16 / 53
偽物の暗号
しおりを挟む
「これは……」
「これは偽物だな。」
アーサーと共に訪れたブラウン家には先触れを出して日時を指定されたにもかかわらず、誰もいなかった。邸に残っていたのは、侍女と家令だけ。
家令は主人の非礼がわかっているらしく、只管に平謝りを繰り返している。仕方ないので帰ることにすると、帰り際、侍女から、ケイトの忘れ物だという箱を渡された。
箱の装飾はありきたりな、若い女性に人気のありそうなキラキラとしたもので、そこにケイトが好みそうな要素はない。
中に入っていた押し花の栞も、似たように作ってあるが、明らかに別人が間に合わせで作ったと思われる雑な造りになっている。その栞に描かれた記号も、先の二つの書き方とは、インクの濃さも、形の大きさも異なっている。
アーサーと一緒に検証した結果、これは偽物だということがわかった。
「気になるのは、何故こんな偽物だとわかる偽物を作ったのかということだ。」
ケイトの兄については、アーサーよりトマスの方が詳しい。
「商会の方に何度か訪ねてこられたのが、そうなのだとしたら、お会いしたことは何度かございます。」
トマスはそう言いながらも、彼について特に言及するような言葉もないようだった。
「簡潔に言えば、特筆すべきことのない方と言いましょうか。その他大勢に紛れ込まれると、どこに行ったか直ぐにわからなくなるような、そんな方です。地味に振る舞うのが板についているような。そんな印象です。」
確かに葬儀であった妻の兄は、その特徴に合致した人物であった。彼とケイトはあまり似ていなかった。
ブラウン家からは何名か葬儀で顔を合わせたはずなのに、デイビスが覚えているのは兄だけだ。
その兄からも、ケイトを思いやるような悲しむような言葉があったかさえも今では思い出せない。
「大丈夫ですか?」
アーサーに指摘されて、初めて自分の顔色が悪くなっていることに気がついた。
「大丈夫だと言いたいところだが、これはあまり首を突っ込んではいけないところかもしれないな。」
そうは言ってみるが、ここで止まるのはあり得ない。デイビスは今まで妻に向き合ってきたつもりだった。調べ始めて分かったのは、自分は何も妻について知らなかったことだった。
妻の悩みについても、家族についても、女学園での出来事も、商会での噂も、彼女の立場も、何もわかっていなかった。
これで、妻を愛しているなんて、笑える。今まで知ったつもりになっていたのはケイトがデイビスに見せていた一部分だけだ。そこに彼女の真実はどれだけ含まれていたのか、想像もできない。
彼女との結婚式の時に、神に誓ったことを何一つ守れていない。
「あ」
トマスが小さく声を上げた。気になって見ると、侍女に渡された箱の底に何かが挟まっているらしい。
「この中に何かが挟まっているみたいで、上手く取れなくて……」
箱の隙間は、カラクリ箱のような物ではなくて自然に開いたもののようだ。所謂不良品だが、そんな開いた場所に何を入れると言うのだろう。
トマスが格闘して、何とか取り出した紙にはまた不思議なものが書かれていた。
「これは何ですか。」
アーサーも聞いておいて絶句するような、白い紙に点と線で書かれた何かは、それでもケイトがデイビスに残したメッセージに違いなかった。
「これは偽物だな。」
アーサーと共に訪れたブラウン家には先触れを出して日時を指定されたにもかかわらず、誰もいなかった。邸に残っていたのは、侍女と家令だけ。
家令は主人の非礼がわかっているらしく、只管に平謝りを繰り返している。仕方ないので帰ることにすると、帰り際、侍女から、ケイトの忘れ物だという箱を渡された。
箱の装飾はありきたりな、若い女性に人気のありそうなキラキラとしたもので、そこにケイトが好みそうな要素はない。
中に入っていた押し花の栞も、似たように作ってあるが、明らかに別人が間に合わせで作ったと思われる雑な造りになっている。その栞に描かれた記号も、先の二つの書き方とは、インクの濃さも、形の大きさも異なっている。
アーサーと一緒に検証した結果、これは偽物だということがわかった。
「気になるのは、何故こんな偽物だとわかる偽物を作ったのかということだ。」
ケイトの兄については、アーサーよりトマスの方が詳しい。
「商会の方に何度か訪ねてこられたのが、そうなのだとしたら、お会いしたことは何度かございます。」
トマスはそう言いながらも、彼について特に言及するような言葉もないようだった。
「簡潔に言えば、特筆すべきことのない方と言いましょうか。その他大勢に紛れ込まれると、どこに行ったか直ぐにわからなくなるような、そんな方です。地味に振る舞うのが板についているような。そんな印象です。」
確かに葬儀であった妻の兄は、その特徴に合致した人物であった。彼とケイトはあまり似ていなかった。
ブラウン家からは何名か葬儀で顔を合わせたはずなのに、デイビスが覚えているのは兄だけだ。
その兄からも、ケイトを思いやるような悲しむような言葉があったかさえも今では思い出せない。
「大丈夫ですか?」
アーサーに指摘されて、初めて自分の顔色が悪くなっていることに気がついた。
「大丈夫だと言いたいところだが、これはあまり首を突っ込んではいけないところかもしれないな。」
そうは言ってみるが、ここで止まるのはあり得ない。デイビスは今まで妻に向き合ってきたつもりだった。調べ始めて分かったのは、自分は何も妻について知らなかったことだった。
妻の悩みについても、家族についても、女学園での出来事も、商会での噂も、彼女の立場も、何もわかっていなかった。
これで、妻を愛しているなんて、笑える。今まで知ったつもりになっていたのはケイトがデイビスに見せていた一部分だけだ。そこに彼女の真実はどれだけ含まれていたのか、想像もできない。
彼女との結婚式の時に、神に誓ったことを何一つ守れていない。
「あ」
トマスが小さく声を上げた。気になって見ると、侍女に渡された箱の底に何かが挟まっているらしい。
「この中に何かが挟まっているみたいで、上手く取れなくて……」
箱の隙間は、カラクリ箱のような物ではなくて自然に開いたもののようだ。所謂不良品だが、そんな開いた場所に何を入れると言うのだろう。
