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鉱山からの帰還

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何だか懐かしい夢を見たような気がした。鉱山に連れてこられてからはいつも泥のように眠り、夢なんて見ていないというのに。

鉱山に来てからは目覚める度に、もしかして今までのことは夢なんじゃないか、と期待していたけれど、そんなことは勿論ない。

全ては自分の選択の結果であり、覆すことなどは到底無理なのだ。

今日も怒鳴られる前に起きようとして、背中の感触に飛び退いた。いつもの固いベッドではない。沈み込むような柔らかさ、そうまるで没落する前の自分の邸のベッドのように……





「ヘルマン様、今日は自力で起きられたのですね。」

侍女のララを見て、言葉をなくしたのは彼女が、あの時自分を庇って死んだララが生きていることに驚いたからだ。

「ララ、君、生きていたんだね。」

「あらあら、怖い夢でも見られたのですか?」

涙ぐむヘルマンの背中を撫でて、ララは屈託ない笑顔を見せる。そこでふと我に帰って鏡の中の自分に目を遣ると、予想通り、今の自分は鉱山にいた頃より若返っていた。

どういうことだ?夢の中なのか?

そうなのだとしても、ヘルマンにすればララと再会できたのはありがたいことだった。ずっと後悔していたのだ。自分を庇って死んだ彼女を、あんな風に見殺しにしたことに。

「ララ、ごめんね。」
「そんなに怖い夢だったのですか?」

夢が覚める前に、あのことを謝ろうとするも、うまく言葉にならなくて、謝罪が短くなってしまう。ララは笑いながら、朝の準備を手伝ってくれる。

何気ない日常が幸せなのだと、今ならわかる。鉱山の辛い日々を知っているから余計にそう思う。せめて夢の中では皆に優しくあろうとヘルマンは決意したが、夢は覚めることはなかった。

何日か経ち、漸くこれが夢ではなく、現実のことだと理解したのは、前と同じことがヘルマンの身に起こってからだ。

サワラン公爵家からの婚約の打診。

これを前のヘルマンは公爵令嬢との婚約だと思い込んだのだ。実際には公爵の親戚の伯爵令嬢との婚約だったのだが。サワラン公爵令嬢と期待してからの落差でヘルマンはお相手のブルーリ伯爵令嬢に横柄な態度を取った。

伯爵令嬢が、サワラン公爵令嬢よりも、好きなタイプだったにも関わらず。

あの時、何故あんな態度を取ってしまったかわからない。照れ隠しと言え酷い言葉を投げつけた気がする。控えめな可愛らしい令嬢だった。

マリー・ブルーリ伯爵令嬢は、前と同じようにその場にいた。だけど、今回は前とは違う。彼女はブルーリ伯爵令嬢ではなく、マリー・サワラン公爵令嬢として、ヘルマンの前に現れたのである。

今になって顔をまじまじとみれば、公爵とマリーはよく似ていた。前のサワラン公爵令嬢は夫人の方にはよく似ていたが、公爵とは似た部分がなかった。

マリーは前とは違う高貴な雰囲気を身に纏わせながら可愛い顔を綻ばせて、完璧な挨拶をした。

前はまだ辿々しい感じで、初々しかったのに。前の時は一緒にいたベアトリス様は今日はいないようだ。

「マリーが心配だから、一緒に来たの。」と言っていたから、ベアトリス嬢も来るかと思っていたのに。

ヘルマンはベアトリスがいなくても、特に不都合は感じなかった。前の時はベアトリス嬢が話を独占していて、マリーとの会話はあまりできなかったように思う。

マリーはあの日から随分と変わっていたが、可愛らしさはそのままで、それが一層ヘルマンの胸を締め付けた。
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