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29.サミュエルの本当の身分

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 住み慣れたてきた集落を出発し、私は四人乗りの馬車にサミュエルと乗っていた。
 マティスの荷馬車と違ってお尻が大変な事にもならないし、馬車に慣れていない私のために進行方向を向かせてくれるのは嬉しいけれど、問題は隣にサミュエルが座っていることだ。


 アーサーが私の膝で寝ているから、正確には二人きりではないが、ほぼ密室で腕が触れている距離というのはかなり緊張してしまう。
 正直、もう一回小さい姿になって欲しい。


 最初は商人のおじいさん……本当は魔導師だっけ、そのおじいさんも一緒に乗るって言ったのを断ってくれたのは助かったけど。
 あのおじいさん、目付きが怖いんだよね。
 ちなみにマティス達はいつもの荷馬車で移動している。


「ね、ねぇサミュエル……様? 私はこれから神殿に行って聖女認定された後は神殿で暮らしたりしなくてもいいん……ですか?」


 これまで小さい子の扱いで話していたサミュエルが大きくなってしまったせいで、どうやって話せばいいかわからない!!
 サミュエルはマティス達の家で過ごす間にアーサーを撫でる許可をもらっているので、ニコニコとアーサーを撫でていたが、私が話しかけたらなぜか噴き出した。


「ぷふっ、クククッ、話しにくいだろう? 今まで通り話して大丈夫だ。さすがに公式の場では言葉を改めてもらわなくてはならないが」


「あ……はい」


「それに……すでに私の身体の隅々までその手で触れた仲だろう?」


 ホッとして肩の力が抜けた瞬間、サミュエルがとんでもない事を耳元でささやいた。
 瞬間的に自分の顔が熱くなり、赤くなるのがわかる。


「なななな、そ、それは自分で身体を洗った事ないって言ったから! あっ、もしかして自分で身体洗った事ないっていうのは嘘!?」


「いいや、私の本当の身分は男爵家の次男ではなく、王家の次男だ。つまり第二王子というやつだな。だから常に侍女や侍従に世話をされるのが当たり前なんだ。サキ達と暮らして初めて自分で服も着たぞ」


 しれっと答えるサミュエル。
 ちょっと待って、今とんでもない事を言ったような気がするのは気のせい!?
 思わず固まった私の目の前で、サミュエルは手を振る。


「サキ、どうした? 薄々気付いているのかと思ったんだが……。解毒薬でこの姿に戻った時もサキだけ本気で驚いていたし、結構鈍いんだな、あははっ」


「鈍いんじゃなくて、ありえない事が起こってるんだよ! うう、あの可愛いサミュエルはどこに……」


 目の前の手をぺちんと叩き落とし、わざとらしく涙をぬぐうフリをして泣きまねをした。


「む。確かに子供の頃の私は愛らしかっただろう、しかし今の私も悪くないと思うが? 私はサキを好ましいと思っているぞ。見知らぬ子を迷わず助けて世話をしたり、その後も楽しく過ごせるようにと気遣ってくれたからな。……本当に子供の時に同じように過ごしていたら、きっと私は城に帰りたくないと泣いていただろう。それくらい楽しい日々だった」


 どこか寂しそうに微笑んで再びアーサーを撫でるサミュエル。
 やはり王子ともなると、無邪気な子供時代を過ごせなかったのだろう。
 八歳の姿のサミュエルと重なり、思わず頭を撫でた。


「サキ……」


 顔を上げたサミュエルと目が合う。
 泣きそうな、すがるように見えたその表情に、一瞬……息が止まった。
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