、投げ渡してきた。
 全裸のままウサギと革袋を手に外へ向かうシリウスを見て思う。

 ―― ワイルドだな。

 角ウサギのアイデンティティたる角をかじってみた。

 「…… 鼻血が固まった鼻くそみてぇ」

 そんなしょうもない事を呟いて、俺はシリウスの帰りを待った。
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