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北の辺境伯領では
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『少し遅れます』
短すぎる報告はアネットらしい。こちらに着くまでの道中でトラブルに巻き込まれた彼女らは、管轄外ではあっても手を抜いたりはしない。北の辺境伯領には女騎士が多いとは言え、男性騎士がいないわけではない。その中の一人である彼もアネットに会えるのをとても楽しみにしていた。
「迎えに行くのもアリだよな。」
背中から感じる圧が、自分も連れて行けとの意思表示だとはわかるものの、それを決めるのは自分ではない。
「それは私ではなく、ちゃんと上に言って下さい。」
中間層である自分には何の権限もないのだから。
「答えはわかってる。駄目だ。だから、お前に連れてけと言っているんだ。」
「そんなことをすれば、私が叱られます。」
「叱られたところで、堪えないから平気だろ。」
「貴女方は既に婚約されているから、大丈夫でしょうけれど、私達は未だにそこまで行かないんですから、アネットに会えなくなったらどうするんですか。」
折角の楽しみが、上の逆鱗に触れて、なくなってしまうのはさすがに堪える。
「アレは確かに鈍感だが、悠長にしたのはお前だろ。まあ、あの様子ではライバルの進みも遅いだろうから心配することはないのかもしれないが。でも、ほら、今は新人の担当なんかもしているんだろう。若い奴等に掻っ攫われたら、目も当てられないぞ。」
彼はニヤニヤ笑いながら勝手なことを言う上司を軽く睨みながら、すぐに出られるように準備をする。
「トラブルがどれぐらいかわかりませんが、なるべく早めに帰って来ますから。」
どうどう、と諌めて上司に睨まれるのは彼女を馬扱いしているからではなく、嬉しくて既に笑いが漏れ出ているから。
上司に八つ当たりされる前に、馬で駆け出した彼は、先程とは違う騎士の顔を身に纏う。
寒い時期には寄りつかない破落戸共も、そうでない時期にはやはりその数を増やす。騎士である彼らが遅れる、と言うからには破落戸レベルのトラブルではないようだ。
つい最近になって、聞くようになったお見合い斡旋のトラブルが関係しているのかもしれない。所謂、人身売買の亜種のようなもので、若い女性が巻き込まれることが多いという。やはり家を通さない結婚話には怪しいものが多いのだが、それを紹介するのが貴族のご婦人だからなのか、わかっていても警戒が続かないようで、件数はなくならないどころか増える一方である。
世間知らずの若い女性を食い物にするのはよくある手口だが、それが令嬢だけでなく、騎士にまで及んでいるのが厄介なところだ。
狙われやすい令嬢よりも、腕に自信のある騎士の方が世間知らずといえよう。令嬢なら騙されたことに気づき、逃げようとするが、騎士は中々騙されたことに気づかない。そればかりか助けを求められることに喜びまで感じてしまうのだから発見が遅れてしまう。
今はまだ知り合いが騙されたとは聞かないが、身近な人が同じ目に遭うと思うだけでゾッとする。
折角彼方側が尻尾を出してくれたのなら、今全てを叩いて仕舞えば、同じようなことで悲しむ人はいなくなるだろう。
そんなことを考えているのにアネットのことを思い出すだけで顔が緩むのだから不謹慎だと自分を戒める。
迎えに出たのは自分だけのつもりだったのに、知らないうちに周りには抜け駆けを阻止するかのように男共がいた。
「置いていくなんて酷いな、グレイ。アネットの成長を見たいのは私も一緒なのに。」
男は、舌打ちをしそうになって、隠した。この男だけは連れて行きたくなかったのに。
何故よりにもよって好きな女の初恋の相手が上司なんだと、忌々しさを噛み締めた。
短すぎる報告はアネットらしい。こちらに着くまでの道中でトラブルに巻き込まれた彼女らは、管轄外ではあっても手を抜いたりはしない。北の辺境伯領には女騎士が多いとは言え、男性騎士がいないわけではない。その中の一人である彼もアネットに会えるのをとても楽しみにしていた。
「迎えに行くのもアリだよな。」
背中から感じる圧が、自分も連れて行けとの意思表示だとはわかるものの、それを決めるのは自分ではない。
「それは私ではなく、ちゃんと上に言って下さい。」
中間層である自分には何の権限もないのだから。
「答えはわかってる。駄目だ。だから、お前に連れてけと言っているんだ。」
「そんなことをすれば、私が叱られます。」
「叱られたところで、堪えないから平気だろ。」
「貴女方は既に婚約されているから、大丈夫でしょうけれど、私達は未だにそこまで行かないんですから、アネットに会えなくなったらどうするんですか。」
折角の楽しみが、上の逆鱗に触れて、なくなってしまうのはさすがに堪える。
「アレは確かに鈍感だが、悠長にしたのはお前だろ。まあ、あの様子ではライバルの進みも遅いだろうから心配することはないのかもしれないが。でも、ほら、今は新人の担当なんかもしているんだろう。若い奴等に掻っ攫われたら、目も当てられないぞ。」
彼はニヤニヤ笑いながら勝手なことを言う上司を軽く睨みながら、すぐに出られるように準備をする。
「トラブルがどれぐらいかわかりませんが、なるべく早めに帰って来ますから。」
どうどう、と諌めて上司に睨まれるのは彼女を馬扱いしているからではなく、嬉しくて既に笑いが漏れ出ているから。
上司に八つ当たりされる前に、馬で駆け出した彼は、先程とは違う騎士の顔を身に纏う。
寒い時期には寄りつかない破落戸共も、そうでない時期にはやはりその数を増やす。騎士である彼らが遅れる、と言うからには破落戸レベルのトラブルではないようだ。
つい最近になって、聞くようになったお見合い斡旋のトラブルが関係しているのかもしれない。所謂、人身売買の亜種のようなもので、若い女性が巻き込まれることが多いという。やはり家を通さない結婚話には怪しいものが多いのだが、それを紹介するのが貴族のご婦人だからなのか、わかっていても警戒が続かないようで、件数はなくならないどころか増える一方である。
世間知らずの若い女性を食い物にするのはよくある手口だが、それが令嬢だけでなく、騎士にまで及んでいるのが厄介なところだ。
狙われやすい令嬢よりも、腕に自信のある騎士の方が世間知らずといえよう。令嬢なら騙されたことに気づき、逃げようとするが、騎士は中々騙されたことに気づかない。そればかりか助けを求められることに喜びまで感じてしまうのだから発見が遅れてしまう。
今はまだ知り合いが騙されたとは聞かないが、身近な人が同じ目に遭うと思うだけでゾッとする。
折角彼方側が尻尾を出してくれたのなら、今全てを叩いて仕舞えば、同じようなことで悲しむ人はいなくなるだろう。
そんなことを考えているのにアネットのことを思い出すだけで顔が緩むのだから不謹慎だと自分を戒める。
迎えに出たのは自分だけのつもりだったのに、知らないうちに周りには抜け駆けを阻止するかのように男共がいた。
「置いていくなんて酷いな、グレイ。アネットの成長を見たいのは私も一緒なのに。」
男は、舌打ちをしそうになって、隠した。この男だけは連れて行きたくなかったのに。
何故よりにもよって好きな女の初恋の相手が上司なんだと、忌々しさを噛み締めた。
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