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第二章

41 はじめまして

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「あかちゃん、はやくでてきてくだたい」

少し膨らんできた俺の腹を、小さな手で撫でながら、サミアンが語りかける………

赤ちゃんが出来たと分かったのは、ヒートの二週間後から始まった凄絶な悪阻つわりが原因だった。
いや、ビックリしたよ! 突然マーライオンのようになったかと思ったら一週間も寝たきり!
男のオメガは、元から妊娠する為の体じゃないから、急激なホルモンバランスの変化に耐えられないみたい。
マーライオンの時は流石のサミアンもビビって逃げたけど、ガインが、すぐにお風呂でキレイにして、寝台に運んでくれた。
(俺、めちゃめちゃ汚かったのに……ガイン優しすぎる……)
寝台に横たわると、サミアンが申し訳なさそうにモジモジしながらやって来たので、獣型で湯たんぽ替わりになって貰った。脱水症状で体が冷えてたから、サミアンの温もりがありがたかった。
お兄ちゃんの初仕事だ!
二人のお陰で苦しい期間も乗り越える事が出来た。

医師から妊娠を告げられると、ガインの尻尾が見たことない程、高速で揺れていた……
獣人のアルファは早ければ十五歳で父となる…… 二十八歳のガインは、かなり遅いのだ。歳がいってから出来た子は可愛いって云うし、本当に待ち望んでいたのだろう。

ラピヤでの生活もだいぶ慣れてきた。最初はロココ調の豪華な城が落ち着かなくて、天井画の中の人と目が合うのも気持ち悪かったけど、今では毎朝天井画に向かい挨拶する迄になった。
広い庭園はレパーダが直接乗り入れできるし、住めば都だ。
レパーダもここが気に入ったのか、庭に居ることが多いので、頻繁に会いに行ける。


「ふふ、サミアンは男の子と女の子、どっちだと思う?」
「タミアンは、元気な子ならどっちでもいいでちゅ!」

相変わらず幼児語のサミアンから、おじいちゃんみたいな答えが返って来た。
子供らしくない答えだけど、一度家族を失った経験があるから、普通の子供とは命の重みが違うのだろう……

「そうだね……元気に産まれて来ればいいよね!」
「はい、おかあたま!」

「で? いつ産まれるんだ?」
俺の腹を不思議そうに眺めていたシンにそう聞かれるが、俺も説明できる程詳しくはない。
「もうすぐみたいだけど……」
「『みたい』じゃないです、クリス様ー!ちゃんと説明したじゃないですか! いいですかー……」
俺の代わりに、ノイが無駄に偉そうな顔で解説してくれた。

 獣人の妊娠期間は種族によって多少異なるが、概ね五か月程らしい。純粋な人間は十か月かかるが、混血の場合は獣人の属性が強く遺伝し、妊娠期間もそれに付随する。人間より小さい獣型で産まれる為、お産は軽いみたいだ。

俺は今、四か月目だから臨月と云うことになる。だけど、たった四ヶ月じゃ、お腹が膨れて中で動いていても全然実感が湧かない。
(本当に産むんだよなぁ?、男の俺が……)

出産時は産道が直腸を塞ぐ為、恐れていた状況にはならないと聞いて安心した。俺は何よりそれを心配していたので、それさえ確認できれば、案ずるより産むが易しだ。



そして、その瞬間は真夜中に訪れた……
その日は狼の獣人にとっては、大安吉日とも言える満月の夜だった。

「うぅぅっ……お腹……痛い……」
「おいっ!クリス、大丈夫か!?ちょっと待ってろ!今、医者を呼んでくる!」
 そう言って寝台から下りようとするガインにしがみつく。
(これ……聞いていたのと違う?)
「クリス?医者を呼びに行けない、離すんだ!」

