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メラニーの記憶 *暴力描写少しあります
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飲み屋で働いて、私を女手一つで育ててくれた母が再婚したのは、お貴族様だった。ダーニング子爵は、若くして前の奥様を亡くしている。前妻との間に息子が一人。
嫡男がいるから、愛する後妻の連れ子は、養子縁組されなかった。私も今まで平民として生きてきて、急に貴族になんてなりたくなかったし、平民のままが気楽で良いと、思っていた。
平民の私達に、仕える使用人がいないのも、納得していた。
彼らの、貴族の生活は、母にはこれから関係あるかもしれないが私の人生には関係がなかったから。
私は貴族じゃないから、屋敷にいるのも、分不相応だと感じていたし、母が幸せな姿を見るのは嬉しかったが、少し疎外感は感じていた。
義兄は、私に好意的だったが、いつまで経っても身分の差から生じる違和感は拭えなかった。毎日毎日使用人から刺すような視線に晒される。
ある日、義兄がやってきて、お前の部屋を作ったからそちらに移るように、と言われた時には心底ホッとしたものだ。
私が、本館から離れの部屋に移ると、義兄は養子縁組ができなくても、貴族にしてやる方法はあると言った。
高位貴族の男を誑かし、妻になれば良いのだと。そこまでしたら、きっと義父もお前をダーニング子爵家の一員と認めてくれるだろうと。
「いいえ、お義兄様。私はこのままの平民で十分です。」
義兄は、顔を顰め、被りを振った。
「いや、お前が平民のままだと、成人したらこの家を出されてしまうぞ。俺は次期当主として、それが我慢ならないんだ。」
義兄は夜な夜な離れに来ては、一つしかないベッドに入ってきた。私は、今まで兄がいなかったから、わからなかったけれど、ある程度の年齢を超えた男女が同衾するのは悪いことらしい。
義兄はこうも言った。
「メラニーが可愛すぎて、してはいけないことをしてしまった。バレたら家を追い出されるかもしれない。黙っていてくれる?」
私達はお互い、やましいことなど何もなく、ただ一緒にベッドに入り眠った。その際、スキンシップは多かったけれど、私が幼い頃、母にしたような抱きついたり、ほっぺにキスしたりと可愛いものだったので、義兄は未だに甘えん坊なのだと、可愛らしく思っていた。
義兄とのスキンシップはしばらく続いたがある日転機が訪れる。
義兄が婚約者を連れて来たのだ。
同じ子爵家で、昔から仲の良い間柄らしい。彼女と微笑み合っている義兄を見て、私は急に、私達がこれまでしていたことが異常なことだと気がついた。
義兄は、傍目にも彼女にベタ惚れで、おいそれと手が出せずにいた。
自分は簡単に手に入る身代わりに過ぎない。
私はずっと馴染めなかった子爵家に居場所を見つけた。義兄が望むように、彼女の代わりになれば良い。そして、少しずつ自分の存在を植え付けていけば良い。義兄の恋心を利用して成り上がるために。
少しずつ時間をかけて、私は学んだ。義兄の婚約者となる人の口調や、癖を。表情や、匂いなど、真似をしては、懐いた。
「初めてできた義姉ですもの。仲良くしていただけると嬉しいのですが。」
自信なさげに嘯くと彼女は頬を赤らめて、世話を焼いてくれた。
私は義兄に、薬を盛った。何回かに分けて、媚薬を少しずつ、バレないように、我慢して。
そして、ある日、仕掛けた。義兄は、私のことを婚約者と間違えて、抱いた。朝起きた時の、義兄の驚いた顔は今思い出しても笑える。
私は義兄に脅されて泣き寝入りした。義兄は、臆病な男だった。だが、私にはそれを知られていないと思っていた。一度間違いを犯したら、制御できなくなったようで、次からは媚薬を使わなくても、離れにやって来ては乱暴に迫ってきた。私が盛ったのは、最初の一度だけ。だから、その後の行為は義兄の意志だし、その際の暴力性はおそらく義兄が持ってうまれたものだ。
私は抵抗し、泣きながら抱かれた。義兄が何を考えているかはわからなかったが、私はこの離れにいながら、義兄を縛り付けることが出来たと、内心喜んでいた。
義兄の様子がおかしいとはじめに気がついたのは、最初の頃、私を刺すように睨んでいた本館の使用人だ。
