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それならば王妃の座を開けましょう
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第一王子の女好きも困ったものだと、王宮に勤める者などは知っている。
ベアトリスの父である公爵も仕事で王宮を訪れる度に話を聞くので、娘の待遇に、疑問を感じていた。
「お父様、私王妃候補を辞退したいのです。」
娘から聞いた話は、公爵の理解の範疇を遥かに超えていた。同時に王家に対して激しい怒りが湧く。
王妃教育をきちんと受けている三人の候補が真実の愛を尊重し、一気に辞退するのだから、それはそれは美しい恋物語として、後世まで語り継がれるだろう。
何より、三人の候補の決意は固い。ここで、例え公爵が反対しても、決意は変わらないだろう。
「お前は心配しなくていい。好きにやりなさい。」そう伝えると、ベアトリスはようやく嬉しそうに笑った。
娘の笑顔を見たのは何年振りだろう。公爵はそのことに気づいて苦笑した。それほどまでに辛い人生を歩ませそうになっていたことに気づいたのだから。
「どうにか、灸を据えてやりたいな……」
公爵の頭にはヘラヘラと笑う憎き王子の顔が浮かんでいた。
ベアトリスと同じく、ローゼリアとアリーチェも家族に候補の辞退を伝えていた。侯爵家では前々から同じことを考えられていたらしく、特に夫人が手を叩いて喜んでくれたらしい。
候補を辞退した後の進路について三人は、それぞれ考えていたことがあった。
今世は叶わない夢と諦めていたのだが、これからは叶うかもしれないとなると、全力でこの問題から逃げたいと思う。
「正直なところ、辞退してもこの国にいると、何かと手伝わされるかもしれないじゃない?それなら逃げた意味がないでしょう?だから、少しの間だけ、お二人の身柄を預からせてほしいの。」
アリーチェ曰く、見聞を広める為に、留学すると言うことにしたいのだという。それに王妃教育を共にこなしてきた戦友でもあるので、力を借りたいとのこと。
どうやら、アリーチェは同じ伯爵位だったことから、問題児オーブリーに対する恨みが激しく、コテンパンにしたい様子。
「私達が、逃げた先で華々しく幸せになれば、少しはやり返せたって思うでしょ。それに、私王子だけじゃなくて、王妃様にも怒っているの。私達三人は王妃様に選ばれたでしょう?だからなのか、王子と歳が変わらないにも関わらず、許して貰えるみたいに思っていたようだもの。
王子からすれば、婚約者ではなくて、母の部下みたいな。」
アリーチェの言葉に思い当たることはあった。学園に入った頃、度々下位貴族とのイチャイチャを見せられた時に言われた言葉。
「母には黙っていてくれ。」
王妃には言わなくとも不味いと言うことはわからないらしい。
やりたいことを諦めずに済むことがこんなにワクワクして嬉しいことだなんて、初めて知った。
私達はそうして、和気藹々と辞退を発表する日まで過ごしていた。
同じ頃、アリーチェの父である伯爵は、娘がようやく側妃の座を諦めたことに安堵していた。娘は、親バカであることを差し引いても類稀な才能を持っている。それこそ自分一人でも立派に輝ける逸材だ。共に候補として王妃教育を受けてきた二人にしても、第一王子の妃にしておくには勿体ない令嬢達だ。
婚約者が決まるまでは、神童と謳われた第一王子エリオスだが、婚約者候補に才女が名を連ねると瞬く間にその座を滑り落ちた。
補佐の優秀さ故に努力を忘れてしまった。今の王子がすることといえば、女の尻を追いかけることだけだ。
皮肉にも、王妃様ご推薦の三人の候補以外は王子の欲だけで選んだ者であり、国の運営などに携われる才のある者はいない。ただひたすらに、王子に媚を売り、贅を尽くし、興に耽る。ご令嬢とは言えど、娼婦に近い才能を持つ者ばかりだ。
英雄、色を好むとは言うが、既に英雄からも遠ざかり、色だけになってしまった男に価値はあるのだろうか。
エリオスは第一王子だが、このままいくと立太子も危うい。そうなればそもそも愛妾まで決まってはいても、取らぬ狸の…となる。
そこまで行けば、何と面白いだろうか。散々うちの大切な娘をこき使ったのだから、その分の意趣返しは受けて貰おう。
伯爵は悪い顔をして微笑んだ。
ベアトリス達は、王宮では、三人で密かに相談していたが、宰相には、話を通しておくことにした。
彼は最初から何かと、三人のことを気遣ってくれていたし、実際の公務にも携わっていたから、何もしない第一王子よりも三人に、深く関わってくれていた。
宰相は一通り話し終えると、頭を垂れた。
「今まで、お疲れ様でございました。」
優しい瞳に、微笑みが生まれる。
「私は、全力で応援いたします。」
「寂しくなりますね……」
「貴方にはこれから苦労をかけるのだと思うけれど。」
「仕方ありません。私もそろそろ身の振り方を考える時期でしたので。」
……ん?
