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【外伝】

ライガーと麗しの剣士 1

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「シン、それは何処の国の剣術だ?」

東宮の庭で剣を振っていたシンは、突然後ろから低い声を掛けられ、ビクッと肩を震わせた。

――なっ! いつの間に!?

振り向くと、ルーシアでの救出の際に見かけたネコ科の獣人が、腕組みしながらこちらを眺めていた。金色の瞳で、銀と黒の混じった不思議な髪色の派手な男は、一度見たら忘れない。

――ター○ネーターみたいなんだよな。今「ダダンダンダダン」って効果音聴こえた気がするし……

「グランドル……様」
「『グランドル』でいい。敬語を使われるのは苦手なんだ」
「はあ、じゃあ遠慮なく……」

――デカイ男だ……
転生前のシンは百九十センチの長身だったが、目の前の男は二メートルはあるだろう。

シンは元々タチのゲイだった。
恋人に騙され、職を追われた挙げ句多額の借金を背負う羽目になってからは、恋愛にのめり込む事もなく、一夜限りの割りきった付き合いのみをしてきた即物的な男だ。
シンは値踏みするようにグランドルを眺めると、興味なさげに背を向け、素振りを続けながら質問に答えた。

――顔立ちは悪くないが、自分よりデカイ男は範疇外だ……

「これは……転生前に居た国の……『剣道』と云うものだ。……競技では竹刀というやいばの無い……刀を使うが、元は日本刀と云う……片刃の剣を使う為の剣術だ……!」

「ガレニアの剣も片刃だが、違うのか?」
「そうだな……これより少し反りがあって……細長い」
「ほう……ちょっと手合わせ願えるか?」

シンの返事を待たずに、グランドルが腰の剣を抜いてニヤリと笑うと、シンは振り上げていた剣をゆっくり下ろした。

――丁度いい、稽古相手が欲しかった所だ。

シンはグランドルに向き直り、中段に構えた。デカイだけかと思ったら全く隙が無く、不思議な動きをする。ネコ科の特性だろうか? 足音が殆ど聞こえない……
シンはグランドルのその巨体に見合わないしなやかさに驚いた。

クリスの転生に巻き込まれ、この獣人の住む世界にやって来たシンだが、転生前には剣道で日本一になった事もある。トラック運転手になる前は、自衛隊の中でも精鋭といわれるパラシュート部隊に所属していて身体能力の高さにも自信があった。
筋肉量が落ちているとはいえ、ここまで実力差を感じるのは初めてだ。おそらく元の身体でも敵わなかっただろう。

「その剣はお前に合っていないようだ」

「剣というより転生で身体が小さくなったから、うまく使いこなせない……」

「そうか、ならばまた手合わせしよう。徐々に勘を取り戻すだろう」

「ああ、喜んで」

それからシンとグランドルは、共に稽古に励むようになった。


 * * *


シンはこの世界に自分が存在する意味を見出せないでいた。
ルーシアの後宮に囲われていたところをクリス達に助けられ、このガレニア共和国に移り住んだものの、未だに「好意に甘えてノコノコ付いてきてよかったのだろうか?」と思っている。
クリスはシンの不注意で引き起こした自動車事故を、自分の転生に巻き込んだ事でチャラにしようと言ったが、シンはクリスの車に突っ込んだ瞬間の光景を忘れられずにいた。

あっちの世界でもクリスに息子がいた事は知っている……
サミアンを育てる姿を見れば、息子を溺愛していたであろう事は容易に想像できた。

―――たとえクリスが赦しても、俺が息子から父親を奪った事実は変わらない。

シンは、異世界でも前向きに過ごすクリスの前では痛み分けに納得したフリをしている。だが、どうしても罪悪感を払拭する事が出来なかった。だからクリスと、クリスがこちらの世界で愛情を注いでいる息子のサミアンを生涯護ろうと心に決めた。
それがシンに出来る唯一の贖罪だと思ったからだ……


いつも通り一人で鍛練していると、太い枝を手にしたサミアンがトコトコやって来て、シンに向かって構えて見せた。
サミアンは白狼の獣人でクリスの番であるガインの養子だ。
まだ二歳だが、身体は人間の子供と比べるともっと大きいように見える。
フワッとしたボブカットの可愛らしい姿からは全く迫力を感じないが、本人は白い耳をピンと立て、鼻をフンフンいわせながら精一杯威嚇しているようだ。

「ちんたろたん、タミアンにもけんぢゅつおちえてくだたい」

「『シンタロウ』だ。……構えは悪くないぞ。俺のを見て覚えたのか?」
「はいっ!タミアンは、おとうたまみたいな強い狼になるんでちゅ!」
「ははっ、格好いいなサミアン」
「てへへ」