その日は念入りに抵抗した。興奮したのか義兄は私を殴ったが、痛みなど感じない程に興奮していた。漸く離れに足を運んだ人の中には私を頑なに、養子にしなかった義父、心配して駆けつけた義兄の婚約者、睨んでいた使用人の一部がいた。
私は血だらけの顔と体で、暴れて手のつけられない義兄から救い出された。
義兄は、相思相愛だった婚約者から婚約破棄された。私は被害者となり、義兄とは離された。義兄は、部屋に軟禁され、私と会うのを禁じられた。
義兄と婚約者の婚約破棄については詳細は知らされなかったものの、社交界ではそれなりに注目された。
私は相も変わらず平民のままの身分だったし、兄もいなくなった今、お嬢様ごっこはその気がなくなり、また普通のメラニーに戻った。その頃から、ずっと本館に閉じ込められていた母がたまに離れにやって来るようになった。母は以前のように、無条件では私を受け入れてはくれなかった。義兄があんな風になった責任が、私にあると疑っているようだった。さすが、実母は勘がいい。
メラニーは、ただの自分は、人に愛されないと思っていた。義兄だって、自分から彼の婚約者になろうとした結果、得られたのだから。
そんなメラニーが、この国の第一王子クレイグと出会ったのは偶然だ。彼にも義兄と同じように、婚約者はおり、また真似し甲斐のある美しいご令嬢だった。
ただ予想外だったのは、義兄と違い、クレイグは婚約者を愛していなかったこと。そして、リリア・アーレン公爵令嬢は、平民がどれだけ恋焦がれても安易に真似できる相手ではなかったことだ。
目を凝らしてみれば、リリア嬢の周りには、彼女を愛する者が溢れていた。彼女の魅力に気がつかないクレイグではなく、彼らなら若しくは、本物は手に入らないから、偽物の私を愛してくれるかもしれない。
私の企みが成功する秘訣は、二人がお互いに想いあっていなければならない。だから、リリア嬢の視線の行方に注意してみていると、相手は特定できた。
まさか、帝国の関係者だったなんて、驚きだ。
彼は優しい人だった。私がこういった行動に出ることを知っていたみたい。斬られる前に、頭を撫でてくれた。
低いけれど、優しい声で慰めてくれた。
「大丈夫。怖くない。」
それが、メラニーの最後の記憶だった。
嫡男がいるから、愛する後妻の連れ子は、養子縁組されなかった。私も今まで平民として生きてきて、急に貴族になんてなりたくなかったし、平民のままが気楽で良いと、思っていた。
平民の私達に、仕える使用人がいないのも、納得していた。
彼らの、貴族の生活は、母にはこれから関係あるかもしれないが私の人生には関係がなかったから。
私は貴族じゃないから、屋敷にいるのも、分不相応だと感じていたし、母が幸せな姿を見るのは嬉しかったが、少し疎外感は感じていた。
義兄は、私に好意的だったが、いつまで経っても身分の差から生じる違和感は拭えなかった。毎日毎日使用人から刺すような視線に晒される。
ある日、義兄がやってきて、お前の部屋を作ったからそちらに移るように、と言われた時には心底ホッとしたものだ。
私が、本館から離れの部屋に移ると、義兄は養子縁組ができなくても、貴族にしてやる方法はあると言った。
高位貴族の男を誑かし、妻になれば良いのだと。そこまでしたら、きっと義父もお前をダーニング子爵家の一員と認めてくれるだろうと。
「いいえ、お義兄様。私はこのままの平民で十分です。」
義兄は、顔を顰め、被りを振った。
「いや、お前が平民のままだと、成人したらこの家を出されてしまうぞ。俺は次期当主として、それが我慢ならないんだ。」
義兄は夜な夜な離れに来ては、一つしかないベッドに入ってきた。私は、今まで兄がいなかったから、わからなかったけれど、ある程度の年齢を超えた男女が同衾するのは悪いことらしい。
義兄はこうも言った。
「メラニーが可愛すぎて、してはいけないことをしてしまった。バレたら家を追い出されるかもしれない。黙っていてくれる?」
私達はお互い、やましいことなど何もなく、ただ一緒にベッドに入り眠った。その際、スキンシップは多かったけれど、私が幼い頃、母にしたような抱きついたり、ほっぺにキスしたりと可愛いものだったので、義兄は未だに甘えん坊なのだと、可愛らしく思っていた。