「どうするの?」
「私も、辞めようかと……と言うか、貴女方を止められなかったと、辞職するのも良いかと思っていたんです。私も残されても大変ですので。あ、でも、それがなくても、辞めるつもりだったので、ちょうど時期が良いかな、と思ったんですよ。偶々です、偶々。」
人の良さそうな笑顔で微笑む様子は、若く見えるが、実際には何歳ぐらいなのだろう。
髭も恰幅の良い身体付きも一度疑い始めると途端に嘘臭く見えてくる。
思ったより食えない人物かもしれないわ。ベアトリスは心の中で密かに彼を見定るため気を引き締めた。
ベアトリスの父である公爵も仕事で王宮を訪れる度に話を聞くので、娘の待遇に、疑問を感じていた。
「お父様、私王妃候補を辞退したいのです。」
娘から聞いた話は、公爵の理解の範疇を遥かに超えていた。同時に王家に対して激しい怒りが湧く。
王妃教育をきちんと受けている三人の候補が真実の愛を尊重し、一気に辞退するのだから、それはそれは美しい恋物語として、後世まで語り継がれるだろう。
何より、三人の候補の決意は固い。ここで、例え公爵が反対しても、決意は変わらないだろう。
「お前は心配しなくていい。好きにやりなさい。」そう伝えると、ベアトリスはようやく嬉しそうに笑った。
娘の笑顔を見たのは何年振りだろう。公爵はそのことに気づいて苦笑した。それほどまでに辛い人生を歩ませそうになっていたことに気づいたのだから。
「どうにか、灸を据えてやりたいな……」
公爵の頭にはヘラヘラと笑う憎き王子の顔が浮かんでいた。
ベアトリスと同じく、ローゼリアとアリーチェも家族に候補の辞退を伝えていた。侯爵家では前々から同じことを考えられていたらしく、特に夫人が手を叩いて喜んでくれたらしい。
候補を辞退した後の進路について三人は、それぞれ考えていたことがあった。
今世は叶わない夢と諦めていたのだが、これからは叶うかもしれないとなると、全力でこの問題から逃げたいと思う。
「正直なところ、辞退してもこの国にいると、何かと手伝わされるかもしれないじゃない?それなら逃げた意味がないでしょう?だから、少しの間だけ、お二人の身柄を預からせてほしいの。」
アリーチェ曰く、見聞を広める為に、留学すると言うことにしたいのだという。それに王妃教育を共にこなしてきた戦友でもあるので、力を借りたいとのこと。
どうやら、アリーチェは同じ伯爵位だったことから、問題児オーブリーに対する恨みが激しく、コテンパンにしたい様子。
「私達が、逃げた先で華々しく幸せになれば、少しはやり返せたって思うでしょ。それに、私王子だけじゃなくて、王妃様にも怒っているの。私達三人は王妃様に選ばれたでしょう?だからなのか、王子と歳が変わらないにも関わらず、許して貰えるみたいに思っていたようだもの。
王子からすれば、婚約者ではなくて、母の部下みたいな。」
アリーチェの言葉に思い当たることはあった。学園に入った頃、度々下位貴族とのイチャイチャを見せられた時に言われた言葉。
「母には黙っていてくれ。」
王妃には言わなくとも不味いと言うことはわからないらしい。
やりたいことを諦めずに済むことがこんなにワクワクして嬉しいことだなんて、初めて知った。
私達はそうして、和気藹々と辞退を発表する日まで過ごしていた。
同じ頃、アリーチェの父である伯爵は、娘がようやく側妃の座を諦めたことに安堵していた。娘は、親バカであることを差し引いても類稀な才能を持っている。それこそ自分一人でも立派に輝ける逸材だ。共に候補として王妃教育を受けてきた二人にしても、第一王子の妃にしておくには勿体ない令嬢達だ。
婚約者が決まるまでは、神童と謳われた第一王子エリオスだが、婚約者候補に才女が名を連ねると瞬く間にその座を滑り落ちた。
補佐の優秀さ故に努力を忘れてしまった。今の王子がすることといえば、女の尻を追いかけることだけだ。
皮肉にも、王妃様ご推薦の三人の候補以外は王子の欲だけで選んだ者であり、国の運営などに携われる才のある者はいない。ただひたすらに、王子に媚を売り、贅を尽くし、興に耽る。ご令嬢とは言えど、娼婦に近い才能を持つ者ばかりだ。
英雄、色を好むとは言うが、既に英雄からも遠ざかり、色だけになってしまった男に価値はあるのだろうか。
エリオスは第一王子だが、このままいくと立太子も危うい。そうなればそもそも愛妾まで決まってはいても、取らぬ狸の…となる。
そこまで行けば、何と面白いだろうか。散々うちの大切な娘をこき使ったのだから、その分の意趣返しは受けて貰おう。
伯爵は悪い顔をして微笑んだ。
ベアトリス達は、王宮では、三人で密かに相談していたが、宰相には、話を通しておくことにした。
彼は最初から何かと、三人のことを気遣ってくれていたし、実際の公務にも携わっていたから、何もしない第一王子よりも三人に、深く関わってくれていた。
宰相は一通り話し終えると、頭を垂れた。
「今まで、お疲れ様でございました。」
優しい瞳に、微笑みが生まれる。
「私は、全力で応援いたします。」
「寂しくなりますね……」
「貴方にはこれから苦労をかけるのだと思うけれど。」
「仕方ありません。私もそろそろ身の振り方を考える時期でしたので。」
……ん?
「どうするの?」
「私も、辞めようかと……と言うか、貴女方を止められなかったと、辞職するのも良いかと思っていたんです。私も残されても大変ですので。あ、でも、それがなくても、辞めるつもりだったので、ちょうど時期が良いかな、と思ったんですよ。偶々です、偶々。」
人の良さそうな笑顔で微笑む様子は、若く見えるが、実際には何歳ぐらいなのだろう。
髭も恰幅の良い身体付きも一度疑い始めると途端に嘘臭く見えてくる。
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