上 下
3 / 5

こんなはずじゃなかった

しおりを挟む
 なんで、なんで、なんで! なんでよ!!
 お義姉様よりもあたしの方が可愛いのに! お義姉様よりもあたしの方がお父さんにもお母さんにも愛されて育ったのに!!

 ダニエル様はあたしを見ない。あたしをここにいないお義姉様だと思い込んで、あたしをお義姉様の名前で呼ぶ。あたしよりもお義姉様の方が良いみたいに。

 たまに正気に戻ったと思ったら、あたしを罵る。お義姉様を連れ戻せと言って、酷い言葉であたしを追い出そうとする。
 そのくせ、あたしをお義姉様と思い込んでいる間は「誰よりも君が愛しいよ」とか「君だけを愛してる」なんて言う。

 お義姉様のどこが良いのか分からない。絶対にあたしの方が可愛いのに。

 夜会でだって、お義姉様よりもあたしの方が男性に人気があった。甘い言葉に乗ってあげれば喜んで、つれなくすれば悲しんで。みんながあたしの言動に一喜一憂してた。
 お義姉様はといえば地味な装いでダニエル様と連れだって挨拶回り、ダンスはダニエル様とだけ踊って、そのあとは一人で壁の花か女性とばっかり話している。そして時々ダニエル様が様子を見に来る。

 そんな地味で冴えないお義姉様なのに将来は侯爵夫人が約束されていて、あたしは婿を取って伯爵夫人。お義姉様は養子なのに、そのくせあたしより地位が高くなる。そんなのおかしいじゃない。
 ダニエル様だって地味で冴えないお義姉様よりも、可愛くてみんなに人気のあるあたしの方が良いに決まってる。
 そう思って、あたしは聞いてあげた。

「ダニエル様もあたしのこと大事に思ってくれてますよね」
「うん、そうだね。大事だよ」
「うれしい……」

 あたしがはにかむように笑ってみせればダニエル様も微笑んで答えてくれた。
 だからお父様にあたしをダニエル様の婚約者にしてほしいって頼んで、あたしがダニエル様の婚約者になったのに。

「なぜだ……?」

 ダニエル様は蒼白い顔をして地の底を這うような声であたしに聞いた。

「なぜ、なんのために、婚約者が入れ替わるんだ……?」
「だって、あんなお義姉様よりもあたしの方が将来の侯爵夫人に相応しいじゃないですか。それにダニエル様だってあたしの方が可愛くて好きでしょう?」
「なにを言っているんだ? 君のどこがアイリスより侯爵夫人に相応しい? なぜ僕が君を好きだなんて思うんだ?」
「はぁ? なによそれ。お義姉様よりあたしの方が可愛くて人気があって、ダニエル様だってあたしのこと大事だって言ったじゃない!」
「君がアイリスの家族じゃなければ大事だなんて思わない」

 吐き捨てるようにダニエル様はそんなことを言う。頭がおかしいのかしら。まるで、あたしがお義姉様より劣ってるみたいな言い方。しかも、婚約者をお義姉様に戻せなんて言う。
 そんな酷いことを言われたとお父様に言いつけたら、お父様はお義姉様を修道院に入れてくれた。これでダニエル様はお義姉様を婚約者に戻すことなんかできない。お義姉様なんか目に入らない。

「どうしてそんな非道なことができる!!?」

 ダニエル様に詰め寄られてあたしは腰を抜かした。男の人に怒鳴られたのなんて初めてだった。使用人が止めてなかったら殴られていたかもしれない。

 意味が分からない。
 非道ってなに? なにが非道なの? あたしが伯爵夫人止まりで、お義姉様が侯爵夫人になることの方が非道じゃない? あたしの方がリグリー伯爵の本当の娘でお義姉様はただの養子なのに。

 社交界でだって、ダニエル様とお義姉様が婚約していたのは政略のためで、両思いのあたしたちをお義姉様が妬んであたしを虐めたから修道院に送られたんだって噂になってる。みんながそう思うのは当然じゃない? だってあたしの方がお義姉様より可愛い。女性は誰だってあたしに嫉妬するし、男の人なら誰だってお義姉様よりあたしを良いって言う。

 それなのにダニエル様はお義姉様を返せとしか言わなくて、段々とおかしくなっていった。幽鬼のようにお義姉様を探して、あたしに怒鳴りつけて、暴れる。

「アイリス、こんなところにいたのか」

 ある日、婚約者としてうちに来たダニエル様はあたしを見てほっとしたようにそう言った。

「当然か。ここは君の家だ」

 お父様もお母様も、付き添ってきたダニエル様のお母様のノーリッシュ侯爵夫人も呆然とするなかでダニエル様は「なんだか久しぶりに会った気がする」なんて言う。あたしの見たことがない優しげな甘い表情だった。