「やだっ! 行かないでガイン! 怖いっ! 怖いよう!」

何が「案ずるより産むが易し」だよっ!!
これ、死ぬかもっ!?
頭からどんどん血の気が引いていく。
意識を保つのが精一杯だ……

「はっ、はっ」

「落ち着けクリス……医者を呼ばなくては……」
「やだっ!ガインの腕の中で死にたい!」
「死ぬ? 大丈夫だ、死なない!……くっ、仕方ない部屋の外に運ぶか……」
「ダメ!出てきちゃう!赤ちゃんとか内臓とか!」
「……内臓? 何を言っている?」

この辛さは、絶対男には分からない!
俺も男だけどっ!
「あぁぁっ!!出てるっ!確かめてガインっ!」

「なにっ!? 俺が確かめるのか?」

「早くっ!!」
(意識を失う前に、なんとか……)

「あっ、ああ、わかった!」


―――なんと俺たちの赤ちゃんは、ガインが取り上げた。
 産み落とした瞬間に意識を手放した俺が気が付いた時には、医者やノイ達か駆け付けた後だった。

物凄いスピード出産で、安産だったのかと思いきや、それはそれで危険らしい。急激に産道が開くと、体の衝撃も大きく、ショック死することもあるそうで、ガインに取り上げて貰えないまま気絶していたら、母子ともに危険だったみたいだ。

「キュ、キュウ」
「はじめまして、ガインジュニア」

ガインの大きな手で取り上げられたのは、ガインそっくりの黒い牡狼だった。俺の胸に乗せられて、可愛い声を聴かせてくれた我が子に挨拶すると「キュッキュ」と返事をしてくれた。

「よく頑張ったな、クリス……」
「ふふっ、まさかガインが取り上げるなんてな……」
「……大丈夫か?」
「うん……大丈夫」
ガインは俺にチュッとキスをし、ジュニアの頭を撫でると、目を潤ませて部屋を出ていった。

「ふふっ、お父様は部屋の外で泣いてるかもね……」

男が出産なんて考えられない世界に生まれた俺が、こうして好きな人の子供を産むなんて、どれだけ奇跡的なことなのだろう。
(ヒロシにも弟達に逢わせたかったなぁ……)
胸の上の小さな温もりを感じながら、喜びと切なさで、俺も静かに涙を流した……



ジュニアは名総長だったと名高い、ガインの祖父の名前を貰い『ノイン』と名付けられた。

「ノイン、タミアンおにいたまでしゅよ!」

ベビーベッドの柵に顔を押し付けながら、サミアンが話かける。
(あーあ、そんなに押し付けたら顔に跡ついちゃうよ!)

「キュ」

「おへんぢちまちた!ノインはタミアンがちゅきみたいでちゅ!!」

「ふふっ、そうだね。お腹にいる時から話かけてたから、きっとわかるんだね」

「かわいいでちゅ!フワフワでちゅ!」

そう言いながら白い尻尾を振るサミアンもフワフワでめちゃめちゃ可愛い。
白いモフモフと黒いモフモフに囲まれて、俺は幸せだ。

だけど、子育てはそんなに甘くなかった……


ノインは理由も無くよく鳴く子で、ガインと俺は振り回された。
他の人だと、もっと手に負えないみたいで、乳母に預けることも出来ない。
「おい、クリス!『キューキュー』言ってるが、ミルク飲まないぞ?」
 ノインを抱っこしたままガインが途方に暮れているが、起きて排泄も済ませたばかりだ。空腹以外に考えられない。

「おかあたま? タミアンお名前書けるようになりまちた!」

 一人で遊ばせていたサミアンに話しかけられても、相手をする余裕がない。
「うん、サミアンちょっと待っててね! あっちでシンと遊んでおいで。……ガイン俺が抱っこするよ」
「ああ、頼む」

「………はい、おかあたま」

ああ、またサミアンが耳をへたらせてる……
でもノインは、まだフニャフニャだから一緒に遊ばせられないし、こういう時はどうしたらいいのだろう?


やっぱり子育てって難しい……
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