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第六章 邪魔者(アラン視点 後半)

護衛騎士の交代

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アランに護衛騎士の交代が告げられたのは、予想もしていない突然の出来事だった。幼馴染の勘でディルクが何かを調べていたことや、隠し事があるとは見ていたが、それが長引くようなものだとは思っていなかった。

アランはふと、それまでのディルクに対する複雑な思いを自覚する。自分がユミに近づこうとするたびに感じた彼からの冷たい視線は、暗に未だ見つかる気配を見せないアンネリーゼに対する忠誠心故だろうか。

ユミに対して、事務的な感情しか持たないと思っているのは自分だけで、何か別な感情を感じ取らせてしまったのだろうか。

それについては弁明の機会を得たいが、今は駄目だ。きっと言い訳に聞こえてしまう。結局は、行動で失った信用は行動で取り返すしかない。ユミとのお出かけには、ディルクではなく、新しい護衛がつくことになった。

ベラム侯爵家嫡男のユージーン。ベラム侯爵家には八人もの子供に恵まれたが、男児として生まれたのは彼一人だけだった。長女から七女までを不自由なく嫁に出すまでは騎士を辞められないらしく、中々に忙しい騎士の一人だ。それでも、ディルクが離れる際、彼に後釜を頼み、快諾したことから、彼はこの仕事に嫌な感情は持っていないらしい。

騎士の中にはユミに対して、何故平民などを守る必要がある、と蔑む者も一定数おり、ディルクは頭を悩ませていた。

ユージーンは見た目はただの優男だが、騎士団内では騎士団長より怒らせてはいけない男として有名らしく、彼の前でユミを馬鹿にする行為は命取りになることは容易に想像できる。そう言った意味ではディルクでは、経験が足りなかった。

ユージーンは妹がたくさんいるからか、ユミに対して妹に接するように中々良い関係を築いているように思う。

ユミもディルク相手では必要最小限しか関わらなかったのに、ユージーンには懐いているようで、少し寂しさを覚えた。

ディルクが帰ってきたら、またよそよそしい態度に戻るのだろうか。それはまた……

アリサのように、こちら側にグイグイ近づこうとする聖女は嫌だが、ユミのように、離れようとするのも、少し違う。二人の中間の距離感が一番良いのだが、無駄に願って三人目の聖女が現れたら、それこそ大混乱に陥るだろう。

聖女はユミ、とアリサ。二人もいるのだから、どちらかは役目を果たしてくれる筈で。

今どこにいるかわからないアンネリーゼを再び我が手に取り戻すまで、彼女らと力を合わせていかなければならない。

ディルクの別の仕事については、本人からは何も話がない。来るべきタイミングで話してくれるだろうと、こちらからも敢えて聞くことはない。

ただ暇な奴、お節介な奴は、いるようで何かと注目を集めていた彼の行動は逐一、些細な噂として、アランの耳に入ってきた。

ディルクとクリストフは仲が悪いわけではない。専門が違うが、互いのことを認めている。だが、いつもなら魔法に関することならクリストフに聞くところをディルクは別の魔導士に説明を受けている。

クリストフは何となく彼がしたいことがわかった気がする、と言ったけれどアランは違和感しか覚えなかった。

「ディルクがいないと、寂しいでしょうが、彼は今核心に迫ろうとする正に瀬戸際にいます。成果を待ちましょう。」

クリストフにそう言われると、黙るしかなくなる。

「彼はまたこちらに戻ってくるだろうか。」

クリストフは驚いた後、少し微笑んで頷いた。

「大丈夫。彼は貴方に忠誠を誓ったままです。共にいる魔導士は、私よりも防御系の魔法に優れた者ですので、ディルクを守ってくれるはずですよ。」

アランがあからさまにホッとしたので、クリストフは本心を心の中に留めた。

アランから離れたのがディルクの意思ならばもうこちらには戻ってこないかもしれない。ただ、彼が今していることは、アランの為でもあるので、アンネリーゼ様が戻ってくるまでは、ディルクは事を起こさないだろう。

婚約者がいない間に別の女性に懸想するなどアランのやっていることは、最低だ。だけどそれを咎めるほどではない。あからさまな態度には出していないし、相手が嫌がっている。

ユミの塩対応に、アランは困惑しているが、此方としては助かっているんだよな。

こう言うところも、ユミがアンネリーゼに似ていると思う所以だ。
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