15 / 44
貴族の娘
しおりを挟む
馬に放り出され、倒れていた女性は、ある男爵家のご令嬢だとわかった。本人の意識が戻った訳ではなく、彼女を追って来た彼女の侍女だと名乗る女がそう言ったのである。
その侍女は、彼女を探していたというが、彼女が自分のものではない騎士服を着ていた理由も、馬に乗っていた理由も知らなかった。
「本日は、灯祭りの為に、遠出をしまして。会場に着いてしばらくすると、逸れてしまったのです。人混みを掻き分けて、お嬢様のご友人である方にお会いしまして、合流できたと聞いたので安心しておりましたが。暫くしてからどうやらトラブルがあって、お嬢様を乗せた馬が暴走したと聞き、馳せ参じた次第です。
お嬢様は幼い頃から馬がお好きで、よく乗られていました。ですから馬に乗られていたことは何ら不思議ではないのですが。」
「サイズの合わない騎士服は、説明がつかない。……本人が目覚めるのを待つべきなのだけれど。」
ニコルが黙り込んでしまい、沈黙が訪れる。少し重い空気の中、話を変えようと、アネットは切り出した。
「さっきの灯祭りと言うのはこの辺りでは有名なんですか?」
「いえ、私も、お嬢様も今回初めて聞いた、元々は極一部の集落しかしていなかった祭りだったようです。お嬢様がつい先日行った夜会で知り合ったご婦人に教えてもらったと言う話で、来ることになりました。」
「夜会で出会ったご婦人が、そのご友人?」
「ええ、まあ。」
「その方とは夜会の前からご友人でしたの?」
いつのまにか話に加わったニコルの話し方が、変化する。
これは彼女がよく使う、貴族令嬢ならではの誘導尋問の方法である。慣れ親しんだ話し方の方が楽なのかと言うとそうではない。この話し方をすると、思考が一段階切り替わると言う。いつものニコルが普通だから気がつかないが、彼女はあれでも公爵令嬢なのだった。
「いえ、その、お嬢様はあまり夜会には普段は参加しないのですが、あの……男爵家の財政状況が最近良くなくて、資金集めに奔走しておりまして……」
「ああ、もしかしてその夜会の目的は、お見合い?」
「貧乏な男爵家に目をつけるのは、お金は持っているが、爵位はない平民だけです。貴族同士の婚姻はしがらみがたくさんありますが、裕福な平民との見合いなら、と。
ただ、夜会ではあまり声をかけられず、あるご婦人が力になってくださると名乗りでて下さって。」
「夜会ではどれだけの人がいたの?」
「お嬢様のお話では、お嬢様とあまり歳の変わらないくらいの方から、父ぐらいの年齢の方まで幅広くいらっしゃったようです。あまり夜会にはでられないお嬢様なので、規模などはわからなかったそうですが、引っ込み思案のお嬢様でも、歩いていると人にぶつかるぐらいには人がいたようです。」
「そのご婦人とはどのように出会ったの?」
「人が多い為に一人になれる場所を探していたところ、酔っ払いに絡まれたそうです。それを助けていただいた、と。それで、話をして、」
「友人になった、と。」
「はい。」
またもや、ニコルは黙って、沈黙が訪れたが、彼女の目は雄弁にアネットに話しかけていた。アネットも、多分同じことを考えている。
「そのご婦人は、お嬢様に何と名乗ったの?」
その侍女は、彼女を探していたというが、彼女が自分のものではない騎士服を着ていた理由も、馬に乗っていた理由も知らなかった。
「本日は、灯祭りの為に、遠出をしまして。会場に着いてしばらくすると、逸れてしまったのです。人混みを掻き分けて、お嬢様のご友人である方にお会いしまして、合流できたと聞いたので安心しておりましたが。暫くしてからどうやらトラブルがあって、お嬢様を乗せた馬が暴走したと聞き、馳せ参じた次第です。
お嬢様は幼い頃から馬がお好きで、よく乗られていました。ですから馬に乗られていたことは何ら不思議ではないのですが。」
「サイズの合わない騎士服は、説明がつかない。……本人が目覚めるのを待つべきなのだけれど。」
ニコルが黙り込んでしまい、沈黙が訪れる。少し重い空気の中、話を変えようと、アネットは切り出した。
「さっきの灯祭りと言うのはこの辺りでは有名なんですか?」
「いえ、私も、お嬢様も今回初めて聞いた、元々は極一部の集落しかしていなかった祭りだったようです。お嬢様がつい先日行った夜会で知り合ったご婦人に教えてもらったと言う話で、来ることになりました。」
「夜会で出会ったご婦人が、そのご友人?」
「ええ、まあ。」
「その方とは夜会の前からご友人でしたの?」
いつのまにか話に加わったニコルの話し方が、変化する。
これは彼女がよく使う、貴族令嬢ならではの誘導尋問の方法である。慣れ親しんだ話し方の方が楽なのかと言うとそうではない。この話し方をすると、思考が一段階切り替わると言う。いつものニコルが普通だから気がつかないが、彼女はあれでも公爵令嬢なのだった。
「いえ、その、お嬢様はあまり夜会には普段は参加しないのですが、あの……男爵家の財政状況が最近良くなくて、資金集めに奔走しておりまして……」
「ああ、もしかしてその夜会の目的は、お見合い?」
「貧乏な男爵家に目をつけるのは、お金は持っているが、爵位はない平民だけです。貴族同士の婚姻はしがらみがたくさんありますが、裕福な平民との見合いなら、と。
ただ、夜会ではあまり声をかけられず、あるご婦人が力になってくださると名乗りでて下さって。」
「夜会ではどれだけの人がいたの?」
「お嬢様のお話では、お嬢様とあまり歳の変わらないくらいの方から、父ぐらいの年齢の方まで幅広くいらっしゃったようです。あまり夜会にはでられないお嬢様なので、規模などはわからなかったそうですが、引っ込み思案のお嬢様でも、歩いていると人にぶつかるぐらいには人がいたようです。」
「そのご婦人とはどのように出会ったの?」
「人が多い為に一人になれる場所を探していたところ、酔っ払いに絡まれたそうです。それを助けていただいた、と。それで、話をして、」
「友人になった、と。」
「はい。」
またもや、ニコルは黙って、沈黙が訪れたが、彼女の目は雄弁にアネットに話しかけていた。アネットも、多分同じことを考えている。
「そのご婦人は、お嬢様に何と名乗ったの?」
73
お気に入りに追加
1,604
あなたにおすすめの小説