 敗北感。

 こんなの、あたしが感じるなんておかしい。あたしのどこがお義姉様に負けてるの。今までだってお義姉様よりあたしの方がたくさんの男の人に愛されてたし、好かれてた。ダニエル様だってお義姉様よりあたしを好きになって愛するのが当然のはずなのに。

 おかしくなったダニエル様はそのままノーリッシュ侯爵夫人と一緒に帰っていった。あとからお父様に聞いた話ではお義姉様はもういないと説得してもダニエル様は錯乱するばかり。医者にもかかったがどうにもならなかったらしい。

 じゃあダニエル様との婚約はやめると言ったのに、お父様は「さすがに、それはもうできない」と言った。お父様はなんでもあたしの願いを叶えてくれるはずなのに、今回ばかりは無理だなんて言う。

「アイリスがいない今、カレンがノーリッシュ侯爵と縁を結ぶしかないんだよ」
「じゃあお義姉様を連れ戻せばいいじゃない!」
「そういうわけにもいかないんだ。カレン、どうか聞き分けてくれ」

 結局あたしはダニエル様との婚約を続けることになり、半年後に結婚した。
 ダニエル様は相変わらずお義姉様を求めていて、初夜だって最初はあたしをお義姉様と思い込んで優しかった。でもそんなの納得できない。耐えられない。あたしはあたしなのに。

「あたしはカレンなんだってば!」
「ふざけるな……!! 修道院に行くべきはお前だったのに!」

 どうして、どうして、どうして、どうして!? なんで!!? こんなのおかしいじゃない!!
 直接言えばダニエル様は錯乱して罵倒してくるし、お義母様に訴えれば無言で首を振られる。お父様もお母様も「カレンが選んだ道なのだから」なんて、あたしが悪いみたいに言う。

 夜会に行っても陰口を言われて笑われてるのが分かった。最初はあたしの味方をしてくれた男性たちも段々と離れていった。お茶会だって呼ばれて行っても笑い者にされるだけ。
 どうして、あたしがこんな目に合わなきゃいけないの。

 こんなはずじゃなかったのに!
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ダンスパーティーで婚約者から断罪された挙句に婚約破棄された私に、奇跡が起きた。

ねお
恋愛
 ブランス侯爵家で開催されたダンスパーティー。  そこで、クリスティーナ・ヤーロイ伯爵令嬢は、婚約者であるグスタフ・ブランス侯爵令息によって、貴族子女の出揃っている前で、身に覚えのない罪を、公開で断罪されてしまう。  「そんなこと、私はしておりません!」  そう口にしようとするも、まったく相手にされないどころか、悪の化身のごとく非難を浴びて、婚約破棄まで言い渡されてしまう。  そして、グスタフの横には小さく可憐な令嬢が歩いてきて・・・。グスタフは、その令嬢との結婚を高らかに宣言する。  そんな、クリスティーナにとって絶望しかない状況の中、一人の貴公子が、その舞台に歩み出てくるのであった。

『完結』番に捧げる愛の詩

灰銀猫
恋愛
番至上主義の獣人ラヴィと、無残に終わった初恋を引きずる人族のルジェク。 ルジェクを番と認識し、日々愛を乞うラヴィに、ルジェクの答えは常に「否」だった。 そんなルジェクはある日、血を吐き倒れてしまう。 番を失えば狂死か衰弱死する運命の獣人の少女と、余命僅かな人族の、短い恋のお話。 以前書いた物で完結済み、3万文字未満の短編です。 ハッピーエンドではありませんので、苦手な方はお控えください。 これまでの作風とは違います。 他サイトでも掲載しています。

婚約者から用済みにされた聖女 〜私を処分するおつもりなら、国から逃げようと思います〜

朝露ココア
恋愛
「覚悟しておけよ。貴様がこの世から消えれば良いだけの話だ」 「薄気味悪い人形が、私と結婚などできると思うな」 侯爵令嬢――エムザラ・エイルは、婚約者の王子から忌み嫌われていた。 彼女は邪悪な力を払う『聖女』の力を持って生まれた。 国にとって重要な存在である聖女のエムザラは、第一王子の婚約者となった。 国に言われるまま、道具のように生きてきたエムザラ。 そのため感情に乏しく、周囲からも婚約者からも疎ましく思われていた。 そして、婚姻を直前に控えて夜――婚約者の王子から送られてきた刺客。 「エムザラ……俺と来い。俺が君を幸せにしてやる」 だが、刺客は命を奪わずに言った。 君を幸せにしてやる……と。 「俺がもう一度、君を笑わせてやる」   聖女を誘拐した暗殺者。 彼の正体は、帝国の皇子で―― ただ一人の少女が心を取り戻すための、小さな恋の話。

