変人王宮魔術士は愛したい

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シンリー・オーガス

あの人は今

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皇妃レイラについて知っていることは大して多くない。シンリーも憧れてはいたものの、話は人伝にきいたものばかり。

確かに、サイラスの言う通り、どこにも信じられる要素はない。それでも、なら何故今になって怪しい行動を取り始めたというのだろう。薬師である彼女に疑いを向けられる行動が彼女に齎す幸運というのが、シンリーにはピンとこない。

サイラスは自作自演を疑っているが。それにしては範囲が広すぎやしないだろうか。それこそ国際問題になるぐらいには。

「国際問題に発展することこそが、皇妃レイラの名を広める意味で重要だと思っていそうだけどね。今は子爵令嬢やら男爵令嬢がその被害を被っているけれど、それが拡大していつ高位貴族や、王族にまで及ぶかは時間の問題だ。彼女は一度は王族に認められているから、その重要性を理解しているはずだよ。」

言われてしまうと、シンリーも納得せざるを得ない。貴族という世界に身を置く自分にもそのような策略は身近なものだ。でも自分たちがすることといえば、故意に噂を流すなどと言う可愛いもので、助ける前提とは言え、誰かを故意に痛めつけることはしない。

しかも不特定多数の人に危害を加えるなんて。

でも、皇妃を認めさせる舞台ならそれぐらいのものを用意するかもしれない。

「レイラ妃の周りにはその行いを止める者はいないのね。寧ろ応援するような。」

「レイラ妃が担がれてる可能性は高いよ。それが王子と会う前からかどうかはわからないけれど、何だか出来過ぎてるような気もしないではない。要は可能性があるだけで。」

シンリーは理解した。その可能性があるだけで、彼女の周りは動きやすくなるに違いない。失敗すれば皇妃のせいにできるし、成功すれば、恩を売れる。その上、他国を混乱に陥れることもできるし、一石何鳥になるんだろう。

「彼女達はあくまでも、誰かの欲望を叶えただけ。禁止薬物なんかは、問題だけど、国によっては禁止されているものが違ったりして、そう言う意味でも、抜け道はたくさんあるんだ。それに禁止薬物なんて一般的には知らない人が殆どだし。商会にあれば、その辺りはちゃんと審査を通っていると思うよ。

あの、ルーモア子爵令嬢だって、あの香水が何らかの効果を齎すものだとわかっていながら、使い続けていたのは、それが禁止薬物だと知らなかったからだし。彼女には、人に危害を加える意思はなかったことが証明されているからね。」

一時期、廃人のようになっていたベル・ルーモアと、ベン・リズリー両名が、意識を取り戻したのは、医療魔術士達の努力の成果だ。

ベン・リズリーの供述は前にも聞いた通り、婚約者としてラナを認識していて大切にするつもりでいたこと。ベルはあくまでも可愛い妹のつもりだったことが伝えられた。

驚いたことに、ベル・ルーモアの自供では、彼女にラナ・ギブソンから婚約者を奪おうとする意思がなかったことである。

「単にお兄様が手の届かない人になってしまうのが悲しくて、一度夜会のエスコートをお願いしただけですわ。ラナ様をお姉様と呼ぶのは気恥ずかしくて、また、ラナ様が不快に思われたら嫌でしたので、お兄様に、仲介をお願いしようとしておりましたの。」

ベル・ルーモアの行いについては同じ夜会に参加していた誰もが知っている。なのに、何て白々しい嘘をつくのだと、憤っていると、医療魔術士から予想外の一言が飛び出した。

「彼女からも強めの洗脳魔法の跡が見られます。彼女の行動と性格と、言動に乖離が見られるのはそのせいかもしれません。」

また、「洗脳魔法」。これも、レイラ妃に関連するのか、シンリーにはわからない。でも、薬師と洗脳に一見関わりがないからと言って無視することはもう、できないと思っていた。

ベル・ルーモアは今は修道院にいる。素直で働き者だと評判で、決して以前のような傲慢で我儘な振る舞いは見せない。憑き物が落ちたような表情から、洗脳魔法が彼女自身の素直な性格を歪ませたように見えなくもないが、それはそれで違和感があった。香水を使いはじめる前の彼女の性格は、我儘で癇癪持ちの意地悪を絵に描いたような人物だったからだ。

憑き物が落ちたような、とは言ったものの、実際には憑き物が付いた状態に見える。意外なことにその方が周りにとっては好ましく見える、ということだが。異質は異質。彼女ではないものが、彼女のフリをしてそこにいるのだ。

「ベル・ルーモアのフリをしている何かは、いつか暴れ出したりするのかな。例えば、レイラ妃かその周りの誰かの意思を受けて。」

「その可能性は十分にある。ヴィクトールの時のように時限式にして、混乱させることは十分にあるよ。」

「その場合、貴方にはそれを解除することができる?」

「多分ね。人体に影響があるかもしれないから試すことはできないけれど。」

ベル・ルーモアに憑いている何かを、本体を壊さずに特定するのは王宮魔術士でも難しいらしい。念の為、知恵を借りるつもりで医療魔術士を呼んで尋ねると彼らは嫌そうな顔で協力を了承した。彼らの力は王宮魔術士ほど多くなく、力の加減も自由にできるわけではないらしい。

ベル・ルーモアを助けたいわけじゃない。寧ろ逆で、逃げられたくないだけ。ラナが苦しんでいたあの日々を、彼女が加害者だった記憶を、呼び起こし罪を償わせたいだけ。今は悲劇の令嬢となったベル・ルーモアを正気に戻すため、シンリーは立ち上がった。
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