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59.黒豹獣人のシリル

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「おや、お嬢さん、食事かい? それとも宿泊?」


 さっきまで黒豹獣人を怒鳴りつけていたふくよかな女将が、満面の笑みで話しかけてきた。
 何をミスしたのか知らないけど、従業員の指導は客から見えないところでやってほしい。


「えっと、一泊したくて、馬車も一台預けたいの。人数は六人と従魔一体」


「それなら馬車は裏に回しておくれ。シリル! 裏で馬車を待ってな! ……今なら部屋は空いてるから、一人部屋でも泊まれるよ。小型の従魔なら部屋に入れてもいいけど、部屋分けの希望はあるかい?」



 どうやら黒豹獣人はシリルという名前らしい。
 無表情のまま奥へ入っていったので、馬車の受け取りをしてくれるのだろう。


「二人部屋をひとつ、あとは四人部屋でも二人部屋ふたつでもいいかな」


「はいよっ! 食事はどうする? と言っても、この村の食堂はここだけなんだけどね、あははっ」


「じゃあ六人分お願い」


「準備しておくからさっきの子に馬車を預けておくれ」


「はい」


 コクリと頷いて外に出る。
 馬車に戻ると、まるで初めてのお使いから帰ったみたいに皆ソワソワして待っていた。


 実は自分で宿を取るのは初めてだったのだ。
 言葉遣いを丁寧にし過ぎないとか、事前にいくつかの注意をされていたから問題なかったはず!


「お待たせ、馬車は裏に回って預けるんだって。部屋は全員一人部屋にできるくらい空いてるってさ。皆先に中に入っておく? この村の食堂がここだけらしいから、夕食も頼んでおいたからね」


「わかった。じゃあ私が一緒に行こう、出発する時に御者をするのは私だろうから、場所を把握しないと。オーギュスト達は先に部屋に行っておくといい」


「わかった、そうしよう。皆、自分の荷物を持って降りるぞ」


 どうやらマティスだけ一緒に裏に行くらしい。
 四人を降ろして裏手へ回ると、さっきのシリルがいた。


「馬車を預かる」


「うん、よろしくね」


 どうやら声の感じからして、シリルはまだ成人してなさそうだった。
 ユーゴと違って無口というより、ぶっきらぼうな感じだ。
 御者席から降りてシリルと交代しようとしたら、普段は荷台の後方から降りるアーサーが前から出てきた。


「うわっ!?」


 一見白狼に見えるアーサーは、いきなり近くに現れたらちょっと驚くよね。
 アーサーはシリルとすれ違う時に、スンスンと鼻を鳴らした。


『こやつ怪我をしておるぞ。主よ、せっかくだから練習の成果を見せてやるといい』


「えっ!? 君、怪我しているの? 私、最近治癒魔法を覚えたから使える相手を探していたんだよね」


 本来治癒魔法は神殿や治療院でお金を払って受けるらしい、なので練習というテイで申し出てみた。
 まぁ、実際練習台みたいなものだけど。


「あ……ああ……」


 戸惑いながらもシリルが服のすそをめくると、血がにじんで腫れているようだった。
 毛色でよくわからないけど、恐らくすごいアザになっていると思われる。
 手をかざしただけで患部が熱を持っているとわかるくらいだから。


「『治癒ヒール』……どう?」


 見た目は完全に治っているが、痛み具合まではわからないからね。
 シリルは驚きながらも怪我していた部分を撫でた。


「すげぇ……! あいつら獣人は丈夫だからってすぐに殴ったり蹴ったりするんだよな」


「他のところで働かないの?」


「…………ガキの頃、親が死んであいつらに引き取られたから」


 うっ、聞いてはいけない事を聞いてしまった。


「ご、ごめん……」


「いや、それより……。夜に喉が渇いても部屋の水差しの水は飲むなよ」


「え!? それってどういう」


 詳しく聞こうと思ったのに、シリルは馬車を引いて厩舎の方へ行ってしまった。


「とりあえず忠告には従った方がよさそうだな。水は空間収納にある程度入れてあるだろう? あと、今夜は私と同じ部屋の方がよさそうだ」


「うん」


『ふん、昔から国境沿いには色んなやからがいるからな。サキ、油断するでないぞ。とは言っても我にとっては些事さじよ』


 アーサーは鼻で笑ったが、この宿ってヤバいんじゃないの!?
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