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内緒話
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その後、トーナメントは進み、グレイは優勝した。メンバーを考えると、順当だが、グレイの笑顔に勢いはない。人当たりの良い彼はそれでも人懐こい笑顔を見せていた。彼のああいうところをアネットは尊敬していた。
アネットはグレイに随分と失礼なことをしていた。彼の優しさに甘えて、拗ねて、利用しようとした。人の好意を踏み躙ることは、したくない、と常日頃話していたのに、自覚なく、一番嫌なことをしようとするなんて。
アネットは深呼吸をして、思考をクリアにした。癪だけど、エミリアの言う通りだ。まずは先生と話をしないと始まりも終わりもしない。終わるのが怖いから、始まらなくても良い?そんな訳ない。
「フランクは彼方にいるわよ。」
ニコルとフランクは状況を伝える要員として聴取されていただけ。悪いことをしていないのだから、さっさと帰ってこられた。
「おかえり。ニコル。」
「ただいま。行ってらっしゃい。」
「行ってきます。」
ニコルに話したいことはあったが、今じゃない。今は勝手に打ちひしがれて、勝手にアネットと距離を取ろうとしている彼をエミリアがしてくれたように、目を覚まさせること。
フランクは、アネットを見つけると、にっこり笑って、アネットを促した。
付いて歩くと、フランクはアネットに言わなければならないことがある、と言った。
「話の前に、アネット、君は私の為に他の人全てに嘘がつける、と約束してくれるかい。」
「嘘によりますが、はい。一応、私の倫理に反しないことでしたら。」
「じゃあ、話した後で判断してくれたら良い。それで君が嘘をつけないと言うなら、私は罪を償うよ。」
アネットはフランクが、この度の一連に何か関わりがあるのかと思っていた。だけど、彼の口から出たことは、思ってもみないことだった。
「私は一度結婚してるのは知ってるね。彼女は病死して、若くに亡くなった。彼女を惜しんで、私は再婚をしていない。」
アネットは、フランクに近づけない一番の原因は、彼が前の奥様がまだ忘れられないのだと、思っていたことに気がついた。
奥様はアネットとは真逆の可愛いタイプ。自分ではその立場になれないと、はっきり示されたようで、心が痛かった。
「この話はね、全くの嘘なんだ。私は彼女を思っていないし、再婚は今は大変だから、と断る理由にした。それに、これだけは絶対にアネットの胸に留めておいてほしいのだけど、私の前の奥様は亡くなっていない。生きているんだ。」
「は?え、どういうことですか?」
「彼女には思い合う恋人がいたんだ。それで私との婚姻を拒んだ。それならば、と、他に方法もあったにも関わらず、安易な方法を取ってしまったんだ。彼女は亡くなったことになり、国を出た。」
「じゃあ、その時にもしかして、夫人のお世話になったのですか?」
「ああ、あの時はこのことが自分の弱みになるなんて思ってもいなかった。だけど、周りを騙していることは確かだしね。あの頃は、年相応に自分のことしか考えていなかった。いくら彼女が願ったことでも、彼女を祖国に帰って来れなくする以外の方法があったはずなのに。」
「夫人にその罪悪感を利用されたんですね。」
「いや、夫人は言わないよ、何も。ただ自分が勝手に負い目を感じていただけだ。私は、ずるい人間なんだ。自分が楽になりたいから、今アネットにこうして話しているし、君に先生と敬われる資格なんてない人間なんだよ。」
アネットはグレイに随分と失礼なことをしていた。彼の優しさに甘えて、拗ねて、利用しようとした。人の好意を踏み躙ることは、したくない、と常日頃話していたのに、自覚なく、一番嫌なことをしようとするなんて。
アネットは深呼吸をして、思考をクリアにした。癪だけど、エミリアの言う通りだ。まずは先生と話をしないと始まりも終わりもしない。終わるのが怖いから、始まらなくても良い?そんな訳ない。
「フランクは彼方にいるわよ。」
ニコルとフランクは状況を伝える要員として聴取されていただけ。悪いことをしていないのだから、さっさと帰ってこられた。
「おかえり。ニコル。」
「ただいま。行ってらっしゃい。」
「行ってきます。」
ニコルに話したいことはあったが、今じゃない。今は勝手に打ちひしがれて、勝手にアネットと距離を取ろうとしている彼をエミリアがしてくれたように、目を覚まさせること。
フランクは、アネットを見つけると、にっこり笑って、アネットを促した。
付いて歩くと、フランクはアネットに言わなければならないことがある、と言った。
「話の前に、アネット、君は私の為に他の人全てに嘘がつける、と約束してくれるかい。」
「嘘によりますが、はい。一応、私の倫理に反しないことでしたら。」
「じゃあ、話した後で判断してくれたら良い。それで君が嘘をつけないと言うなら、私は罪を償うよ。」
アネットはフランクが、この度の一連に何か関わりがあるのかと思っていた。だけど、彼の口から出たことは、思ってもみないことだった。
「私は一度結婚してるのは知ってるね。彼女は病死して、若くに亡くなった。彼女を惜しんで、私は再婚をしていない。」
アネットは、フランクに近づけない一番の原因は、彼が前の奥様がまだ忘れられないのだと、思っていたことに気がついた。
奥様はアネットとは真逆の可愛いタイプ。自分ではその立場になれないと、はっきり示されたようで、心が痛かった。
「この話はね、全くの嘘なんだ。私は彼女を思っていないし、再婚は今は大変だから、と断る理由にした。それに、これだけは絶対にアネットの胸に留めておいてほしいのだけど、私の前の奥様は亡くなっていない。生きているんだ。」
「は?え、どういうことですか?」
「彼女には思い合う恋人がいたんだ。それで私との婚姻を拒んだ。それならば、と、他に方法もあったにも関わらず、安易な方法を取ってしまったんだ。彼女は亡くなったことになり、国を出た。」
「じゃあ、その時にもしかして、夫人のお世話になったのですか?」
「ああ、あの時はこのことが自分の弱みになるなんて思ってもいなかった。だけど、周りを騙していることは確かだしね。あの頃は、年相応に自分のことしか考えていなかった。いくら彼女が願ったことでも、彼女を祖国に帰って来れなくする以外の方法があったはずなのに。」
「夫人にその罪悪感を利用されたんですね。」
「いや、夫人は言わないよ、何も。ただ自分が勝手に負い目を感じていただけだ。私は、ずるい人間なんだ。自分が楽になりたいから、今アネットにこうして話しているし、君に先生と敬われる資格なんてない人間なんだよ。」
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