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今起きていないこと
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女性二人に対して少し同情的な目を向けてくれたのは辺境伯家次男のアーサー殿。彼はまあまあ、と二人を宥め、女性陣には逆らわない方が良い、と有難いアドバイスのあと、もう暫くここに滞在すれば良いものが見られる、と言って自らリチャードを客室に案内してくれた。
宿に泊まるので良いと辞退したのだが、有無を言わさない圧が籠った顔で押し切られてしまった。
「今此方で何が起きていて何が起きていないか、知った上で答えを出した方が理解に役立つと思うんです。そして、アルマ嬢の働きを知れば、貴方が恵まれた境遇にいることがわかると思います。」
日頃、王都から出ないリチャードにとって辺境での生活は、課題がなければ楽しいものだった。アーサー殿は細身で小柄だが、やはり騎士服を身に纏えば屈強な騎士と言った容貌であるし、これは王女でなくとも好きになってしまうだろう。
アルマ嬢から受ける印象は日によって違う。いつも、地味だと勝手に決めつけていたが、それは多分彼女が意識的に誘導したもの。リチャードに目をつけられたくなかったのだと思えば、納得はいく。
「貴方は良くも悪くも目立ちすぎなの。」諜報には向かないと太鼓判を押されてしまった。
「貴方は少し見た目に気を使うべきよ。」
王女までもがそう言って苦笑する。彼女達の手によって、辺境で浮かない身なりに整えられたリチャードは生まれて初めて周りに気を遣わなくて良い生活を手に入れることになった。
そうして少しすると、それは突然やって来た。
「アーサー様ー!」
リボンに梱包された筒みたいな物体は奇声をあげて、アーサーに突進していく。近くに王女様がいたところで脇目も振らず、礼儀などどこへやら、その物体はアーサー殿に飛びかかり、避けられ、壁に激突した。
ゴロンゴロン、と地鳴りがするように筒はその場に転がっている。アーサー殿はその筒に手を伸ばすでもなく、距離を取るが、さすがに筒の関係者か、騎士の一人が筒を助け起こした。
「アーサー様がご無事で良かったですわ。私が来たからには隣国の雌豚王女なんか蹴散らしてやりますわ。」
「彼女は自称アーサー様の恋人で、王女様の恋敵何ですって。王弟殿下の末娘イザベル嬢をご存知?」
知ってはいるものの、最後にお会いしたのは随分前だ。
「随分と立派にご成長されて……」
言葉を濁したのに、前にいた王女には聞こえていたようで、吹き出すのを我慢しているのかプルプルと震えている。
しかも、王女のことを雌豚と罵ってはいたが、どこからどうみてもその名に相応しいのはどちらかというと言葉を発した側。しかし、女性を汚い言葉で表すことは失礼だ。
出かかった言葉を飲み込んで、成り行きを見守る。
アーサー殿は付け回され、話しかけられているものの、彼女がいないように振る舞う姿に、この状態は特別なことではなく、日常なのだと思うに至った。
「アーサー様は、この状況を起きていないことだと考えているの。だって、認識してしまえばとてつもなく複雑なことになるのだもの。」
それはそうだが、無理がないか。
見渡すと確かにこちら側の人間はアーサー殿含め、彼女に反応していない。まるで透明人間のように接している。
「いくらなんでも、これは不敬だと怒り出しませんか?」
「いいえ、それが言えるのは彼方側ではありませんから。……多分大丈夫だと思うけれど、話しかけられても反応してはダメよ?」
リチャードは深く頷いた。コレが来るとわかっていたから、彼は変装させられたのだと。ならばその努力を踏み躙ってはいけない。
宿に泊まるので良いと辞退したのだが、有無を言わさない圧が籠った顔で押し切られてしまった。
「今此方で何が起きていて何が起きていないか、知った上で答えを出した方が理解に役立つと思うんです。そして、アルマ嬢の働きを知れば、貴方が恵まれた境遇にいることがわかると思います。」
日頃、王都から出ないリチャードにとって辺境での生活は、課題がなければ楽しいものだった。アーサー殿は細身で小柄だが、やはり騎士服を身に纏えば屈強な騎士と言った容貌であるし、これは王女でなくとも好きになってしまうだろう。
アルマ嬢から受ける印象は日によって違う。いつも、地味だと勝手に決めつけていたが、それは多分彼女が意識的に誘導したもの。リチャードに目をつけられたくなかったのだと思えば、納得はいく。
「貴方は良くも悪くも目立ちすぎなの。」諜報には向かないと太鼓判を押されてしまった。
「貴方は少し見た目に気を使うべきよ。」
王女までもがそう言って苦笑する。彼女達の手によって、辺境で浮かない身なりに整えられたリチャードは生まれて初めて周りに気を遣わなくて良い生活を手に入れることになった。
そうして少しすると、それは突然やって来た。
「アーサー様ー!」
リボンに梱包された筒みたいな物体は奇声をあげて、アーサーに突進していく。近くに王女様がいたところで脇目も振らず、礼儀などどこへやら、その物体はアーサー殿に飛びかかり、避けられ、壁に激突した。
ゴロンゴロン、と地鳴りがするように筒はその場に転がっている。アーサー殿はその筒に手を伸ばすでもなく、距離を取るが、さすがに筒の関係者か、騎士の一人が筒を助け起こした。
「アーサー様がご無事で良かったですわ。私が来たからには隣国の雌豚王女なんか蹴散らしてやりますわ。」
「彼女は自称アーサー様の恋人で、王女様の恋敵何ですって。王弟殿下の末娘イザベル嬢をご存知?」
知ってはいるものの、最後にお会いしたのは随分前だ。
「随分と立派にご成長されて……」
言葉を濁したのに、前にいた王女には聞こえていたようで、吹き出すのを我慢しているのかプルプルと震えている。
しかも、王女のことを雌豚と罵ってはいたが、どこからどうみてもその名に相応しいのはどちらかというと言葉を発した側。しかし、女性を汚い言葉で表すことは失礼だ。
出かかった言葉を飲み込んで、成り行きを見守る。
アーサー殿は付け回され、話しかけられているものの、彼女がいないように振る舞う姿に、この状態は特別なことではなく、日常なのだと思うに至った。
「アーサー様は、この状況を起きていないことだと考えているの。だって、認識してしまえばとてつもなく複雑なことになるのだもの。」
それはそうだが、無理がないか。
見渡すと確かにこちら側の人間はアーサー殿含め、彼女に反応していない。まるで透明人間のように接している。
「いくらなんでも、これは不敬だと怒り出しませんか?」
「いいえ、それが言えるのは彼方側ではありませんから。……多分大丈夫だと思うけれど、話しかけられても反応してはダメよ?」
リチャードは深く頷いた。コレが来るとわかっていたから、彼は変装させられたのだと。ならばその努力を踏み躙ってはいけない。
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