見えるものしか見ないから

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残された男

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第二王子ミカエルは、元婚約者がアリスを殺したと、声高に叫んだが、どうにもならなかった。アリスは毒を盛られたに違いないと言うのに。周りは誰も聞いてくれない。そればかりか、兄には「滅多なことをいうな。」と叱られた。

「あの女はいつまでも俺の邪魔をする。あいつこそ、死ぬべき人間なのに。」

怒りに身を任せて喚くミカエルに、兄は冷たい目を向けている。

「あまりにもうるさいようだと、お前を庇う気がなくなる。口を噤み牢に入るのと、喚いて処刑台に登るのとどちらがいいか選ばせてやる。」

兄の目に本気の色を感じとり、口を噤むと、兄はいつもの穏やかな目に戻って、優しげな声で話しかけてくれる。

「お前はこれからは何もしなくていいんだ。アリス嬢は残念だったが、シンシア嬢に近づくことは私が許さない。公爵家を怒らせることは決してしてはいけないよ。まだお前の首に未練があるのなら。」

ミカエルは何も出来なかった。アリスが殺されたというのに、反撃もままならないなんて、と涙にくれた。

まさか、あの正しい兄が、あの悪辣女の側につくとは思わなかった。

ミカエルは知らなかった。シンシアの新しい婚約者が王太子殿下であったことを。また王太子殿下がミカエルを応援していたのは、シンシアを手に入れる為だったことを。元々、シンシアと王太子殿下はミカエルさえ居なければ、婚約を結ぶ筈だった。だが、遅くに生まれたミカエルを溺愛していた王妃が、シンシアに一目惚れしたミカエルの望みを叶えてしまったのだった。

「手を離すなら最初から選ぶなよ。」

王太子殿下はミカエルを、引きずり下ろし、シンシアを取り戻すことばかり考えていた。だから、このチャンスを逃すことはなかった。




弟の新しい婚約者のアリスは、王太子殿下にも色目を使っていた。用もないのに、周りを彷徨かれては困るから、本来は彼女のものではないものを彼女の仕事だと言い張り、回したのは、自衛の為だ。過労死するなんて、予想すらできないだろう。彼女の為につけられた彼女の侍女は、王妃がつけた者だ。アリスを激昂させるため、度々シンシアの話を混ぜて、もう少し頑張らないとまたミカエルを奪われると、発破をかけた。



対してミカエルの公務はさほど増やしていない。弟は大して必要のない仕事をダラダラと時間をかけて行っていた。弟はそれでも、自分は完璧だと思っていただろうが、彼の護衛騎士が自身の出世が見込めないと、ため息をつくほどには絶望的な無能さだった。


弟は大勢の貴族の前で、アリス嬢との不貞を認めた。アリス嬢が居なくなったところで、次の婚約者など、決まる訳がない。王族においておく意味すらない、と王太子は考える。

平民に落とすと、他に迷惑がかかってしまう。なら幽閉だと、税金が使われてしまう。辺境に送れば良いか、と、もう直ぐ来るシンシアを待つことにする。

既に王太子の頭の中にミカエルはいない。愛するシンシアのことで頭がいっぱいで、それ以外に脳を割きたくなかったからである。
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