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21.アレクシアの入学準備

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「アレク姉様……、本当に来週に行ってしまうのですか?」


 細い目に涙を溜めて、アレクシアの部屋に入って来たのはエミール。
 来週の学園入寮の為に荷造りしているところへ乱入して来たのだ。
 こうなるだろうからギリギリまで言わずにいようというのが侯爵家で暗黙の了解だったが、準備に追われていたメイド達の言葉から気付いたらしい。


 アレクシアはポロポロと頬を伝う涙をハンカチでそっと拭いてあげてからギュッと抱きしめた。


(何なんこの子!? 普通このくらいやと生意気盛りなはずやのに、こんなに可愛い事言うって……奇跡か!)


 思わずエミールを撫でくり回そうとする手を、理性を総動員させてなんとか落ち着かせる。


「そうよ、エミールも12歳になったら入学するでしょう? 代わりに卒業したウィル兄様が明日には帰って来るわ。私だって週末には帰って来るしそんなに泣かないで」


「嫌だ! だって兄様達は入学してしばらくは毎週帰って来てたけど、今は多くて月に一度だもん! アレク姉様だって帰って来なくなるもん……」


 エミールはもう10歳になるというのに、かなりのシスコンに育ってしまっている。
 エミールが初めて王宮のお茶会に参加してから3年経ったが、アレクシア以上に可愛い令嬢にも、アレクシア以上に優しい令嬢にも出会っていないせいだ。


 初めて王宮のお茶会に参加した時に聞いた令嬢達の本音がショックで、エミールはメンタリスト顔負けレベルで本音を言っているか建前を言っているか見抜ける観察眼を養ってしまっている。


 アレクシアは社交辞令が必要な時以外常に本音を話しており、前世の記憶がある事により落ち着いていて優しく、日本人らしい気遣いと良識を持ち合わせている為、アレクシアを見慣れているエミールの理想はかなり高くなってしまっていた。


 両親も兄達もその事を知っており、去年ウィリアムの婚約者を決める時も最終的に残った6人を呼んでラビュタン家でお茶会をしたが、家族になるかもしれないからとオーギュスト、アレクシア、エミールも参加してのお茶会だった。
 実際はエミールの厳しい目でウィリアムの結婚相手を見定めさせるというのが、真の目的だったりする。


 ウィリアムは家柄、容姿、成績、(アレクシアの矯正のお陰で)性格良しと有名で学園では王族である王子達を抑えて1番人気だった為、公爵家からも申し込みがあった。
 将来的に侯爵家の奥向きを任せるからと現侯爵夫人であるクリステルが、結構厳しい条件を並べて篩に掛けた結果の6人だ。


 現侯爵夫人である母親の目で、この侯爵家を取り仕切れる素養のある令嬢が4人にまで絞られた。
 そしてウィリアムの婚約者となる令嬢は、お茶会の後の夕食の席でエミールが言った言葉で決定する事になる。


「お母様が選んだ中ではフーシェ伯爵令嬢以外認められませんね、他の令嬢はアレク姉様に嫉妬の目を向けていたり、オーギュ兄様に不快な視線を向けたりしていましたから。あの公爵令嬢なんて問題外ですよ、同じ公爵令嬢だったらリリアン嬢の方が数倍マシというものです」


 後にアレクシアはメイドに語った、「あんなに冷たい表情のエミールは初めて見た」と。
 そんなこんなで決まった婚約者だが、エミールの太鼓判が押されただけあって芯はしっかりしているが、ほんわかとした見た目通りの性格と体格の令嬢は今では理想のカップルと言われる程にウィリアムと仲睦まじい。


 卒業してひと月もすればウィリアムは18歳の誕生日を迎えて成人するので、来年婚約者のアデライトの卒業を待って結婚する事が決まっている。
 領地経営は将来的にウィリアムよりも領地経営に向いているオーギュストに丸投げする予定なので、ウィリアム自身は父親と同じく王宮で文官として働くと決めていた。


「兄様達はきっとお付き合いだとか色々忙しくて帰って来れなかったんだと思うわ。もしエミールが私に会いたくなったらお手紙を書いてちょうだい、そうすれば忘れずに帰って来れるわ」


「約束ですよ……!」


「もちろんよ、3年後にはエミールだって入学するんだからそんなに泣かないの。ふふっ、もう9歳なのにいつまでも甘えん坊さんね」


 アレクシアは抱きしめたエミールの熱い涙で胸元が濡れていくのを感じながら、泣き止むまで優しく頭を撫で続けた。
 そうして甘やかしている事がエミールのシスコンを悪化させているという事実に、しっかりブラコンであるアレクシアが気付かない。


(思春期真っ只中の兄様達が家族とベッタリやったら逆に怖いけどな、思春期は人間が群れで暮らしとった時代に近親交配を避ける為の本能で血縁者のフェロモンをか何かを不快に感じて独り立ちするってテレビで観た気ぃするし。前世の兄弟なんか思春期はジャックナイフかってくらい「触るな危険」やったもんな)


 翌日帰って来たウィリアムとオーギュストは多少素っ気無くはなっているが、優しく紳士的な対応する姿にアレクシアは貴族教育の素晴らしさを再確認した。
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