義兄とのスキンシップはしばらく続いたがある日転機が訪れる。
義兄が婚約者を連れて来たのだ。
同じ子爵家で、昔から仲の良い間柄らしい。彼女と微笑み合っている義兄を見て、私は急に、私達がこれまでしていたことが異常なことだと気がついた。
義兄は、傍目にも彼女にベタ惚れで、おいそれと手が出せずにいた。
自分は簡単に手に入る身代わりに過ぎない。
私はずっと馴染めなかった子爵家に居場所を見つけた。義兄が望むように、彼女の代わりになれば良い。そして、少しずつ自分の存在を植え付けていけば良い。義兄の恋心を利用して成り上がるために。
少しずつ時間をかけて、私は学んだ。義兄の婚約者となる人の口調や、癖を。表情や、匂いなど、真似をしては、懐いた。
「初めてできた義姉ですもの。仲良くしていただけると嬉しいのですが。」
自信なさげに嘯くと彼女は頬を赤らめて、世話を焼いてくれた。
私は義兄に、薬を盛った。何回かに分けて、媚薬を少しずつ、バレないように、我慢して。
そして、ある日、仕掛けた。義兄は、私のことを婚約者と間違えて、抱いた。朝起きた時の、義兄の驚いた顔は今思い出しても笑える。
私は義兄に脅されて泣き寝入りした。義兄は、臆病な男だった。だが、私にはそれを知られていないと思っていた。一度間違いを犯したら、制御できなくなったようで、次からは媚薬を使わなくても、離れにやって来ては乱暴に迫ってきた。私が盛ったのは、最初の一度だけ。だから、その後の行為は義兄の意志だし、その際の暴力性はおそらく義兄が持ってうまれたものだ。
私は抵抗し、泣きながら抱かれた。義兄が何を考えているかはわからなかったが、私はこの離れにいながら、義兄を縛り付けることが出来たと、内心喜んでいた。
義兄の様子がおかしいとはじめに気がついたのは、最初の頃、私を刺すように睨んでいた本館の使用人だ。
その日は念入りに抵抗した。興奮したのか義兄は私を殴ったが、痛みなど感じない程に興奮していた。漸く離れに足を運んだ人の中には私を頑なに、養子にしなかった義父、心配して駆けつけた義兄の婚約者、睨んでいた使用人の一部がいた。
私は血だらけの顔と体で、暴れて手のつけられない義兄から救い出された。
義兄は、相思相愛だった婚約者から婚約破棄された。私は被害者となり、義兄とは離された。義兄は、部屋に軟禁され、私と会うのを禁じられた。
義兄と婚約者の婚約破棄については詳細は知らされなかったものの、社交界ではそれなりに注目された。
私は相も変わらず平民のままの身分だったし、兄もいなくなった今、お嬢様ごっこはその気がなくなり、また普通のメラニーに戻った。その頃から、ずっと本館に閉じ込められていた母がたまに離れにやって来るようになった。母は以前のように、無条件では私を受け入れてはくれなかった。義兄があんな風になった責任が、私にあると疑っているようだった。さすが、実母は勘がいい。
メラニーは、ただの自分は、人に愛されないと思っていた。義兄だって、自分から彼の婚約者になろうとした結果、得られたのだから。
そんなメラニーが、この国の第一王子クレイグと出会ったのは偶然だ。彼にも義兄と同じように、婚約者はおり、また真似し甲斐のある美しいご令嬢だった。
ただ予想外だったのは、義兄と違い、クレイグは婚約者を愛していなかったこと。そして、リリア・アーレン公爵令嬢は、平民がどれだけ恋焦がれても安易に真似できる相手ではなかったことだ。
目を凝らしてみれば、リリア嬢の周りには、彼女を愛する者が溢れていた。彼女の魅力に気がつかないクレイグではなく、彼らなら若しくは、本物は手に入らないから、偽物の私を愛してくれるかもしれない。
私の企みが成功する秘訣は、二人がお互いに想いあっていなければならない。だから、リリア嬢の視線の行方に注意してみていると、相手は特定できた。
まさか、帝国の関係者だったなんて、驚きだ。
彼は優しい人だった。私がこういった行動に出ることを知っていたみたい。斬られる前に、頭を撫でてくれた。
低いけれど、優しい声で慰めてくれた。
「大丈夫。怖くない。」
それが、メラニーの最後の記憶だった。
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