そう言うと思ってた

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公爵夫人は微笑んだ

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「手違いがあった。」と婚約者は言った。

青白い顔で血の気をなくしている彼を見て少しだけ「いい気味だ。」と思っていたのは、私だけの秘密だ。

公爵令息であり、美しすぎる美貌を持った彼は、私と言う婚約者がありながらいつも女性の注目の的だった。私は彼の話を聞きながら、いつかはこんな日が来るような気がしていた。

だから、誰彼構わず差し出された物を素直に食べるな、と言ったのに。具合の悪そうな女性を言われるまま素直に密室に連れ込んではいけない、と言い聞かせたのに。

彼は私と言う婚約者がありながら、同盟国から来た王女と関係を持ってしまった。


王女は甘やかされた我儘王女だと聞いたのに、実際にはそうではなかった。王女に会えば、一目瞭然。アレは決して甘やかされた子供ではない。寧ろ反対の……長い間、虐げられていた者の姿。後ろにいる侍女の醜悪な笑みに、私は婚約者が誰に唆されたのかを知った。

次男とはいえ公爵家。このままでは尊敬する彼の兄が後継の場を引き摺り下ろされ、あの無能が公爵になってしまう。それに、何よりあの可哀想な王女は彼との結婚を望んでいない。ならば、絶対に阻止せねばなるまい。

私はありとあらゆる伝手を使い、婚約者を公爵家の次男から男爵家の一人息子に仕立て上げた。後継者不在で返上された爵位を貰い、宛てがえたのは大きかった。王家も同盟国との関係を悪化させたくなかったのか惜しみなく協力してくれた。

王女と、婚約者を嵌めた侍女は、ちゃんと責任を持って男爵となった彼の夫人に添えて差し上げた。

同盟国の公爵家同士の婚約を壊したのだから、相応の罰を受けるのだとわかっていただろうに、何故か青白い顔で震えている彼女に少し前の元婚約者の姿が重なる。

「プッ。」
笑いが漏れてしまったのを、彼女は怯えた様子で見つめる。

「そんなに怯えないで頂戴。貴女にはこれから男爵夫人として、生きてもらいます。本来なら極刑なんだけど、そんなことしたら公爵家がボロボロになってしまうから。貴女が嫌がっても、断れないことだけ分かってね。貴女はこれからの人生、王女様の代わりに生きてもらうことになったの。ああ、勿論子供は産めないわ。と言うより意思は必要ないわ。貴女には薬を盛られた後遺症で寝たきりになった王女の身代わりをお願いしたいの。この意味わかる?」

「痛いこと、煩わしいことは全くないわ。ずっと寝ているだけでいいの。仕事もしなくていい。怠惰な貴女には天職なのではなくて?」

王女を虐げていた主犯格はこの女。元は公爵家の庶子で王女とは従姉妹となる。侍女という身分で嫉妬から王女を虐げて楽しんでいた。目の届かないながらもちゃんと愛されていた王女を、人間不信にさせ、依存させる手口は狡猾で虫唾が走る。



「わ、私は公爵家の人間よ。今は侍女の格好をしているけれど、勝手に裁いていい存在じゃないんだから。」

「公爵家……ねぇ。」

その地位を悪用しかしない輩が何を言うか。本当にその地位を誇る気持ちがあるならこんなことは決してしなかったはずだ。思考さえ持たなかったはずだ。

「公爵家はそんなに安いものではなくてよ?」

「何よ。私は侍女として王女を教育しただけよ。あんなに見窄らしいのが主なんて情けないじゃない。それに男に良い顔ばかりするあの女にはとても似合っていたじゃない。私よりもずっとあっちが娼婦みたいだったわよ。」

「王女様があんなだったから貴女がなんとかしてあげた、ってこと?」

「そうよ。」

支離滅裂な発言を恥ずかしくならないのか不思議なのだけど、そうは思わないらしい。

「詰まらないわね。」
「えっ?」
「皆そう言うのよ、私は悪くないって。そう言うの、飽きたわ。」

あれだけうるさく喚いていた侍女も、それからは沈黙してしまった。

こちらが彼女の意見を聞く気がないと理解できたのかそれからはおとなしいものだった。


王女は回復後、護衛を何人かつけて解放した。本人の意思により祖国には戻りたくないと言うから身代わりの侍女を置いて奔走してもらった。定期的に護衛に付けた者から連絡が入っている。

だから、全てを最初に知れたのだ。元婚約者が性懲りも無く公爵家に帰りたいと画策していることも、第三王子を手中にいれ、華やかな世界に舞い戻りたいと思っていることも。

「本当に馬鹿な人。」
公爵夫人は微笑んだ。負け犬が最後に何を叫ぶのか予想して、笑った。
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