後宮の代筆女官は恋を騙る

春乃ヨイ

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第1章

4. 仄かな期待

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 仙桃城内朝の中央に座する青蓮宮しょうれんぐう

 代々の皇帝が政務を執り行うこの宮殿に、文瑜もまた自室を与えられていた。いすに腰掛け、文瑜は自身に送られてきた文を仕分ける。国璽こくじされた詔書に、各大臣からの申し送り、そして後宮から運ばれてくる大量の恋文。 

 最後に残った恋文の束を検分するため、文瑜は一通一通中を開いていった。紙面に並ぶ文字列にちらりと視線をやり、表情を変えることもなく無機質な手つきで捌いてゆく。送り主は高位の妃仕えの侍女、あるいは尚食局や尚芸局といった後宮の役所に所属する宮女たち。その内容には全くと言ってよいほど興味などないが、いずれ後宮への伝手として使えるかもしれない。

 淀みなく作業を続けていた文瑜は、一通の文を前にして手を止めた。先日紫燕の前に突き付けた文。その内容だけが記憶に残っていたのは、七夕の星になぞらえた詩のためだっただろうか。淡々と恋文を整理するという恒例になった作業の中で、妙に目を惹く文があることには以前から気が付いていた。

 清水のように流麗な字に、絵巻物のように色彩豊かな言葉。時に恋を知り初めた乙女のように可憐で、時に愛の蜜を貪るように妖艶で。まるで良くできた文学作品のようだと気に留めていたからこそ、異なる名義で届く文の数々を、一人の人間が書いたのだと分かったのだ。

(想像していたよりも、若い娘だったが)

 あれだけの文を書くのだから、もっと経験豊かな老年の女性を想像していた。それなのに、初めて会った紫燕はまだあどけなさを残した少女にしか見えなかった。美しく飾り立てれば、それこそ後宮の妃たちにも引けを取らないだろう。それでも、会話を続けるうちにその強かさにも気付かされたのだが。

 紫燕が恋を金に変えるのと同様に、文瑜もまた恋を手段としか見ていない。人の情を操作することは、人よりも見目良く生まれたらしい自分に備わった武器のようなものだ。

 現帝が即位してからもうすぐ一年が経つ。
 主の欠けた宮中は均衡を崩しつつある。
 いい加減、どうにかしなければならない。
 そのために、自分はここにいるのだから。

(果たしてあの娘は使えるだろうか)

 警戒心を緩めぬままこちらを見つめていた青い瞳を思い出し、文瑜は一人くつりと笑みを浮かべた。
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