羊の皮を被っただけで

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本編

姉の事情

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「失礼ですが、年齢差がだいぶありますよね。」

幼い頃とはいえ家庭教師をしていたぐらいだから、姉と彼は一回り以上離れている。姉の好きなタイプが彼ならば、ロバートでは子供に見えてしまう。

「私もそう言ったんですが、近い年齢の人だと、疲れるんだそうです。いろんなことが気になってしまうって。

彼女の当時の婚約者は随分とおモテになる方だったと聞いています。学園では彼を狙う女性からずっと嫌がらせを受けていたと。その中の誰かに奪われるなら、面倒だと思っていたら、妹君で、彼女は少しホッとしたらしいです。妹なら安心だとかで。」

「私なら安心……?」
「何でしたか、強制力に打ち勝てるとしたら、妹が適任だと。何のことかはわからなかったですが、説明はしてくれなかった。巻き込まれたら大変だから、と。貴族に関わると平民の命なんて軽いものですからね。」

フレアの知らないところで姉はフレアに期待をしていたようだ。姉が強制力を恐れていたとして、何が怖いのだろう。

ジャンと結婚したいのなら、小説のように王太子の妻になることは望まない。なら、姉はフレアに復讐なんて望んでいないということ?

いや、それを一緒にして考えるのはまだ早い。それはそれ、これはこれ、かもしれないのだし。そうでなければ、あの日記との整合性が取れなくなってしまう。

姉が強制力に抗いたかった理由は、多分彼だ。小説の中の王太子よりも、彼を愛してしまったから、彼女は傭兵を雇い、話の流れを変えた。

問題はその後だ。彼女が修道院に入ってしまったのか、強制力に抗えなかったのか、はたまた何らかの事情があって、隠れているのか、何もわからないことだ。

考えに沈んでしまったフレアに、ジャンはよく二人で訪れていたデートスポットを気分転換にと教えてくれた。

更に興味深い話まで。

「今回のことには全く関係ないと思うのですが、彼女は毎回此方に来る時に墓参りをしていました。伯爵家の縁者ではない、平民の墓みたいでしたから、どういう関係があったかはわかりませんが、そちらももしよければ案内しますよ?」

学園からさほど離れていない平民用の墓地。

「とても酷いことをしてしまったのだと、後悔されていたようです。」

フレアはこの時、何らかの直感が働いたのだと思う。

関係ない、と言われたのに、行かねば、と強く思ったのだ。それがまさかあんな出会いをもたらすなんて思いもせず。




二人と別れて、少しすると、電池切れで眠っていたアーネストが起きてきた。充電はたくさん出来たようで、忙しなく動き回りたそうにしている。

おかげで沈んだ気持ちが少し上向きになる。「子供の仕草ってどうしてあんなに可愛いのかしら。」フレアの呟きにリリーがフッと笑う。「愛されないと生きていけない存在だからですかね?」

小説においてのフレアの子は、誰にも愛されなかったのに不公平だ。いや、小説では描かれなかっただけで、孤児院から後の人生では幸せになれたかもしれない。とても無責任な発言ではあるが、そうだったらいいなと思う。

ロバートに似ていないだけで、あの子はとても可愛かった。フレアはふと、先程会ったジャンのことを思い出す。

彼の髪質はあの子によく似ていた。ふわふわとした猫毛の柔らかそうな茶色の混じった金髪。フレアがジャンを誰かに似ていると感じたのは、小説の中の我が子。

ん?それってどういうこと?

ジャンの親族か誰か近しい人が小説のフレアの近くにいたということ?

ジャンは失礼ながらフレアには歳をとり過ぎている為に恋愛対象にはなり得ない。だから、小説の中でも彼が子の父親ということはないだろう。

ならば、彼に近い人がフレアの周りにいたか、もしくはフレアの子が取り違えられたか。

フレアはその仮説にゾッとした。小説の中にアーネストは出てこないと思っていた。だから、この世界をまだ俯瞰で見ることができたのだ。それがもし仮説が正しければ、アーネストは生まれていたのに、第三者の手によってフレアやロバートから引き剥がされたことになる。

これはただのフレアの想像だ。だけどそう言う可能性がある以上、アーネストを守り抜かねばならない。

フレアはひっそりと、侯爵家の使用人達の顔を思い浮かべる。怪しい人間は全て居なくなっているが、侯爵家よりも上の身分から指図されればどうなるかわからない。


だけどそれは何も使用人に限ったことではない。誰だって自分が死ぬような状況に追い込まれれば他人の子を犠牲にすることだってあるだろう。

まだそうだと決まったわけでもないのだから、とアーネストを抱き寄せる。フレアは不安から抱きしめる力が強くなる。暖かい身体を抱っこしていると、徐々に不安がなくなっていった。

大人しく抱かれていたアーネストだが、フレアの不安がなくなると、すぐに自由を求めて暴れ出す。

「ぐっすり寝たから元気ね。」 
抱っこを諦めたフレアが降ろしてやると、短い手足で楽しそうに歩き出す。

「おかあさま、はやくはやく。」

ジャンとセシリアのよく訪れていた場所は町が一望できる丘にあった。そこからの景色は見事なものだ。田舎で見るものが何もないと思われたこの地でこんな風に心を奪われるなんて。

あまり思い入れもなく負債にしかならない伯爵領。売る気持ちに変わりはないが、相手には注意を払って、彼らの生活を、この景色をしっかり守ってくれる人にしようと、姉が好きだったろう景色をぐるっと見渡した。

平民の墓地は、貴族のそれより少し賑やかだ。貴族の墓地は厳かな雰囲気だが、平民の墓地は、生前好きだったものが所狭しと並べられている。

何を模ったかハッキリしないが可愛らしい人形は、子供の忘れ物か置き土産か。

目当ての墓は、その中でひっそりとあった。お酒好きだったのか、酒のコップが置かれている。花は綺麗に整えられていることからそこに世話をしている者がいる、と推測できた。

墓には名前が書かれているが、読めない。

「エ……エリックでしょうか?」
リリーがその名前に反応する。

「エリックって、あの、あの人じゃないですか?あの庭師の、捕まった人です。」

「窃盗したって言う、あの?」

「申し訳ないことをしたって、悪いのはセシリア様じゃないでしょうに。」

護衛もリリーも何とも言えない顔をしている。本当にセシリアが人が良い故に責任を感じているのなら、フレアもそんな顔になったと思う。

ただ、前に感じたように、セシリアが彼を罪人に仕立て上げたのなら、その贖罪に訪れても何らおかしくはない。

「彼に、ご家族はいたのかしら。」
「確か、弟子がいましたが、家族はいなかったと聞きましたよ。弟子がセシリア様ぐらいのご年齢だと、聞いたことがあります。」

フレアは墓の中の庭師に問いかける。

どうしてセシリアは嘘をついたのか。それを一番聞きたいのは彼だったに違いないが。

墓参りを終えると、アーネストが走り出す。

「とうさま!」

よく似た人かと思ったら、王城にいるはずのロバートがいるではないか。

「「あれ?どうしてこんなところに。」」


互いの声が重なる。身なりからまだ仕事中なのだとわかるが、ロバートはアーネストを軽々と持ち上げると、歩きながらここに来た訳を話してくれた。
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