まさか私としたことが

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夫人の生家

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夫人の生家は由緒正しき伯爵家である。それでも平民からすれば充分に雲の上の存在なのだが、イライザを含め、侯爵家で働く者達は何故だか、夫人を卑しい下賤の者だと思い込んでいた。

伯爵家を初めて目の当たりにして驚いた。侯爵家が勝っていることなど爵位ぐらいしかないぐらいに何もかもが侯爵家とは違う。

ここは実は城なのだと言われても納得するほどに、伯爵家は大層豪華な造りをしていた。

イライザはここでメイドとして雇われる気でいたが、下女でも無理な気がする。それでも夫人からの紹介状を持って、伯爵家に入ると、侍女長がイライザを見るなり、パンッと手を叩き、その合図で現れた侍女達がイライザの身を確保し、奥の部屋まで連れて来られた。

「イライザは、侯爵家のメイドだったのね。アンジェリーナ様が選んだのなら大丈夫でしょうけど、これから貴女を伯爵夫人に相応しいように教育致します。大変でしょうが、泣き言は許しません。良いかしら?」

イライザはどうやら伯爵夫人のお付きになるらしい。

「はい。不束者ですが、よろしくお願いします。」

イライザはこれを逃すと死ぬしか選択肢は残されていない。だから、何がなんでも伯爵夫人に気に入られるしかないのである。

侍女長のリンダさんは、満足そうに微笑むと、厳しいながらも愛のある教育を施してくれた。

伯爵家では侯爵家で与えられたようなお仕着せは用意されなかった。代わりに今まで来たことすらない、ドレスを着せられた。汚せない金額のドレスは、伯爵夫人のお付きとして最低限のマナーと言われると、そんなものかと納得してしまう。

肝心の伯爵夫人には一度もお会い出来なかったが、そもそもこの教育が終わらない限りは会わせてもらえないのは当然だ。

イライザがこちらに来てから一月ほど経った頃、ある侯爵家が貴族名鑑から名前を消した。

アンジェリーナが夫人としてではなく、伯爵令嬢として帰って来た頃には、イライザは下位貴族のご令嬢ぐらいの教養は既に身についていた。

「イライザ、貴女、とても頑張ったのね。」

令嬢に戻ったアンジェリーナは、夫人だった頃とは、同じ人物だとは到底思えないほどの変わりようで、イライザは、心底驚いていた。

「いえ、未だ伯爵夫人にはお目にかかれておりませんので、まだまだです。」

「?ああ、お兄様にもお会いできていないってこと?夫人にはそのうち、会えるわよ。兄に後で会わせるわ。部屋で待っていてくれる?」

アンジェリーナの兄ということは、伯爵家では当主に当たる方で、イライザに会うために使用人の部屋になど来るわけもないのだが、どういう訳かイライザは部屋がないから、と伯爵夫人の部屋を使わせてもらっているのである。因みに本人は不在である。いくら後でお付きになるとは言え、自分の部屋を使用人が我が物顔で使っているのは嫌だと思うのだけれど。

イライザには夫人の思惑も、伯爵家の常識にも口を挟む資格などはない。仕方ないからおかしいとは思いながらも言う通りにしなくてはならなかった。

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