どうぞ、(誰にも真似できない)その愛を貫いてくださいませ(笑)

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転落した男は今

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マークスは酒場の前で倒れていた。家を追い出されてからは日雇いで食い繋いでいたが、慣れない仕事が祟って気分は塞ぎ込んでいた。偶々立ち寄った店にフラフラと入ると、さっきまで妙な男に絡まれていたのである。

学園の時には王太子殿下の側近であった自分が、あっという間に転落したのは、恋に浮かれて大切な人を蔑ろにしたから。

飲まなきゃやってられるか、と言う酔っぱらいを嫌悪していたが、今ではすっかりその気持ちがわかってしまう。

自分は貴族の義務も忘れて、平民のように自由に恋をしたいと思っていた。実際に実家から籍を抜かれた時に言われたのは、「これでお前は自由だ。どこにでも行けば良い。ただし、もうこの家には帰ってくるな。正しく生きろよ。」であった。

学園で男爵令嬢に骨抜きになっていた時に、彼女の言いなりだったことで女性からは毛嫌いされていた。

そう言えば、あの、留学生は結局どうなったのだったか。気になったからといって酷いことをした自覚のある者が気まぐれに彼女にちょっかいを出すのは良くないと、思うだけに止めた。

今思えば、自分の愛する女性は他の女性に対して随分と容赦がなかった。学園では虐められている、と言っていたが、マークスは他の男性と違ってそれが嘘だと見抜いていた。彼女は男性に叱責されて泣きそうになっている彼女達を嘲笑っていた。実際に虐められている被害者ならば報復を恐れて寧ろ庇ってくれる男性を止めるだろう。

彼女の本質は苛烈だ。性格が悪いところも我儘なところも、欲に忠実なところも、マークスは好きだった。自分がしたくてもできないことを簡単にやってのける彼女を好きだった。

だけど、彼女がそう振る舞う度に皺寄せが周りに及んでいた。

マークスは彼女が本当に好きなのは、王子でも自分達でもないことを知っていた。彼女が好きなのは自分自身。口では甘い言葉を紡ぎながらも、彼女が愛しているのは、愛されている自分。そして、他のどの令嬢よりも特別な自分。

彼女の幸せの裏で踏みつけられた女性がどれほどいるか。そう思うと、自分がこんな目に遭っている元凶である彼女があの貴族達の中で幸せになれそうもないことに、すっと溜飲が下がる気がした。

貴族を束ねる存在でありながら、茶会も夜会も、招待されなければ、欠席ばかりされる彼女に、社交界の判断はとても正しい。王子共々王子妃を、社交界は不必要と判断したのだ。


それは自分も、か。マークスは以前より逞しくなった自分の体を見て、ため息をつく。労働者の手になりつつある自分と、王子妃はもう交わることはない。彼は学園を卒業してから一度も会ったことのない彼女を思い出し、今では愛しさが欠片も残っていないことに安堵した。

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