私の日常を返してください

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身の程知らず

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公爵家に着いたのは夜だった。流石に遅いからと客室に案内されたが、リラは使用人部屋が空いていないか確認してそちらに泊まることになった。伯爵家で身に削ぐわない扱いに疲弊していたのか
使用人部屋に入ると、ホッとした。実は緊張をずっとしていたようで、身の丈に合わない贅沢な扱いは苦手なようである。

今となっては公爵家のご令嬢となったカトリーヌに会うのも翌日になると聞いて、リラは密かに緊張していた。

ランディ様曰く、カトリーヌは、リラに対して怒っていないらしいが、知らないとはいえ、平民が公爵令嬢に不敬を働いたのは事実。念の為、一度きちんと謝罪をしていた方が良いだろう。許す許さないは、彼方が決めること。彼女が気にしないと温情を見せてくれたとしても、謝らなくて良いことにはならない。

エリックといい、カトリーヌといい、貴族は皆嘘が上手い。平民のリラはすぐに騙されてしまう。伯父がわざわざ手配してくれた侍女の職は、リラには商会以外で身を立てる為の勉強を兼ねていた。

ロニエス商会という国内では王手の商会の創業者を祖父に持ち、前会頭を父に持つ。今の会頭は伯父に当たり、彼からの指令でリラは伯爵家の侍女見習いになった。

商会が大きくなればなるほど、貴族との関わりが大切になってくる。貴族社会はリラには華々しく、ドロドロした世界に見えた。

侍女としての目線で貴族の世界を覗いてみると、見るのは良くても、中に入ってみようとは思わない。遠目に眺める程度が、火傷しなくて済む世界だと言える。

まさか長い間仕えていた主人が全くの別人だとは思いもしなかった。

エリック様に扮していたフリード様とランディ様の話し合いは、リラの頭をフル回転させたが、そのせいかもう公爵家に着いた頃にはその回転は止まって動かなくなっていた。

伯爵家で働くにしろ、辞めさせられるにしろ、リラは彼らの命令に従うだけ。

客室に連れて行かれたフリードを思い出し、リラは彼に同情していた。上の立場の人に命を受けただけの彼は、いわば被害者だ。

彼に騙された身としては、思うことはないわけではないが、勝手に話すわけにはいかない話では、致し方なし。リラはエリックとしてのフリードに随分と助けてもらった。だから、何か彼が罰を受けるとしてもその罰が酷いものではないように祈っていた。


翌日に願いは聞き入れられたようで、リラは神に感謝した。公爵家には全ての元凶である本物のエリック・バレットがいて、フリードに罪はないと、証言した。

本物のエリックは確かにリラの記憶にはない。一度見たぐらいでは覚えられないぐらい目立たない容姿に敢えて見せているのかどこからどうみてもフリードの方が有能そうに見える。

「だろ?フリードは私の侍従になりたがっていたがそんな仕事よりも当主が彼には似合う。反対に私には表よりも裏稼業が似合うんだ。適材適所って言うだろ。それさ。」

全く悪びれもしない彼はやはり、ランディ様が言うように少し曲者なのかもしれない。

「できれば私はこれからはフリードとして生き、フリードにはエリックとして生きてもらいたい。その上で、リラ嬢に聞きたいのだが、うちの伯爵家に入る気はないか?」

「これまで通り働かせて貰えると?」
「ああ、違う違う。エリックの嫁にならないか、ってこと。」

フリード様と目が合った。彼は顔を真っ赤にして、目を逸らす。正直、本物のエリック様にだったら困るけれど、フリード様となら、と考える自分もいて、ふと頭に身の程知らず、と言う言葉が浮かんだ。

これではまるで、伯爵家の前の奥様の言う通りではないか。
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