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30.ハニートラップ?

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『お、なにやら今までにない感情だな、主よ。悪くない』


 今まで私の膝の上で目をつむって寝ていたアーサーが、自分の口の周りをペロリペロリと舐めながら身体を起こした。


「おやアーサー、目が覚めたのかな?」


 アーサーが起きた事により、先ほどまでの雰囲気は霧散したが、私の心臓はまだドキドキと忙しく動いていた。
 とりあえずサミュエルにアーサーの声が聞こえなくてよかった!


 残念な事に、私の恋愛経験値はほぼゼロだ。
 何度かほんのり好きになった人はいても、自分から声をかける勇気がなくて成就した事がない。


 だからサミュエルみたいなイケメンとこんな間近で会話はもちろん、耳元で囁かれるなんて経験は皆無なのだ。
 あれ、ちょっと待って。考えてみたら、私結構サミュエルに抱き着いたりしてた気がする。
 でもあれは小さい子だと思ってたからで、だけど中身は最初からこのサミュエルで……。


『落ち着け主。何をそんなに混乱しておるのだ? まるで珍味のような感情になっておるぞ』


 ペロリと私の顎を舐めるアーサー。
 よし、アーサーをモフって気持ちを落ち着けよう。


「うふふ、アーサーは本当に可愛いね~、癒されるぅ~、好きぃ~!」


『フフフ、やはり我はこの感情が一番好きだ。我に向けられる純粋な好意こそ極上ぞ』


「うらやましいなぁ……」


 サミュエルが私達を見てポツリと呟いた。


「でしょうっ! だけどアーサーが舐めるのは、主である私だけの特権だもんね!」


 これは前にアーサーが言っていたから間違いないのだ。
 私はこれでもかというドヤ顔を、サミュエルに向けた。


「ああ、それもうらやましいが、そうやってサキに可愛がられるアーサーの事もうらやましいと言っているんだ」


 そう言って私の横髪をひと束すくい取ると、チュッと口付けた。


「…………ッッ!!」


 王子様だ!!
 いや、本当に王子様なんだけど、私の髪はショートボブだから距離が近い!!
 そういえばひと月一緒に生活してる間にも、サミュエルは褒めているのか口説いているのかと思う言動が多かった。


 子供だったから口説いているという考えは除外していたけど、もしかして……もしかしてイタリア人気質なの!?
 それなら納得できる。
 最初からこの姿でそういう対応されていたら、ハニートラップかと思うよ!?


 ハニートラップか……、あれ? もしかして、今まさにハニートラップをしかけられているとか?
 アーサーは嘘ついてるかどうか、感情でわかるみたいだから聞くなら一緒にいる今だ。


「サミュエル、もしかして王様から聖女をつなぎとめるために口説けとか言われてるの?」


 サミュエルは驚いたように数回まばたきを繰り返した。
 答えを待ってゴクリと唾を飲み込むと、サミュエルは笑いだした。


「あははは! まさかそんな風に取られるとは! そうか、そうだな。……ふふっ、私が来た理由はフェンリルが顕現したと思われるから、悪しき者の手に渡る前に保護をせよという父上の命令のためだ。その時点ではサキの存在は知らないから命令されるわけがないんだよ。サキと一緒にいたいのは……私のわがままだ」


 まっすぐに見つめるサミュエルの目は揺るぎなく、アーサーも何も言わないから本当なのだろう。
 とりあえずアーサーは視界の端で、自分の口の周りを舐めるのをやめていただきたい。
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