睡魔さんには抗えない

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睡魔さんの影響

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睡魔の名前はリゼルという。前に彼を使役していた男が勝手に名付けたものだ。男は睡魔を使役することで浮いた時間に己の妻を眠らせ、自分はその間、愛人との生活を満喫していた。対価は勿論妻である。睡魔は対価すら貰えるならばどんな下衆の言うことでも聞いてやる。

睡魔が王家に見つかることになったのは、男が愛人に殺されて、指輪の関与が明らかになったことから。


あの時、男の妻に元々残された時間は多くはなかった。睡魔が求めるのは、対価となるのは欲望の混ざり込んだ夢。ところが、男の妻はその身を酷使されすぎて、随分と疲れていた為に欲望が殆ど枯渇していた。

男は対価として妻を差し出したものの、それが果たせないなら睡魔が選んでやるしかない。

睡魔が選んだのは男の愛人の欲望だった。睡魔は愚かな人間が作り出す欲望が大好物だ。男自身の下衆な性格も、愛人の女に比べればかわいいもの。睡魔は男が遊べば遊ぶほどに愛人の欲望を食べていき、ついに愛人は狂い、男を刺し殺した。

男亡き後、男の妻は激務から解放されて、今は幸せに暮らしていると言う。

睡魔はその元妻が元気になったからと言って、これまでの対価を貰いに行くつもりはなかった。セリーヌもそうだが、下衆には才能がある。人を人とも思わずに、ただ自分の思うように動かそうとする自分が一番かわいいと言う身勝手さは、健全な精神には宿らない。

セリーヌからは何も得られないと踏んだ睡魔は勝手に対価を探す。対価は一つ以上にすること、と言うのが王家との取り決めで出された条件だ。一人の人間から根こそぎ搾り取るのではなく、複数人から少しずつ搾り取れば、あとは何でも良いらしい。

睡魔は、セリーヌの周囲に大好物の下衆な者達がいることに気がついた。彼らなら良いんじゃないか、睡魔の思考はセリーヌには多分わかられている、と思うが特にセリーヌからは咎められることはなかった。

「貴族令嬢はこれだから。」
睡魔は普通の女の子に見えるセリーヌが不要なものを簡単に切り捨てる潔さが気に入った。

セリーヌが睡魔を見る目はいつも同じ。少しの好意と少しの警戒、そして少しの諦め。睡魔が姿を現す際に他の使用人を眠らせると、仕事が進まなくなるから、と、睡魔は執務室でセリーヌの補佐として働く侍従として、改めて「リゼル」を名乗った。

リゼル程の美貌があれば、妹は絶対に欲しがるのに、何故か彼女はリゼルには興味を示さなかった。

「彼女は今此方に構っている場合じゃないからね。」

リゼルは笑って、セリーヌに詳しいことは話さない。

言う気のない話をわざわざ聞きたいとは思わない。ましてや、彼は魔なのだ。セリーヌは睡眠を取るようになって頭が回るようになると、世の中のことが少しずつわかるようになってきた。

所謂「魔」は人間を誑かすのが得意だと言うが、セリーヌにはその経験がない。リゼルにとってセリーヌは食指が動く魅力的な人間ではないらしい。


では、妹ならどうか。妹がボーっとし始めてから明らかにリゼルは以前より大きくなっている。家族に対して前は、家の役に立てるなら良いのではないか、と言う気持ちになっていた。だけど……セリーヌは自分の気持ちがわからなくなっていた。今の状況は喜ばしいはずなのに。

リゼルといると、余計なことを考えたくなくなるのは、誑かされてはないにしろ、何かしらの影響を彼から受けているせいじゃなかろうか。セリーヌは「魔」について、もう一度自分なりに調べてみることにした。

セリーヌは浮いた時間に何をしても、誰からも咎められることはないし、何より睡眠を取ったことで、作業スピードは断然早くなっていた為に、余裕ができるようになった。

クリスティナ第一王女殿下に近況報告を兼ねてお礼の手紙を書いた時に、「魔」について調べるなら、王宮の図書館を勧められたのだ。クリスティナには頭が下がる。リゼルに一緒に行くか問うと、彼は制約があり入れないと言う。

よくよく考えると、王宮内で睡魔がいると、確かにとんでもない事態になりそうだと納得して、一人で向かうことになった。この家にリゼルと家族だけを残すことは少し怖い。それでも知らないことには対処が取れない。相手が「魔」なだけに妙な覚悟をして、セリーヌは家を離れた。
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