戻る場所がなくなったようなので別人として生きます
しゃーりん
恋愛
医療院で目が覚めて、新聞を見ると自分が死んだ記事が載っていた。
子爵令嬢だったリアンヌは公爵令息ジョーダンから猛アプローチを受け、結婚していた。
しかし、結婚生活は幸せではなかった。嫌がらせを受ける日々。子供に会えない日々。
そしてとうとう攫われ、襲われ、森に捨てられたらしい。
見つかったという遺体が自分に似ていて死んだと思われたのか、別人とわかっていて死んだことにされたのか。
でももう夫の元に戻る必要はない。そのことにホッとした。
リアンヌは別人として新しい人生を生きることにするというお話です。

理想の『女の子』を演じ尽くしましたが、不倫した子は育てられないのでさようなら
赤羽夕夜
恋愛
親友と不倫した挙句に、黙って不倫相手の子供を生ませて育てさせようとした夫、サイレーンにほとほとあきれ果てたリリエル。
問い詰めるも、開き直り復縁を迫り、同情を誘おうとした夫には千年の恋も冷めてしまった。ショックを通りこして吹っ切れたリリエルはサイレーンと親友のユエルを追い出した。
もう男には懲り懲りだと夫に黙っていたホテル事業に没頭し、好きな物を我慢しない生活を送ろうと決めた。しかし、その矢先に距離を取っていた学生時代の友人たちが急にアピールし始めて……?

嘘をありがとう
七辻ゆゆ
恋愛
「まあ、なんて図々しいのでしょう」
おっとりとしていたはずの妻は、辛辣に言った。
「要するにあなた、貴族でいるために政略結婚はする。けれど女とは別れられない、ということですのね?」
妻は言う。女と別れなくてもいい、仕事と嘘をついて会いに行ってもいい。けれど。
「必ず私のところに帰ってきて、子どもをつくり、よい夫、よい父として振る舞いなさい。神に嘘をついたのだから、覚悟を決めて、その嘘を突き通しなさいませ」

私を売女と呼んだあなたの元に戻るはずありませんよね?
ミィタソ
恋愛
アインナーズ伯爵家のレイナは、幼い頃からリリアナ・バイスター伯爵令嬢に陰湿ないじめを受けていた。
レイナには、親同士が決めた婚約者――アインス・ガルタード侯爵家がいる。
アインスは、その艶やかな黒髪と怪しい色気を放つ紫色の瞳から、令嬢の間では惑わしのアインス様と呼ばれるほど人気があった。
ある日、パーティに参加したレイナが一人になると、子爵家や男爵家の令嬢を引き連れたリリアナが現れ、レイナを貶めるような酷い言葉をいくつも投げかける。
そして、事故に見せかけるようにドレスの裾を踏みつけられたレイナは、転んでしまう。
上まで避けたスカートからは、美しい肌が見える。
「売女め、婚約は破棄させてもらう!」


【完結80万pt感謝】不貞をしても婚約破棄されたくない美男子たちはどうするべきなのか?
宇水涼麻
恋愛
高位貴族令息である三人の美男子たちは学園内で一人の男爵令嬢に侍っている。
そんな彼らが卒業式の前日に家に戻ると父親から衝撃的な話をされた。
婚約者から婚約を破棄され、第一後継者から降ろされるというのだ。
彼らは慌てて学園へ戻り、学生寮の食堂内で各々の婚約者を探す。
婚約者を前に彼らはどうするのだろうか?
短編になる予定です。
たくさんのご感想をいただきましてありがとうございます!
【ネタバレ】マークをつけ忘れているものがあります。
ご感想をお読みになる時にはお気をつけください。すみません。
公爵令嬢は逃げ出すことにした【完結済】
佐原香奈
恋愛
公爵家の跡取りとして厳しい教育を受けるエリー。
異母妹のアリーはエリーとは逆に甘やかされて育てられていた。
幼い頃からの婚約者であるヘンリーはアリーに惚れている。
その事実を1番隣でいつも見ていた。
一度目の人生と同じ光景をまた繰り返す。
25歳の冬、たった1人で終わらせた人生の繰り返しに嫌気がさし、エリーは逃げ出すことにした。
これからもずっと続く苦痛を知っているのに、耐えることはできなかった。
何も持たず公爵家の門をくぐるエリーが向かった先にいたのは…
完結済ですが、気が向いた時に話を追加しています。

真実の愛かどうかの問題じゃない
ひおむし
恋愛
ある日、ソフィア・ウィルソン伯爵令嬢の元へ一組の男女が押しかけた。それは元婚約者と、その『真実の愛』の相手だった。婚約破棄も済んでもう縁が切れたはずの二人が押しかけてきた理由は「お前のせいで我々の婚約が認められないんだっ」……いや、何で?
よくある『真実の愛』からの『婚約破棄』の、その後のお話です。ざまぁと言えばざまぁなんですが、やったことの責任を果たせ、という話。「それはそれ。これはこれ」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる