羊の皮を被っただけで

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本編

噂の王太子妃

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入場の前で無事合流した夫はフレアを見るなり、笑顔になった。

「女神のようだな。君はずっと変わらないどころかどんどん美しくなる。」

結婚してからずっとお揃いにしている衣装だが、特に今日は色と言い、雰囲気がロバートにぴったり似合っていた。

フレアは馬車の中で考えていたアレコレを忘れるぐらいには、夫に惚れなおしていた。

以前は冷たい視線を感じることも多かった夜会だが、最近はそうでもなくて、「また馬鹿ップルが何かやっている」ぐらいの生温かい視線が多くなってきた。

ロバートはフレアを褒めるが、彼こそ文官には珍しい逞しい身体と文官らしい理知的な瞳で若い頃よりも素敵に歳をとってきている。

周りがどう思おうとこの場で一番輝いているのは自分達だと、フレアは嬉しくなった。



結婚が早かった為にアーネストを産んで体型が崩れたとしても未だに若いフレアはロバートの言うように美しく、夫がエスコートしているにも関わらず、彼女を盗み見る男は多かった。

姉と違い学園に通うことなく結婚したフレアは男性とそもそも出会うこともない。略奪ではあれど、ロバートしか男性を知らぬのも仕方がないとも言えた。

普段お酒も飲まないフレアの為に、ロバートが飲み物を取りに行く間、フレアは一人居心地悪くその場にいた。皆隣国の王太子の婚約者の元へ挨拶に行ってくれたらよかったのに、物好きな人がわざわざフレアに近づいてくる。

こういうことは前にもあった。

彼女達は、姉とは学園で一緒であったと言い、フレアに嫌味を言いに来る。この調子なら姉が婚約者の時も姉に一言言いに来ていたのだろう。

フレアは知らないご令嬢に何を言われても動じない図太さがある。それが面白くないようで忌々しい感情を隠さない彼女達を少し心配してしまう。彼女達は、学園に在籍していたのだから、フレアより教育を受けているだろうに、何も身についていないように見える。

「彼女達は遅かれ早かれ、結婚後に苦労するんじゃないかな。ああいう人は大人になれないタイプだろうからね。」

ロバートは素直なフレアをよく褒める。姉は彼が何を言っても聞き入れることはなかったらしい。
「彼女自身、拘りがあったみたいだからね。外野から口を出されるのが嫌だったみたいだ。」

ロバートもフレアに心を惹かれてはいたが、セシリアとの歩み寄りがなかった訳ではなかった。

ただ、彼が近寄ると、姉が少しずつ退がるような関係で、一定より距離が縮まることはなかった。

フレアよりもロバートの方が、姉に対する罪悪感は強い。姉が家族の反対を押し切ってまで修道院に入ったことを後悔しているのだ。

自分達が幸せだから、その幸せになる機会を奪ったことが申し訳ないらしい。

夫のことを考えていると、目の前に自称姉の友人が来ていることに気がついた。

嫌なことをいう人は顔が歪んで醜い。だけど本人からはそれが見えない。元は綺麗な顔なのに、勿体無い。余計な老婆心で彼女を見ていると、彼女は挨拶もなく、フレアに忠告した。


「貴女ももう少し辛抱していれば、あんな男より、もっと上等な男を捕まえられたかもしれないのにね。あんたの夫、浮気してるわよ。可哀想に。浮気する男は何回でもするのよ?病気みたいなものね。ご愁傷様。」

彼女の家に抗議したいけど、正直彼女の家がどこかわからない。義母に覚えさせられたリストにはないようで、だからきっと重要な家ではない筈だ。


ロバートが戻る前には退散したその女性は、吸い込まれるように挨拶の列の中に消えていった。

彼女の言うような懸念は確かにフレアにもあった。宰相補佐という立場になってから夫の周りに女の影がちらつくことは一度や二度ではなかった。だけど、夫がその女達に接触したことはなかった。というのも、彼は前科があるために、周りから常に監視されていたからだ。彼が周りから信用されていなかったことが、彼が無実である証明になるなんて、皮肉なことだが。

フレアはさっきの女性が姉の友人であることすら怪しいと思った。彼女は姉とは面識があっても、それだけで。もしかしたら夫を好いていたのかもしれない。

姉の苦労を知るのも、今更だ。姉は、家でも学園でも、どこにいても休まらなかっただろう。それはロバートがモテるというよりは、姉からならば奪えると誰もが思ったからだ。あげく、妹がそれを現実にした。先程言われた言葉は耳にタコができるほど聞かされた。

だけど、アーネストが生まれてから、夫には迷いがなくなった気がする。夫は女慣れしているように見えるが、多分結婚するまで経験はなかったようで、そういう意味でもフレアとは似た者同士だった。

姉は、夫に興味があったようには見えなかった。よくある政略結婚の婚約者と義務的な関係に見えた。だからこそフレアに付け入る隙があったのだ。

姉が居なくなってから苦労したのは伯爵家の方で、それらもフレアが引き継いで少しずつ出来ることから取り組んでいき、今に至る。

姉がしたようにはできなくても、領民達に認められるようになってきたと同時に何故無理のあるようなやり方で姉が領地を治めていたのか疑問を感じるようになってきた。姉がしていたのは、身の丈を超える施しで、それに慣れていた領民達は、自ら働くことを放棄していた。土地はあり、働く意思さえあれば、仕事に事欠かない状況で、昼間から仕事をしない領民は何をしているかというと、領主への不満ばかりを垂れ流している。そんなところへ施しだけしたって、搾取されて終わりである。

姉は何を考えていたのだろう?

もしこんな政策をよかれと思ってしたのだとしたら、姉も領主としては適性がなかったと言わざるを得ない。

姉が入った修道院には伯爵家の名前で何度か寄付もしている。清貧を謳っていても一人の食い扶持が増えるのだから少ない額でも寄付という形で支払わなくてはならない。

侯爵家の領地と、負債しかない伯爵家の領地。いつかは伯爵家の領地を手放したいとは思いながらも、未だできないでいる。

「飲み終わったらそろそろ挨拶に行こう。」

夫に連れられて、侯爵夫人として、隣国の王太子に挨拶に向かう。人が多くて、中々前に進めなかったが、漸く番が回って来た。

背も高く体格の良い王太子の隣にちょこんと佇む可憐なお姫様。その姿を見た瞬間、フレアは雷に打たれたような衝撃を受けて、ふらりと体勢を崩してしまった。

夫が驚いて咄嗟に支えてくれなかったら、顔面を強打していたに違いない。フレア自身は、王太子妃に面識はなかったが、彼女には見覚えがあった。

ケイティ・リードという名前と、隣国では一度罠に嵌められて修道院に入れられそうになるも命からがら逃げて再起を果たす、という注釈を思い出す。

彼女の顔を見た瞬間、フレアはこの世界が姉を主人公とした小説の中だと気がついた。

体調不良を理由に夜会を辞したフレアだが、夫の心配をよそに頭はフル回転で動いていた。
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