そう言うと思ってた

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男爵令嬢は喜んだ

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アナスタシアは捨てた男のことなどすっかり忘れて、目の前の第三王子の顔に溜息を吐く。見れば見るほど美しく綺麗な顔を持つ第三王子は、正直第一、第二王子よりもアナスタシアの好みだった。

元々、アナスタシアはアランを狙っていたわけではなく、この男を狙っていた。自分を引き取った男爵だって元から第三王子を狙えとしか言っていなかった。だが、勝手にアランがアナスタシアに熱を上げ、付き纏うようになって、所謂金蔓として、または都合の良い男として、側に置いていただけだ。

アナスタシアは茶を飲みながら不思議に思っていた。ついこの前までは甘すぎるぐらいに彼女を溺愛していた彼が、少し淡白になったような気がする。

「君を大切にしたいから。」と言ってニコニコしながら、甘い雰囲気を出してはいるから気にすることではないのかもしれない。

彼女が今いるのは第三王子から彼女に与えられた部屋だ。王宮内は広いので正確な場所はわからないが、第三王子曰く、以前は陛下の寵姫が使っていたという。陛下には王妃以外に妃はいないと思っていたが、彼の口ぶりから察するに、それは対外向けの嘘なのだと思われた。

「ここには私以外の者は立ち寄れないことになっている。安心してのんびりするといい。何か要望があれば、彼女に伝えてくれ。」

第三王子の視線の先には侍女の姿。男爵家にいる侍女とは、全く違う、プロの中のプロ、と言った様子の彼女達は、男爵家の庶子のアナスタシアにも、やりすぎなぐらいに丁寧に接してくれた。

ヴィクトールの周りの男達はアナスタシアを見てもニコリともしない。さすが訓練されていると思うが、今まで自分に無関心な男など側にいなかったせいか、アナスタシアのプライドは少し傷ついた。

それでも、第三王子を完全に堕とすまでは味見をしてはならないと、彼女にもわかっている。

自分が妃になればいくらでも可愛がってやるわ、とアナスタシアは考えていた。

彼女を侍女らに任せた第三王子ヴィクトールは、執務室に向かう。

アナスタシアの香水の残り香のついた上着を執務室の手前で脱ぎ、新しい物に着替えると、顔を顰めた。

「あの甘ったるい香水はやめさせるべきだな。」

側近達も同意する。安物の香水の匂いは、不快なものだった。



室内にはすでに客が座っていた。

ヴィクトールを見て立ち上がり、挨拶をする彼女に、さっきとは違い心からの笑顔を見せる第三王子。彼の周りの者はその様子に微笑んだ。




「よく来てくれた。順調か?」
侯爵令嬢のカリナ・クィールは、一ヶ月程領地へ赴き、色々と忙しく過ごしてきた。

「ええ、お陰様で。上々です。」
「やはり、彼はまだ?」
「ええ、何も気づいておりませんわ。今更気づいたところで、すでに作業は完了しておりますのでどうにもなりません。」

カリナが公爵夫妻に頼まれたのは、アランのことではなく、公爵領をどうにか立て直すこと。

アランは公爵領を引き継ぐ人物だった為に、婚約者として彼を立てていたが、最近の彼の行動に、カリナは彼に公爵領を任せることを諦めていた。

カリナは政略結婚の為、特にアランに対して恨みを抱くことはない。別に相手がいるならば彼女と婚姻した後に愛人として囲うならばそれも良いと思っていた。

だが、相手は選んで貰いたかった。

アナスタシアには色々と問題があった。それはアランのせいではないけれど。その問題のせいで、こうなってしまったのだから、アランはつくづく運がないと言える。

「それで、彼女は?」
「気分よく過ごしているよ。本当に助かった。君にはすごく感謝している。褒美を考えておいてくれ。」



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