【完結】巻き戻りを望みましたが、それでもあなたは遠い人

白雨 音
恋愛
14歳のリリアーヌは、淡い恋をしていた。相手は家同士付き合いのある、幼馴染みのレーニエ。 だが、その年、彼はリリアーヌを庇い酷い傷を負ってしまった。その所為で、二人の運命は狂い始める。 罪悪感に苛まれるリリアーヌは、時が戻れば良いと切に願うのだった。 そして、それは現実になったのだが…短編、全6話。 切ないですが、最後はハッピーエンドです☆《完結しました》

(完結)お荷物聖女と言われ追放されましたが、真のお荷物は追放した王太子達だったようです

しまうま弁当
恋愛
伯爵令嬢のアニア・パルシスは婚約者であるバイル王太子に突然婚約破棄を宣言されてしまうのでした。 さらにはアニアの心の拠り所である、聖女の地位まで奪われてしまうのでした。 訳が分からないアニアはバイルに婚約破棄の理由を尋ねましたが、ひどい言葉を浴びせつけられるのでした。 「アニア!お前が聖女だから仕方なく婚約してただけだ。そうでなけりゃ誰がお前みたいな年増女と婚約なんかするか!!」と。 アニアの弁明を一切聞かずに、バイル王太子はアニアをお荷物聖女と決めつけて婚約破棄と追放をさっさと決めてしまうのでした。 挙句の果てにリゼラとのイチャイチャぶりをアニアに見せつけるのでした。 アニアは妹のリゼラに助けを求めましたが、リゼラからはとんでもない言葉が返ってきたのでした。 リゼラこそがアニアの追放を企てた首謀者だったのでした。 アニアはリゼラの自分への悪意を目の当たりにして愕然しますが、リゼラは大喜びでアニアの追放を見送るのでした。 信じていた人達に裏切られたアニアは、絶望して当てもなく宿屋生活を始めるのでした。 そんな時運命を変える人物に再会するのでした。 それはかつて同じクラスで一緒に学んでいた学友のクライン・ユーゲントでした。 一方のバイル王太子達はアニアの追放を喜んでいましたが、すぐにアニアがどれほどの貢献をしていたかを目の当たりにして自分達こそがお荷物であることを思い知らされるのでした。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 全25話執筆済み 完結しました

【 完 】転移魔法を強要させられた上に婚約破棄されました。だけど私の元に宮廷魔術師が現れたんです

菊池 快晴
恋愛
公爵令嬢レムリは、魔法が使えないことを理由に婚約破棄を言い渡される。 自分を虐げてきた義妹、エリアスの思惑によりレムリは、国民からは残虐な令嬢だと誤解され軽蔑されていた。 生きている価値を見失ったレムリは、人生を終わらせようと展望台から身を投げようとする。 しかし、そんなレムリの命を救ったのは他国の宮廷魔術師アズライトだった。 そんな彼から街の案内を頼まれ、病に困っている国民を助けるアズライトの姿を見ていくうちに真実の愛を知る――。 この話は、行き場を失った公爵令嬢が強欲な宮廷魔術師と出会い、ざまあして幸せになるお話です。

【完結】おしどり夫婦と呼ばれる二人

通木遼平
恋愛
 アルディモア王国国王の孫娘、隣国の王女でもあるアルティナはアルディモアの騎士で公爵子息であるギディオンと結婚した。政略結婚の多いアルディモアで、二人は仲睦まじく、おしどり夫婦と呼ばれている。  が、二人の心の内はそうでもなく……。 ※他サイトでも掲載しています

「君を愛す気はない」と宣言した伯爵が妻への片思いを拗らせるまで ~妻は黄金のお菓子が大好きな商人で、夫は清貧貴族です

朱音ゆうひ
恋愛
アルキメデス商会の会長の娘レジィナは、恩ある青年貴族ウィスベルが婚約破棄される現場に居合わせた。 ウィスベルは、親が借金をつくり自殺して、後を継いだばかり。薄幸の貴公子だ。 「私がお助けしましょう!」 レジィナは颯爽と助けに入り、結果、彼と契約結婚することになった。 別サイトにも投稿してます(https://ncode.syosetu.com/n0596ip/)

処理中です...