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つまらない教え

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ご令嬢が男性に積極的になるのをはしたない、と言われ育ったベアトリス。その割に、優良な御子息にはハイエナのようにご令嬢は群がり、気に入られようと手を変え品を変え、攻める。高位貴族のご令嬢は選ばれることに対して悠然と構え、好きではない男性に選ばれても、否を示すことはできない。

あくまでも男性が主導の世界で、自分達は戦っていた。

女性は、結婚した後の社交界での立ち位置を気にして、より良い男性と縁を繋ぎたいとライバルを蹴落とす。中にはあの人よりも良い夫を、とか羨ましがらせたい、とかで見た目が良く実家の権勢が強い家を持つ男性に申し込みが殺到する。この中で本当に自分を愛してくれる人間はどれだけいるのだろう。そう疑問を抱き、婚約者になり得ない平民や、下位貴族に夢を見てしまう若者が一定数いることは理解できる。

悲しいことに、そうやって見つけた自分を見てくれる人間というのも、自分がその身分から転がり落ちた途端に、掌を返すのが、大多数だ。

高位貴族の子息というのは、昔から当たり前のようにチヤホヤされているので、自分にはそれだけの価値があると、勘違いしたまま成長している。実際には価値があるのは、その子息自身ではなく、子息の父母であったり、家であったりで、子息はそのおこぼれを恵んでもらっているにすぎない。

だけど、それはご令嬢側にも言えることだ。ベアトリスには何もない。身分以外に誇れるものなんて、何も……と思いかけて、やめる。自分には何もない、と言えても、それを耳にした人達はそれを聞いて悲しむかもしれない。そう思ったから。

ステインに来てから、ハインツ様と同じ執務室にいることが多くなった。意識をしてしまうのは仕方ないことと、思っていたが、悔しいことにはハインツ様が思ったよりも大人で決して誘惑に屈してくださらないことだ。

彼のあしらい方を見るにつれ、日頃からあんな風に他の女性にも接しているのかしら、と疑いをかけてしまう。

私ばかりが子供の頃から変わらずに留まっていて、ハインツ様にそれを笑われている気がしてならない。

「大人は、ビーが思ってる程には大人にはなっていないよ。体は成熟していたって、心までは成長しきれていないのが、普通だよ。エリオスだって、子供の頃から何一つ変わらなかっただろう。権力を使えるとわかったことで、悪い方向に成長した感は否めないけれどね。」

ハインツ様は一人だけ余裕そうに見える。

「ビーは、何をさっきから考えているの?私で良ければ一緒に考えるよ?」

ベアトリスが何かを考えているのは早々にバレていたらしい。

「悩みがあるなら、話してごらん?」

「ハインツ様と、……したいのです。」
「ごめん。良く聞こえなかった。何?」
「ハインツ様と、イチャイチャしたくて…」

自分の顔から湯気が出るほど恥ずかしいが、正直に言うと、ハインツ様は驚いて動きを止めた。

「ビー、君はすごいよ。」

ハインツ様は気づけばそばにいて、ベアトリスをひょいと抱き上げる。


「本当に……私は試されているのかな。」

ベアトリスからは、見慣れたハインツの優しい笑顔から、いつもとは違う感情が吹き出ているような気がする。

「あの、ハインツ様?」
「ビー、後でこんな筈じゃなかった、とか言うのは無しで。いいね?」

ベアトリスは頷くのを躊躇った。何か悪い予感がしたからだ。
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