変人王宮魔術士は愛したい

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ベル・ルーモア

危険

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久しぶりに会った客人との話し合いは終わり、ベルはいつものように掃除をしていた。言われた言葉を噛み締めるように思い出すのはあの時の自分。

過去の自分は、自ら進んで道化を演じていたように思う。侯爵家のベンとの付き合い方が不適切だということも、言われるまでもなく知っていたし、ラナでなくとも忠告をしてくる者はいた。でも、いつも何を思ってか、ベンが面白いように庇ってくれるから、私はただ無邪気な子供のままでいられた。


ベン・リズリーの好きなところは優柔不断で優しいところだ。ベルの我儘にも律儀に付き合ってくれ、婚約者に、不貞を疑われていることすら、気づかない。

私は彼の鈍感さが大好きだった。頭の良い賢い人達は、ベルのような存在を毛嫌いする。

視界の中に入るのも、嫌だと言うように。彼らが望んでいるのは、愚かな下位貴族が自滅する様。身の程知らずを自覚して嘆き悲しむ様。



「ベルさん、いる?」

自分を呼ぶ声に驚いて顔を上げると、いつもの顔がこちらを見ていた。

彼は最近よく来るようになったベルの話し相手。どこの誰かはわからないけれど、名前はトーリと言って、平民で何故かベルを気にかけてくれている。

「ベルさんに渡したいものがあって。」

彼は小さな箱を取り出して、ベルに突きつける。

「何ですか?」

ベルは何だかアクセサリーが入っていそうな箱だと思いながらそれを眺める。ベルはトーリから好意を向けられているんじゃないかと常日頃から疑っていたこともあり、本人に何だと聞く前に、この中身と自分にコレを贈る意味を考えていた。

ベルはトーリを好いてはいない。良い人であることはわかる。だけど、好きという感情がどういうものであるのか、今になってよくわからなくなっていた。ベンに対しての感情とはまるで違う。好きでもない人からの贈り物は貰えない。そんなことをすればまた、前と同じことになってしまいそうで、ベルはトーリの話を途中から聞いていなかった。

箱の中身はやはりアクセサリーだった。ベルは中身を見ずに返せば良かったと後悔した。開ければ可愛くて、ベルの好きなタイプのものだったので、つい欲しくなってしまったのだ。

「日頃の感謝ってことで。よく悩みを聞いてくれるだろう?ベルさんのことを思って作ったんだ。気持ちが篭りすぎて気持ち悪くなければ使ってみて欲しいんだ。」

まさか自分で作ったとは思わずに、驚いていると、なるほど彼のことを知ろうと思えばこれまでのヒントから彼がどんな人物かわかるというものだ。

ベルの反応は彼からすれば想定内だったようで、苦笑している。

「俺に少し興味が出て来ました?」

頷くよりも顔を赤くしているベルを怒るでもなく詰るでもなく、仕方がないなと半ば呆れるような笑顔に、ベルはトーリを意識してしまう。

アクセサリーを貰ったぐらいで、現金な……と思わなくもない。


ベルは自分の中にベンよりもトーリが住み着くのをはっきりと意識した。

贈り物を返すタイミングを逃して、ベルはいけないと思いつつも、アクセサリーを眺めていた。

可愛らしい赤い実のような石がついているそれはブレスレットの形状になっていて、実のような石の他に音符型のチャームが付いている。

昔ベンに買ってもらった高級なものよりは数段劣る手作り感満載のソレは背伸びした自分よりも今の等身大のベルに似合っていた。

ベンは、アレが欲しいというと、何でもくれる人だったけれど、それがベルに似合うという意識はなかった。ベンもベルもあの頃は似たもの同士の愚か者だったのだ。

買って貰ったアクセサリーは持ってくることを許されていたが、慰謝料やら何やらで殆ど全てを取り上げられて売られた。中古品でも良い値が付くらしい。

残っているのは値がつかなかったガラクタばかり。それらを眺めて、ふとトーリの顔が思い浮かぶ。

彼ならこれらのガラクタを新しい輝きに変えられるんじゃないかしら。

ベルは、お礼と称して、トーリにそれらを渡すことにした。

だが、トーリは難しい顔をして、受け取りを拒否した。そればかりか、ベルにそれらを早くしまった上で自分以外には決して見せてはいけないと、言った。

ベルの持っているものはベルにとっては、ガラクタでも、平民にとっては、人を殺してでも奪い取りたい高価なものだ。そんなものを持っていると知られたら、すぐにでも狙われて殺されてしまうだろう。

トーリは見た目通り、あまり腕っぷしは強くない。だから、何か起こった時には戦力になり得ない。ベルの危機感とやらは、どこかに家出しているのだろうか。

トーリは意識を切り替えて、ベルではなく、ベルに会いに来たという客人に狙いを定めた。彼らにベルを守って貰おうとしたのだが、それはある意味では、虫の知らせのようなものだった。





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