トマスが格闘して、何とか取り出した紙にはまた不思議なものが書かれていた。
「これは何ですか。」
アーサーも聞いておいて絶句するような、白い紙に点と線で書かれた何かは、それでもケイトがデイビスに残したメッセージに違いなかった。
0
お気に入りに追加
79
あなたにおすすめの小説
【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
【完結】愛も信頼も壊れて消えた
miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」
王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。
無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。
だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。
婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。
私は彼の事が好きだった。
優しい人だと思っていた。
だけど───。
彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。
※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。
あなたが望んだ、ただそれだけ
cyaru
恋愛
いつものように王城に妃教育に行ったカーメリアは王太子が侯爵令嬢と茶会をしているのを目にする。日に日に大きくなる次の教育が始まらない事に対する焦り。
国王夫妻に呼ばれ両親と共に登城すると婚約の解消を言い渡される。
カーメリアの両親はそれまでの所業が腹に据えかねていた事もあり、領地も売り払い夫人の実家のある隣国へ移住を決めた。
王太子イデオットの悪意なき本音はカーメリアの心を粉々に打ち砕いてしまった。
失意から寝込みがちになったカーメリアに追い打ちをかけるように見舞いに来た王太子イデオットとエンヴィー侯爵令嬢は更に悪意のない本音をカーメリアに浴びせた。
公爵はイデオットの態度に激昂し、処刑を覚悟で2人を叩きだしてしまった。
逃げるように移り住んだリアーノ国で静かに静養をしていたが、そこに1人の男性が現れた。
♡注意事項~この話を読む前に~♡
※胸糞展開ありますが、クールダウンお願いします。
心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。
※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義です。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。イラっとしたら現実に戻ってください。
※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。
※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
王子妃だった記憶はもう消えました。
cyaru
恋愛
記憶を失った第二王子妃シルヴェーヌ。シルヴェーヌに寄り添う騎士クロヴィス。
元々は王太子であるセレスタンの婚約者だったにも関わらず、嫁いだのは第二王子ディオンの元だった。
実家の公爵家にも疎まれ、夫となった第二王子ディオンには愛する人がいる。
記憶が戻っても自分に居場所はあるのだろうかと悩むシルヴェーヌだった。
記憶を取り戻そうと動き始めたシルヴェーヌを支えるものと、邪魔するものが居る。
記憶が戻った時、それは、それまでの日常が崩れる時だった。
★1話目の文末に時間的流れの追記をしました(7月26日)
●ゆっくりめの更新です(ちょっと本業とダブルヘッダーなので)
●ルビ多め。鬱陶しく感じる方もいるかも知れませんがご了承ください。
敢えて常用漢字などの読み方を変えている部分もあります。
●作中の通貨単位はケラ。1ケラ=1円くらいの感じです。
♡注意事項~この話を読む前に~♡
※異世界の創作話です。時代設定、史実に基づいた話ではありません。リアルな世界の常識と混同されないようお願いします。
※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。
※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義です。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。登場人物、場所全て架空です。
※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
初夜に前世を思い出した悪役令嬢は復讐方法を探します。
豆狸
恋愛
「すまない、間違えたんだ」
「はあ?」
初夜の床で新妻の名前を元カノ、しかも新妻の異母妹、しかも新妻と婚約破棄をする原因となった略奪者の名前と間違えた?
脳に蛆でも湧いてんじゃないですかぁ?
なろう様でも公開中です。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。
藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった……
結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。
ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。
愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。
*設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
*全16話で完結になります。
*番外編、追加しました。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる