悪役令嬢は冤罪を嗜む

噂⑥下位貴族への暴行

訴えられた男爵令嬢レイナ・トリアだが、学園には未だ在籍していた。訴えられた意味すらわからず、これから自分がアレクセイと一緒になれば、どうにでもなる、と思っているのかもしれない。

事の重大さがわかっていたのは、彼女の周り。アレクセイさえも、彼女を避けるようになった。

レイナは女性からの訴えをモテない女の僻みだと解釈していた。男は振られた腹いせに一度は愛した女を忘れられないのだと。私って罪な女！とか思っている。斬新な解釈だ。

本人の意思がどうあれ、今のままだと証拠は充分で有罪になり、慰謝料を払わなくてはならないが、本人には危機感は全くない。寧ろ今を利用して庇護欲を唆ればまたチヤホヤされる、と踏んだようだ。

そして、声をかけたのが、兼ねてから彼女が気になっていた、子爵家の男。彼はつい最近レイナの近くに現れた。子爵家というところだけがネックではあるが、家は事業が成功して潤っているらしいし、他の人とは違って今のレイナを嫌がったりしない。それどころか、目が合うと、はにかむように目を逸らす。レイナは人の好意には敏感な方だ。彼がレイナに興味があることは見て取れた。

彼をアレクセイの関係者だと思ったレイナはいつものように、彼を人気のないところに連れ出して、誘惑した。彼は予想通り、こういった事態に慣れていないのか、ずっと恥ずかしそうにしていて、アレクセイに悪いからとレイナに触れなかったが、レイナは無理矢理貧弱な身体を押し付けた。

女に免疫のない坊ちゃんだと、少しばかり貧相な身体でも、充分釣れるのだ。人によっては豊かな胸が怖いと感じる人だっている。それに色気は胸なんかなくともいくらでも作れるものだ。

レイナはこれまで自分が行ってきた方法で彼を手に入れようとした。

運の悪いことに、その現場はアレクセイに見られていた。この場面で、彼が責めるべきは自分を裏切ったレイナであるべきだが、流石は愚かな第二王子。

クラリスの目論見通り、怒りの矛先を子爵令息へ向け、レイナがいる前で暴力を振るった。

「私のために争わないで！」
レイナは叫ぶが、アレクセイを力づくで止めたりはしない。子爵令息は、王子が相手なので、殴り返したりはせずに、ただ一方的にアレクセイだけが殴り続ける、と言う構図が出来上がる。








「ちょっと殴られすぎじゃない？」
心配で怪我を確認するも、殴られた本人は平気な顔をしている。

「いや、そんなに大したことはない。あのへなちょこパンチじゃ、あいつの護衛には傷一つつけられないよ。酷く見えるのは、視覚から責めた方がより良い評価を得られると思ってね。ほら、見て。これ剥がせるんだよ？」

痛そうな傷口は、シールのように貼り付けた偽物で、本人に傷はないらしい。殴られた子爵令息は騎士の家系のサラブレッドで、三人兄弟の末っ子でありながら、身体能力は一番高い。彼はアレクセイに殴られながら、器用に急所は外していた。

「あれじゃ、猫と戯れていた方がよほど傷がつくよ。」というようにアレクセイは、猫パンチよりも威力が弱かったらしい。

強い護衛がいるからと、鍛練を怠っている証拠だ。

子爵令息に第二王子が暴行を加えたという話は、彼の顔面に施された傷のせいで、予想以上に早く学園内どころか、社交界にも広まった。


そして、それにより新たな噂が広まっていく。これはクラリスの予想外であったが。

「第二王子は日常的に暴力を振るっていて、それは婚約者に対してもそうである」と言う噂。

そして、「それを指示しているのはレイナである。」という噂。

「これだけでも面白いけれど。どうせならもっと巻き込んでしまいましょう。」

クラリスは笑う。そろそろ仕上げである。