素直なサミアンは褒めると照れてフニャッとなる。ちなみに「サ行」がまだ発音できなくて全部「タ行」になるので、半分くらい何を言っているのか理解できない。
クリス曰く「照れる姿が可愛くて褒め千切っていたら、どんどんよい子になる。だからエンドレスで褒めてしまう」らしい……
嬉しそうに白い尻尾を振っている姿を見たら、クリスの気持ちも分かる気がした。
本人が「ガインのように」と望んでも、アルファでなければガインの様な強さは望めない。だが確実に美しく成長するであろう彼の周りは、さぞかし賑やかになるろう……

――護身術を教えておいた方がいいかもしれないな……

この日からサミアンのお世話係の他に、剣術の先生という仕事ができた。
クリスとサミアンの為にできる事が増えたのは、シンにとって喜ばしい出来事だった。

指導方法は勿論「褒めて伸ばす」だ。


* * *


ラピヤに来てから二年が経過し、シンにはノインという弟子が増えた。
一歳半のノインは、まだ言葉も覚束ないのに、ガイン譲りの大きな身体と身体能力でメキメキと上達している。
サミアンも筋はいい。大人になる頃にはガインやグランドルクラスは無理でも、普通のアルファくらいなら倒せるようになるだろう。

子供達に教えるのは楽しい。
吸収力が凄まじく驚かされてばかりで、成長を見守る喜びは大きい。
これが天職であるかのように、今まで就いたどの仕事よりも自分に向いているように思えた。
シンは、自分がこの世界に存在することに意味を与えてくれた子供たちに感謝していた。


いつものように稽古を終え、一人自室に向かっていたシンは、廊下でグランドルに呼び止められた。
「おーいシン、母上が久し振りにお前と稽古したいと言っていたぞ」
「ラミール様が?」
「なんだ? 急に目を輝かせやがって!」

グランドルの母ラミールはオメガにしては背が高く、細いなりにも綺麗に筋肉のついた美人で、白虎の獣人だ。
オメガであるのに剣術の腕前もアルファ並みで、グランドルもラミールから剣を学んだという……
ラミールは、全てにおいてシンの憧れの存在だった。

「ったく、母上は見た目は若いが五十過ぎだぞ、オメガがオメガに懸想するなど不毛だと思わんか?大人しく俺のハーレムに入ればいいものを……」

「体はオメガ、頭脳は只の男だ」

シンは少し癖のあるフワフワした金茶の髪を指に巻き付けながら、すげなくグランドルに言い放った。

ハーレムへの勧誘は挨拶の様なもので、人妻のクリスでさえ顔を合わせれば誘われている。ちょっと面倒くさいが、ラテン系の友人だと思って聞き流せばなんてことはない。

「お前ヒートはどうしているんだ?決まった相手はいるのか?」

「相手?どういう意味だ?」

「オメガは皆、相性のいいアルファを探すものだろう? 一夫一妻の狼ですら、番契約までは数人を渡り歩くと聞くぞ? でなければヒートが辛いだろ?」

「ルーシアに転生後から、ずっと抑制剤を飲んでいて、ヒートになった事が無い」

「何だって!?あり得るのかそんな事が?お前本当にオメガなのか?」

「俺もよく分からんが、転生する際にオメガとして召喚されたらしいぞ? 実際身体も小さくなったしな」

「そうか……」

グランドルは何か考え込んでいるようだったが、シンは次の休みにラミールに会いに行く旨を伝え、その場を後にした。




「お久しぶりです。ラミール様」
「シン、よく来たな。新しい剣の使い心地はどうだ?」
「お陰様で、今までで一番日本刀に近い振り心地で、俺には合っているようです」

少し前に武具屋巡りをしていたシンは、グランドルからラミールのコレクションであるルーシアの剣を貰い受けた。
鍛え上げた鋼の長剣は日本刀に近く、基本が剣道のシンには使い易いものだった。ルーシアには、かつて転生した日本人が居たのかもしれない。

「シンお前背が伸びたんじゃないか?」
「そうですか? おそらく私が人間だからでしょう。転生して二十歳前後の体になりましたが、転生前の体も二十歳を過ぎても少しずつ伸びておりましたから……」
「そうか……それならよいが、グランドルがお前の薬の使用を心配していた。抑制剤の過剰摂取は副作用が大きい。俺の背が普通のオメガより大きいのもそのせいだ」
「処方された容量は守ってますので大丈夫だと思いますが……」
「それもいずれ効かなくなる。何かあったらすぐに医者か俺に相談しろ」
「はい。ありがとうございます」

元々タチのシンにとってオメガ性は煩わしいだけだった。シンは生涯クリスとサミアンを護っていければそれでいいのだ。

だからこの時、シンはラミールの忠告をそれほど重く受け止めなかった………



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