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そこにいない人

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フランク・リスキーが前妻の墓に赴いたのは、けじめの為だ。ここに前妻の遺体はない。何故かというと、彼女は死んだことになっただけで、どこかで生きているからだ。

だが、彼女が生きているということは、フランクが墓まで持っていく秘密であった。元々政略結婚だった、フランクと前妻のクロエ。仲の良い幼馴染だったが、全くと言って恋愛感情は生まれなかった。彼女は見た目はか弱くて儚げ、だが、その実は大胆で無鉄砲な性格だった。貴族は皆多かれ少なかれそんなものだ。見た目と中身が全く違う、そんなことはよくあること。

フランクは父から爵位を譲り受ける為に結婚しなくてはならなかった。対するクロエは愛する男がいて、彼と共に生きることを望んでいた。彼は平民だった。

一番、らしいのは病死だ。クロエは昔から儚げな容姿を利用していきたくない茶会の度に熱が出る予定にしていたし、フランクは例え子供が産めなくとも、クロエを尊重する良い夫を演じていた。

アネットに出会う前までは、フランクはあまり褒められた人ではなかった。妻を亡くした後は、次の縁談を断るのが面倒で、妻が忘れられない体でいたし、まさかそれがその後の枷になろうとは想像すらしていなかった。

フランクに子が出来なければ、姉の息子に次の爵位は継がせるつもりでいた。実際妻に先立たれてからは、自分に彼女のような愛が訪れると思っていなかった。

だが、フランクは年甲斐もなく、恋に落ちた。相手は自分よりもはるかに若く、ハキハキと話す女の子。彼女が学生の時は何とか閉じ込めていた気持ちも、互いに歳を重ね、彼女も大人になり、酒を飲み交わす年齢になると、どれだけ、閉じ込めようとしても、溢れ出す程になった。

幸運か不運かは謎だが、アネットの気持ちは全くわからなかった。フランクを嫌いではないと思いたいが、彼女に比べて些か歳を取りすぎている自分が、彼女と釣り合うかどうか自信がない。

フランクが一世一代の勇気を振り絞って名前で呼んでくれ、とアネットに提案した時も、すぐに恥ずかしくて無理と断られたばかりか、未だに「先生」呼びから脱することができないでいる。

せめて、自分がグレイぐらいの年齢だったなら。アネットと同じく教え子でもあるグレイは、アネットを気に入っている男の一人で、同期だからか、アネットとの距離がいつも近い。

だから、何かと理由をつけては、わざわざ彼と彼女の間に挟まり、邪魔をする。

グレイは忌々しい顔をするが、アネットはいつも上機嫌で、笑ってくれるので、嫌われてはいないはずだ、と思いたい。

グレイが歓迎会のエスコートを、アネットに申し込んだと聞いて、焦った。

アネットはきっと言いくるめられただけで、深い意味などないだろう。問題はグレイだ。

最近特にグレイからのアネットに対するアプローチは、激しさを増している。気がつけば掻っ攫われていた、何てことがないようにしなければ。歓迎会では護衛と称して、グレイの外堀を崩していこうと密かに決めたのだった。
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