残念ながら、定員オーバーです！お望みなら、次期王妃の座を明け渡しますので、お好きにしてください

私は兄だと

ハインツは、最近浮ついている。誰かに指摘されるまでもなく、自分で気がつくのだから、相当だと思う。

祖国リディアに良い思い出など一つもないと、思っていたが、実際にはたった一つだけはあったと言える。

一つだけ、と言うよりは一人だけ。筆頭公爵家のご令嬢は年齢が第一王子と近く、神童と呼ばれチヤホヤされて調子に乗っていた彼を諌めることが出来るほどの才女で、その姿を王宮で見かけることも多かった。

自分自身、王宮では、文官や女官には可愛がって貰えた。歳の離れた異母兄達に疎まれてはいたが、二番目の兄には、殺意までは向けられていなかったし、どちらかと言うと、臣下であり続けるのなら必要な教育を、と主に勉強の方では力となってくれていた。

まあ、最終的にはその全ては取り上げられて孤立するのだが。兄の母である王妃は、側妃である母と、ハインツを徹底的に排除したがった。父には他にも多くの愛人がいたが、妃として召し上げられたのは、ハインツを産んだ母だけだった。だから、憎しみは全て母に向いた。母が産んだ自分は、立場上は王子にはなるが、王位継承権は取り上げられた。

ハインツ自身は、王位に全く興味はない。ただ穏やかに過ごしたいだけ。そうは言ってもそれを言葉通り信じてくれる人はいない。

なるべく王妃にも、王子にも関わることなく、一生を終えるため、日陰者として生きてきたが、王妃が亡くなったことで、第一王子からの刺客が、大量に送られるようになった。

こういっては何だけど、第一王子には、会ったことすら覚えていない。年齢が離れているのもあるが、特に印象に残らなかった。よくいるタイプの貴族の子息。自分に甘く他人に厳しく、誰もが自分を崇めて当然と思い、自らは努力をしない。彼自身が無能な分、周りには優秀な者を揃えたと言うから人を見る目はあったのかと思えば、それすらもお膳立てされたものであった。

王妃が亡くなったタイミングで、側妃である母は、祖国に帰ることになった。先王に守られる形で、逃して貰えたのは母だけで、自身が守られなかったのは、先王が、自分に対して見捨てられた感じがしたからのようだが、そもそもこちらが殺されそうになっている時に助けてくれなかったのは、そちらでしょう、と言いたくなる。

彼らに普通の家族愛を望むのは、無理な話だった。



そんなところにいて、普通に親から愛されて育ったご令嬢達を見ると、あるべき姿を見せられて眩しく感じた。

異母兄の婚約者は、ベアトリスと同じく、無能の夫を支えるため、前王妃から請われて婚姻した貴族だが、先代とは違い、重い愛を一身に受けていた。異母兄について語るのに、良いところを探せと言われたら、生涯一人だけを妃にしたぐらいだ。そのせいで、今綻びが生まれていることを考えると、王としての評価は別になりそうだが。

亡命した直後は、この国もまだまだ腐敗に塗れていて、輿入れ前の王女から、関係を要求されることもあったが、何とか拒み続けていた。

王女もご令嬢も、所作は美しく、勿論不満など何もないのだが、一つだけ、彼女達はビーではない、そのことだけが、ハインツにブレーキをかけた。

だが、普通に考えたら義理とはいえ、甥の婚約者候補のご令嬢に邪な気持ちを持つなんて、気持ち悪いとひかれても仕方ない。歳の離れたカップルは多くても、それは政略結婚などである。

若い女性をずっと思っているなんて、どうしようもなく気持ち悪いのでは？

そんなことを思うような人じゃない、と思っても、彼女に嫌われたら生きていけない。

そう、だからちゃんと線引きは必要だ。ちゃんと、兄として、線を引いておかないと、いつか自分の気持ちが漏れ伝わって、距離を置かれてしまうだろう。

兄としてなら、そばに居られる。前にも甥の婚約者として、接することができたのだから、我慢出来るはず。

そんな愚かな考えをハインツは押し通すつもりだった。