4 / 5
第1章
4. 仄かな期待
しおりを挟む
仙桃城内朝の中央に座する青蓮宮。
代々の皇帝が政務を執り行うこの宮殿に、文瑜もまた自室を与えられていた。椅に腰掛け、文瑜は自身に送られてきた文を仕分ける。国璽の捺された詔書に、各大臣からの申し送り、そして後宮から運ばれてくる大量の恋文。
最後に残った恋文の束を検分するため、文瑜は一通一通中を開いていった。紙面に並ぶ文字列にちらりと視線をやり、表情を変えることもなく無機質な手つきで捌いてゆく。送り主は高位の妃仕えの侍女、あるいは尚食局や尚芸局といった後宮の役所に所属する宮女たち。その内容には全くと言ってよいほど興味などないが、いずれ後宮への伝手として使えるかもしれない。
淀みなく作業を続けていた文瑜は、一通の文を前にして手を止めた。先日紫燕の前に突き付けた文。その内容だけが記憶に残っていたのは、七夕の星になぞらえた詩のためだっただろうか。淡々と恋文を整理するという恒例になった作業の中で、妙に目を惹く文があることには以前から気が付いていた。
清水のように流麗な字に、絵巻物のように色彩豊かな言葉。時に恋を知り初めた乙女のように可憐で、時に愛の蜜を貪るように妖艶で。まるで良くできた文学作品のようだと気に留めていたからこそ、異なる名義で届く文の数々を、一人の人間が書いたのだと分かったのだ。
(想像していたよりも、若い娘だったが)
あれだけの文を書くのだから、もっと経験豊かな老年の女性を想像していた。それなのに、初めて会った紫燕はまだあどけなさを残した少女にしか見えなかった。美しく飾り立てれば、それこそ後宮の妃たちにも引けを取らないだろう。それでも、会話を続けるうちにその強かさにも気付かされたのだが。
紫燕が恋を金に変えるのと同様に、文瑜もまた恋を手段としか見ていない。人の情を操作することは、人よりも見目良く生まれたらしい自分に備わった武器のようなものだ。
現帝が即位してからもうすぐ一年が経つ。
主の欠けた宮中は均衡を崩しつつある。
いい加減、どうにかしなければならない。
そのために、自分はここにいるのだから。
(果たしてあの娘は使えるだろうか)
警戒心を緩めぬままこちらを見つめていた青い瞳を思い出し、文瑜は一人くつりと笑みを浮かべた。
代々の皇帝が政務を執り行うこの宮殿に、文瑜もまた自室を与えられていた。椅に腰掛け、文瑜は自身に送られてきた文を仕分ける。国璽の捺された詔書に、各大臣からの申し送り、そして後宮から運ばれてくる大量の恋文。
最後に残った恋文の束を検分するため、文瑜は一通一通中を開いていった。紙面に並ぶ文字列にちらりと視線をやり、表情を変えることもなく無機質な手つきで捌いてゆく。送り主は高位の妃仕えの侍女、あるいは尚食局や尚芸局といった後宮の役所に所属する宮女たち。その内容には全くと言ってよいほど興味などないが、いずれ後宮への伝手として使えるかもしれない。
淀みなく作業を続けていた文瑜は、一通の文を前にして手を止めた。先日紫燕の前に突き付けた文。その内容だけが記憶に残っていたのは、七夕の星になぞらえた詩のためだっただろうか。淡々と恋文を整理するという恒例になった作業の中で、妙に目を惹く文があることには以前から気が付いていた。
清水のように流麗な字に、絵巻物のように色彩豊かな言葉。時に恋を知り初めた乙女のように可憐で、時に愛の蜜を貪るように妖艶で。まるで良くできた文学作品のようだと気に留めていたからこそ、異なる名義で届く文の数々を、一人の人間が書いたのだと分かったのだ。
(想像していたよりも、若い娘だったが)
あれだけの文を書くのだから、もっと経験豊かな老年の女性を想像していた。それなのに、初めて会った紫燕はまだあどけなさを残した少女にしか見えなかった。美しく飾り立てれば、それこそ後宮の妃たちにも引けを取らないだろう。それでも、会話を続けるうちにその強かさにも気付かされたのだが。
紫燕が恋を金に変えるのと同様に、文瑜もまた恋を手段としか見ていない。人の情を操作することは、人よりも見目良く生まれたらしい自分に備わった武器のようなものだ。
現帝が即位してからもうすぐ一年が経つ。
主の欠けた宮中は均衡を崩しつつある。
いい加減、どうにかしなければならない。
そのために、自分はここにいるのだから。
(果たしてあの娘は使えるだろうか)
警戒心を緩めぬままこちらを見つめていた青い瞳を思い出し、文瑜は一人くつりと笑みを浮かべた。
1
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説


人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。
松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。
そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。
しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
皇帝は虐げられた身代わり妃の瞳に溺れる
えくれあ
恋愛
丞相の娘として生まれながら、蔡 重華は生まれ持った髪の色によりそれを認められず使用人のような扱いを受けて育った。
一方、母違いの妹である蔡 鈴麗は父親の愛情を一身に受け、何不自由なく育った。そんな鈴麗は、破格の待遇での皇帝への輿入れが決まる。
しかし、わがまま放題で育った鈴麗は輿入れ当日、後先を考えることなく逃げ出してしまった。困った父は、こんな時だけ重華を娘扱いし、鈴麗が見つかるまで身代わりを務めるように命じる。
皇帝である李 晧月は、後宮の妃嬪たちに全く興味を示さないことで有名だ。きっと重華にも興味は示さず、身代わりだと気づかれることなくやり過ごせると思っていたのだが……


今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる